192 トトの告白
「おはようございます、ゼスト様」
これは夢なのだろうか?
最近は少しはマシになったとはいえ、ほとんどの場合は戦乙女部隊の誰かに起こされるのが日常だった
あいつらは脳筋だから俺の身体をゆするのに遠慮が無いのだ
……腕力は無駄にあるけどな
「ゼスト様?どうなさいました?」
「ああ、すまない。ベアトに起こされるのは久しぶりだったから感動していたんだ」
「ふふっ、相変わらずお口が上手ですわね」
目が覚めて隣には微笑むベアトが一緒に寝ている
ちょっと前では当たり前の光景だったのに、こんなにも嬉しい事だったのか
そうしみじみと実感しながら彼女の頭を撫でれば、フワッと甘く優しい香りがする
「本心だよ。そうだ、これはお土産だ。街で見つけた物だがベアトに似合うと思ってね」
脱ぎ散らかした服から昨日買った髪飾りを取り出して、そっと手渡す
彼女の好みにも合っていたようで嬉しそうに目を細めていた
「まあ!ゼスト様がこのような装飾品をお土産にするのは珍しいですわね」
「ああ、たまたま見付けたのだが気に入ってね」
「細工も綺麗ですし、この宝石の色も気に入りました!ありがとうございます、ゼスト様」
ギュッと抱きつくベアトの細くて柔らかい髪と、スベスベの素肌
そして娘二人には無い柔らかな胸の感触で、俺はここ最近の忙しさが全て許せるような気分になる
皇太子は許さないけどな
「こうしてゆっくりするのも久々だね。ちょっと寝坊してもいいかな?」
「ゼスト様は働き過ぎなのです。そうしてくださいませ」
ジッと彼女を見つめれば照れくさそうにシーツで顔を隠す
その反応が可愛くてつい意地悪な事をしてしまう
隠れたシーツごと抱き寄せて、その端から覗くおでこにキスをした
ああ、こんなイチャイチャタイムが欲しかったのだ!
「その……朝からだが……駄目でしょうか?」
「……聞かないでくださいませ」
これはイエスだろう
思わず魔力があふれ出たのは仕方ない
邪魔が入らないうちにとシーツの中に潜り込んだが、当然のように途中で中断される事になる
(お父さん、お母さん!昨晩はお楽しみでしたね!!)
全く悪気の無い笑顔で、俺達の長女が突入してくるのだった
……うん、まあこうなるよね
知ってた
(お父さん、どうしてお母さんと一緒に寝ると朝裸なんですか?)
「トト、この焼き菓子を食べなさい」
「これも食べていいのよ?」
朝食の最中に子供に聞かれたくない質問グランプリで上位入賞しそうな言葉が吐かれた
幸い念話なので給仕をしている戦乙女部隊には聞こえていない筈である
……あれ?あいつら何で顔が真っ赤なんだ?
(うわぁ、おいしいです!それで朝だけどいいか?ってなんですか?夜ならいいですか!?)
「プリンもあげよう」
「トトちゃん、後で飴もあげますからね」
このやり取りで、更に真っ赤になった戦乙女部隊を見て確信する
トトのやつ、念話をオープンで使ってるな?
こんな恥ずかしい話をダダ漏れにしやがって……
「なあ、トト。その話は内緒で話さないか?」
「そ、そうですね、それがいいですわ」
ベアトと二人で絞り出した声だったのだが、無邪気なトトにはダメージを与える事は出来なかったのである
(ふぇ!?みんなには知られたらいけないような事を朝から二人きりでやろうとしたですか!!ずるいです!トトもやりたいです!)
大惨事である
朝の清々しい食卓が修羅場になった瞬間だった
「そうじゃない。そうじゃないが落ち着くんだトト」
「ほ、ほら!おいしいお団子もありますわ」
(むぅ!食べ物では誤魔化されないです!トトは大人になったです)
頬を膨らませてご立腹だが、大人ならそんな事を聞かないで欲しい
自分の事を『大人』と言うのは大抵の場合子供しか居ないからな
精霊に当てはまるのかは知らんが
「それは悪かったな、トト。しかし随分と拘るじゃないか?何かあったのか?」
「確かにここまで必死なのは変ですね?どうしたの?」
ここでムキになるのも大人げないし、トトを撫でながら優しく聞いてみる
ベアトと二人がかりの甘やかしが効いたのか、意を決したような顔でとんでもない事を言い始めたのだった
(トトは赤ちゃんが欲しいです!お母さんみたく赤ちゃんを産みたいです!!だからいろいろ教えて欲しいです!!)
両手を顔の前でグッと握ったトトが宣言する
最初はベアトを見ていたがそっと目を逸らされた彼女
今度は俺の目をジッと見つめているのだった
……どうしろっていうんですか、これ
「トトはウィステリアが生まれて本当に嬉しかったと」
(はい!そうです、お父さん)
「そして自分でも子供が産みたくて教えて欲しかったのね?」
(はい、お母さん。好きな人と一緒に寝ると出来るって聞いたです!でも、お父さんと寝てもお母さんと寝ても出来ないです……)
悲しそうに自分のお腹を撫でるトト
まあ、寝ただけじゃ子供は出来ないよなぁ
これは母親の出番ではないのか?
そう思ってベアトを見るのだが、彼女も困惑しているようだった
「その……トトには少し早いのではないかしら?」
「そうだね。まだ小さいからなぁ」
(トトは小さくありません!)
不満であると腕組している精霊様はご立腹のようだ
朝食が終わったテーブルの上で仁王立ちである
「トトちゃんに嘘を教えたのではないのよ?大人……いえ、もう少し大きくなったら好きな人との子供が出来ますよ?」
「さすがにトトは小さすぎるのさ。時期が来れば出来るよ、トト」
一回は回避した『子供』についての話をまさか再びする事になるとは
手にした紅茶の味は既に全く分からない
だが、今回はトトも簡単には引き下がらない
(でも、大きくってどのくらいですか!?はっ!!カチュアやアナスタシアは子供が産めるですか!?)
危うく吹きそうになった紅茶を気合と魔力で飲み込んだ
何であの二人が出て来た?
ああ、確かにちょうどいい比較対象なのか
「あの二人はそうだな……可能だが、もう少し未来にして欲しいなぁ」
「そうですわね。まだ早いですわ……しばらくは娘として一緒に居たいですわね」
(やっぱりあの子達でも小さいですか)
そうだよ?
お前達はまだ俺とベアトの子供でいて欲しいんだ
ベアトも同意見のようで擁護してくれたしな
(じゃあ、スゥくらいおっきくなったら出来るですか?)
「スゥか……まあ、彼女なら大丈夫だろうな。家令でなければ直ぐにでも大丈夫だろう」
「ええ、心配いりませんわ」
なるほどと頷くトトさん
ようやく納得してくれたのだろうか?
(ようやくわかったです。これでどのくらいおっきくなればいいのか目標が出来たです!)
「うむ」
「偉いですわね、トトちゃん」
よかった……本当によかった
朝から面倒な内容だったが、どうにか決着したようだな
ベアトが用意した新しい紅茶に砂糖を多めに入れて飲む
脳味噌が糖分を求めてるんだ
(ラーミアお母さんとベアトお母さんとスゥには子供が産めるです。でも、カチュアとアナスタシアには無理です!だから、トトはスゥくらいはお胸がおっきくなるように頑張るです!!)
ブーッと紅茶を噴出した俺は悪くない
証拠に隣のベアトはダバダバと紅茶をカップから溢れさせてるから仕方ない事なのだろう
身体の大きさや年齢の大きさって意味だったのが、どうして胸になったのだ
「失礼いしますニャ。ゼスト閣下がお戻りと聞いてまいりましたニャ。ご帰還の予定では無かった筈ではないですかニャ?」
留守の俺に変わって領地の内政を一手に引き受けてくれているカタリナがやってきた
嫌な予感というのはこんなにもハッキリと感じられるものなんだと実感した
(カタリナもその胸じゃ子供が産めないです!一緒に牛乳飲んで育てるです!)
「……む、胸が小さいと子供が産めない?トト様、誰に聞いたのですニャ?」
(お父さんとお母さんです!!)
「……閣下、私しばらく領地で休養してもいいですかニャ?仕事を全部放り投げて。遠回しに結婚できないのは忙しいからではなく、私の胸が周りに比べて若干ささやかだからと言いたいのですかニャ?それに相手が居れば子供も産んでみせますニャ……相手が居れば……」
青筋を立てて瞳孔が開いているカタリナに言い訳は危険であった
……話せばわかる事は、話さないとわからないのである
結局、実家に帰ると泣き叫ぶカタリナを二人がかりで慰めました
もう、勘弁してください