203 晩餐会という名の宴会
「どのような内容だったのですか?旦那様」
そんなスゥの一言で我に返った
そうだな、とりあえずは内容の説明と今後の対応を話しておく必要があるな
「ああ……伝令!まずはベアトに『了解した』そう伝えよ。それでわかる筈だ」
「はっ!そのようにお伝えします!ではこれで失礼します」
ビシッと敬礼して出ていく兵士を見送って、部屋の中の幹部達へ内容を話す
一部、患部のような者も居るが仕方ない
「どうやら我が国の皇太子殿下だが……アレは擬態で本当は切れ者のようだぞ?緊急用の便箋でベアトが知らせてきたという事は、何か対策を考えてから戻ってこいという意味だろう。さすがに獣王陛下主催の晩餐会をほったらかしては帰れないからな」
「ライゼル殿下が切れ者ですか……なぜそのような事を……」
真面目な顔で思案するスゥ
マリーは空気を読んで何も言わないし、アルバートは何も考えていないし何も言わない
多分、事の次第が理解できていないのだろう
駄犬だから仕方ない
「おそらくは暗殺の防止だろうな。現皇帝陛下のご子息は皇太子殿下お一人だ。その跡取り息子が優秀な人材と知った配下の反応は二通りあるだろう?」
「主が偉大な方だと喜ぶ者と、自分の力がそがれると考える者ですか……」
「あまりにも優秀な支配者というのは危険だから否定は出来ない。暗愚な息子となったら傀儡にしようとする馬鹿も出て来るだろう」
「要は不心得者のあぶり出しでしょうか?それも安全に……」
だとしたら怖い人だぞ
皇帝になる前から配下の品定め中って事じゃないか
まあ、今の帝都の貴族共は腐った連中が多いから仕方ないのかもしれないが……
「こんな知らせが来たという事は、既に皇太子殿下が到着しているのか……それとも事前に情報を入手したのか……」
「どちらにしても教育係が駄犬では問題ですね」
「マリー卿、今度私の妻も姿絵を描いていただきたい」
「ええ、喜んで描かせていただきますよアルバート卿。あ、お茶どうぞ」
考えて参加する事を放棄したアルバートの相手はマリーに任せた
そこで大人しくお茶を飲んでいなさい
ん?団子?いいぞ食べても……好きにしなさい
「では、教育係は私が担当しよう。何かあったら私の方が裁量が広いから便利だろうし」
「また旦那様のお仕事が増えるのが少々納得いきませんが仕方ありませんね」
「どうせ『教育係』とは名ばかりになりそうだから平気だろう。以前の無礼に対する処罰は無いな……貴族の大掃除の前にしっかりと私と組んでおきたいとかそんなところだろう」
となると、あのロリババア三人組は何か狙いがあってああしたのか?
……他国の長老格か……なるほどな、後ろ盾に獣人族を使おうって魂胆か?
「私への抑えとしても獣人族と縁を結ぶのは有効的だな……領地には獣人族が多いから、長老三人をめとった皇太子殿下にも友好的に接するだろうし……」
「なかなか狡猾な方のようですね。辺境伯の少し若い頃といったような方ですね」
何それ、敵対したくないです
独り言のように呟いたスゥの言葉に、俺は盛大にため息をつくのだった
……あ?おかわり?団子なら好きに食べなさいってば
「どうしたのだ、ゼスト大公。何か心配事か?」
自慢ではないが一国の重鎮である俺が外交で訪問しているのに『用件が済んだら帰って』なんて出来る筈もない
獣王陛下主催の晩餐会に出席中なのだ
「いえ、この肉があまりに美味なので驚いていたのですよ」
「ふぁっふぁ、ふぉふぃふぁふぉふぉふぃふぃふぇふ」
山のように盛られた肉を指差して誤魔化したのだが、駄犬は口の中の物を飲み込んでから喋れよ
これはいくら獣人族とはいえ、大丈夫なのか?
「はっはっは、この肉は我が王家に伝わる秘伝のタレが決め手なのだ!うまかろう!?」
「うふふ、アルバート卿も気に入っていただけたようで……こちらの包み揚げもいかがです?」
満面の笑みで対応してくれる獣王陛下と宰相殿
どうやらセーフのようだった
チラチラと獣人族の手引き書を盗み見しながらの晩餐会……いや、酒盛りは続く
最初は『晩餐会』と聞いて上品なお食事会を想像していたのだが、案内された席はテーブルマナー等は投げ捨てた大バーベキュー大会だった
……だって、外で焚き火を囲んで床に座っての酒盛りなんだもん
「旦那様、この席では目一杯豪快に飲んで食べるのが礼儀なのです。帝国貴族の常識はこの際お捨てください」
そんな実に的確なアドバイスをスゥから貰って頑張っている最中なのだ
「お肉の追加が焼けましたよー!」
「おお!マリー卿は手慣れておるな!」
「人族の貴族なのに炭火の扱いが獣人族並みだぞ!」
「串焼きとはな……グルン帝国に我が国の秘儀がなぜ伝わっておるのだ?この肉と野菜の配分は完璧だぞ!」
腐ってはいるが、元日本人女性としてこの程度のバーベキューはお手の物だと焼きを担当し始めたマリーは違う意味で目立っていた
本人曰く『これでも家庭科は得意でした。腐ったのは大学生になってから』という彼女は、手際よく調理をしており、その行動一つ一つが獣人族にとっては驚きだったようだ
「旦那様、マリー卿は獣人族の晩餐会にお詳しいのですか?見事な手際で驚きましたが……あれでしたら、いつでもグリフォン王国の貴族相手に結婚出来ますね」
「……そうなのか……」
そうとしか答えられないのだが、スゥの評価でも高得点らしい
これなら今回の晩餐会は大成功で終わるだろうと安心しきりだった
最早、犬獣人ではなくリスのようになっているアルバートの前に肉を置きながら聞き流す
元日本人だからか、肉ばかりではなくそろそろ炭水化物が欲しいところだ
もう数キロは肉ばっかり食べてるぞ?
「ん?これは……麺!?これなら……うん、この獣王陛下のタレはソース系だから……よし!次は焼きそばいってみますか!!」
久しぶりに自身の女子力を純粋に評価されたマリーがノリノリで鉄板を用意させる
おお!焼きそばか!
懐かしいなぁ、それは楽しみだな
「ゼスト大公?『やきそば』とは?」
「何やら初めて聞く言葉ですね……」
調理場から持ち出されたら大きな鉄板で作り始めたマリーを見ながら、そう聞いてくるポンコツ獣王と苦労人の宰相殿
だが、それまでの調理の腕を見ているので物珍しい目では見ているが心配はしていなさそうである
「あれは私の故郷の料理です。私は大好きですから、お楽しみになさってください」
「ほほう、ゼスト大公のな……それは期待できるな」
「異世界の料理ですか、さすがゼスト大公の配下ですね」
マリーが異世界人だという事は内緒になっているので、俺が教えたと思っているのだろう
こんな些細な事でバレる可能性もあるのだから、マリーはもう少し警戒心を持たないとな
そんな心配を一人していると、いよいよ焼きそばが完成したようだ
「獣王陛下、焼きそばという料理です!陛下のタレを使わせていただきましたら、とても美味しく出来ました!どうぞ!!」
「うむ!そうであろう、そうであろう!」
タレを褒められた事と、珍しい料理だがうまそうな匂いのソレを最初に食べられると喜ぶ駄犬獣王
目の前で調理されているので毒見の必要もなく口にするが、ピタリと動きを止めるのだった
「……獣王陛下?……お姉様?」
「陛下、どうなさいました?」
あまりにもフリーズが長いので宰相殿と一緒に声をかける
そして再起動した獣王陛下は、それはそれは大きな声で叫んだのだった
「この料理は、王宮の主食にする!!これから毎日、麺を焼くのだ!!」
口にソースをつけた駄犬獣王が叫ぶ
その後、半泣きの宰相殿が『焼きそば』の作り方を教えてくださいとお願いに来たのは直ぐの事だった
……お礼?いえいえ、無料でいいですから……大変ですね……




