191 また増える心配事
「いろいろと突っ込みたいが、まずは抱き枕の件だな」
久しぶりのベアトとのイチャイチャタイムを邪魔されて、さすがに温厚な俺も激おこである
薄い本を勝手に作らなくなったと思ったらこれだもんな
「貴族社会は日本とは違うから気を付けろと言ったな?言ったよな?お前は何でこんな抱き枕なんかを……」
「ゼスト様、申し訳ありません……私がマリーに頼んだのですわ」
「ベアトが?」
さすがに部下と話すのにベッドで抱きしめられてながらはカッコ悪いしいろいろとマズイ
部屋の中にある椅子とテーブルの応接セットへと移動しているのだが、ソファーの隣に座ったベアトが申し訳なさそうに俺の手を握りながらそう言った
「ゼスト様がお忙しいのに、私が寂しいと文句を言うのは貴族の妻として失格です。ですが、どうしても我慢が出来なかったのでマリーに良い案はないかと……」
「そうだったのか。いや、私が配慮するべきだったね、ベアト」
(お母さんはお父さんが居なくて夜中に泣いてました)
「なっ!?」
衝撃的なトトの一言で、頭をドラゴン達に殴られたようハッとした
確かにこの権力と武力を持った俺は自由には振る舞えない
だが、その力を手に入れた目的はベアトと一緒に居たいからだった筈だ
それを寂しさで夜中に泣かせていたとは……
「すまなかった、ベアト。ドワーフ王国など消し炭にしてさっさと帰れば良かったな」
「旦那様、限度というモノがあります。兄のようになってはいけません。アレは悪い見本です」
いつの間にか現れたスゥがいそいそとお茶の準備をしながらもツッコミを入れてくる
俺を見ても驚かないから知っていたのかと聞いたのだが『旦那様の匂いがしました』と言われた
そんなに俺はクサイのだろうか?
「そうですよ、ゼスト様。私が悪いのですからドワーフ王国を消し炭になどしないでくださいませ」
「なに、ドラゴン達がブレスを誤射したのかもしれないじゃないか。一回なら誤射で済まされるだろうし、それを疑う貴族共が居たらそいつらにも誤射すればいいだろう」
「旦那様、さすがにお止めください。後始末で余計に面倒になりますので。それとマリー卿、あの目は旦那様が本気の時です。くれぐれも冗談だと思ってはいけません」
「家令殿、やっぱりですか?奥様が大好きって聞いていましたがそれ程なのですね」
いいアイデアだと思ったが駄目らしい
ああ、抱き枕の件は許さないとな
絶賛正座中のマリーに椅子に座っていいと許可を出す
ベアトの依頼なら仕方ないからな
「それに、私は優しいゼスト様が好きですから」
「ドワーフ王国の統治は細かく配慮しよう」
「さすがです、旦那様」
「そうですね。じゃあ私は失礼します」
ベアトの少し頬を赤らめながらの『好きです』発言は何にも優先する
これからも頑張ろうと心に決めた俺だが、ボソッと言ったマリーにはまだ聞きたい事がある
「水たまり、血だまりになりたくなかったらもう少し残れ」
「マリー、サイン入り姿絵について聞かせてね」
(マリー!お人形さんはまだですか?作るって言ったです!)
「……はい」
そう返事をしたマリーは、何も指示されていないのに正座に戻ったのだった
……本当に懲りないね、君は
「奥様の姿絵は下着姿や、酷い物は裸の物まで有ったのです。ですからキチンと内容を確認してサインを入れないと販売させないようにと……」
「なるほど。それなら仕方ないか」
「むしろよくやってくれました。そのような恥ずかしい姿絵など燃やしてしまいたいです」
「奥様、カチュアお嬢様に任せて店ごと燃やすべきです」
(トトがポイッします!お母さん)
冷や汗を流しながらも説明を終えたマリーの言い分を聞けば許す許さないのレベルじゃなかった
そんな物を俺が発見したらドラゴン達を引き連れてチリにしたわ
当然の事だが、店ごとである
「サイン入り姿絵の事はわかった。よくやった。で?人形とは何だ?」
そうなのだ
そこが一番疑問であり嫌な予感がする部分である
この腐女子が作る人形って不穏な空気がこれでもかと漂うわ
「精霊のトト様は奥様の側におりますから、それ程は寂しくないとおっしゃいました。しかし、やはり生まれて間もないですから配慮は必要です」
床に頭をこすりつけながらマリーが告げる
ここまで下手にしている理由は、おそらくだがやましい事があるのだろう
俺は魔力での威圧は止めているのに土下座を止めないか……益々嫌な予感がするよ
「ゼスト閣下は奥様のご要望に合わせて抱き枕として作成いたしました」
黙って頷くベアトを見て俺も頷いた
ここまでは問題無い
最初に裸の状態の俺を作ったのは、この際置いておく
「トト様に差し上げるのでしたら、同じ大きさの抱き枕に?いいえ、それではいけません。寝るのは奥様とご一緒ですから抱き枕ではいけないのです」
まあ、それはそうだろう
ここまでは理解出来る
俺は特に返事もせずに紅茶を飲む
「ですから、ご姉妹と言って過言ではないカチュア・アナスタシア両お嬢様ソックリでトト様と同じ程度の大きさの人形でお心を癒していただこうと……」
「要は、美少女フィギュアが作りたかったのか?」
「……日本人にわかりやすく簡潔に述べるとそうなります」
「途中までの話だったら、貴族社会に馴染んだと安心していたが……私が馬鹿だった」
何故、そっちにいってしまったのか
どう考えたらあの二人のフィギュアを用意出来ると思ったんだこいつは
「素体をどうするつもりだったのだ?服を脱がせたら裸だぞ?そんなモノを作って持っていたら、いくら私でも庇えないぞ」
「え?ゼスト様、よろしいではありませんか」
「旦那様、お子様の人形を作るのは普通ではありませんか?」
『フィギュア』とは人形なのでしょう?何の問題が?
純粋な瞳でそう疑問を口にしたベアトとスゥに、つい疑問の眼差しを向けてしまう
「貴族子女のフィギュア……人形はいろいろとマズイだろう?」
「いいえ、私のお父様も持っていた筈ですわ」
「娘の人形はほとんどの貴族であればお持ちでしょう。上位貴族ならだ尚更です、旦那様」
あれ?そうなのか?
この世界では娘のフィギュアを作らせて所持するのが普通!?
俺の困惑をよそに、正座待機中のマリーがユラリと立ち上がった
「ふっふっふ、どうやら私の勝ちのようですねぇ……大公閣下、ご覧ください!私の最高傑作を!!」
アナスタシア達よりは厚い胸部から取り出した二体のフィギュア
だからそこは物入れじゃないだろうが
ドヤ顔でそれを両手に持つマリーが高らかに言葉を放つ
「ご覧ください!カチュア・アナスタシア両お嬢様の外観を完璧に表現した至宝!装飾品も全て私が手掛けた世界で一つの宝物です!!」
「まあ!これ程精巧な人形は初めて見ましたわ!」
「これが異世界人が言うふぃぎゅあですか。なるほど、人形とはひと味違うという事ですか」
(うわああああぁぁぁ、凄いです!ソックリです!!)
確かに無駄に高性能な腐女子である
文句なくソックリで、人間をそのままそのサイズにしたかのような精密さ
職人もビックリの出来栄えである
ベアト達女性陣もうっとりとそれを見ていた
「このお洋服もまるで本物のようですわ。ボタンまでソックリに……えっ!?袖が捲れました!!」
「まさか……奥様!?上着を脱がす事まで出来ます!」
(!!??靴が脱げたです!!)
この反応からすると異世界の人形とは、どうやらぬいぐるみに近いのであろう
装飾品は柄だけ表現して縫い付けてあるから、このような着せ替え可能なフィギュアは初見なのだろう
……と、なると……
「またまた、そこまで驚く事ですか?これからですよ、服は勿論ですがこのように……ほら!下着も完璧です!!しかもその下も……どうです!!??実物同様の縮尺ですから、スリーサイズもピッタリです!アナスタシアお嬢様の内腿のココにあるホクロまで再現しましたから!!!」
スッポンポンになったフィギュアを片手に熱く語るマリー
『背中のラインが……』『お尻の形が……』『足の太さが……』
そんな地雷ワードを他の女性達がどんな顔で聞いているのか全く気がつかないでつらつらと話している馬鹿
ゆっくりと広がる黒い魔力を察して、俺は静かに部屋の隅に移動した
「そして、ココ!乳首の色も拘りました!!いやぁ、アナスタシアお嬢様の色がなかなか再現出来なくて困りました!!あっはっはっはっはっは!…………あれ?」
その言葉を最後に、トトが片手でパチンッと指を鳴らすと彼女は消えました
部屋の中から……目の前から消えたのです
「失礼いたします。私、少々席を外します」
(トトも一緒に行くの!スゥのお手伝いするの!)
「ええ、ゆっくりしてらっしゃいね」
二人がドアから出ていったのを確認してベアトの側に戻る
ニッコリと微笑んだ彼女は優しく尋ねたのだった
「ゼスト様?今、何か見えましたか?」
「私が見えたのは、今日もかわいいベアトだけだよ」
彼女の座った椅子の後ろに回って抱きしめる
俺の足がガクガク震えているのは、中腰になっているからだと信じたい
……巻き込まれなくて良かったです