197 獣王陛下の引き出物?
「ゼスト閣下、内容次第では対策が必要ですニャ。読み終わりましたら教えて欲しいですニャ」
「……うむ」
俺的には見なかった事にしたいお手紙なのだが、カタリナの遠回しな『さっさと見ろや』というプレッシャーに負けて椅子に座る
座り馴れた執務室の椅子が妙に心地悪いのは気のせいではないだろう
嫌々ながらも仕方ないので手紙を開き、その内容を確認する事にした
「……はぁ。カタリナ、そこに座ってくれ。飲み物も用意させよう」
「閣下?そんなに困った内容なのですかニャ?」
手紙を読み終わった俺にそんな事を言われて若干警戒する彼女
ちょっと口頭で内容を確認して部屋から出ようとしていたに違いない
だが、事はそんな簡単なものではなかったのだ
「まあ、お前も見てみろ。衝撃的だぞ」
「はい、失礼しますニャ」
普通なら俺宛の手紙を部下にも見せる事などしない
だからこそ、今回の出来事の重要度を理解したのだろう
厳しい顔で手紙を読み進めると、ガタッと大袈裟に驚きながら立ち上がる
「ニャニャ!?」
いつもは細めの彼女の尻尾も太く毛羽立っており、余程の驚きなのだろう
俺も気持ちはわかるし、あれを見て驚くなら優秀な証拠でもある
「気が付いたか?」
「閣下、婚約の引き出物にグリフォン王国に領地を用意したとは……これは絶対に面倒事の予感ですニャ!アルバート卿に連絡をして、返事をしないように釘を……」
「そこは大丈夫だ。向こうには辺境伯と師匠、それに妹のスゥが居るのだ。返事をしないで手紙だけ受け取る筈だ。それよりも今後の対応だな」
「そういえばそうでしたニャ。それなら確かに大丈夫ですニャ」
メイドが用意した紅茶をグビグビと飲み干してカタリナは続ける
「アルバート卿のご長男と獣王陛下の結婚は、もう覆す事は大問題になりそうですニャ。これは決定事項として、引き出物で領地とは……断れば獣王陛下の面目が丸潰れ、受ければ帝国に対しての閣下の面目が……」
「そのまま受け取ればそうなるだろう。受け取ってその場所は帝国の大使館を置けばいい。あくまでもアルバートが受け取り、帝国へ献上した形にすればいいだろう」
「大使館!その手がありましたニャ!」
「領地としてではなく、グリフォン王国との友好の為に大使館用地として献上したならどこからも文句は来ないだろう?返礼はここの領地を一部くれてやればいい。こちらが監視しやすい場所をな」
ニッコリと腹黒い笑みをかわすと、彼女は心得ましたと部屋から出ていく
さっそく獣王陛下に渡す場所の候補を探しに行ったのだろう
領地の切り売りは下策だが、今回は仕方ないだろう
一応、陛下にはこの流れを手紙で説明しておこう
ちょっと領地に寄るだけの筈が、結局夕方まで居座る事になるのだった
「では閣下、アルバート卿への伝言はよろしくお願いしますニャ」
「ああ、予定地はしっかりと縄張りしておいてくれ。いつでも工事が出来るようにな」
「わかっておりますニャ。監視がしやすくて万が一の場合にはサクッと攻め滅ぼせる場所ですから大丈夫ですニャ」
ドラゴンに乗って出発前の俺に力強く語ってくれたカタリナ
悪い笑みの彼女に任せておけばとりあえずは大丈夫だろう
安心して空の旅を楽しんで、夜にはベアトの待つ旧ドワーフ王国へと到着した
「ベアト先生、もう無理です!お酒ももう飲めませんし、訓練も出来ません!」
ドラゴンから降りるなり、広場で訓練中のミラが泣きながら訴えていた
ほほう、自分で無理だと言えるならベアトの教育は優しいな
俺の時はそんな事を言ったら殺されると思ったもんな
「あらあら、飲めないの?なら仕方ないわ、トトちゃん?」
(はいです!)
ニッコリ微笑んだトトが指をパチンと鳴らすと、ミラの態度が豹変した
「先生、アタイはまだまだやれるよ!」
「ええ、なら素振りをもう千本ですわ」
(ミラは頑張り屋さんですね、お母さん!)
諦めかけていた彼女が突然の復活
あのテンションは明らかに飲んでいる状態である
もう酒は嫌だって言っていたし、飲んだ様子もないのに?
不思議に思って声をかけた
「ただいま、ベアトにトト。教育は順調のようだね」
「おかえりなさいませ、ゼスト様。ええ、頑張っておりますわ」
(ミラは口では無理って言うです!でもお腹の中にお酒をポイッすると元気になるです!!)
胃の中へのアルコール強制転移ですか
楽しそうな二人には『程々にな』と声をかけて逃げた
短期間でお姫様を仕上げないといけないのだ
これは必要な犠牲なのだろう
そう自分に言い聞かせて自室へと向かうのだった
……素振り千本って聞こえたよな?淑女に必要なのか?
うん、我が家の関係者なら必要だわ
「おお、婿殿。獣王殿の引き出物の件は耳に入っておるかのう?」
自室として使っている部屋の一室、応接間で待っていた辺境伯が俺の顔を見るなり聞いてくる
まあ、この人がこうやって帰りを待つくらい驚いたって事だろう
「ええ、その件は聞いております。カタリナとも相談して大使館の敷地として帝国へ献上します」
「……ほほう、それならば角が立たないのう。お返しも同じように大使館用地をか。ふぉっふぉっふぉ、いい場所を用意するのじゃろうな」
さすが本家本元の辺境伯は、絶対にその笑顔で死人が出るような邪悪な顔で笑っている
この悪人顔は何回見ていても怖い
「アルバート卿にも手紙は来たようじゃったから、返事は婿殿が帰ってからと言い聞かせた。後で言ってやると安心するじゃろう」
「こちらこそ安心しましたよ。変な返答をしたら面倒になるところでしたから。辺境伯がいらしゃって良かったですよ」
お互いに笑いあって今回の事は予定通り、俺の案で進める事になった
ただ、一回はグリフォン王国へと出向いて挨拶は必要だろうという事も話した
そうだよな、戦勝の祝いも言わないとな
……内乱だから俺が行くのがちょうどいいのか
帝都から出向くのは『お前の国の内情は知ってるよ』って遠回しに馬鹿にしているようなものだからなぁ
「面識もあって反乱の事もその場にいて聞いている私が行くのが筋ですかね」
「それにアルバート卿の主じゃからのう。一緒に行くのが無難じゃな」
「……あいつ一人では不安で胃に穴が開きますよ」
「じゃろうなぁ……ソニア並みに腹芸が出来れば一人でグリフォン王国に行かせるのが一番なのじゃがなぁ。スゥと足して2で割ればちょうどいいのじゃがのう」
軍事には有能で忠実な部下なのだから、それ以外は駄犬でも我慢するか
ため息をつきながら紅茶を飲む
久々に味わうシリアスな空気感に心地良い疲労感
いつもより甘めにした紅茶が全身に染み渡るようだった
「失礼いたします。旦那様、マリー卿から『等身大ベアトリーチェ様フィギュア特別仕様』が届きました。ご注文の通り着せ替えも可能で下着までしか脱がせない物と全裸に出来る物二つで……ラザトニア卿!?い、いらっしゃったのですか!?」
「ふぉっふぉ、つい気配を消しておったのう」
「……あの辺境伯、これには訳がですね?」
確かに俺が注文した
だが、何故に今届くのだ
恐る恐る辺境伯に言い訳をしようとしたが、怒っていなかった
苦笑いをしてたしなめるように優しく言ったのだ
「婿殿、まあ気持ちはわかるが……ソニアにはわからぬようにな」
「は、はい。お恥ずかしいところをお見せして……」
「ふぉっふぉっふぉ、ベアトがかわいいからこその行動じゃろう。大事にされておるならば怒らぬよ、ソニアと違うてな」
師匠は親馬鹿だが辺境伯は結婚自体もすぐに画策したもんな
よかった……バレたのが師匠じゃなくて本当によかった
とんだ辱しめを受けたが、この流れなら愛妻家の行動として許される
そう思って小さくガッツポーズをする俺なのだが、当然のようにそんな事にはならないのがお約束だった
「よろしゅうございました。これで安心してお使いいただけますね、旦那様。さっそく匂いをつけてまいります」
「匂い?香水は必要ないぞ?」
「いえ、奥様は『教育中なので汗をかいたから』とおっしゃって『今日は下着を渡せない』との事でした。ですから、私の下着をお使いくださいませ。すぐに脱いでフィギュアに着せてまいります」
違う
そんな事までは頼んでいない
俺の口からその言葉が出る前に、辺境伯の身体から黒い魔力が迸るのだった
「婿殿?そんな破廉恥な事をベアトにさせておるのか?」
「違います。スゥ、説明を……」
「破廉恥ではございません。旦那様は私の下着もはいてくださいました!」
「……婿……殿?」
火に油を注ぐとはこういう状況を言うのでしょう
その後、『獣人族の手引き書(未完成)』を片手に数時間をかけて辺境伯に説明するのだった
こうなるんじゃないかとは思ってました……