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異世界人の手引き書  作者: たっくるん
第三章 調停者
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196 犬なのか獅子なのか?

「はんっ!あたいの腕を折ったくらいで勝った気かい?舐められたもんだね!」

「素晴らしいですな、その意気です」


「アルバートの旦那、あのトカゲは倒しちまっても良いんだろ?」

「だ、そうだぞ?」

「ああん?ドワーフの娘が俺を倒すだぁ?アルバートの兄貴、このガキブレスで溶かしてもいいっすか?」


爽やかな寝覚めの紅茶タイムは、そんな外からの声で始まる

淑女教育の朝は早いらしい……しかもミラは飲んでるな

既に中庭ではそんなやり取りが始まっていた


「旦那様、本日は帝都へあらましのご報告の為に向かう予定です。夕方にはこちらにお帰りになれる筈ですので、奥様とお嬢様方へお土産をお忘れなく。こちらが帝都で流行りの品物の一覧でございます」

「うむ。さすが気配りが上手だな」


この淑女教育が始まった当初は『本当にアレは大丈夫なのか?』とスゥにも聞いたのだが、実にいい笑顔で言われてしまったのだ

『旦那様、気になるなら聞かなければいいのです』と

実にその通りだな、気にしたら負けである


「帝国兵の移動も順次開始されておりますので、予定通り来月には連合軍の兵士を国へ返せるでしょう。その間の婚活は、カチュアお嬢様が張り切っていらっしゃいますのでお任せすれば問題ありません」

「内政関係は辺境伯が対応しているから、私は決済だけすればいいのか……つまり、帝都に行ったり獣王陛下に会いに行ったりという方面を担当しろって事か」


「はい。他の者では出来ない事をお願い致します」


確かにそれはもっともだ

大公であり大元帥なのだから、方向性だけ示して自分は皇帝や国王といった上位陣との打ち合わせを優先しろって意味だろう

どのような統治形態にするのか?隣国であるグリフォン王国との取り決めはどうするのか?

面倒でも部下に任せるのは不可能な仕事だもんな


「しかし、わかってはいても出来なかったのだ。やはり部下として辺境伯や師匠を使うのに遠慮があったのだろうか」


自問するような独り言だったのだが、優秀な家令はそれにも答えをくれたのだった


「いえ、あの方々が妙に協力的になったのはマリー卿のおかげでしょう。ふぃぎゅあでしたか?アレは実に素晴らしい。肌着までしか脱げないものをお贈りしたようです」

「……結局はそこに落ち着いたのか」


全裸に出来たり胸が抉れていたりしなければ、アレは確かにいい出来だったもんな

そもそも最初からそうすればマリーも地獄を見ないで済んだのに

さすが血だまりである


「仕事が終わった時の報酬に『等身大のものを進呈する』と言ったところ、寝る間も惜しんで働かれております。現在、マリー卿が命を削りながら作成中かと」

「……ほどほどにな」


「ご安心くださいませ、旦那様。マリー卿は罰でございますので配慮は無用でございます」


激務ならかわいそうだが、罰なら仕方ない

今度俺もベアト達のフィギュアを頼もう

そう思いながら紅茶のおかわりを貰うのだった



「なあゼスト。俺の養子にでもならないか?」

「なりませんよ、皇帝陛下。皇太子殿下が居るのにそんな事をしたら馬鹿な貴族共が『簒奪を狙っている』とかなんとか言い出します」


「だろうなぁ……」

「わかっているなら言わないでください」


完全に砕けた様子の皇帝陛下だが、ここは皇族専用居住区の一室だから問題はない

謁見の間でこれをやったら、さすがに大公だと言ってもマズイだろうからな

その辺の分別はある


「しかし、そうでもしないと俺の気持ちが伝わらないだろう?」

「十分伝わっていますから、そろそろ座ってください」


いいかげんに疲れた俺は、そう皇帝陛下に告げた

未だに床に正座しているその人へと向かって……いくら密室でもそこまでしなくていいです、陛下


「……では、許してくれるのか?」

「許すも何も、私は臣下です。そのような事はしないで結構ですよ。何かあったのですか?」


言ってから後悔した

皇太子殿下のロリババア妊娠事件やドワーフ王国への遠征丸投げ

普通に考えて遠征はいいとしても、妊娠事件は完全にアウトだよなぁ

そう思いながら紅茶を飲むと、陛下は懐から小さな何かを取り出した


「お前の妻からだ。俺は死を覚悟したぞ」


顔色悪く震えるその手で見せられたモノ

元々は白かったのだろう赤黒い染みが点々ある布切れ

同じ様なモノは一般的にはハンカチと呼ばれるのだろうそれは、絶望的な黒い魔力を纏っている

そして血のような真っ赤な糸でこう刺繍されているのだ

『ヘイカ シアワセ 呪』


「へ、陛下が幸せになるお呪いという意味でしょう」

「……宰相もそう言っていた。言ってはいたぞ?真っ青な顔でな」


「その……妻は刺繍が苦手で……」


そうは言ったが、俺の股間は少し濡れていた

それに負けず劣らず、皇帝陛下の頬は濡れていたのだった……うん、これは怖いですね



「ベアトリーチェ公爵が旧ドワーフ王国に?願ってもない、そのまま一緒に行動しろ!俺が許可する!」


怯えきっていた陛下を説得して椅子に座らせて、また薄くなっていた頭に治療魔法をかけた

ようやく落ち着いてきたので『アレは不敬にあたるのか?』と尋ねたのだが、返ってきた答えはこうだ


「大貴族の当主女性が幸せになる事をお呪いとして、自ら血を込めた品物が不敬な筈が無い。そんな事を言ったら俺が責任を持って叩き切る」


そういってブルブル震えていた

建前はそうだろうが、実際は『怖いから不敬じゃない。不敬じゃないから勘弁してください』って事だろう

俺もその辺は細かく突っ込みたくないので、喜んで同意した


「それと、旧ドワーフ王国統治の件もわかった。お前の領地でも良かったが、属国扱いの方が問題は少ない。うまみだけ吸い上げられるからな」

「ある程度までは私が出資して体裁を整えます。その後は手を引きますので代官を派遣なさってください」


「すまんな。落ち着いたら夫婦で帝都に来てゆっくりしてくれ。お前が居ないと増長する馬鹿が多くてな」

「私も社交を蔑ろにし過ぎました。そのようにいたします、陛下」


侍女すら居ない密会なので俺が紅茶のおかわりを用意する

さすがに陛下にそんな事をさせられないからな

お互いのカップに新しく注いで一口飲む


「そうなると問題はグリフォン王国か。獣王は犬なのか?獅子なのか?」


フーッと息をついて陛下が尋ねる

確かにここまでは俺の案が通ったので、進めるだけだ

だが、あの獣王陛下がどっちなのかで話が変わる


「出陣中に本国で謀反が起こった駄犬ならよし。ワザと隙を作って不穏分子を処分した獅子ならどうしましょう?」

「犬ならそのままでいい。お前のところのアルバートの息子と仲良くやってくれるだろうな。獅子であれば……どう動くと思う?」


「……恐らくは派手には動きませんね。獣人族の全盛期は長い。まだ若い獣王陛下なら国力を上げながら、私の死ぬのを待つでしょうね」

「もしくは、帝国の内部分裂を工作……いや、お前を独立させて自分は旧ドワーフ王国を押さえるか。だからこそ、属国化にした方が安全か」


この二つが一番怪しいな

長期戦略で俺の弱体化を待つのは簡単だ

そして、俺が帝国から独立すれば……俺を防波堤に大陸の反対方向を平定するだろう


「簡単に旧ドワーフ王国の攻略戦から撤退したのも布石でしょう。あの広大な領地を手にした私がどう動くかを観察しながら、帝国内の火種にもなります」


砂糖をたっぷり入れて甘い筈の紅茶を飲む陛下の顔は渋い

おそらく俺が言った事が納得出来たのだろう

やはりあの獣王陛下は獅子なのか?

だが、その答えは領地に帰ればわかる事なのだ


「まだ予想の段階ですのでこれ以上は心配しても打つ手はありません。私は領地を経由して旧ドワーフ王国へ帰ります」

「ああ、もしお前の領地に立ち寄った時に……」


「はい。グリフォン王国から交易・交流の誘いが来たら黒です。お知らせしますので獅子対策をお願いします、陛下」


頷いた陛下に挨拶して部屋を出る

領地へ向かうドラゴンの背中で思っていた

俺の領地とだけそんな事をすれば、帝都はどう思うか?

『帝国を蔑ろにして自分だけ利益を確保する大公』と見られるに決まっている

陛下は理解を示すだろうが、また貴族共が大騒ぎだろう

だが断れば『帝国の玄関である大公領地で断られたから交易・交流はしない』って帝都に使者でも送るのだろう


「我ながら嫌な予想だ。でも、大抵嫌な予想って……いや、言うと余計に当たるな……」


ドラゴンの背中でボソッと呟いた独り言は、実にいいフラグになっていたのだ


「あっ!おかえりなさいませ、ゼスト閣下。グリフォン王国から親書が届いておりますニャ」


夕方ごろに到着した領地でカタリナにそう言われた時、俺は盛大にため息をついたのだった

それ、見なきゃ駄目ですか?そうですか……

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