198 グリフォン王国の夜
「では、気をつけてのう?婿殿」
「留守は心配しないで大丈夫ですよ」
「お養父様、お帰りをお待ちしております」
「パパ上、お土産はいらないから早く帰ってくるのじゃ」
「よろしくお願いします、お二方。お前達も油断なく過ごすのだぞ?」
グリフォン王国へと出発する朝、皆の見送りにそう返事をする
獣人族の闇は深いのは理解しているが今回は大丈夫だ
アルバートは不安しかないが、スゥが同行するのは非常に頼りになる
「アルバート卿は婿殿の言う事をよく聞くのじゃぞ?」
「いいかい?行動する前に考えるんだよ?」
「アルバート、立派にお養父様の盾となるのですよ?」
「やっぱり、わらわが一緒に行こうかのう……」
散々なコメントだがアルバート相手だから仕方ない
口には出さないが俺も同じような不安は持っているからだ
「ご安心ください。確かに私は若干貴族の礼儀作法には疎いですが、今回は獣人族の国であるグリフォン王国へ行くのです。むしろ私に任せて大船に乗ったおつもりで居てください」
ドヤ顔の駄犬だが、確かに獣人族の風習には詳しいのかもしれない
ふとスゥを横目で確認すると頷いていた
「皆様のご不安はごもっともですが、今回は安心です。こう見えて兄は小さな頃から近所で『長老様ごっこ』をする時には毎回最長老役でした。獣人族の男として兄以上に風習に詳しい人物は居りません」
アルバートが優秀という事よりも『長老様ごっこ』なる遊びの中身の方が気になって仕方ない
だが、スゥが駄犬ではなく兄と呼ぶのだから、今回は任せても良さそうだ
彼女は如何に兄妹とはいえそういう部分は厳しいから、それに合格しているという事なのだろう
「それでも心配はさせてくださいませ。無事なお帰りをお待ちしておりますわ、ゼスト様」
(お父さん、私も待ってますからね!)
「アタイも待ってるよ、大公!」
「ありがとう、ベアトにトト。……ミラ殿はほどほどにな?」
直径3メートル以上の大岩を両手で頭の上に乗せているミラは、どの辺が淑女なのか理解出来ない
だが、誰も何も言わないので合っているのだろう……そうに違いない
「名残惜しいがそろそろ行くか。アルバート、スゥ!行くぞ!?」
「はっ!閣下の身には指一本触れさせません!」
「身の回りのお世話は私が。旦那様には何一つ不自由な思いはさせません」
こうして、ある意味では敵地とも言えるグリフォン王国へ出発した
最初期からの腹臣であるアルバートと、家令として俺を支えてくれているスゥ
忠臣獣人兄妹を引き連れて獣王エレノーラの住む王宮へとドラゴンで急ぐのだった
「ようこそおいでくださいました、ゼスト大公。先日はお世話になりまして……本来ならばこちらから出向くべきでしたが、あいにく先日の件でなかなか国外へは出られず……」
「エミリア宰相、無事で何よりです。なに、これからは親戚付き合いとなるのだ。私の腹臣たるアルバートの長男と獣王陛下は婚約者ではないか」
グリフォン王国の城へ到着するなり苦労性で妙に親近感の沸く彼女が現れた
部屋に案内されてまずは安心した
大丈夫だとは思っていたが、彼女が居ないグリフォン王国はいろいろと心配になるからな
ある程度は力を持った近隣国というのは必要だもんな
「そう言っていただけると助かります。帝国とはこれからもよき隣人としてお付き合いいただければというのが我が国の総意ですから」
心底ホッとしたような表情のエミリア宰相
なんだか目の周りにクマが出来てないか?この人
「エミリア宰相、よかったら治療魔法をかけようか?また書類にひたすらハンコでも押しているのか?」
「ああ!?お願い出来ますか!これで書類が捌けます!!」
相変わらずなブラック企業真っ青の勤務状態らしい
グリフォン王国の文官って、俺の領地より激務なんだろうなぁ
ゾンビのようにフラフラと近寄る彼女に治療魔法をかけてやる
「素晴らしい……我が国にも治療魔法の使い手を連れてこなければ!」
そう言って顔色がよくなった彼女は自分の身体を確かめるように触る
それ、どう考えても仕事の疲労しか治療しない未来が見えるわ
「教国のシスターを派遣してもらうのも手ですね。教会を作って誘えばいい返事がもらえるでしょうな」
「そうですね、お隣の国ですし……そうしてみます。ああ!大事な要件が遅くなりましたが、獣王陛下との面会は明日の朝からお願いします。旧ドワーフ王国との国境線の取り決めや、細かい事も多いですから。今日はごゆっくりなさってください」
ほほう、アルバートの引き出物のお礼という名目で来たが普通に仕事の話をされたな
これはエミリア宰相は俺に対して良い印象を持っているから、ぶっちゃけた話としてしてくれたのか?
それとも何かの策略か?
まあ、今は返事をするしか出来ないか
「ええ、わかりました。お言葉に甘えてゆっくりしますよ」
「そうなさってください。今日は晩餐会などもしませんので、気楽に過ごしてください。では、失礼いたします」
深々と頭を下げて出ていく彼女
仮にも宰相だから同格扱いで問題ないのだが、どうにも丁寧な人だよな
まあ、その分獣王陛下がぶっ飛んでるけども
それもフリなのかどうなのか……明日で決まるか
「と、いう事で明日まで時間があるな。まだ夕暮れ時だし……対策を考えるといってもなぁ」
「はい、旦那様。この流れは予想出来ましたし、旦那様であればある程度国の決定として獣王陛下相手に話す事も可能です。国境の設定と交易について……後は当初は砦で交戦していた訳ですから補償金の要求程度でしょうか?」
「だろうな。そこは陛下の許可も有るから私が決められるな。他にはどんな事が予想される?」
紅茶を用意しながらスゥが思案顔になる
「そうですね……あくまでも今回は兄への引き出物に対するお礼の為の訪問です。ですからそこまで突っ込んだ外交にはならないと思われますが……」
「そうだな。来たついでにって立ち位置での会談だろうから、無理難題は言わないとは思うが……」
おそらくは国賓用なのだろう豪華な部屋の中で、嗅ぎなれたスゥが用意した紅茶を飲む
いろいろな想定をしながら二人で思案していると我慢の限界になった駄犬が吠えるのだった
「閣下、これはもしや『お祝いの返礼』ではなく外交なのでは!?」
「……そうだな。アルバートは偉いな、気が付いたか」
「お兄様、お願いですから黙ってください。それ以上喋ったら、私は旦那様に死んでお詫びします。馬鹿な兄だとは思っていましたがこれ程とは……」
とうとう泣き出したスゥを慰めながらグリフォン王国の夜は更けていった
アルバート、お前は謝れ
よし、謝ったな?じゃあ壁際に黙って立ってろ……な?
「……以上が今回ご用意した資料全てです。無いとは思いますが、どのような話の流れになっても打ち合わせが出来ると自負しております」
「素晴らしい。よくここまでまとめてくれた。スゥには頭が上がらないな」
彼女が用意した資料には、旧ドワーフ王国と現在の状況ほとんど全てが揃っていた
これならどんな話し合いにも対応出来るだろう
「旦那様のお役に立つのが私の喜びです。礼など不要です……お褒めの言葉をいただけただけで十分なのです」
後光がさしそうな菩薩の笑顔である
ベアトと出会う前に彼女と付き合っていたら結婚間違いなしだっただろう
「それと、昨日の深夜に仕上げました『獣人族の手引き書』です。これもご利用くださいませ」
「この資料だけではなくこれまで……スゥ、よくやってくれた!心からの称賛を!」
俺の喜びように驚いた表情になったが、すぐに恥ずかしそうに頬を染める
はにかんだような笑顔も素敵だな……実に有能で美少女だ
ベアトと出会う前に彼女と付き合っていたら結婚間違いなしだっただろう
大事な事なので二回思っておく
決してベアトが怖い訳ではない
「では隣の部屋へ下がって休め。明日はまた忙しくなるだろうからな」
「かしこまりました。では、これもお渡ししておきます。失礼いたします」
そう言って出ていくスゥ
固まっている俺の手には彼女が脱いだパンツが握られていたのだった
……これが無ければ獣人族って……スゥって本当に有能なのに
そんな心の声を我慢しながらポケットにしまい込んだのであった
「閣下、もう口を開いてもよろしいでしょうか?」
「うおっ!?ああ、忘れていた。お前も寝ていいぞ?」
置物だと思っていた駄犬が口を開いて若干あせった
だがもう夜だしやる事もない
さっさと寝るのが一番である
そう思った俺にニヤリと男らしい笑みの駄犬は囁くのだった
「閣下、新しい……初めての街であります。これはそっとくり出すのが男のたしなみかと!」
「お前も……懲りないな……」
思えばこいつは新しい街では必ず飲みに誘うよな
そんな事を考えながら叱り飛ばすセリフを考えていると、まさかの追い討ちがあるのだった
「ソニア卿おススメの店も確認してあります!大丈夫です、閣下!」
まさかの師匠公認であった
……あの人、酒は弱いのに好きだからなぁ……え?もう行く?わかったよ……




