201 獣王陛下の要望
遅くなって申し訳ありません。
風邪の野郎がしつこくて……
「お帰りなさいませ、旦那様。随分とお楽しみのようでよろしゅうございました」
氷のような薄笑いでスゥにそう言われると何も返せない
夜中にコッソリと抜け出して、帰って来たのが朝なのだからこうもなるかもしれないが
「駄犬と一緒なのはともかく、エミリア宰相とご一緒だったと聞きましたが?」
「いや、それはだなぁ……」
助けを求めてアルバートを見るが、野郎は既に部屋の片隅で正座していた
諦めたらしい……泣くな、俺も一緒に謝るから
「我が領地でも取り入れられそうな素晴らしい店を紹介してもらったのだ。戦災孤児を安全に働かせる店でな」
「そんなお店が?」
食いついたな
こうなったスゥは話せばわかる人だから大丈夫だろう
「うむ。兵士が常駐しており子供と楽しく遊べるお店だったぞ。あれならウチでも取り入れやすいのではないか?」
「……なるほど、婚活にも応用が出来そうですね。カチュアお嬢様とも相談して導入しましょう」
そうか、未亡人の働き口にもしようって魂胆か!?
さすがスゥは抜け目ないな
「その辺の調整は戻ってからだな。頼むぞ?」
「旦那様の優しさに配下の者も喜びます」
かなり機嫌のよくなったスゥに微笑みながら椅子に座るのだが、そうは都合よくは進まない
「その件はわかりましたが、夜中に抜け出した件について詳しくお話ししましょう。奥様よりも『よろしくお願い』されておりますので、女性であるエミリア宰相と楽しく飲んでいた事はご報告をさせていただきます」
そのセリフが終わる前に、俺もアルバートの隣に正座するのであった
それだけは勘弁してください
「お話は理解できました。ですが未婚の女性と飲みに行くというのはやはり問題です」
「おっしゃる通りです」
「うむ。反省する」
平謝りの駄犬に続いて謝る俺
こうなっては大公だの貴族だのと言っても無意味だ
嫁が怖いのはどこの世界でも一緒だし、俺の場合は特に怖い
おまけでついてくる辺境伯と師匠が更に怖い
「駄犬は特に反省してください。ベアトリーチェ奥様に『アルバート卿が旦那様をお誘いした』とキッチリと報告させていただきますので」
「……遺書の用意をしておく……」
遠い目で虚空を見つめる駄犬だが、こうは言ってもスゥがフォローを入れてくれる筈である
だから死にはしないさ、大丈夫だ
後で一緒に賄賂……じゃない、心ばかりのお土産を買いに行こうな?
「では、そろそろ身支度を。獣王陛下との会談のお時間が間もなくですから」
「もうそんな時間だったか……」
そんな無慈悲な言葉でまだ酒の臭いが残る身体でも仕事モードに入る俺だった
アルバート、お前も同席しろよ?
お土産選び?後にしなさい後に
「ん?ゼスト大公、顔色が悪いようだが大丈夫なのか?」
「いえ心配無用です、獣王陛下。昨夜はエミリア宰相と街の視察をさせていただいたのですが、つい飲み過ぎてしまいまして……」
メイドに案内された応接間で、獣王陛下は開口一番にそう言った
そんなに顔色が悪いかな?
軽い二日酔い程度だと思うんだが
「おお!エミリアとか!そういえばあの店に行ったと言っていたな」
「あれは獣王陛下がご考案なさったとか。素晴らしいご慧眼、感服いたしました」
「はっはっは、エミリアも最初は反対しておったがな!」
一際豪華なソファーでウムウムと頷くエレノーラ陛下
せっかくのサシでの対談なのだから、この人がフリで駄犬を演じているのか本物なのか
どうにか尻尾を掴みたいな
「そのくらい仲良く接してもらえるならば、こちらとしても大助かりだ。ああ、私にも気楽にしてくれて構わんぞ?」
「ははは、獣王陛下を相手に気楽になど……」
「グルン帝国相手にわざわざ喧嘩を売るような真似はしない。ゼスト大公相手ならば尚更だな」
「……お戯れを」
終始にこやかな獣王陛下だが、これは本気で言っているのか?
何か裏でもあるのだろうか?
罠か?……いや、それとも誘いか?
「戯れなものか……実際問題エミリアは頭を抱えていたぞ?」
「宰相殿がですか?」
「ゼスト大公の側室ならいいが、妾や愛人となると外聞がなぁ……」
「……あの、話が見えないのですが?」
帝国とは敵対したくないというのはわかる
だが、そこで俺の愛人やらが出てくるのがわからん
「そもそも私は妻一筋ですからそのような者は必要ありませんよ。どうしてそんな話になるのですか?」
「ん?ではドラゴンの牙を貰った対価はどうすればいいのだ?」
はぁ?あんなトカゲの歯に対価なんて要らんわ
しかも愛人とかベアトに叱られるってレベルじゃないから迷惑にしかならないよ
いや、気分的にはそうだが……国家の政略結婚としてはアリなのか?
だとしたら面倒だな……
「国内でもそのような話は多くいただきますが、私は本当に妻以外の女性は必要ないのです。ドラゴンの牙も訓練中に手に入れた物ですからお気になさらず」
「く、訓練でドラゴンと戦うのか!?」
さすが脳筋獣王陛下だ、そっちに食いついたか
いや、そんな設定で演じているのか?
「ええ、ちょうどいい強さで兵士達にも人気の相手ですよ?」
「……ゼスト大公の黒騎士や戦乙女達が鬼のように強いという理由がよくわかるな」
いやいや、あいつらは元々強かったし頭の中身が戦いしかないからだろう
返事はしないで微笑みながら紅茶を飲んだ
「そんな激しい訓練をなぁ……羨ましいかぎりだ」
「獣王陛下もアルバートの息子と結婚すれば身内のようなものです。そのうちご招待しますからドラゴンと遊んでみますか?」
「何!?いいのかゼスト大公!!」
「その……エミリア宰相とご相談してからいらしてくださいね?」
子供におもちゃをあげたような目で嬉しそうなのは微笑ましいのだが、手を握るのはどうなんだろうか?
邪険にも出来ないで苦笑いしているとドアがノックされて宰相殿が入ってくる
このタイミングでとは、これは誤解されるパターンか!?
「失礼いたします……ああ、何か獣王陛下が喜ぶような事がありましたか。ですが男性であるゼスト大公の手をそんな至近距離で握ってはご迷惑ですよ?」
「むむっ!?そうであったか」
されなかった
実に察しがいい……違うな……いつもこんな行動なのだろう
あれ?感情のまま行動してしまう困った奴?なぜだろうか、どこかで見た覚えが……
「迷惑などではありませんが、獣王陛下にご迷惑がかかるような噂でも出たら大変ですからね」
「ゼスト大公、申し訳ございません。姉は悪気はないのです」
「うむ!素直に嬉しさを表現したのだ!」
そしてこのドヤ顔での返事である
困ったような表情の宰相殿が実にかわいそうである
あれ?妙な親近感があるぞ?
身近過ぎても思い出せないことはあるのだ
その事を実感したのはこの男の顔を見てからだった
「閣下、入室して私も会談に加わって欲しいとのエミリア宰相殿から言われたのですがいかがいたしましょうか?」
そうだ駄犬である
女版の駄犬にしか思えないのだ!
まさか……獣王陛下は本物の?
「あ、ああ。そうしてくれ」
「はっ!」
深読みし過ぎていた自分が情けなくもあるが、慎重に考えるのは悪い事ではないだろう
動揺しながらもうちの駄犬に返事をして紅茶を口に含んだ
「そうだ!ゼスト大公の配下であるマリー卿を紹介してもらえないだろうか?是非とも女同士の友情の最上級という『きましたわぁ』?なる物語を私とエミリアで書いてほしいのだ!!」
「ブーーーーッ!!!」
一国の王に向かって紅茶を吹き付ける
そんな不敬罪MAXの行動だったが、駄犬獣王エレノーラ陛下は笑って許してくれました
得難い経験であった……そう笑っておられましたよ
……会談?休憩にしませんか?
ダメですか、そうですか……




