205 新しい役職
「ゼスト大公、突然の来訪すまなかったな」
とても行かず後家三人衆をポッコリさせた男とは思えないキリッとした雰囲気でそう言われる
応接間で待ち構えていたライゼル殿下は以前とは様子が違っていた
「ああ、お前達は下がっていろ。私はゼスト大公と話があるのだ」
「かしこまりました」
皇太子殿下が連れてきたのだろう、おばさ……俺より年上の女性を筆頭にしたメイド達が部屋から出ていく
普通はもっと若い女性だと思うのだが、その辺は皇帝陛下の指示なのだろうか?
『あいつの近くには若い女性を居させるな』とか?
「さて、これで本題に入れるな」
彼女達が居ないので、スゥがかわりに俺のお茶の準備を終えると皇太子殿下が呟く
今、この応接間にいるのは殿下と俺……そしてスゥだけである
さすがにアルバートは外でマテをしている
あいつには難しい話になるし、居ても役に立たないのは明白だからな
「殿下付きのメイド……侍女ですかね?それを下がらせてとは、どのようなお話ですか?」
実際は『侍女』という名のお目付け役なのか、それとも殿下の腹臣なのかは知らないがな
まあ間違いなく面倒な話になるのは間違いがないだろう
紅茶を一すすりしてため息をつく
「そう警戒しないでくれ、ゼスト大公。父から話は聞いていたが、次期皇帝の私はそう簡単には信用出来ないのだ」
「……ご自分で私を確かめたのですか?」
「ああ、十分に及第点……いや、是が非でも後見人として縁を深めたくなったぞ」
ニヤリと辺境伯とよく似た微笑みを浮かべる殿下
はぁ……またこの手のタイプが増えるのか……面倒な事ばかり持ち込みやがって
若干気持ちが落ち込む俺だが、我が家の家令は優秀である
そんな気持ちになったのを察してか俺と殿下へサッとお茶請けを用意してくれる
「ふむ。ゼスト大公の周りには美人が多いと聞いたが本当のようだな」
「はい。奥様やお嬢様方を筆頭に美人ぞろいです。皇太子殿下にも旦那様と同じお茶請けをご用意いたします」
「いただこう。そなたも美しいと思うぞ?家令でなければ結婚相手が列を作るだろうに」
「お戯れを。私程度でしたら領地には大勢いますので」
相変わらずの自分低評価なスゥには皇太子殿下の言葉は響かないようだ
謙遜じゃなくて本気で自分の容姿は並みかそれ以下だと思っているからなぁ
愛想笑いを浮かべてテキパキと用意をしてくれた……だが……
「ほほう、これは珍しい匂いだな」
「……お茶……請け?」
「はい。獣王陛下お気に入りの食べ物でございます」
紅茶のお供に提供された物
それは香ばしい匂いが漂うホカホカの焼きそばだったのである
お茶請けってなんだっけ?
「私は生まれて初めて心から食べ物で感動したぞ」
「……皇太子殿下、口にソースがついております」
「ハンカチをどうぞ、皇太子殿下」
最早、紅茶なんかそっちのけで焼きそばを頬張るライゼル殿下
アルバート並みに気に入ったらしい
あの駄犬も相当ご執心で獣王陛下にソースを分けてもらっていたくらいだが、ライゼル殿下もなかなかのものである
「おかわりをお持ちいたしました」
「うむ。肉は多めに入っているな?」
三角巾にエプロンという正装姿のマリーがいそいそと追加の焼きそばを届けに来る
既に最初の小皿に用意されたものはなくなって、大皿でのおかわり四回目である
それなのに指摘するのが肉の量って……まだ食うのかこの人は
「すまんな、ゼスト大公。普段は毒殺を警戒して冷めた食事しか出来ないのだ。久しぶりに食べた温かくうまい食事に止まらなくてな」
言っている内容は非常にシリアスなのに、顔にソースと肉の破片を付着させながら言われても苦笑いしか出来ない
内密で重要な話があった筈なのだが、そんな気配は霧散していた
「もう二皿食べたら話そうではないか。それまでしばし待ってくれ」
「ええ。構いませんとも」
食べ盛りの男子高校生のような笑顔で言われては仕方がない
もしゃもしゃ食べるライゼル殿下を見ながら俺は、スゥが別に用意してくれたポテトフライを食べるのだった
……え?これも食べたい?スゥ、殿下の分も用意してくれ
「大公。私は大公の領地に住みたい」
「殿下、しばらくはそうなる予定ですから構いませんが……将来は帰ってくださいね?」
腹がパンパンになってベルトを外したライゼル殿下が真顔で語る
俺の言い方も不敬かもしれないが、この態度の相手にならいいだろう
お互い様である……それに……
「ここまで私の前で素の姿を見せるという事は信頼の証なのでしょう?殿下。そんなに帝都の貴族共は腐っていますか」
「ふふふ、話が早いな大公。無能な働き者は始末に負えないが、優秀な働き者は貴重だ。それに大公には新しい地位も用意したし期待しているのだ」
は?新しい地位って……もうこれ以上は要らないです
そんな事はさすがに言える筈もなく、黙って殿下を見つめる
「私の後見人という事は皇帝陛下が明言したのだが、それだけでは弱い。そこで大公には『調停者』という役職についてもらう」
「初めて聞きますが、それはどのような役目なのでしょうか?」
「ああ、無理もない。今回新しく作った役職だから知らなくて当然だな。これは皇帝陛下の代わりとなって貴族間の問題を裁く役目をしてもらう」
「陛下の代わりとは畏れ多い。私には……」
勿体ない役職ですのでご辞退申し上げます
そう続けたかったのだが、途中で手で止められてしまう
「この調停者は皇帝陛下の直属。そして地位は陛下と同等として名代扱いでもある。大公以外には無理だな」
「……皇帝陛下の名では命令出来ない裏の仕事を私に任せると?」
そうとしか思えないような地位である
陛下の名前にキズがつくような後ろ暗い案件を丸投げする部署なのだろう
思わずそう思い顔に出てしまうが、ライゼル殿下は心外だという顔で答える
「それは大公の考え過ぎだ。そんな役回りを大公にやらせて帝国への不信感を植え付けてどうする。大公を失った帝国など20年持たないだろうが」
「それはあまりにも過分な評価ですよ、ライゼル殿下」
「過分なものか。もし帝国に謀反を起こしたとしたら、教国とエルフの国の兵を引き連れた大公を迎撃出来る者が今の帝国に居るか?そこに黒騎士や戦乙女に獣人族の戦士達。とどめにドラゴンと大公本人と闇属性魔法の天才と言われたベアトリーチェ夫人が居るのだぞ?勝てる筈がない」
「へ、辺境伯領地を挟んでいますからそんな事は……」
「あの腹黒い爺さんか?大公とベアトリーチェ夫人を敵に回した帝国に正義があると行動するか?今の皇族を始末してツバキ王妃の息子の一人を担いで新皇帝にでもしそうだな」
「……」
ああ、それはあり得ますね
それはさすがに言えずに目をそらす
実際にあの人ならやりそうな段取りだな、それ
「それに帝都の豚共は、大公の批判を遠回しにする程度しか出来んのだ。正面から戦争となったら我先にと大公に降伏するような俗物ばりよ」
「それで大掃除を画策しておられると」
「その通りだ。あやつらはなかなか尻尾を掴ませないのだ。家を取り潰す理由になるような失態はうまく回避するのだ」
「まあ、その事だけに特化したやつらとも言えますからね」
戦争の心配がない安全地帯で何十年・何百年と貴族様として君臨していたのだ
政争……いや、嫌みと揚げ足取りに特化されても疑問には思わない
現に、最前線の辺境伯領地は脳筋実力主義だもんな……うちもだけど……
「だからこその『調停者』なのだ。それとゼスト大公は私の後見人でもあり教育係でもあるのだ。私がここに居る建前は『馬鹿な皇太子の再教育』なのだからな」
「そうですね。それが一番周囲には納得される理由でしょうね」
「だからこそよ。まだ帝都の貴族共にバレる訳にはいかないのだから、もう少し気楽に接して構わんのだぞ?教育係殿。皇帝陛下からの書状もあるのだからな……これだ」
「書状ですか?拝見します」
そうして手渡された陛下直筆の書状には、思わずニンマリしてしまう内容がしたためてあったのだった
『ゼスト、すまん。面倒な事をまた任せるが、そいつの事は自分の息子だと思って厳しく『厳しく』しつけてやってくれ』
大事な事を二回書いてある手紙
これは……ライゼル殿下にかけられたストレスを発散していいよって事だよなぁ?
「アルバーーーート!!」
「はっ!お呼びでしょうか、閣下!」
「皇太子殿下を訓練場へご案内しろ。いやぁ、私はやりたくないのだが周りの目があるから仕方ない……仕方ないですなぁ、殿下」
「そ、そうだな」
「はっ!閣下のバルディッシュもお持ちしてありますし、カチュアお嬢様も参加したいとのお言葉です!!」
こうして始まった『ライゼル殿下は優秀なんだけど周りにはまだバレたくないから調教しているフリ』をするという建前の元のストレス発散
その後合流したアナスタシアも参加してのソレは、夜中まで続くのだった
……え?もう勘弁して欲しい?ははっ、口が動くうちはまだいけますから大丈夫ですよ?殿下




