184 城塞都市入場
「それでライゼル皇太子殿下。女性を三人孕ませたというのは間違いありませんか?」
我ながら情けないセリフである
大元帥として連合軍を率いている俺が、何でこんな事を聞かないといけないんだ
深く考えると涙が出るので紅茶を飲んで誤魔化した
「はっはっは、誰を抱いたかなど覚えていない。しかし私の世話をしていたメイドには間違い無い筈だ」
反省ゼロのライゼルの言葉にカチンとくるが我慢だ
まだ我慢しなきゃ駄目だ
既にゴミクズを見る目のカチュアとアナスタシアの方は見ないようにする
「つまり心当たりはあるのですね?皇帝陛下にはお伝えしてありますか?」
「ん?そんな事が必要か?」
無い筈がないだろうが、このポンコツ皇太子が
ピクピクするこめかみを無理矢理抑え込んで続ける
「例え相手の女性が平民でもお知らせは必要でしょう。貴族であれば尚更です。身分次第では側室としてキチンと手続きをするべきでしょう」
「ふむ。そんなものか……では、大公に任せよう」
「……御意」
話は済んだと自分の天幕へ帰るポンコツ皇太子
その姿が見えなくなってからアルバートが震え声で問いかけた
「ぜ、ゼスト閣下。女性達を連れてまいりました」
「……ふぅ。ああ、入れ」
落ち着くんだ
あんなボンクラでも皇太子だ
キレちゃ駄目だ、キレちゃ駄目だ
自分に言い聞かせて砂糖をたっぷりと入れた紅茶を飲み干す
そんな俺の目に飛び込んできた妊婦三人を見たとき、俺の中の何かがガラガラと音を立てて崩れた気がしたのだった
「ゼスト大公閣下、おはつにお目にかかります」
三人の中で一番背の高い少女がただたどしく挨拶をする
やって来た彼女達は、全員10歳程度の少女だったのだ
……アナスタシア、『ケダモノ』と言いながらメイスを構えるのはやめなさい
「ゼスト大公閣下、おいしいです!」
「とっても甘いです!」
「初めて食べました!」
「そうかそうか。たくさん食べなさい。おかわりもあるからな」
アナスタシアとカチュアが用意したお菓子をおいしそうに頬張る彼女達
少女らしい笑顔を見ているとホッコリするな
……その下のお腹はポッコリしていてゲンナリするけどな
「ゼスト閣下、輸送作業完了しました」
「ご苦労。陛下は何と?」
「こちらを」
ポンコツ皇太子を帝都まで輸送したアルバートが手紙を取り出す
あのボンクラは親である皇帝陛下に任せる事にした
戦争中にこれ以上面倒は見切れない
「……はぁ……」
思わず出てしまったため息
陛下からの手紙には『しばらく任せた』とだけ書かれていたのだった
……また、丸投げですかそうですか
「アナスタシア、皇太子殿下が使っていた天幕をそのまま彼女達に使わせなさい。警護は……身重の女性だしアナスタシアと戦乙女部隊に任せる」
「かしこまりました、お養父様」
「カチュアは婚活関係の下準備を。ニーベル殿も居なくなったという事はほぼ大丈夫だろう。ターセルの報告次第では戦は終わりだ……忙しくなるぞ」
「うっ、わかりましたなのじゃ。気が重いのじゃ」
皇帝陛下が俺に投げるなら、俺も投げられる仕事は部下や娘に任せよう
後はどんな指示が必要だ?
「大元帥殿、ドワーフ王国の貴族の生き残りを調べさせておくべきじゃな。おそらく一波乱あるのではないかのう」
「確かに。ではソニア卿が指揮して人員は黒騎士達を使ってください」
「わかりました。すぐに調べましょう」
それぞれ立ち上がり天幕を出ていく
少女三人組は何度もお礼を言って出ていった
……まったく、やりきれないな
「婿殿、あの三人はどうせよと?」
「陛下は『任せる』とだけ……」
残った辺境伯と二人で……置物のアルバートも合わせたら三人で作戦会議である
「彼女達は全員が貴族の子女でした。グリフォン王国の王宮へ行儀見習いとして入っていたようですね」
「そうか……貴族か。面倒じゃのう」
「今、裏を取らせています。事実であれば側室にするしかないでしょうね。かなり上位の貴族らしいですから」
「ふむ……それにしても妊娠しておるというのはのう……根回しが間に合わぬぞ?」
そうなんだよなぁ
平民なら『妾』でお願いね?って方法もあった
他国の上位貴族ではそれは無理だ
いくら相手が皇太子だって言っても限界はある
「獣王陛下とエルフの国のツバキに養女にしてもらいますか?」
「後は婿殿も一人請け負えばつり合いは取れるかのう」
そうなりますよね……また俺が頭を下げに行くのか……
若干涙目で紅茶を口に含むと、辺境伯からフォローが入った
「今回は皇帝陛下が動くじゃろ。婿殿は何もしなくてよい……あのボンクラを教育するのに預かる事にはなるかも知れぬがのう」
「アレを私がですか?ベアトに手を出したら消す自信がありますよ?」
「そこは安心してよい。もし大公領地でアレを再教育するなら『辺境伯家流』での教育になると陛下に一筆したためた」
「ほほう。『辺境伯家流』ですか」
肉体言語が解禁されるなら安心だ
それならアルバートにブン投げよう
この辺の根回しはまだ苦手だなぁ
さすが辺境伯、本当にありがとうございます
「ゼスト閣下、確認が取れました。降伏は事実のようです。詳細はこちらを」
「ご苦労だったなターセル。休んでくれ」
彼から受け取った報告書に目を通す
皇太子殿下の孕ませ騒ぎは辺境伯が手を打つと笑っていたので、今頃皇帝陛下は泣いている筈である
いくらか気楽になったので、報告書の内容がスラスラと入ってくるな
「ふむ。表立って降伏に反対した貴族は地下牢に閉じこめているようですね。最高位で男爵です」
「それならば大した事は出来ぬか。伯爵以上の領地持ちは?」
「それが妙なんですよ。数人の高位貴族が行方不明になっているようですね。城塞都市に籠城する前に」
「……どこかに潜伏しておるのかのう。まあ、今は出来る事をするしかなかろう」
通常なら帝都からアーク宰相が派遣されてきて処理する筈なんだ
俺はあくまでも軍事関係の責任者だし
でも皇帝陛下の指示は『任せる』だけだし……しばらくは俺がやるしかないのか
「まあ、出来る所まではやっておきますよ。辺境伯、城塞都市に入りますが準備は?」
「まずはワシが黒騎士達を連れて入ろう。その後、婿殿はアルバートと一緒に入って欲しいのう。この陣はソニアに任せるのがいいじゃろう」
「ソニア師匠と娘二人が居れば大抵の事はなんとかなりますしね。それでいきましょう」
頷いて天幕を出ていく辺境伯を見送って、俺は手紙の準備をする
ベアトにいろいろと書いておかないとな
お団子おいしいからおかわりちょうだい?とか、まだ帰れそうになくて寂しいとか書いておく
当然、ウィスの様子も尋ねる事は忘れない
かなり長くなってしまった手紙を竜騎士部隊に渡して外を見れば、すっかり日が傾いていたのだった
「伝令!辺境伯閣下より、ゼスト大公閣下ご入場の準備が整ったとの事です」
「わかった。アルバート、行くぞ。ソニア卿、留守は任せました」
「はっ!お供します!」
「かしこまりました、大元帥殿」
伝令兵が居るから大元帥モードで二人に指示を出す
いよいよ城塞都市の内部に入場だな
用意されたドラゴンに乗って隊列を組んだ
城門をくぐるから小型のドラゴンだが、十分に威圧感があるだろう
「ミラ殿は私の前を歩いてくれ。側に居た方が守りやすいからな。アルバートも気にかけてやれ」
「は、はいっ!よろしくお願いします!」
「はっ!」
エルフの国の魔導兵団と教国の聖騎士団
二つの国の精鋭部隊を引き連れて、俺はドワーフ王国の誇る城塞都市へと入るのだった
……しかし、入場からすぐに厄介ごとは待っていたのだ
「申し上げます!総大将様、お助けください!!」
入場して間もなく、目抜き通りを行進している隊列に割り込んだ人影が大声で訴える
聖騎士団にすぐさま取り囲まれたその人物
地面にひれ伏している女性の手には、長い棒の先に白い封筒のような物が挟まれていたのだった
……直訴ですか、そうですか
周囲に気が付かれないように出したため息は本日何度目になるのだろうか
そろそろ胃潰瘍になりそうです