195 資格が無いなら作ればいいじゃない
「むむむむ、無理です!そのような大任を私などが……」
「はっはっは、謙遜するとはさすがは姫君だ」
「ふぉっふぉっふぉ、そうでなくては王族とは言えぬのぅ」
「アルバート、お手柄だったね。もう行っていいよ」
「はっ!!」
無事にミラを拉致して来た駄犬は、師匠の許可を幸いにと部屋から消える
これで残ったのは悪い顔三人衆とエサだけである
彼女の運命は決まったようなものだ
「無理かぁ、ドワーフの王族が居ないとなるとこの国はどのような統治になりますかね?」
「帝国の一地方かのぅ」
「ドワーフ族の王国は永遠に消えてしまいますね」
そう言われてしまうとミラも難しい顔をする
責任を負わされるのは嫌だが、ドワーフ王国そのものが残せる可能性があるなら……そんなところだろう
「確かに無条件降伏だったから王国が滅亡しても仕方ないと思っていたのだろう。だが、私が帝都にどのように伝えるかで今後の対応は変わってくるぞ?」
「大元帥殿が口添えをするならそうなりますなぁ」
「自治区となるか王国として属国になるかでは大きく違いますね」
「お、王国が残せる……」
降伏した時は余程の状況だったのだろう
だから、ドワーフ族皆殺しよりはマシだと思っていたのだろうが落ち着いてくれば欲は出る
何より俺達からしても属国扱いの方が都合がいいのだ
この土地を飛び地で管理とか、帝都の馬鹿貴族が大喜びしそうだもんな
「どうしても嫌だと言うなら仕方ないがな」
「残っている貴族達からは恨まれるのぅ」
「平民からもですね。何故王国を残せるのに残さなかったと責められるでしょうね」
「ううううううう」
ミラの顔色は赤くなったり青くなったりと百面相をしている
多分、頭の中では色々と考えているのだろう
しばらくそうしているのを眺めていたが、カッと目を見開くと懐から酒瓶を取り出して一気に飲み込んだ
……やっぱりこの世界の女性の胸には不思議な収納があるらしい
「プハーッ!わかったよ!アタイが姫になってやろうじゃないか!!」
「うむ。決まったな」
「ほう、いい飲みっぷりじゃな。ほれ、これも飲むといい」
「ささ、これに署名して……ええ、それで大丈夫ですよ。ふふふ」
「旦那様、強い酒をご用意いたしました。ミラ姫への献上品でございます」
その後、グデングデンに飲まされたミラは様々な書類にサインをする事になる
悪党顔三人衆と優秀な家令の罠にはまった彼女は知らない
その書類の中に『淑女としての教育についての合意書(特別最短コース)』というものがあった事を
「はじめまして。私があなたの淑女教育を担当します。ゼスト様の妻でもあり公爵でもあるベアトリーチェと申しますわ」
(トトはお母さんのお手伝いをするです!よろしくです!)
「こっこっこっこっこ、こちらこそよろしくお願いしますです!」
真っ青な顔で冷や汗を流しながら挨拶するミラ姫
『そこまでビビる事じゃないだろうに』と思うだろう
普通ならそう思うのが当然だ
だが、旧謁見の間に黒い巨大なドラゴンから降りてきたベアトを見たら仕方ないのかもしれない
ちなみに上空には他の黒ドラゴン達が世紀末のように旋回しているのもアクセントになっているのだろう
「まあまあ、そのように怯えなくてもいいのですよ?私は淑女教育の教師役なだけですわ」
(お母さんは優しいから大丈夫です!)
見慣れている俺ですらうっとりするような笑顔で語りかけるベアト
肩に座ったトトも同じような微笑みでミラを見ている
これだけなら見守る文官達も惚れてしまいそうな光景なのだが、ベアトの右手に握られた黒光りするバルディッシュのおかげで事情が変わっている
誰も顔を上げないで書類とにらめっこだった
「今回は時間が無いので最短コースですわね。王女殿下には失礼があるかもしれませんが、それよりも習得を早めるよう優先するとの事。さすが誇り高き王族ですわ」
(最短コースはツバキの時より大変です!でもお父さんも居るから死なないです!)
「……あのっ、聞いてません!むむむ無理ですよぅ!」
バルディッシュで床をゴリゴリ削りながらミラに近付き、その首根っこを掴んだベアトが満面の笑みで呟いた
彼女のセリフは実に懐かしいものだった
「出来る出来ないではありません。やるのです」
(逃げようとしたらポイッです!)
泣きながらズリズリと引きずられていくミラを見ながら思う
昔、師匠に同じ事を言われたなぁと
「まあ、腹に風穴が開いたりはしないから大丈夫だろうな」
「ベアトは優しいからね。ゼストの時は男の子としての教育だったから」
「辺境伯家には腑抜けは不要じゃからのぅ。昔は死人が出たらしいが、今はソニアも婿殿も居るから死なないじゃろう」
「旦那様、お茶のご用意が出来ました」
確かに女性なら俺の時のような無茶はしないだろう
ましてやベアトは何だかんだ優しいもんな
安心して紅茶を楽しむ俺達なのだが、その様子を文官達は震えながら見ているのだった
……ん?心配してるのか?ドワーフ族は心配性だな
「ただいまなのじゃ!」
「ただいま帰りました。お養父様、お養母様の魔力を感じるのですが?」
ドン引きしている文官達に声をかけながら仕事を終えて部屋に帰ると、ちょうど娘二人も戻ったようだ
そうか、ベアトが来る事を知らせてなかったか
「おかえり。そうなんだ、ミラの教育係として呼び寄せたのだ。知らせるのが遅くなったな、すまなかった」
「やはりあの魔力はママ上だったのじゃ」
「お気になさらず。お養父様はお忙しいのですから、そのような事はいいのです」
天使のような娘達をハグして頭を撫でる
ああ、こんな素直で優しい子達なら何人でも欲しいな
噂では娘には父親は嫌われると言われていたが杞憂だったようだ
「あいにくウィステリアは領地で乳母とカタリナが面倒を見ているが、まだ幼いから仕方ない。ひと段落したら皆で会いに行こうな」
「わかったのじゃ!お土産を用意するのじゃ!」
「カチュアお姉様、一緒に買いに行きましょう」
いいタイミングでスゥが甘いお菓子と紅茶を用意する
この辺の気遣いは駄犬の妹とは思えない優秀さだ
もう日が暮れるからベアトも戻って来るだろう
そう思いながら仲良くお茶を楽しんでいると、窓の外から嫌な音と声が聞こえてくるのだった
「ミラ殿、そんな事ではドラゴンの鱗は突破出来ませんぞ!」
「ぎゃああああああ、手が!手がああぁぁぁ!!」
「取れたのならともかく、折れた程度で悲鳴とは。このアルバート、失望いたしました」
「まあまあ、アルバート。女の子だから仕方ないさ。さあ、治りましたよ?もう一度です」
「ひいっ!?もう無理……」
「ほほう。諦めたらそこで終わってしまいますぞ?」
「そうだね。終わってしまうね」
諦めたら人生が終わるのだろう微笑みの師匠と、悪気の無い笑顔で稽古の相手をするアルバート
おかしい……淑女の教育とはなんだったのか?
そんな疑問は近くで微笑むベアトの口から出て来たのであった
「あらあら。淑女たる者、いざという時に戦えないというのはお話になりません。ましてや王族となれば辺境伯家以上の力でなければいけませんわ。最低でもドラゴンの一匹や二匹を倒せないと卒業は出来ませんよ?」
(お母さん、あのドワーフ弱いです。本当に淑女になれるですか?)
静まり返った部屋に、風に乗って聞こえてくるそんなやり取り
そうか?淑女ってそんな事が出来ないと駄目なのか?
困惑する俺だが、この二人も同意見だったようです
「ママ上のおっしゃる通りなのじゃ。淑女たる者、城を枕に討ち死にもあるのじゃ」
「ええ、シスターになる為にメイス一本で魔物の群れを倒したりしますものね」
エルフの国の元筆頭宮廷魔導士とシスターという名のアマゾネスが群れている教国出身者だよな
この部屋で一番女の子のスゥなら違うのかもしれない
そんな期待を込めた俺に視線には、ゆっくりと首を横に振る彼女が見えた
「旦那様、私は元々辺境伯家のメイドです。淑女のたしなみとして戦闘訓練もしておりました。武家の娘たるお嬢様方には及びませんが、盗賊や魔物程度でしたら一捻りでございます」
「……そうか」
類は友を呼ぶ
そんな言葉がグルグルと頭の中で響く中、ミラの『淑女教育』は続くのだった
我が家の女の子達はみんなそうなのか……そうですか