190 館の警備
「ご覧ください!この情熱の赤ときらめくラメ!!このラメという技法はカチュアお嬢様仕様だけの特別な豪華さと華美な雰囲気ですから、高位貴族のご令嬢に大人気です!」
ドヤ顔で説明する店員のお姉さんだが、俺とターセルの視線は小汚い箱に釘付けである
「心配はごもっともです。ですが、手抜きなどしておりません!この赤とラメで費用が多くかかりましたが、お値段は他の仕様と同じなのです!!」
そこじゃない
俺達が心配なのは、そこじゃない
確かに手間暇かかってそうでコストは余計にかかっているのだろう
おそらく鉄扇で費用がかかる分、箱のコストをカットしたんじゃないのか?
そんな疑いの視線は店員さんにも届いたようだった
「ああ、この箱が気になりますか。お目が高いですね……」
目に優しくないカチュアモデルをたたみながら箱を正面に置く店員さん
そっと頬を流れるひとすじの汗を見逃さなかった
「この仕様の箱は、エルフ族に馴染み深い霊木を使っています。落ち着いた大人の雰囲気と、かわいらしさを併せ持つカチュアお嬢様に相応しい箱と中身と言えるでしょう」
「……霊木?」
「旦那様、この商会の依頼で冒険者ギルドに『流木の回収と運搬』が届けられているようです」
そのターセルの言葉で、今度こそ隠しようのない汗が店員さんの頬を伝う
ターセルは細かい事までよく知ってるなぁ
さすが情報収集の専門部隊の親分である
「いや、そのっ……そのような失礼な事はしませんとも!あれは当店従業員の食事を作る為の薪でして」
「流木を薪にとは厳しい言い訳だなぁ」
「せめて『他国の珍しい木を入手する為』の方がマシでしたね」
「さ、さすがお目が高いお客様です。当店の秘密である高級木材の入手先を看破するとは」
「ほう。そうきたか」
「なかなか侮れませんね。ちょうどいいからと乗ってきたようですね」
ターセルが言った言い訳が落としどころとして良いと思ったのだろう
話をそのようにしたいようだ
本当の可能性もあるが、店員さんの土気色した顔と尋常じゃない汗を見れば適当な嘘の可能性の方が高い
「……最初に発売されたベアトリーチェ様仕様より高く出来ませんし、カチュアお嬢様仕様は箱までこだわると大赤字です。作った担当者がカチュアお嬢様を心から尊敬しているからと無茶をしまして……他の商品で穴埋めしようにも担当同士が牽制しあっているのでそれも出来ず……」
気の毒な話である
観念したようでポツリポツリとそのような話をしてくれた
どこの世界でも現場では、このような事態が起こりえるものなのだろう
それにしたってやりようがあったような気もするが
「それなら、赤が基調の通常版カチュアお嬢様仕様を作って売ればいい。この豪華仕様は『特別限定版』として高く売るのなら、貴族としての身分差を値段に反映させていないという文句もこないだろう」
「それならば大公家に申請しても許可されるでしょうね」
「……その手がありましたか!!!」
娘であるカチュアのバージョンが、親であり公爵を独自に持っているベアトのバージョンより高いのはマズイ
貴族の名前を使っているのだから、その家には申請して許可をもらうしかない
だが、『娘さんの方を高くしますね』と言えば『馬鹿が』と叱られるのは確定である
「お話は聞かせていただきました。当店の主でございます。そのようにさせていただきますので、今日の事はこれでなにとぞ……」
明らかに身なりのいい中年男性が出てきてそっと革袋を差し出した
子供の握りこぶし程度のその中身は口止め料だろう
「いただいておきます。その代わり……そうですね、あの生地と装飾品をいただきましょう。ああ、この髪飾りも貰おうか」
「代金です。旦那様がお持ちの髪飾りだけは持っていきます。残りはこの場所へ運ぶように」
そう言ってターセルが懐から金貨の入った袋と場所を書いた紙を渡す
口止め料を断ってもかえって心配させてしまう
貴族に『カチュアお嬢様の名前を使っているのに粗末な材料を使った』とか告げ口されたら大事だもんな
……なら、最初からやるなよって話だが
「これは大変失礼いたしました。どうぞ、これからもご贔屓に。以後、このような事が無いよう徹底いたします」
黙ってわいろを受け取って立ち去れば貴族のお使い
今のように受け取っておいて、買い物をして料金以上に渡すのは『貴族本人がお忍びで来てるから。その程度の出来事をもみ消せる階級だから口止めとか心配するな』って意味だ
まあ、ぶっちゃければ『その程度でガタガタ言う小物じゃないから心配すんなよ』って遠回しに言ったのだ
「なかなか気軽には来れないがな。この店員が優秀だからつい庇いたくなったのだ。ああ、側室だの愛妾だのは間に合っているから心配ない」
「これは言葉通りに受け取るように。奥様が知ったら大事ですから」
「……そこまで言わなくていい」
大貴族らしく決めようと思ったのに、最後でしまらなかった
店員さん、『奥様が怖いなんて平民と変わらないのね』とか思っても言わないように
「私は妻の尻になど敷かれていないぞ?」
「存じております」
「妻が怖いから側室や愛妾を持たないのではなく、愛しているからだぞ?」
「存じておりますとも」
結局は余計な出費しかなかった買い物を終えて、仲良く街を歩いている
でも、あの髪飾りは掘り出し物だったかもしれないな
懐のすぐに渡せるようにしまったそれをニヤニヤしながら撫でる
ベアトの黒い髪に似合うだろう金色の台座に赤と青の宝石が飾られており、細かな意匠もなかなか手が込んでいて見事な品だった
「それよりも、そろそろ準備をなさってください。館が近くなってきましたので」
「そうか。まあ、私とターセルなら苦労などしないだろうが……」
自慢じゃないが、俺の個人的戦闘力は大陸最強だと自負している
その相棒が隠密技能なら俺でも気が付けないターセルなのだから安心だろう
これならスニークミッションなど散歩のようなものだ
「はい。普通の場所でしたら……しかし、あの館となると厳しい状況です」
「はっはっは、ターセルは心配性だな。いくらあの館でもそこまでしん……」
ちょうど街の中心付近
旧王城があった場所は小高い丘になっている
その場所には、今は俺の館があるのだが……
「……なんだこれは」
小高い丘の上に鎮座する我が館
そこはいい
その周りは普通の町並みから突然開けて館と他の建物の間には50メートル程の平地が有るのだが、それでもない
「なんだこれは」
問題はその平地の状況である
唯一の出入り口である石畳の通路には黒騎士達がびっしりと並んでいる
その周りは背の低い花畑なのだが、それらはピクリとも動かない
周囲に防風の結界を張ってあるからだろうが、これでは侵入者が居れば一目瞭然だ
動いたら不審なのだから
「奥の館周辺には水の結界もあります。上空はドラゴン達が不定期に飛び回り、竜騎士部隊も交代で監視しているのです。トドメに内部は獣人族の女性兵士達が匂いで警備しており、奥様の部屋の周りは戦乙女部隊の精鋭が張り付きます……そして……」
「まだあるのか?」
これだけでも突破出来そうもないが、ターセルは真面目な顔で追い打ちをかけるのだった
「奥様の部屋は、奥様自ら闇属性魔法で防御結界と探知結界が張られております。しかも今はそこに母親であり宮廷魔導士のラーミア様までいらっしゃいます」
「……う、うむ」
それはムリゲーじゃないのか?
なぜそんな場所に忍び込むという発想になったのか
ちょっと文句を言ってやろうとターセルに振り返ると、先に口を開かれてしまった
「そろそろお迎えかと思われます。街に入る少し前から探知されていたので、間もなくでしょう」
「何を言って……」
俺が返事をしようとした瞬間、身体が浮遊感に包まれる
どこか懐かしいその魔力を感じて抵抗する事はしなかった
「おかえりなさいませ、ゼスト様」
(お父さん、トトが連れてきたです!上手ですか!?)
大きな天蓋付きのベッドの上で寝転ぶように背中から抱きしめられる
俺の正面には見慣れた小さなベアトが……俺の長女とも言える精霊のトトが浮きながらニコニコしていたのだった
「ただいま。ベアト、トト。心配させたね」
あの要塞のような厳戒態勢の中をどうやって突破するのか
そんなものトトが居ればこうなるのか……瞬間移動?転移系の魔法なのだろうか?
俺の後ろから回された手を握り、懐かしいその感触と匂いを楽しむ
「ふふふ、ゼスト様ったら。今日は甘えん坊さんなのでしょうか?」
(トトも!トトも甘えるです!!)
ああ、ようやく帰ってきたんだな
背中から感じるベアトのぬくもりと、嬉しそうにグリグリと頭をこすりつけてくるトト
部屋に漂う優しく甘い香りを吸い込みながら実感する
この幸せを守る為に俺は頑張っているんだなぁ
そうしみじみと思ってベアトに向き直り、口づけをしようとゆっくりと顔を近づけた
「ベアトリーチェ奥様!完成しました!!ゼスト閣下の等身大抱き枕です!!!」
ノックもしないで素晴らしいタイミングで部屋に乱入してきた大馬鹿者
満面の笑みで何やら片手に抱えたマリーが、入り口からは死角になって見えない俺に気が付かないでベアトのベッドに近寄る
「今回のはいい出来ですよ!ほら!顔も前回の物よりずっと似て……あら?この抱き枕は凄く閣下に似てますね」
「……」
俺の後ろから首元に顔を埋めるベアトは真っ赤になっているのだろう
素肌が触れ合う部分がドンドンと熱くなる
「抱き枕とはどういう事だ?正直に言えばサイン入り姿絵の件はアイアンクローで勘弁してやるぞ?」
ピシッと石のように固まったマリーは、流れるような動作で正座した
プルプル震える彼女の顔色は真っ青で汗も酷い
久々のベアトとのキスをおあずけにされたから、俺の魔力は全開状態だったのもその理由かもしれないが
(お父さん、マリーは上手なんです。最初の抱き枕はお父さんが裸だったから、お母さんにも叱られたです!)
どうやら手加減はしなくていいようです
トト、後でお菓子をあげようね