183 不幸は重なってやって来る
アルバートの前で難しい話をしてしまった俺達が反省しながら彼にもわかるように説明する
最近は軍事関係で優秀だったから忘れてたよ
こいつのポンコツぶりを
「なるほど、ようやく理解しました。謀反とは大変ではありませんか!!」
やっと今の現状を理解した駄犬が吠える
俺は面倒事が舞い込む運命にあるのだろうか?
そんな思いは続けて入ってきた兵士の伝令内容で更なる追撃をくらう事になる
「伝令!獣王エレノーラ陛下がドワーフ王国との国境砦より出撃!我が陣地後方のエレノーラ陛下は影武者の模様です。尚、我等がグルン帝国皇太子ライゼル殿下は後方陣地に同行しているとの事。お迎えするようにとのお言葉です」
「……わかった。辺境伯、皇太子殿下のお迎えを」
「かしこまりました。ふぉっふぉっふぉ、あの獣王陛下はなかなかの狸ですのぅ」
やられたな……
獣王陛下は最初からこれが狙いで脳筋のフリをしていたのか
皇太子殿下の居場所を騙したお詫びはこのドワーフ王国か……自分はグリフォン王国の地盤固めで忙しいからこれで話をまとめようって魂胆だな
「国内で反獣王派をあぶりだす手だったのか。まあ、ドワーフ王国の統治権でもめる事が無くなったのは良い事か」
「ふむ。ソニアも連れて行きますぞ?まずは皇太子殿下の保護でしょうしのう」
「ああ、構いません。ドラゴンも何匹か連れて行って構いませんから大至急お願いします」
頷いた辺境伯がソニア師匠を伴って出ていく
皇太子殿下を保護するのは最優先だろう
後はどんな手配が必要だ?
「ゼスト閣下、黒騎士達を本陣付近に集めます。戦乙女部隊も皇太子殿下のお世話に必要でしょう。アナスタシアお嬢様をお借りしてもよろしいでしょうか?」
「……素晴らしい。そのように頼む」
「はっ!皇太子殿下をお迎え出来るよう場所を用意しておきます!」
「ふぁ……はっ!お養父様、行ってまいります」
駄犬が突然まともな事を言い出して驚いたアナスタシアだが、『ああ、軍事関係か』と思い直したらしく彼を伴って出ていく
カチュア、そんな化け物を見るような目でアルバートを見るのはやめなさい
「さて、ばたばたして申し訳ないなミラ殿。それでミラ殿はどのような身分なのだ?」
忘れていた訳ではないが、突拍子もない出来事のせいで後回しになってしまったミラに声をかける
若干パニックになっていたようだが、深呼吸して話してくれる
「はい。私は主任内政官で騎士爵です。生き残った者の中では上位でしたので。私より上位の貴族がいらっしゃいましたが……その……」
「逃げたか?お前たちが抑えたのか?」
「降伏すべきとの意見が大多数でした。その……上位貴族以外はですが」
「なるほどな。貴族より平民の方が素直だったか」
大貴族や重鎮は降魔の杖の側に居たか魔力の供給をしていたのだろう
一緒に消えたのは納得だな
その他の貴族も降伏とは言い出せないか……今の身分が剥奪されるのは目に見えている
「それにしても、生き残りの貴族の中には降伏派も居たろうに。ミラ殿が代表でいいのだな?」
「はい。私、ミラ=アイリーンが代表です!」
そう俺に答える彼女はオドオドした様子は消えていた
しっかりとした意思の強い目で俺を見ている
……主任内政官で騎士爵か
優秀な人材かもしれないな
「わかった。アルバート侯爵が戻ったらミラ殿に付いて行かせる。城門の開放を指示せよ。我が配下の確認が終わり次第、降伏を認めよう」
「あ、ありがとうございます!なにとぞ、ドワーフ族に寛大なご処置をお願い申し上げます」
地面に跪いて頭を深く下げる彼女
その細い肩にドワーフ族の運命を背負っているのだ
見ていてかわいそうになる程震えていた
「……本当に全面降伏であれば心配無用だ。私は種族によって対応を変えるつもりは無い」
「は、はいっ!」
フォローのつもりで言ったのに、余計に震えだすミラ
……そんなに俺は怖いのだろうか?
思わず出てしまったため息だが、それは仕方ないだろう
プルプル震える彼女を見ながら時間は過ぎていったのだった
「ゼスト大公、世話をかけるがよろしく頼む。帝都の皇帝陛下から大公の指示に従うように言われているからな。私は軍務や政務には口を出さない」
「ご配慮くださりありがとうございます。皇太子殿下におかれましては、どうかごゆるりとお過ごしください。雑務は臣に全てお任せを」
これからドワーフ王国の後始末という時に命令が二カ所から出たのでは面倒過ぎる
辺境伯達が迎えに行った皇太子殿下はそう言って皆の前で宣言したのだ
『ゼストが頂点の命令系統だぞ』と
「ライゼル殿下、あちらに殿下の天幕をご用意しました。城塞都市の安全が確認出来るまであちらでお過ごしください。娘のカチュアがご案内させていただきます」
「うむ。カチュア嬢、世話をかけるな」
「とんでもございません。こちらです」
いつもの『のじゃ』が行方不明である
お前、出来るならいつもそんな風に話せよ……
口には出せない思いが目には現れる
ジト目でライゼル殿下を案内する彼女を見ていたが、ニコリと黒い笑みで返された
大丈夫なんだろうか?アレは捕食者の目だったが……
「ゼスト閣下、ミラ殿の呼びかけが終わり開門されました。城壁にも武装した兵の姿はありません。まずは諜報部隊の派遣を進言いたします」
「それでいい。ターセル、任せたぞ。アルバートは念のため警戒を怠るなよ。万が一の場合、だまし討ちの可能性がある」
「かしこまりました。すぐに確認してまいります」
「はっ!警戒態勢で待機します!」
「それとミラ殿の警護も厳重にな。とち狂った貴族共が狙わないとも限らないしな」
そんな指示を出していると、ふと俺を見る辺境伯と目が合った
いつもの怪しい暗黒微笑ではなく微笑んでいる
……まあ、あまり差は無いが
「どうしました?何か私の指示に問題でも?」
「いや、全く無いのう。婿殿も一人前じゃと思って嬉しくなってのう」
アナスタシアが用意した紅茶をおいしそうに飲む辺境伯
この天幕には家族しか居ないから俺を婿殿と呼んだのだろう
一息ついて続ける
「ワシもこれで安心じゃと思ってのう。そのうち引退して婿殿の領地にでも住もうかと思ってのう」
「何をおっしゃいますか。まだまだ現役でしょうに」
「ふぉっふぉっふぉ、すぐにではないがのう。そのうちそのような手段も必要じゃという事じゃよ、大公殿」
「……帝都の貴族共はそんなに警戒していますか」
「皇帝陛下は大丈夫じゃろうがな。帝都のゴミ共はそんな事しか考えておらぬ。それにライゼル皇太子殿下も今のうちから『教育』しておかねば害になるかもしれぬぞ?」
辺境伯が引退して俺の領地に住む
完全に俺へのけん制だろうな
それをしないといけない程、帝都のアホ貴族は多いのだろうか?
「これが片付いたら少しは社交するべきじゃな。婿殿は遠征が多いから余計に不安なのじゃろう」
「そうですね……ベアトを連れて帝都にでも行きますか」
「それがよい。媚びをうる必要は無い。じゃが、余計な敵は作らずともよいじゃろう」
確かに大貴族のクセに正妻だけの俺は異端児だ
なのに領地と権力はトップクラスでは何を考えているのか不安にもなるか
……ああ、養女二人が他国の要人ってのもあるなぁ
「帝都に行くならワシが婿殿の館に詰める事になるじゃろう。ラーミアと一緒にな……ウィステリアは置いて行っていいぞ」
うん
その通りの対応が一番いいのだろう
周囲への影響を考えればそうなる筈である
だが、この爺さんは間違いなくこっちが本命だろう
「要は、ラーミア義母上と一緒にウィステリアと遊びたいんですか?」
「……婿殿、外聞が悪いのう。あくまでもワシは貴族としての対応じゃて」
そう言った辺境伯の手には、悪党顔のジジイには似合わない可愛らしいお花柄のおもちゃが握られていたのだった
……どこまで本気なんだろうかこの人は
顔だけで人が殺せそうな辺境伯が、赤ちゃん用のおもちゃを丁寧に手入れをするという地獄絵図
そんな誰も言葉を発せない天幕の沈黙はカチュアによって破られるのだった
「パパ上、緊急事態なのじゃ!」
「どうしたのだ、カチュア。お前は皇太子殿下の護衛だろう」
「カチュア、またアルバートに脱がされたのか!」
「辺境伯!私は今回は無実です!!それに以前脱がしたのはアナスタシアお嬢様です!」
くまさん柄のよだれかけを持った辺境伯にアルバートが睨まれる中、彼女の報告はそれよりも衝撃的だった
「後方のグリフォン王国の陣から、ライゼル皇太子殿下の側室を名乗る女性が三人程来ているのじゃ」
間違いなく面倒事である
側室が三人って聞いてないぞ
辺境伯を見ても首をかしげている……まさか勝手に他国の女性に手を出した?
ははは、まさか皇太子殿下ともあろう人がそんな安易な事をする筈が……
「更に、三名ともお腹が大きいのでどこか座れる場所で面会を希望しておりますのじゃ」
「……アルバート!ライゼル皇太子を連れてこい!今すぐにだ!」
「はっ!!」
ドワーフ王国の件、そしてグリフォン王国の反乱の件
連合軍のトップとしてクソ忙しい中で飛び出した女性問題
何故だろうか……俺の見える景色は歪んで見えた
「婿殿、涙を拭け……気持ちはわかるぞ」
「辺境伯……ありがとうございます」
受け取ったモノで涙を拭く
そしてそれを確認すれば、可愛らしいピンクの布オムツだった
「それは捨ててよい。まだまだ同じものがあるからのう」
俺の涙はウィステリアのおしっこ以下ですか
……そうですか
余計にあふれる涙をオムツで拭きながら、ポンコツ皇太子殿下の到着を待つのである