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異世界人の手引き書  作者: たっくるん
第三章 調停者
213/218

212 物理的な祈り

「旦那様、出発の準備が整いました」


「ご苦労。じゃあ行ってくるよベアト。アナスタシア、行こうか」

「ええ、お気をつけて。アナスタシアも気をつけてね?」

「はい、お養母様。お養父様に悪い虫が付かないように神のご加護を強めに祈ります」


そう微笑み胸の前で両手で握りしめるメイスは絶望的な魔力にあふれている

神の祝福というよりは破壊神の呪いでもかかっていそうな雰囲気だ

そんな物で殴られたら、間違いなく神の元へと旅立つに違いない

きっと神に祈るのは『そうならないように』ではなく『殴られた奴が成仏するように』なのだろう

我が養女ながら相変わらず物騒な聖女様である


「まあ。アナスタシアったら、はりきっているのね」

(お母さん、アナスタシアの持ってるメイスにトト一生懸命強化魔法かけておきました!)

「トトお姉様が祝福してくださったメイスに誓って頑張ります!」


そこだけ見たら娘の出発を心配しながらも笑顔で見送る母と小さい姉だ

だが、アナスタシアの手にある破壊兵器がそんな空気を霧散させている


「閣下、アレで試し殴りされたドラゴンが泡を吹いて痙攣しておりましたが……今回は帝都で戦争でもするのでしょうか?」

「誰と戦争するのだ帝都で……だがある意味では戦争だ。いいか?妙な女は私に絶対に接近させるなよ?絶対だぞ!?」

「旦那様……ご心配でしたらお嬢様からメイスを取り上げては?」


間違ってはいないが間違えたアルバートに『フリじゃないからな!?』と念を押しているとスゥに小声で言われる

だが、それは無理というものだ


「見ろ、スゥ。姉に貰った贈り物を喜びベアトまでもが認めているのだ。私がそれを止められると思うか?」


すごいすごいと拍手するトトと、その前でメイスの素振りをするアナスタシア

そしてそれを優しい笑顔で見守るベアト


「……旦那様、胃薬は多目にご用意いたします」

「……行こうか」


こうして出発する前から嫌な予感しかしない旅が始まるのだった

既に帰りたいです



「空の旅、お疲れ様でした旦那様。アナスタシアお嬢様もお疲れでしょう。まずは温かいお飲み物をどうぞ」

「ああ、ありがとう」

「ありがとう、スゥ」


ドラゴンに乗って移動し、しかも護衛に竜騎士部隊が同行しているのだ

問題など発生する筈もなく帝都へと到着した

途中でアナスタシアが『お花摘みがしたい』と言った為に地上へと降りたのだが、駄犬は『盗賊狩り』だと勘違いして後をつけて半殺しにされていたがいつも通りなので問題はない

実に些細な事である


「閣下、鎧の上からでも即死級の威力でした」

「女性のお花摘みとはそういう事だ。お前の妻もそう言うだろう?なぜ盗賊狩りだと……」


「ベアトリーチェ奥様が散歩に出られた時……」

「言わなくていい。今回の件は不問とする」


そんな常識も知らないのかと駄犬を叱ろうとした際のやり取りである

出すものを出してスッキリはしたがプンスカ怒っていたアナスタシアも、これには苦笑いしながら遠い目をするしかなかった

今回に限って言えば、戦犯はベアトである

ならばこれ以上ゴタゴタと話を長引かせたら危険だ

そうアナスタシアと無言のアイコンタクトで切り上げたのだ

『ベアトが言ったなら、それは正しい』

これは大公家の不文律である


「私は皇帝陛下に到着のご挨拶に向かうが、アナスタシアはどうする?一緒に来るかい?」

「はい、お養父様。ご一緒します」


俺達が居るのは城の一角、大公家用に作られた別棟だ

ここからなら陛下の所へはすぐに向かえる

こんな近場なのだから挨拶に行かないという選択肢は無いし、事前の面会申請も免除されているのだ


「では行こう。ああ、アルバートはここに残れ。戦力的にスゥだけでは心配だ」

「帝都の中ですから心配は無用かと思いますが……」

「閣下、私は護衛として……」


兄妹仲良く何か言いたげな視線でこちらを見るが、ここは従ってもらう


「帝都の貴族が何かしら企んでいる最中だ。警戒はすべきだろう。それにアナスタシアが一緒なのだ。私とアナスタシアの二人だぞ?何なら帝国全軍相手にしても生き残れるぞ?」


俺の治療魔法も大概ぶっ壊れ性能だが、アナスタシアも『聖女』と呼ばれる使い手なのだ

しかも、今は彼女の手に破壊兵器が握られている

ドラゴンが数百単位で襲ってきても返り討ちだろう


「それにたまには兄妹仲良くお茶でも飲みながら話すといい。家族の時間も大事だぞ?」


ここまで言えば、二人は納得した様子で頭を下げた

最近は忙しく激務だったのだ

たまにはこんな時間も必要だろう


「そこまでおっしゃるのでしたら。かしこまりました、いってらっしゃいませ旦那様」

「お任せください!家令殿は私がお守りします!」


そう言った二人をアナスタシアと一緒に見て頷く

これでいい

部下達にも苦労をかけているから、家族団らんの時間は作ってやらないとな

我ながらいい事をしたと頷きながら部屋を出る

そんな俺の腕に、甘えるように抱きつきながら歩くアナスタシアの頭を撫でるのだった



「おお、久しいなゼスト。色々と世話をかけて忙しくさせた。体調はどうだ?」


皇族の居住区に到着するなり、廊下で皇帝陛下にそう声をかけられた

……まだ、夕方なのに仕事はいいのだろうか?


「陛下、ご無沙汰しておりました。おかげさまで元気に職務に励んでおりますとも」

「そうか……だが、ゼストにしか出来ないとはいえ任せきりだからな。すまんな、苦労をかける」


「もったいないお言葉です。ですが今回は娘も一緒なので旅行気分ですよ」

「娘?シスターのような格好だが……ああ、聖女アナスタシア殿か!いや、久しいな」


遠回しに『お前のせいで仕事ばっかりだわ』って皮肉を言ったら、素直に『ごめんなさい』って答えてくれたから許そう

いや、それよりも聖女アナスタシア殿って……そんな言い方しなくても……

そんな俺の疑問はその後の会話で納得出来たのだった


「お久しぶりでございます、皇帝陛下。その後いかがですか?」

「うむ。洗髪剤が肌に合ったようでな!抜け毛が劇的に減ったぞ!」


「それはようございました。本日も手土産として持参いたしましたのでお納め下さい」


そうして胸から取り出したのは小さなビン

俺が娘達やベアトの為に狂った魔力を注いで作ったシャンプーだったのである

……陛下、嬉しいのは理解出来ますがね?

アナスタシアの胸にしまってあったソレに頬ずりするのは絵面が危険です……



「それで、例の貴族共の件か」

「ええ。魔族の長と共同で動きます。ですから結果は決まっているようなものですが、念の為……」


「ああ。身辺の警護には力を入れておく」


小躍りする陛下が落ち着いてから、応接間へと移動した

あまりにもビンに頬ずりするのでアナスタシアは若干引いていたが仕方ない

相手が皇帝陛下でなければ、彼女の手に持ったメイスがうなりをあげていただろう


「そうしてください。期間は……最長で半年。最短で3日程度ですから」

「最長はわかるが、最短の意味がわからんな……」


「今日中に裏がとれてニーベル殿と合意出来れば、三か所の領地か帝都の屋敷にいる貴族を始末するだけですから」

「……まあ、お前とアナスタシア嬢とアルバートが一緒だからな。戦力という意味では文句なしだな」


「ええ。その者達の反撃も考えましたが、私の領地はご存じの通りの要塞ですから手出しは出来ない。それに旧ドワーフ王国に滞在中の家族は……」

「辺境伯本人とソニア。それにベアトリーチェ公爵と元エルフの国筆頭宮廷魔導士が仲良くしている場所を襲うなど、万単位の兵士が必要だわな。ああ、黒騎士や戦乙女の精鋭部隊も一緒か……なあ、ゼスト……過剰戦力って知ってるか?」


半ば呆れたような目で言われたがスルーする

ベアトを守る戦力に過剰など無いのだ


「と、ともかくご心配には及びません。しっかりと愚かな貴族は始末しておきますので、のんびりお待ちください」

「……お前の心配はしていない……頼むから帝都の形が変わったり、地図を作り直すような事だけはしないでくれよ?頼むぞ?」


飲みかけの紅茶が入ったカップを置きながら、涙目で陛下が訴えかける

失礼な……俺はそこまで考えなしじゃないぞ?


「陛下。お言葉ですが、私がそこまで無茶をする人間だとお思いですか?きちんと帝国貴族として対応しますとも」


軽くドヤ顔で椅子の背もたれに身体を任せる

足を組んでニッコリ笑って陛下に告げた

完璧である


「…………ご息女はそうではない様だぞ?」


ご息女って……陛下から見たら大公家の養女とはいえ部下の娘だ

そんな言い方をする必要は……

そう思って隣に座るアナスタシアに視線を送れば、陛下の気持ちも痛いほどわかってしまうのである


「ふふふふふ、お養母様の敵……お養父様の敵……ああ、神の御名において裁きは下されなければなりません……」


トト謹製の殺戮兵器を握り締め、虚空を見つめながら呟く聖女

本来、厳かな雰囲気であるはずの修道服は地獄の断罪者にしか見えなかった


「お養父様?別に証拠など無くとも、疑わしきは裁いてしまって構わないのでしょう?」


ハイライトの消えた瞳で質問された俺は、若干出てしまったおしっこを気にする余裕もなく彼女の頭をなでていた

俺に敵対しようとしている貴族の話……それを聞かせるのはまずかったのかもしれません


……陛下、『ははは、アナスタシア嬢はうっかりさんだな』って……

貴族の粛清をうっかりで済ませようとしないでください

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