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異世界人の手引き書  作者: たっくるん
第三章 調停者
212/218

211 出会いのテンプレ

「ゼスト大公、あたいも曲がり角でドンしたいんだ!」

「誰だ、ミラ姫に余計な事を吹き込んだのは!」

「旦那様、聞くだけ野暮でございます。アルバート卿、マリー卿をここに」

「はっ!行ってまいります家令殿!」


あの本『転入兵』は皇帝陛下にも絶賛されて、軍の正規教育に導入が決定された

また、既に正規兵となっている者達にも読むように指示されているのだ

そうなると膨大な数が必要になるのだが、印刷技術が無いこの世界……ハッキリ言って納品が間に合わず、猫の手も借りたい状況なのだ

更に、魔族の長ニーベルとの共同作戦も控えており金策や情報収集もしているから絶賛激務中なのだ

それなのにコレである


「ミラ姫。高貴なお方があのような出会いを望むのは無理なのです。もし、あのような事が……曲がり角でドンっと姫に接触したら、その者は不敬罪で死刑ですよ?」

「むむむ!し、しかし大公。あたいにだってそんな心ときめく出来事のご褒美があってもいいじゃないか!」


唇をとがらせるミラだが、確かにその通りでもある

あの……あのベアトの特別授業をやり遂げたのだから

『お酒さえ飲まなければ淑女として合格ですわ……お酒さえ飲まなければ』

とは、ベアト先生のお言葉である

ともかく、彼女はもう合格をもらっているのだから飴も必要だろう


「そうだな。マリーにミラ姫専用の企画を考えてもらおうじゃないか。姫君に他の者と同じ事をさせる訳にはいかないだろう?」

「せ、専用の!あのマリー卿に!!ありがとうよ、ゼスト大公!あたい、うれしいよ!」


「うんうん。だからちょっと待っていてほしい」

「ああ、待つさ!じゃあ、あたいは野郎共の訓練に戻るよ」


そう言い放って、左手に持ったひも付きの酒瓶をグイッと一口

そして豪快に口を拭うと大股で部屋から出ていくのだった

……飲まなければ淑女なんだよな?大丈夫だよな?

そんな俺の不安はドンと積み上げられた書類に吹き飛ばされる事になるのだった

え?まだある?……はい、サインをひたすら書きますとも……



「失礼いたします!お呼びと聞き、参上いたしました、ゼスト閣下!」

「遅かったな。ああ、お前も書類仕事が山積みに……まあ座れ。スゥ、紅茶と甘いものを」


呼び出してから少し時間がたってからやって来たマリーの元気な声で顔を上げる

しかし、そこにいたのはやつれた顔の彼女の姿

そう……忙しすぎてナチュラルハイになっているのだ


「だ、大丈夫なのか?治療魔法を……」

「ひいっ!?ち、治療魔法は……治療魔法はお許しください!お許しください!!」


急に怯えだす彼女にポカーンとしていると、スゥがこっそりと耳打ちしてくれる


「倒れてはアナスタシアお嬢様に治療され、倒れては治療され。今日で三日目だそうです。今度倒れたら寝ていいと言われているらしく、治療魔法を見たり聞いたりすると怯えるそうです」


完全にブラック企業である

いや……治療魔法という禁断の技があるだけ余計にヤバいかもしれない

過労死を許さないで24時間働かせるとか、鬼畜生の仕業だろう


「さすがにかわいそうだろう……この面会が終わったら寝ていいぞ。いや、私が命令する。寝ろ!」

「……ゼスト閣下!!ありがとうございます!お風呂も?お風呂も入っていいのですよね!?」


「おい、ここまで追い詰めないといけないほど忙しいのか?ん?いいぞいいぞ、ゆっくり風呂に入れ」

「ああ……ありがとうございます……本当に……」


虚空を見つめて涙をポロポロ流すマリーに言葉が出ない

スゥに問いかけると、神妙な顔で答えるのだった


「本来ならばそこまでは必要ありませんでした。しかし、今の状況ですとどうしても必要なのです」

「かと言って、ここまで部下を酷使するのは……」


「元々の小説と挿絵程度ならば書き写しが簡単でしたが、マリー卿が『描き下ろし漫画』とやらを付けると言い出しましてこの状況に……」

「自業自得ならキリキリ働け!この大馬鹿者!!」


全力で魔力を込めた治療魔法を発動させる

しかも気分もさわやかになるミントの香り付きでだ

……師匠の特訓がキツくて現実逃避した俺が開発した魔法である


「こっ、これはっ!?気分まで爽快だし、いい匂い……それにものすごくやる気が出てきました!!」

「これでまだまだ書けるだろう?スゥ、マリーを監禁……じゃない、警備の厳しくて安心できる部屋へ連れていけ。ああ、あとアナスタシアを呼んでくれ。この魔法も教えないとな」


「お見事でございます、旦那様。すぐに手配いたします」


やる気スイッチ(魔法)を手に入れたアナスタシアなら、うまくマリーを使ってくれるだろう

俺の仕事も減るかもしれないし、いい事だな

スゥが指を鳴らして合図をすると、戦乙女部隊がサッと現れる

彼女達は幸せそうな顔をしているマリーを連れて部屋を出ていくのだった


「ゼ、ゼスト大公。このような事は大公家では……」

「お前は何も見なかった。いいね?」


「はい。私は『今』この部屋に入りました」

「うむ。では、紅茶でも飲もうか」


顔色悪くカタカタ震えるライゼルに座るように言って、スゥが素早く用意していた茶菓子と紅茶を楽しむ

ミラ専用のシナリオも考えるように言っておかないとな

戻ってきたスゥにその事を伝えると、ニッコリ微笑んで伝言を了解してくれた


その夜から、城の地下よりすすり泣く女の声が聞こえるという話があちこちより上がってきたのだが無視した

『仕事が増えての嬉し泣きとは、マリー卿もかわいいところがありますね』

そんなスゥさんの意見に全面的に賛成しておきました



数日後、マリーが血の涙を流しながら仕上げたシナリオ

ミラ専用のそれを実行する時がきた


「この扉を開けたら始まります。準備はよろしいですか?ミラ姫」

「ああ、昨日から楽しみで寝れなかったよ!早く開けておくれ!」


城の大広間を改装したセットの前で仁王立ちするミラ

冷静に考えると『凝ったごっこ遊び』なのだが、彼女へのご褒美なのだから仕方ない

それにこのノウハウを活かして、領地に一大施設を建設予定なのだ

あのマリーが書いた本の内容を再現して体験出来る施設だ


「婿殿は商売もうまいのぅ」

「領地の収入が恐ろしい事になりそうですね」


悪代官のような笑顔の辺境伯と師匠が褒めてくれたのは言うまでもない

なぜかベアトまで喜んでいたのは意外だったが……

『ゼスト様と幼馴染としても出逢ってみたかったのです……』

頬を赤らめて言った彼女は本当にかわいかった

思わず写真の魔道具を使って撮りまくったよ


「それでは、お楽しみくださいませ」


俺が思い出しながら軽くトリップしているとスゥの声が聞こえてくる

いよいよ、ミラのイベント初体験が始まるのだった



「いいじゃねぇかよ、ちょっと一緒に酒を飲むだけじゃねーか」

「へっへっへ、たっぷりとのませてやるぜぇ」


「や、やめてください!」


部屋の中は酒場が再現されていた

やや薄暗いその中では、ガラの悪い男二人に女性が絡まれている

…………え?理想の出会いなんだよな?


「そこまでだよ!この悪党ども!!」


いつの間にか部屋の中の中央に作られたお立ち台の上に上っていたミラが声をあげる

と、同時にスポットライトが彼女をバンッと照らした

……上を見れば梁の上で裏方の騎士団員が忙しそうに動いていた……後でボーナスを出さなきゃな


「なんだテメェは!」

「お?よく見りゃこいつもいい女じゃねーか」


テンプレと言えばその通りの言動である

しかしこれは出会いなのか?

そんな疑問を抱えながらも寸劇は続いていく


「はんっ!あんた達みたいなゲスな男はお断りだよ、出直しな!」

「なんだと、このアマ!」

「ちょっとかわいいからって調子に乗りやがって!」


この辺りで嫌な予感がしてくるが仕方ない

今更どうする事も出来ないので右手に魔力を集中させるだけにしておく


「ガタガタ言ってないでかかってきな!あたいと勝負しようなんざ、百年早いって事を教えてやるよ!」

「上等だ!」

「後で後悔すんなよ!」


ただでさえミラはベアトにがっつりと仕込まれているのだ

普通に戦っても普通の騎士団員では相手にならないだろう

しかも今回はやらせ試合だ

あっという間に男二人はミラによって叩きのめされる


「はんっ!この程度、ベアト師匠の訓練の準備運動以下だね!」

「ああ、助けてくださってありがとうございます!お名前をお聞かせください!」


誰かが助けに入るのではなく、そのまま野郎共をぶちのめしたか……これはこの後どうなるのだ?

そんな不安を俺が感じた時、スゥがマリーを伴って登場した

ん?マリーは監督として裏で見ている筈じゃなかったか?


「旦那様、マリー卿がお話をしたいそうです」


俺とスゥがいぶかしげな視線を向ける中、彼女はゆっくりと口を開くのだった


「……こ、これで感謝されてめでたしめでたしで終わっている筈なのですが……あの二人の目は危険です!どうやら雰囲気で盛り上がってしまっております、閣下」

「止めろーー!二人を止めろーー!!!」


今にもキスしてしまいそうなトロンとした目の二人をアルバートが眠らせた

実に見事な早業であった

この危険なミラのイベントは改変され『勧善懲悪!水戸のご老公イベント』として利用される事になり、大公領地の新しい観光スポットとして大いに貢献する事になる


旧ドワーフ王国の王家が断絶するところでした……でも、領地の経済的には大助かりです

え?カチュアとアナスタシアもやってみたい?

お前達が相手だと、暴漢役が簡単に死にそうで適任が……あ、黒騎士達がやってくれるそうです

よかったな!二人とも!

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