189 久しぶりにお忍び
「さすがゼスト閣下、お似合いです」
「……うむ」
黒装束を装備した俺にターセルが言ったそのセリフ
どう答えたらいいのだろうか?
頭の先まですっぽりと真黒な布で覆われて、目だけしか出ていない
忍者コスのような感じなのだが、これのどの辺がさすがなのだろうか
「私の予備ですが大きさもちょうどいいようですね」
「それでか……」
思わず口からこぼれた言葉
実は黒装束から微妙にいい匂いがしているのだ
これは戦で愛するベアトとしばらく離れている俺にはキツイ
ターセルのくせに女の匂いが生々しいのだ
「なあ、街に入るまでは平民の服でいいのではないか?私の顔を知っている者は多くないだろう?」
「……その黒髪は目立つと思いますが」
「そこはフードを被ればいいだろう。久々に街を歩く機会だからベアトにお土産を買いたいし、住民の様子を見てみたいのだ」
「そうですね……まったく、このような状況でも仕事を忘れないとは。閣下は働き過ぎです」
渋々ではあるが認めてくれた
よし、これでターセルの匂いでドキドキしないで済むな!
そんな俺の喜びは次の行動で粉々に打ち砕かれた
「では、この服をお使いください」
「……うむ」
彼……じゃない、彼女が差し出した平民の服
それは黒装束の懐から取り出されたのだった
……その服もやっぱりいい匂いがしました
「自分で言った事だが、まさかこんな夜更けにこれほど活気があるとはなぁ」
「旦那様、この街は帝国一と呼ばれる歓楽街です。他の街ではこうはいきませんよ」
ターセルが用意した通行許可書で街に入ると、夜とは思えないほど明るい
魔法の明かりで昼間のよう……とまではいかないが、普通に人通りもあり賑わっていたのだ
「なるほどなぁ、しかしいつの間にここまで巨大になったのか……」
「ゼスト大公閣下の腹臣、カタリナ卿の手腕でしょう。大公閣下を慕って獣人族やエルフ族が続々と集まっておりますが、それを差配するカタリナ卿もやはり素晴らしい人物です」
この微妙な話し方はターセルのアイデアだ
俺が商家の若旦那で、彼女は番頭だという設定である
髪を隠す為にフードを被っている若旦那が居るのか?と尋ねたが、お忍びなんだと答えればいいらしい
実際、同じ様な格好をした男が通りには結構居たのだ
俺の領地は『歓楽街』が多いから恥ずかしがる男性は多いらしい、それに貴族がコッソリ遊びに来ているのも多いとか
どこの世界も男はそんなものである
「優秀な人材が多いのだろうな。あまり時間もない事だし、小物でも買って帰るか」
「そうですね。女性が喜びそうな品物はあちらのお店がよろしいでしょう」
確かに領地の事はカタリナに任せきりだったな
皇帝陛下に仕事を丸投げされて腹も立ったが、自分も同じような事をしていたとは……
地味に大変な仕事をさせている彼女にも何かお土産を買ってあげようと心に決めて、ターセルの案内に続く
少し歩けば大きな看板を掲げる目的の店に到着したようだった
「いらっしゃいませ!本日はどのような物をお求めですか?」
俺達が入店するなり元気な女性の店員から声がかけられる
この店はそれなりの金額の商品が並ぶ中流階級の店だから、平民に混じって貴族の使いも買いに来るらしい
だからこその対応なのだろう
この世界だと『いらっしゃい』さえ言わない店が多いからな
「女性貴族様にお贈りする品を選びたいのです。最近の流行りはどのような物ですかね?」
「かしこまりました。お相手の貴族様のご年齢はどのくらいなのでしょう?お若い方でしょうか?」
この店は大当たりだな
贈る相手の事をちゃんと聞いてくれる店員が居るとは実に嬉しい
これを聞かないと、最悪の場合『上司の娘である幼女にエッチな下着をプレゼント』して地獄を見るハメになる
まあ、貴族様相手の贈り物って言ったから大丈夫だとはおもうがな
「全員がお若いそうです。奥様への品物とお嬢様用が二つ。部下の女性貴族様へも一つで合計四つご依頼をいただきました」
「なるほど。でしたらご身内用と部下の方用で選びましょう。奥様用は少し豪華な物がいいでしょうね」
素晴らしい
完璧じゃないか、この店員さんは
部下にエロ下着とかを贈ったら完全にセクハラオヤジだからな
その辺の配慮もしてくれるだろう
「ええ、それで見立ててください。予算は考えなくて結構ですから」
「かしこまりました。少々お待ちください」
うちの戦乙女部隊並みの綺麗なお辞儀をして店の奥へと戻っていく店員
別の店員が素早く現れて、商談用の椅子と机が置かれたスペースへと案内してくれる
用意された紅茶も香りがよい高級品だった
これは、俺が高位貴族の使いで大金を使ってくれるだろうと判断したのかな?
ベアトや娘達の土産をケチる事なんてしないから正解ではある
「お待たせいたしました」
思いのほかおいしいクッキーを食べていると、最初に声をかけてきた店員が荷物を持って戻ってきた
なかなかの量だな
一人では持ち切れなかったようで荷物持ち二人を従えていたから、これは完全に上客扱いなのだろう
「まずは、部下の方用の品からですね」
そう言って机の上に白い上質そうな布を広げる
「おすすめの品です!ベアトリーチェ様の姿絵です!!」
口に含んだ紅茶を必死に吹き出さないように耐える
豪華な細工の額縁の中には愛しのベアトがニッコリと微笑んでいた
品物に文句は全く無い
描いた絵師の腕にも文句は無い
ただ、これを俺がカタリナに渡したら……それはただのノロケであって褒美では無いだろう
むしろ『これは結婚出来ない私への嫌味か?』と思われるに違いない
「これは大公家の奥方様の姿絵です。見て美しいのは当然の事ですが、移動の馬車に飾れば盗賊除けに!家の雨戸に飾ればカギ代わりにもなるのです!」
「……盗賊除けにカギ代わり?」
「はい。大公家の領地内であれば黒いドラゴンと騎士様方が『ベアトリーチェ様の姿絵とはいえお姿を襲うとは何事だ!』と鬼の形相でやって来るそうです」
それは確かに容易に想像出来るわ
「他の領地ですと『奥様の姿絵を飾り大公家を尊敬する者が襲われるというのは、遠回しに大公家にケンカを売るのか?』とカタリナ卿が鬼の形相で相手に詰め寄るそうです」
あいつはそんな事をしているのか……
少し冷めた紅茶を飲みながらターセルを見れば、黙って頷いていた
どうやらマジのようです
「ですから、この姿絵は若干お高いですが効果は抜群です。大公家公認でマリー卿のサイン入りですから!」
今度こそ我慢出来ずに紅茶を吹き出す
公認を与えたつもりも無いし、なぜにマリーがサイン入りで描いているのか
動揺しながらも紅茶まみれにしてしまった店員さんに謝りながら、同じように汚してしまった姿絵を買うことになりました
……ターセル、お前も吹いたんだからワリカンだぞ
「さて、続いての商品です!」
紅茶まみれにしたのに上機嫌で話す店員さん
お詫びに多めに金貨を支払ったからな
ターセルの給料から天引きにしよう
「お身内用の品です。これは若い貴族様の女性やご令嬢に大人気の品です!」
「そういうハイカラな品物を求めていた。続けてください」
「はいから?え、えっと……こちらになります!」
どうやらハイカラは通じなかったようだが、軽く流されて商品が出てきた
綺麗な化粧箱が二つと、ボロボロの木の箱が一つだ
TVのリモコンのような大きさだから中身は多分首飾りだろうか?
しかし、中から現れたのは俺の想像とは違う物体だった
「これが大公家領地で大人気!鉄扇・各特別仕様です!!」
黒い箱から出てきたのが『奥様仕様』だそうだ
鉄扇本体も黒が基調になっており、アクセントに金の装飾が目を引く
「この仕様は奥様の黒色と旦那様である大公閣下の金色が交じりあった既婚者に大人気の品です!高位貴族様なのに奥様お一人だけ愛する大公閣下にあやかりたいと品薄気味なんですよ」
ニヤニヤと俺を見るターセルの足をさりげなく踏む
来月の給料は少し減らしてもいいだろう
次の箱は白に青いラインが入った物だ
これは間違いなくアナスタシアモデルなのだろう
大体の察しはついた
「こちらのアナスタシアお嬢様仕様はシスターの白を基調とした清潔感溢れる品です。青の装飾が神々しさすら感じられ、特に婚約者がいらっしゃらない貴族のご令嬢に大人気なのです」
確かにシスターや神官をイメージする色使いだし、アナスタシアは実際にシスターだ
それなら未婚で婚約者が居ない貴族子女にとっては理想的なイメージだろう
ここまではまあ納得である
「……うむ」
「……なるほど」
俺とターセルの視線はそこにはない
残った最後の一つに注目していた
小汚い曲がった木で出来ている箱
順番からいうと、アレはカチュアモデルなのだろう
それだけが何故小汚い木箱なのか……いろいろと嫌な予感しかしないソレを見つめるのだった




