194 王族の作り方
「閣下、獣王陛下より親書が届いております」
「今度はわかった、ご苦労」
ようやくいつものイケメンに戻ったアルバート
顔だけが自慢の駄犬だから、そこは気を遣ってあげたいからな
「こちらになります。それと治療をありがとうございます。鎧のおかげて軽症でしたが助かりました! 喋る事が出来るというのは幸せな事ですな」
「……お前がそう言うならそれでいい」
どうせ喋っても地雷しか踏まないくせに喋りたいとは、相変わらずの駄犬ぶりで安心する
こう、実家のような安心感だ
「随分と分厚い親書だな。ああ、宰相殿が書いたのか」
あの獣王陛下が小難しい事を書くだろうか?
いや、馬鹿なフリをしていた可能性はあったか……
ペーパーナイフを使って封を開くと、中から厳重に包まれた物体が姿を現したのだ
「こ、これは!?」
「ほほう、見事な品ですな」
真っ白な新雪のような染み一つ無い純白
ずっしりとした重量感
そして片手では指が回らない太さ
実に立派な『骨』である
漫画でしか見た事が無いような『絵に描いたような骨』がそこにあったのだ
「……ん?何かが彫ってあるのか?」
そんな骨の一カ所に違和感があったので確認すれば、小さくいびつな文字でこう彫られていたのだ
『えれのーら』と
「名前入りの骨を貰ってどうすればいいのだ?アルバート、獣人族のしきたりか何かなのか?」
困惑しかない頭で駄犬に尋ねれば、俺に任せろと言わんばかりの笑顔で答えてくれる
「骨を贈るのは戦勝の祝いです。白ければ白い程、上級な贈答品となります。今回の品物はまさに最上級品でさすがは獣王陛下ですな」
「旦那様、しかも骨に歯彫りの名前入りという事は『噛り付きたい品だろう?しかし我慢して名前を刻む程感謝している』という意味です。この骨の誘惑を我慢して名を刻んだ獣王陛下のお気持ちはいかほどか……お察しいたします」
何をどう察したのか涙目のスゥとアルバート
獣人族の闇は、俺の想像よりもずっと深かったようでした
……歯彫りってなんだよ
「要は獣王陛下が勝ったのか。返礼はしておくか」
「それがようございます、旦那様」
紅茶の香りが漂う静かな執務室……いや、私室か
アルバートが外に出ていったので、非常に落ち着いた空気になっている
やっぱりスゥの入れた紅茶はうまいな
「それで、どの程度の品物が相応しいのだ?人族の場合だと同等の品物を贈るのだが、この場合は特殊な配慮が必要か?」
「さすがは旦那様、獣人族の事をよくお分かりです。おっしゃる通りこの場合は『あの骨は美味しくいただきました』との意味を込めて……」
やっぱりだな
アルバートが犬じゃらしを配っていた事もあったし、獣人族特有の風習なのだろう
間違えて変な品物を贈らなくてよかったわ、仮にも相手は獣王陛下だしな
「歯を贈ります」
「……は?」
「どんな生き物でもいいのですが、なるべく大きな生き物の歯がいいでしょう。それだけ感謝の気持ちが大きいという意味になります」
なるほど、わからん
まったく理解出来ないが把握はした
そういう風習なら仕方ないだろう
考える事は放棄した俺は、ゆっくりと立ち上がり窓を開ける
「アルバート、一番大きなドラゴンの歯をへし折ってこい!後で治してやるから心配するな!」
「ふぁい!ふぁふぃふぉふぁふぃふぁふぃふぁ!!」
骨を咥えて庭駆け回る駄犬に指示をしておけばいいだろう
俺には獣王陛下のよだれが付いた小汚い骨にしか見えないからアルバートにくれてやったのだが、大喜びだった
その対価なのだから素早く実行してくれるだろう
それに、ドラゴン達は模擬戦でキバくらいいつも折られているんだから今更だろうし
「後はアルバートが持ってくるだろうドラゴンの歯を贈ればいいな」
「お見事です、旦那様」
そんな俺を褒め称えるスゥの称賛を受けながら、少し冷えた紅茶を飲むのだった
時折、遠くから聞こえるドラゴンの悲鳴は聞こえない事にする
「……と、以上になります」
「そうか……落ち着いた統治状況なのはいいが、大赤字だな」
机の上に積み上げられた書類をスゥがまとめて報告してくれた
やはり優秀な秘書は必要だな
結果から言うと、旧ドワーフ王国は笑える赤字状況であった
まあ、俺の財力を削ろうって帝都貴族の思惑は成功だな
「いっそ、ここは帝国の直轄地にして欲しいくらいだな」
「そうすると、また余計な仕事を押し付けられます。叛意の無い証として大人しく旦那様が統治なさるべきです。財政状況が黒字化したら皇帝陛下へ返すのがよろしいかと」
今現在の旧ドワーフ王国は、グルン帝国旧ドワーフ王国領地という扱いである
俺が領主様なのだが、当然足りない物資や資金は持ち出しである
将来的には自治区から属国の扱いで独立するかもしれないが、当分先になるだろう
王族がほとんど残っていないのだから、その行方を探すのにも一苦労だ
「地方貴族や商人に旧王族の捜索及び保護を指示してありますが、望みは薄いでしょう」
「最悪の場合はご落胤が発見された事を捏造……じゃない、誰も知らない事実が発覚するだろうさ。皇帝陛下に任せよう」
それ程の政治的な判断は恨まれるし面倒だから、上司に丸投げすればいい
俺はそこまで責任は持たないぞ
「それでよろしいかと。旦那様は現状のある程度の回復までで責任は果たされるでしょう。そのあたりのさじ加減は辺境伯殿にご相談くださいませ」
「そうしよう。波風を立てない程度に大人しくしておくさ。これ以上遠征を強制されたらベアト成分が枯渇するからな」
「ですので、後一ヶ月程度で旦那様は領地にお帰りになるべきですね。辺境伯を残して一旦領地へ帰り、そこから帝都へ向かって指示を仰ぐのがよろしいでしょう」
そうだな、それが一番安全策だな
それにこれはスゥだけの意見ではないだろう
「ラーミア義母上とカタリナあたりの意見か?」
「おっしゃる通りでございます」
老練な……あ、寒気がした
知的で美人な義母上と、部下の中で一番賢い彼女の意見には従おう
ここは大人しく従順になっておいて、帝都で根回しして帰ろう
そうすればしばらくは安泰だな
「では、カチュアとアナスタシアがお見合い婚活パーティーと治安維持の巡察はしっかりしてくれているから、私がここを離れてもいいように統治が維持出来る組織を作っておこう。スゥも色々と動いてもらうぞ?」
「お任せください、その為に私がこちらに来たのです。何なりとお申し付けください」
ビシッと頭を下げる彼女を見てホッとする
これだよ、こういう部下が俺の周りには少ないのだ
安心して再び書類を広げ、細かい指示事項をまとめていく
『今を頑張ればベアトとイチャイチャタイムだ』と自分に言い聞かせながらの作業は、深夜まで続くのだった
「ほう、これは素晴らしい計画書じゃな」
「ゼスト、やれば出来るではないですか」
「ええ、頑張りました。頑張りましたとも」
半ば真っ白に燃え尽きながらも仕上げた書類は、辺境伯と師匠のおめがねに叶ったようである
寝ないで仕上げた自信作なので、認められなかったら暴れるレベルだったから当然だろう
やり切った笑顔で紅茶を飲み、その後の反応を待つ
「統治計画は文句なく、資金計画も上出来じゃ」
「最終的には皇帝陛下へ領地を返納するというのも名案ですね。貴族らしくなったじゃないですか」
「そうでしょうとも」
自分の手柄ではなく部下のおかげなのだが、そこら辺は言わないのが貴族だろう
だが、二人の最大の懸念はやはりソレだった
「後は王族が見つかれば100点満点じゃな」
「そこですね。どこかに逃げ伸びて居て欲しいですが……」
国があろうが、それを統治する王が居なければ意味はない
ドワーフ族にはドワーフ族の王様が必要だろう
それとも工業都市として帝国に組み込むべきなのだろうか?
最大の問題に頭を抱えていたのだが、意外と近くに答えは転がっているのが人生の面白いところだろう
「閣下、失礼いたします。おお、皆様お揃いのようならちょうどいいですな。メディア卿から知らせがありました。ミラ殿の父親が旧王家の血縁ではないかとの報告です。王家とはいえ、末端も末端の家柄らしいですし庶子なのですが……あの、どうなさいました?」
あの地雷踏み抜き王のアルバートが危険を感じる程、この時の俺達は悪い顔をしていたそうです
そして、この後のセリフは見事なユニゾンを奏でていたと震えながら語る事になる
「「「ミラ姫をここに呼べ!!」」」
「はっ!!大至急!!」
数秒後、ぐったりとしたミラは駄犬に担がれてやって来た
治療魔法で目を覚ますと泣きながら『ひいっ!た、食べられる!?』と怯えていたのはいい思い出である
食わないさ、君は今からお姫様だ