186 親睦会のような酒盛り
「まったく、ひどい目にあいましたね師匠」
「ええ、まさか辺境伯が起きてくるとは……老人はトイレが近いから眠りが浅いのでしょうね」
「ふぁっふぁ、ふぉふふぉーふぃふぁふぉ」
天井の無い元謁見の間で仲良く事務仕事中の俺と師匠
アルバートの馬鹿は顔をパンパンに腫らしており、何を言っているのかは理解出来ない
まあ、大した事は言っていないだろうから問題は無いが
「しかも城塞都市の中では酒が枯渇していたとは……」
「ドワーフ族が酒が飲めないというのは大変な事態です。早急に手配しましょう」
「ふぉふぉふぉーふぃふぇふ、ふぁっふぁ」
事務仕事では戦力にならない駄犬がせっせと書類運びをする
辺境伯は『馬鹿親子は働け。ワシはカチュアの服を買いに行く』と出かけている
『ソニアの真似なくともいい部分まで似おって……』と苦笑いしていたから激おこではないみたいだが
「とりあえずは領地から酒を運ぶように手配しました。ドラゴン達を使ったのでしばらくは大丈夫な量ですね」
「ドワーフ族の文官達との顔合わせでふるまうには十分な量ですね。ゼスト、そろそろ時間ではありませんか?」
そうだ、生き残ったドワーフ王国の家臣達との顔合わせがあったのか
残りの仕事を師匠に任せると声をかけてアルバートに治療魔法を使う
ボコボコの顔ではマズイだろうし
イケメンになった顔をちょっと羨ましく思いつつも、旧家臣達が待つ練兵所へと向かう事にした
「ゼスト閣下、この度は降伏をお認めくださりありがとうございます!我等、旧ドワーフ王国の家臣一同は閣下のご指示に従います!」
代表として先頭に座るミラがビシッと挨拶をすると、後ろに並ぶ一団も一斉に頭を下げる
石畳の上に跪いて反抗する者は一人も居ないようだった
……あれ?ドワーフ族ってこんなに従順なのかな?
「う、うむ。素直に従うのであれば種族で差別などしない。すぐには無理だが徐々にそれぞれの担当へと所属して働いてもらう」
当然だといわんばかりに頷く一同
ドワーフ族って職人気質で『がははは』と笑ってる豪快で脳筋なイメージだったんだが違うのか?
少なくとも俺の領地のドワーフはそうだったが……
「心配しなくとも我が兵達が治安維持の為に警備を行う。本国より文官達が到着したら資料の整理も手伝ってもらう予定だ。一部の者には既に働いてもらっているが、皆がそうなるにはもう二・三日必要なのは理解してもらう」
重要書類を任されている上位文官以外は正直に言うとしばらくは仕事が無い
内容を把握している責任者以外はむしろ邪魔になる
俺だって降伏した者全てを全面的に信用していないからだ
「ここに残ってもらったのは家臣団でも中間の役職者達だ。最下位の者達のように帰られても困るが、働いてもらっても困るのだ。しばらくは城内に留まってもらうからそのつもりでな。なに、休暇だと思ってゆっくりしてくれ。この後は忙しくなるからな」
ここでアルバートに目配せをすると、頷いて黒騎士達に酒の入ったタルを用意させた
俺の領地からドラゴン便で空輸したから程よく冷えているだろう
酒場が休みになる程の事態だったのだから、少しくらいは飴も必要だろう
「酒で懐柔するわけではないが、ドワーフ族が飲めないというのは種族として苦痛だと聞いた。喉を潤してくつろいでほしい」
「さ、酒……何日ぶりだ……」
「ゼスト閣下はドワーフ族をお許しになるのか」
「ううっ、こんなにお心が広い方に上層部は何故……」
「ありがとうございます。ゼスト閣下のお気持ち、確かに受け取りました。ありがたく頂戴いたします!」
ミラのその言葉で再度一斉に跪く一同
これで少しはこの後の仕事がやり易くなるだろう
満足して頷くと、彼らに酒を配るよう指示するのだった
これでまずは一安心だろう
この時は素直にそう思っていた俺である
「がはははは!おう、大公閣下!飲んどるか!?」
先程まで訓練場の石畳みに申し訳なさそうに跪いていたドワーフの男性がバンバン景気よく俺の肩を叩く
反対側の手に持たれたカップの中には、何回目のおかわりなのか分からない酒が零れながら揺れていた
「なんだい、大公閣下!飲みが足りないんじゃないかい!?」
豪快に肉を噛みちぎる女性は、さっきまで涙目で挨拶をしていた筈である
俺の記憶が確かなら『私、ドワーフなのにお酒はあまり……恥ずかしいですっ!』とか言っていた儚げな女性だった
「がっはっはっは、アルバート卿は強いのう!」
「貴公もなかなかであった。またやろうではないか」
駄犬と男臭い笑みで握手している男性は、よろよろしながら酒樽を運ぶのを手伝っていた文官の筈である
それが何故かアルバートと殴り合いをしていたのだ
魔力強化無しとはいえ、奴の拳を何度も受けていた筈なのに仲良く笑っている
「……どうしてこうなった……」
独り言というよりも、思わず出てしまったその言葉
従順なドワーフ達をもてなす宴だった筈なのに、気がついたら完全に体育会系の宴会である
あの大人しく礼儀正しいドワーフ達はどこにいってしまったのか
「ゼス……んんっ、大元帥殿。遅くなりました」
家族だけの調子でゼストと言いかけたソニア師匠がやって来たようだ
咳ばらいをして言い直したが、今はその程度でガタガタ言うつもりも気力もない
「師匠、ドワーフ族の豹変ぶりについていけません」
周囲の目がある場所で師匠と呼ぶな
そんな表情だったがそれどころではないのだ
救いを求める俺の目に気が付いたのであろう師匠は、その険しい表情を緩めて説明してくれたのだった
「ああ、大元帥殿はご存知ありませんでしたか。ドワーフ族は本来、気弱で腰の低い種族なのです。ですが、酒が入ると豪快な……このような態度に変わるのですよ」
「……」
師匠の説明に理解が追い付かない
何だって?今、何と言った?
「分かりませんか?普段領地等で見ているあのドワーフ族らしい豪胆な態度は、酒のおかげです。酔っていないと他種族に舐められるからと常に飲んでいるのです」
うん
意味は分かるが納得は出来ない
つまりそれは……
「ドワーフ族は常に酔っ払って生活しているのですか?」
「ええ。実に今更ですね」
ドヤ顔で腕を組む師匠の背中を『辛気臭い顔するな』と若い幼女のようなドワーフがバンバン叩く
遠くでは『草食系ですから』と駄犬がキメ顔をして黄色い悲鳴が上がる
俺のイメージする職人気質なドワーフ像がガラガラと音を立てながら崩れ、『ドワーフ=アル中』が成立した瞬間であった
「きゃはははは、おら!もっとどんどんしゃけ持ってこおおおい!!」
トドメのように訓練場に樽ごと飲んでいたミラの声が響いた時、二度とこいつらとは飲まないようにしよう
そう心に決めたのだった
……いっそ禁酒にしてやろうか?
女性も居るのに妙に男臭い宴会が続く中、俺の背後から疲れた身体にトドメをさす一言が投げかけられる
「ゼスト閣下、皇太子殿下が孕ませた例の女性達の実家から親書が届きました」
「そうか……行こうか」
立ち上がった俺の足は生まれたての小鹿のように震えているに違いない
幼子を孕まされた実家からの手紙など、絶対に面倒事に決まっている
そっと目を逸らした師匠と草食系のアルバートを無理矢理掴んで執務室へと向かうのだった
……逃がしませんよ?不幸は分かち合いましょうとも