180 閑話 魔導士カチュア 前編
「のう、ジジ上。これは食べられるのかのう?」
「どれ……ああ、これはおいしいぞ」
「カチュアは食べ物を見つけるのが上手なのじゃなぁ」
ジジ上とババ上に褒められた
最近は二人とも動くのが大変そうだから仕方ないのじゃ
この中ではわらわが一番若いし、動けるのじゃ
「うむ。今日はこれで食事にするのじゃ。二人はそこで待って居るのじゃ」
捨て子だったわらわを育ててくれたジジとババ
エルフで12歳はもう一人前の魔法使いなのじゃ
本来ならもう一人で生きて行けと言われたが、育ての親をこんな森の奥深くに置いてはいけないのじゃ
手にした果物を風魔法の応用で皮をむく
「まったく器用なものじゃな。そんなに自由自在に魔法を扱うようになるとは……カチュアは天才じゃな」
「ええ、カチュアのおかげで毎日食べ物が手に入る。ありがたいのぅ」
わらわに魔法や読み書きを教えてくれた二人は、もうすぐ居なくなってしまうのじゃ
エルフにとって老化現象が現れるというのは死期が……寿命が近いという事なのじゃ
これも教わった事なのじゃが
「さあ、今日もお腹いっぱい食べるのじゃ。いただきますなのじゃ」
間もなく居なくなってしまうのじゃろう二人
なるべくその事を考えないように明るい声を出した
……一人は嫌なのじゃ
どうか、この両親が長生きしますようにと、今日も多めに食べさせるわらわだったのじゃ
「な!?なんじゃ!この魔力は!!大変なのじゃ!」
「カチュア!この魔力は光属性じゃ、落ち着くのじゃ」
「光属性なら魔物ではないぞ?様子を見るべきじゃな」
日も暮れて身体を拭いている時にそれは起こったのじゃ
突如として感じた魔力に慌てて両親の元へ向かったが、二人は余裕の表情なのじゃ
「まずは落ち着いて相手の確認じゃ。敵対者であった場合は諦めよ。これでは勝負にならん」
「そうじゃな。これ程の光属性の使い手では戦いにもならぬ」
「な、何を諦めたような事を言うのじゃ!わらわが何とかするのじゃ!」
気弱な事を言う二人の周りに結界魔法で防御を固める
これで並みの魔物では手出しが出来ないのじゃ
「ここで静かに待っておるのじゃ。わらわが見てくるのじゃ!」
返事を待たずに魔力の元へと向かう
ジジ上に教わった黒い炎なら……伝承に残るだけだったと聞いた魔法ならきっと勝てるのじゃ
魔力を練りながらその場所へ向かったのじゃが、わらわが見た者は予想外の行動をしていた
「うわーーん、おとうさーん、おかあさーん!!」
わらわより年下であろう童が泣いていたのじゃ
この森の奥深くで素っ裸でなのじゃ
「お主……何をしておるのじゃ?」
「えっ!?女の子?って……な!なんで裸なの!?」
「……お主も裸なのじゃ」
「あ……うわあああ、み、見ないでよおおおお!」
真っ赤な顔で身体を隠そうとする童
近くで見てもやはりわらわよりも年下なのじゃ
まだ10歳になるかそこいらであろうか?
警戒して損したのじゃ
「こりゃ、童。あまり大きな声を出すでない。魔物に聞こえたら面倒なのじゃ」
「お、お姉ちゃん!見えてる!見えてるよ!?」
「当たり前なのじゃ。この距離で見えぬなら病気なのじゃ」
「そうじゃなくて、隠してよ!恥ずかしいよ!」
騒がしくて恥ずかしがりな童
後に『治療魔法使いの頂点』と言われる異世界人との初対面はこんな感じだったのじゃ
「異世界人とな?初めて聞いたのじゃ」
恥ずかしがる童を抱えて両親の元へ戻るり説明すると、ジジ上は異世界人だと言ったのじゃ
「ふむ。昔から異なる世界からの旅人がやって来たという話はあるのじゃ。めったに無い事じゃから言っておらんかったのう」
「ええ、わらわも昔話で聞いた事はあるのじゃが実物は初めて見たのじゃ。異世界人は強大な魔力を持っておると聞いたがここまでとは思わなかったのじゃ」
物知りなジジ上とババ上が居て良かったのじゃ
さすがはわらわの両親なのじゃ
そう思っていると、異世界人の童が騒ぎ出す
「どういう事?もう家に帰れないの!?」
「泣くでない、童。わらわが側にいるのじゃ……帰れるのかのう?ジジ上、ババ上」
泣いたと思ったら、今度は真っ赤になったのじゃ
忙しい奴じゃのう
隣に座ってわらわより頭一つは小さな童を抱きしめてやり、頭を撫でてやる
わらわも寂しいときはこうしてもらったら安心したのじゃ
「う、うむ。帰った話は聞いた事が無いのう」
「ええ……わらわもありませんが……」
「ふむ。ならば、童よ。わらわ達と一緒に暮らすのじゃ。わらわも捨て子じゃったが、この二人は優しいから安心なのじゃ。一人は寂しいのじゃ」
「……」
わらわの腕の中で童は黙っておりピクリとも動かない
どうしたのじゃ?そんなに帰れない事が悲しいのじゃろうか?
まあ、こんな小さな童では仕方ない事なのじゃ
「よしよし。悲しかろう……わらわの……姉の胸で泣くがよいのじゃ」
「……」
身体を童の方にもっと向けて、しっかりと胸に抱いてやる
これで泣くがよいのじゃ
「……まさか、同年代の男の子が居るとは予想しなかったからのう」
「ええ、わらわも予想外だったのじゃ。常識を教えないと苦労しそうなのじゃ」
「「カチュア、とりあえず服を着なさい」」
ジジ上とババ上の言葉が綺麗に揃った瞬間だったのじゃ
「カチュアお姉ちゃん、これ食べるの?」
両親に言われて仕方なく服を着ているとそんな風に言われたのじゃ
童の名前はケンタというらしい
生意気にも苗字があると言ったので、それは黙っておくように言い聞かせたのじゃ
貴族でもないのに苗字を名乗ったらもめ事になるらしいからのう
「おいしそうではないか。何が気に入らぬのじゃ?」
「だって……他にご飯は?これだけしか無いの?」
「他にのう……魔物が狩れれば肉もあるのじゃが……」
「……無いみたいだね」
わらわが用意した果物を苦い顔で見ている
異世界人は贅沢な食生活をしておるのか?
腕を組んで考えているケンタだが、カッと目を見開くととんでもない魔力を集中し始める
「むおっ!?どうしたのじゃ?」
「これは……これ程の魔力とは」
「何をする気なのじゃろうか?」
これでもかという程の光属性の魔力を迸らせるケンタ
その光景に驚いていたのも一瞬だったのじゃ
気がつけば白い棺桶のような物が目の前にあり、ケンタ自身の魔力は激減していたのじゃ
「で、出来た……結構簡単じゃないか」
自分でも驚いているのか、恐る恐るといった感じで棺桶を開く
次に見たケンタの顔は満面の笑みだったのじゃ
「やった!これでご飯が食べられる!!見てよ、カチュアお姉ちゃん!プリンがいっぱいだよ!」
ぷりんが何なのかは知らぬのじゃ
だが食べ物だという事はわかったのじゃ
そして、この馬鹿が自分の最大魔力を減らしてまで出したのが食べ物が出てくる箱だというのも
「この、大馬鹿者!!何をしておるのじゃ!?」
「え?冷蔵庫を作ってみた……」
「最大魔力が減ったら、元には戻らぬのじゃぞ?それをむやみにやりおって!!どうしてそう見境なく魔道具を作ったりする……」
「主様を叱らないで欲しいの!一生懸命に作ってくれたの!!」
「そうじゃろうが、魔道具を何も無い所から作り出すなど……喋った??」
思わず声の主をまじまじと見てしまう
あの棺桶が喋っているようなのじゃ
「ほ、ほほう。喋る魔道具とは凄いのじゃ。のう、ジジ上、ババ上」
だが、二人はわらわの声に反応する事なく跪いていたのじゃ
「魔道具に頭を下げるとは、二人ともおかしいのじゃ。しっかりするのじゃ」
「ばっ、馬鹿者!魔道具ではない!!精霊様じゃ!!」
「しっかりと魔力を探るのじゃ!精霊様に失礼な事をしてはならぬ!!」
せ、精霊様?はは、まさかそんな……
慎重に魔力を探ってみれば、間違いなく膨大で力強い反応
そして優しくどこか懐かしいような雰囲気まで感じるのじゃ
「ほ、本当に精霊様?魔道具どころではないのじゃ。精霊様を生み出すじゃと!?」
ジジ上に聞いた昔話の通りなら、かつての英雄様と数人しか成し得なかった伝説
精霊化をこんな童がやったじゃと!?
あまりの驚きで固まっているわらわに、ケンタは自慢気な表情で近付き言ったのじゃ
「まどうぐ?じゃなくて精霊だからオッケーだよね?大丈夫だよね!」
「大丈夫な訳があるか!!もっと大事になったのじゃ、馬鹿者!!」
心配する棺桶の精霊がオロオロする中、わらわの説教は続いたのじゃ
伝説の治療魔法使いにして聖者
わらわに叱られて涙目になる童が、後にそう呼ばれるようになるとは思ってもいなかったのじゃ
ライラック聖教国の創始者は、こうしてわらわの弟として暮らし始めたのじゃった