188 酒の有る仕事場
「ゼスト閣下、できやしたぜ!」
「馬鹿野郎!てめえ、閣下には敬語を使えって言っただろうが!」
「でけえ声出すんじゃねえ!!品がねえだろうが!!」
「……」
そんな山賊も真っ青なやり取りを見ながら紅茶を飲む
当然の事だが、俺以外の飲み物は酒である
「お養父様、見回り終了しました。異常ありません」
「お嬢!おかえりなさいやし!」
「おう!例のブツを早く持ってこいや!」
「この椅子を使ってくだせえ、お嬢!」
いつから執務室がならず者のたまり場になったのか
これでドワーフ達が半裸だったら見かけもアウトなのだが、彼等はキッチリと文官用のローブを着ているのだからタチが悪い
「お待たせしやした、例のブツです!」
「まあ、ありがとうございます」
絶対に仕事を間違えたとしか思えない筋肉質なドワーフ族の一人が恭しく例のブツをアナスタシアの前に用意する
ちなみにアイスクリームの事である
酒を用意してくれたお礼だと魔道具であっさりと作ってくれたのだ
「ゼスト閣下の支配下に入ってよかった……仕事中にも酒が飲めるとは」
「泣くんじゃないよ、ほら飲みな」
「つまみもあるぞ?」
城塞都市に入場してから一週間が経過して、城内の仕事は回り始めている
一番の理由はお察しの通り『酒』である
これでもかと大量にドラゴン便で輸入した後、なぜか国内に無かった酒造所を建設するのを許可したのだ
「まさかここまで人格が変わるとはな……仕事は真面目だから仕方ない……のか?」
「お養父様、醸造所の建設は順調でした。これなら来週には完成しそうです」
今までは武器防具を作って国外の酒を買っていたらしいが、自分達で酒を作る事を提案したのだ
さすがに毎日馬鹿みたく飲むから足りなくなるし、資金面でも大赤字である
こいつらは馬鹿だけど器用だから作り方さえ分かればしっかりと作るだろう
「戦で家を失った難民を醸造所に住み込みで働かせるというのは素晴らしい案です。お養父様はお優しいですね……まるで春の木漏れ日、森の大樹から息吹く新芽なのです」
「……うむ」
「お嬢は何を言っているのだ?」
「よくわからんが、褒めているんだろうな」
「いいから飲め!それで書類を片付けろや!」
言葉遣いも直したいがしばらくは仕方ないだろう
お嬢と呼ばれる事にも慣れたアナスタシアと顔を見合わせて苦笑いしていると、執務室へ新たな人物がやってくる
「パパ上、皇帝陛下からお手紙なのじゃ!」
「あねさん、お疲れ様です!」
「どうぞ、椅子です!」
「馬鹿野郎!仕事なんかしてないで、あねさん用の例のブツを持ってこいや!!」
カチュアは『あねさん』と呼ばれているのだが、実はミラもあねさんと呼ばれている
最初に『あねさんより年上だから長老』と呼んだのだが、カチュアに燃やされたのだ
素直なのは罪である
「皇帝陛下から?皇太子殿下の処置でも決まったのかな?」
「まったく、最近の若い者は困ったものなのじゃ」
完全に年寄りのセリフを言ってアイスを食べるカチュアだが、突っ込んだら負けである
最近ちょっとご機嫌斜めな彼女に愛想笑いしながら手紙を開いた
『いろいろとスマン』
それだけ書かれた手紙には、何故か金色の糸がゴッソリと入っていたのだ
首をかしげながら鑑定魔法を使ってみる
出てきた結果は涙を誘うものだった
「陛下……これ全部抜け毛ですか……」
自分で引っ張って抜いたり切ったりした毛ではない
自然な抜け毛である
遠く帝都の皇帝陛下がまたハゲませんように
祈りながら飲む紅茶はいつもより塩辛かったのでした
「ゼスト閣下、偵察より戻りました」
「ご苦労だったな、アルバート。グリフォン王国はどうだった?」
広い元謁見の間を改造した執務室ではなく、個室へと戻った俺に挨拶した彼に椅子を勧める
いくらある程度は仕事を任せているとはいえ、重要案件はドワーフ族には一緒に聞かせられない
午前中は執務室で仕事をして午後は個室でというのが日課になっているのだ
「獣王エレノーラ陛下の率いる軍勢が優勢です。王都は獣王陛下が掌握したようですし、後は掃討戦でしょう」
「そうか……なら今まで通り様子見でいいな。救援要請は無いのだろう?」
「はっ!反獣王派からは書状や使者が来ているようですが、そちらも今まで通りで?」
「それでいい。理由はどうあれ謀反人になど協力する訳が無い。使者の首を送り返せ」
「はっ!!」
ただでさえ俺は独立国としてもやってける武力があるのに、他国の謀反人と仲が良いなんて話が流れたら最悪である
次は俺が帝国を裏切るのでは?と噂されるのは明白だ
「私の軍団はあくまでもドワーフ王国への進軍が目的だったからな。グリフォン王国の内乱には介入出来ない」
「はい」
「貴族的には内乱に裏から介入しつつ、帝国の利益になるようにするのが正解なのだろうが……今はなぁ」
「……お見合いパーティーに忙しいですから仕方ありません、閣下」
そうなのだ
勝利のご褒美とも言えるお見合いに、全軍の7割は力が回されているのだ
残りの力では現状維持と周辺の安定だけでやりようが無い
辺境伯や師匠までもがお見合いの準備や運営に四苦八苦しているのだ
「毎日、誰かしらから『付き合う事になりました』と報告が有るらしいな」
「はっ、おかげでカチュアお嬢様の機嫌が大変な事になっていると聞きました!」
忙しく仕事をしているのに目の前でイチャイチャされたら、そりゃあ不機嫌にもなる
しかも戦の褒美扱いだから叱る訳にもいかないのだ……行かず後家には厳しい仕打ちである
後で甘い物をあげよう
「皆には苦労をかけるがもう少しの辛抱だ。一段落したら休暇を出すからな……アルバートもスマンな」
「何をおっしゃいますか、閣下!まだ幼いウィステリアお嬢様にもお会いしたいだろうに、こんな遠くの地で戦など……」
「言うな。お前も幼い子持ちだろうが。お互いさまだ」
「閣下……しかし、閣下は少し息抜きが必要です」
まさか、また飲みに行こうとか言うつもりなのだろうか?
駄犬をジッと見つめると、右手を上げて指をシュッシュとこすっている
……おまじないか?それとも指先に何かくっついているのか?
大真面目な顔で何回か繰り返すと、今度はパンパンと拍手をする
「お呼びですな、アルバート卿」
「うむ。指は鳴らなかったが、音が出れば来てくれると信じていた」
「……あれは指を鳴らしたかったのか」
こんな駄犬を侯爵にしてしまったが大丈夫なのだろうか?
不安がよぎるが仕方ない
今更キャンセルは出来ないからな
「閣下、もうすぐ夕暮れです。明日の朝まで閣下はこの部屋で重要な案件を処理する為にお一人で籠るのです。私は扉の前で見張りを命令され、誰も通すなと言われたのです」
「おっしゃる通りです、アルバート卿」
「緊急時の総指揮は辺境伯に任せるので、何があっても通すなと言われております」
「まさしく、その通りです」
「お、お前達……」
腹臣二人の気遣いに思わず涙腺が緩む
フラフラと立ち上がり、彼等の側に行くと向こうも立ち上がった
非常にいい顔をしている
「閣下は働き過ぎなのです。どうか領地にお帰りください。ターセル卿がお供いたします」
「ご安心ください、周囲にはこの秘密を漏らしません」
軍事行動中に妻の待つ領地に帰るというのは非常にマズイ
しかし、俺の豆腐メンタルが寂しさで限界突破しているのもまた事実なのだ
これは俺が悪いのではない
連続で激務で遠征をさせる皇帝陛下が悪いのだ
「わかった。お前達の気持ちを受け取ろう」
「「閣下!!」」
二人を正面からしっかりと抱きしめる
ターセルから少しいい匂いと柔らかい何かが当たる感触があってビックリした
そういえば女だったわ
だが、これは親愛のハグだからセーフだろう
あふれる涙を我慢せずにきつく抱きしめた
「成長したな、こんな気遣いが出来るようになったか」
「ありがたき幸せ!どうか閣下は領地で奥様と子作りに励んできてください」
「アルバート卿、台無しです」
三者三様の涙を流しながら分かれ、駄犬の用意したドラゴンで領地へと出発するのだった
久しぶりにベアトに会える
期待しながらターセルと二人で空の旅をして、到着したのは夜も更けてきた頃だった
そして俺は街の外にある森の中で黒装束を渡されていた
「領地には帝都からの軍も駐留しているでしょうから、大手を振って戻る訳にはいきません。これに着替えてください」
「……街の外に降りたのは分かる。誰かが馬車でも用意して迎えに来るのではないのか?」
「敵を欺くには味方からと申します。今回のご帰還は誰も知りません。ですから、館には潜入いたします!」
ニコリともせず真顔でそう告げたターセル
こうして自分の館へ潜入ミッションが発動したのであった
……ターセルは違うと思ったのに、どうやら駄犬の仲間のようでした
まともな配下が欲しいです