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異世界人の手引き書  作者: たっくるん
第三章 調停者
186/218

185 後始末の始まり

この世界でも直訴というのは禁止されている事である

高位貴族に直接意見をするという行為は、内容が正当であっても許されないのだ

目の前で震えながら地面にひれ伏している女性を見ながら対応を考える


「アルバート、開城が決まった今日この日に血を見るのは避けたい。しかし無礼者をこのまま放置は出来ぬな……その痴れ者を連れてこい」

「はっ!」


「アルバート……お前が責任を持って城内まで連れてこい。わかったな?」

「はっ!他の者には指一本触れさせません!」


本当か?本当に理解してるよな?

俺達の行軍は都市の人達の注目の的だ

この状況では無罪放免には出来ない

だから『この場では罰する雰囲気だけど城内でコッソリと話を聞きたい』って意味だけど……大丈夫か?


「貴公等は下がれ。私がその女を連行する」

「し、しかしアルバート卿にそのような……」


「ゼスト閣下のご命令だ。逆らう事は許さぬ」

「失礼いたしました!」


直訴した女性を囲んでいた兵士達が敬礼して離れる

貴族社会ではそうはいかないが、軍隊の中では階級と武力というのは非常にわかりやすい力である

多少の理不尽はゴリ押し可能だ

……これが舞踏会とかだと面倒になるけどな


「さて。では行こうか」


これ以上は直訴なんてする者が出ないように魔力を開放しながら威圧する

周囲に集まっている民衆どころか兵士達も顔色悪く震えているが仕方ない

恐ろし気な貴族に見えてしまうだろうが、それで余計な犠牲が出ないのならいいだろう

静まり返った通りを俺達は進むのだった



「お待ちしておりましたぞ、大元帥殿」


城塞都市の中心にそびえる城

塔のような高い最上部は無くなってしまったが、下の土台部分は健在である

その残った部分の最上階で辺境伯が待っていた


「辺境伯もご苦労。ここは謁見の間か?天井があれば最高だったが……あの球体のせいか……」


さすがにドワーフ王国の首都であり本城だった場所である

赤くフカフカの絨毯が一面に敷き詰められたその場所は、壁にも精巧な細工が彫られており豪華絢爛だ

……天井は無いけどな


「王族の居住区や高位貴族の執務室はここより上にあったようですのう。これでは生き残りはまずおらぬでしょう」

「なるほど」


「それで、その娘子はいかがしました?」


辺境伯にチラッと見られただけで小さく悲鳴を上げる彼女

直訴してきた度胸はあっても、あの爺さんは怖いらしい

気持ちはよくわかる


「私に直訴してきた勇敢な女性ですよ」

「ほほう……直訴とはワシも久しく聞きませぬのう」


本人にしてみれば珍しい事をした人物を見つめた程度だろう

しかし辺境伯の凶悪な顔面では『獲物を狙う凶悪犯』にしか見えない


「ひっ!?」


おびえる女性を改めて見る

身長はさほど高くなく150cm程度だろう

顔は幼いか?大きめのタレ目で赤茶色の柔らかそうな髪の毛を肩口で切り揃えている

やや色黒だが健康的な肌だし、体型は……

うん、アナスタシアやカチュアと仲良くなれるだろうスレンダー系だな


「ふぉっふぉ。お嬢ちゃん、そのように怖がらずともよい。どのような事を直訴したいのじゃな?」


子供をあやすような口調のつもりなのだろうが、完全に女性は涙目である

あんな顔では逆効果だな


「あのっ!ももも、申し訳ありません!お許しを!」

「ん?そのように怯えずとも……大元帥殿、お任せしよう」


床に座り込んでプルプル震えながら謝り続ける女性を見て諦めたのか、辺境伯はそう言って彼女から離れる

どんよりと闇属性の魔力を纏っているが、あれは落ち込んでるパターンだな

後でベアト製の団子を分けてあげよう


「う、うむ。さて、君は私に直訴したい事があったのだろう?その事について怒ってはいない。が、直訴は罰せられる事は知っているだろう?」

「は、はい。ですが罰せられてもどうしてもお願いしたかったのです。総大将様」


「そうか。改めて、私は連合軍の大元帥でゼストと言う。直訴の内容を教えてくれないか?書状は預かったが、君の口から直接聞きたいのだ」


なるべく怖がらせないように頭を撫でて落ち着かせる

こんな子供が必死に訴えようとした事なのだから、なるべく罰は与えたくないが……

本来なら死罪なんだよなぁ、直訴は


「はい。実は娘の命だけはお助けいただきたいのです!私はどうなっても構いません!直訴は死罪だというのは理解していますが、どうか娘だけは!!」


撫でていた俺の手がピタッと止まる

……ん?何て言った?

思わず後ろに立っているアルバートを見るが無駄だった

あいつはビシッと立っているだけで役にはたたない


「娘のミラをお助けください!お願いいたします!」


そう言って頭を下げる女性を見ながら思う

……この人、子持ちだったのか

お嬢ちゃん扱いした辺境伯はどんな顔をしているのか?

振り返った俺の目に飛び込んできたのは、大貴族のくせに自ら椅子や机をこの広間に運び込む辺境伯の姿だった

照れ隠しなのか現実逃避なのかは聞けませんでした



「あれは直訴ではなく、挨拶だ」

「その通りでしょうな」

「おっしゃる通りです、閣下」


しきりに謝罪し懇願をするミラの母親をなだめて帰らせた

途中から合流したカチュアとミラ本人も一緒にである

今はミラがドワーフ王国の代表者扱いなのに、その彼女は勿論だが母親も殺すつもりは全くないからだ


「ミラ殿からの親書を届けに来たが、貴族階級ではないのであのような手段をとってしまった。これでいきましょう」

「まあ、これから重要人物になるミラ殿の身内をどうにかしても揉めるだけじゃろうしのう」

「何事かと思ったのじゃ」

「おっしゃる通りです、閣下」


時刻はもう夜である

元謁見の間、現在は執務室と兼ねているここには四人しか居ない

俺と辺境伯とカチュア

そして置物のアルバートである

周囲は黒騎士達が固めているから安全だろう


「とりあえず今日のところは師匠とターセルの報告待ちですね。ある程度の事は指示出来ますが、詳細は明日以降でしょうね」

「まあ、そうなるじゃろう。カチュアは部屋を用意してあるからそこで寝るといいじゃろう。戦乙女部隊を警護に用意してあるからゆっくりと休むといい」

「ありがたいのじゃ。書類を見過ぎて頭が痛いのじゃ……先に休ませてもらうのじゃ」


辺境伯が嬉しそうにカチュアを案内しながら部屋を出る

相変わらずのジジ馬鹿ぶりで、逆に安心するよ

詳細は明日以降とは言ってもやれる事は多い

ドワーフ王国の兵士達の武装解除の状況や、街の様子の報告書に目を通していく

細々とした書類仕事をしていると、いよいよあいつが声をかけてくる


「閣下、少々働き過ぎでは?」

「そうは言うがな、アルバート。私の立場では権力がある代わりに責任も伴うのだ。仕方ないだろう」


「はい。ですが、これでは閣下のお体に障ります」


どこかで聞いたようなこのやり取り

まさかと思いながらも顔を上げる


「閣下、ここはドワーフ王国の誇る城塞都市です。初めての異国の街……そして夜です」


大真面目な顔でガチャガチャと鎧の音を響かせて駄犬が近付く


「閣下、ここは夜の街に……」

「学習能力が溶けているのか貴様は。そもそも辺境伯が居るのにそのような事が出来ると思っているのか?」


「心配無用です。カチュアお嬢様にご協力をお願いしました。今頃、辺境伯はカチュアお嬢様の『一緒に寝て欲しいのじゃ』攻撃で陥落している事でしょう」

「なん……だと?」


このアルバートが事前に予測して手を打ったというのも恐ろしい

それ以上にカチュアの部屋で辺境伯まで一緒に寝ているという事は、その部屋の平均年齢がもっと恐ろしい

ジジイとババアの添い寝とか業が深過ぎて笑えないレベルである


「更に、閣下の服も用意しました。どこから見ても平民にしか見えません」

「……やけに手際がいいな」


「そして下調べも完璧です。ターセル卿にお願いしました」


完全に職権乱用である

そんな事に諜報部隊を使ったのか……

いや、調べるという事をするようになったのは成長なのだろうか?

そんな葛藤中の俺に駄犬が続ける


「ドワーフ族の特徴として、小柄で幼い外見の女性が多いそうです。また、酒が好きな種族らしく酒場が非常に多い」

「……」


「と、なれば飲みに行かないというのは失礼です!ぜひ、飲みに行くべきなのです!」

「その理屈はおかしい。おかしいが……酒が好きな種族なら酒場は最高の情報収集の場ではあるなぁ」


確かに最近は仕事が忙しくて働き過ぎだろう

陛下にも丸投げされてばかりだし、情報収集ならいいか?


「多少の息抜きは必要か……行くか?アルバート」

「はっ!お供いたます!!」


良い笑顔で返事をするアルバートと一緒に着替える

手早く準備して部屋を出た俺達だが、廊下に出た瞬間にニッコリと笑うソニア師匠と対面するのだった


「ゼスト、アルバート」

「「はい、師匠」」


綺麗にハモった俺達の声

辺境伯領地で訓練に明け暮れていた頃のようである

コツンコツンと靴の音を響かせながら師匠が側にきた

開城して当日の夜に仕事をブン投げて飲みに行こうという魂胆丸見えの格好の俺達

これはアウトだろう……ゆっくりと両手を上げる師匠を見ながら殴られる覚悟をする


「酒場は……全滅です」


殴られる

そう思って目をつぶっていた俺達の肩に手を乗せた師匠が絞り出すように言った


「酒場は全て休みでした……残念です!」

「「し、師匠おおおおおおお!!」」


忘れていた!

この師匠も飲み屋さんが大好きだったのだ!

ならば俺達を叱る事はしないだろう

助かった安堵感から泣き出した俺達を師匠の手が優しく慰める


「泣きなさい。飲み屋に行けない遠征に参加しては、泣く以外出来る事はありません。泣きなさい」

「「師匠おおおお!!」」


「……夜中に何をしておるのじゃ、お主達は」


廊下で抱き合って泣くおっさん三人を発見した辺境伯によって、結局叱られる事になりました

……辺境伯にボコボコに殴られたアルバートを見ながら、師匠と一緒に反省文を朝まで書いたのは早く思い出にしたいです


もう、絶対に飲みに行く誘いは受けない

絶対に受けないからな!絶対だぞ!?

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