179 ドワーフの切り札
「ゼスト閣下、我等大公軍にかかればあの程度の者など赤子同然ですわ。むしろ一騎討ち前の代表を決める戦いの方が苦戦しましたわ!」
まさに満面の笑みでそう語るメディア
確かにあの脳筋共の前で『一騎討ち』などという素敵なキーワードを発したらそうなるか
主君の娘を愚弄した相手に挑んだ
これは文句を言う事は出来ない……むしろ褒めるべき事なのだがなぁ
「よくやった。我等の武名も益々轟く事だろう。褒美を楽しみにしておけ」
「はっ!ありがとうございます!」
意気揚々と天幕を出ていくメディアなのだが、残ったこちらは悲しい風景になっている
「生き恥をさらしたのじゃ……もうお嫁にいけないのじゃ」
「カチュアお姉様、しっかり!」
「そうじゃぞ?いっそ嫁になどいかなくても良いではないか」
「そうですね。辺境伯家に養女に来ても良いの……ゼスト、冗談だから睨まないように。それともまださっきの事を気にしているのかい?」
「ふぁっふぁ、ふぉふふぉおおおひふぉふぉふぉふひ?」
魂が抜けてしまっているカチュアと、それを慰めている面々
俺の場合は誤解だと判明したから何もなかったが、アルバートの場合は普通に有罪だった
アナスタシアを裸にした罪で辺境伯にボコボコにされたのである……あの人、接近戦もいけるんだな
アルバートの防御を貫通してダメージを与えるなんて、さすが宮廷魔導士の元筆頭だ
「いえ、睨んでなどおりませんよ師匠。カチュアがその様子では困ったなぁと……少しここを任せてもよろしいですか?気分転換も必要ですし」
「ああ、かまわぬじゃろう。一騎討ちの後で戦意は高い。敵も動くなら夜じゃろうからな」
「向こうに草原がありました。そこでゆっくりしてくるといいですよ」
頭脳派二人の許可が出たので、虚空を見つめるカチュアを抱き上げて向かう事にする
師匠が言っていた草原とやらに
「なるほど、これは素晴らしい眺めだな。戦争中なのを忘れそうだ」
「生き恥をさらしたのじゃ……」
いまだに復活しないカチュアを抱いてドラゴンから降りる
見渡す限りの大草原だ
これは日本では見られない光景だろう
カチュアの胸のような大平原……じゃない、大草原の上に腰を下した
「素晴らしい景色だぞ?まるでお前のようだな」
「……草の匂いなのじゃ。わらわのよう?ああ、エルフは森の民なのじゃ。確かにこの草木の匂いは落ち着くのじゃ」
思いっきり失言をしたのだが、どうやら良いようにとられたようだ
セーフである
「この匂いは日本も異世界も変わらないな……お?シロツメクサか?似たような植物だなぁ。昔を思い出すよ」
俺の『シロツメクサ』の部分でピクンと身体を震わせたカチュア
彼女は今、座った俺の膝の上だからその反応がすぐにわかるのだ
「この世界では何と呼ぶのだ?これで妹達によく作ったなぁ」
ポカンとしているカチュアを乗せながら、俺はせっせと懐かしのアイテムを作る
施設に居た頃の得意技……まあ、こんな事しか遊ぶ事が無かったもんな
「ほら、出来たぞ。冠だ!なかなかの出来栄えだな」
カチュアの頭に乗せれば赤い髪と白い花
そして茎の緑がちょうどいいバランスだ
「よく似合ってるぞ。お前の赤い髪に白い花が映えるな」
「パパ上、この草の冠……どうして……」
「ふふ、元気が無いカチュアを見ていると心配でな。昔の家族を思い出したのか?だが安心していい。今の家族だってお前の事を心配する者達なんだ。だからそんな辛そうな顔はするな」
「……」
俺と同じ捨て子だったと聞いたからだろうか?
異世界人の先輩と家族同然だった話を聞いたからだろうか?
カチュアがババアではなく、俺の娘……いや、昔一緒に遊んでいた妹達とダブるな
「ほら、指切りしようか?ずっと変わらずに一緒に居るってな。寂しい思いはさせないさ」
「……ふふ、同じなのじゃ。まったく異世界人というのは……」
小さく呟くと、俺の小指に自分の小指を絡める
俺が何か言うよりも早く歌い始めた
「指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ますのじゃ!指切った!!」
「……この世界にも指切りあったんだなぁ」
「無いのじゃ!でもわらわは知っているのじゃ。何故なのかは内緒なのじゃ!」
「ふふふ、そうか」
どこか吹っ切れたような笑顔になったカチュアの頭を撫でる
そうだよな、異世界人の先輩が教えたのかもしれないな
「元気になったならそろそろ……」
そこまで言ってゾクリとした魔力反応に警戒心を最大にして振り返る
遠くに見えるドワーフ王国の城塞都市の一番高い建物
その頂上に真っ黒な魔力の球体が現れていた
「何だ!?あの禍々しい魔力は!?」
「ヒッ!ぱ、パパ上!あれはマズいのじゃ、パパ上でもただでは済まない魔力なのじゃ!」
はるか彼方に見えているだけでもこの威圧感
……確かにアレの中に居たら俺でもダメージを受けるだろうし、一部でもこちらに飛んで来たら防ぐのに苦労するレベルだろう
「カチュア、師匠達と合流しよう。あの人達と一緒じゃないと苦戦するかもしれない」
「わ、わかりましたなのじゃ!」
負けるとは思わないが危険度で言えばドラゴン以上だろう
まずは最強戦力達と合流だな
カチュアを抱えてドラゴンの元に急ぐのだった
「おお、婿殿。アレは何だ?」
「ゼスト、アレがこちらに向かって来たら防げますか?」
「辺境伯もご存知ありませんか。師匠と一緒になら大丈夫でしょう。ただ、自分達の身は守れますが兵達までは自信がありませんね」
自分の陣地に戻れば天幕から飛び出した二人が顔色を変えて聞いてくる
やはり魔導士として直ぐに気が付いたのだろう
アレのただならぬ気配を
「ゼスト閣下、兵士達はなるべく分散させましたので範囲攻撃で巻き込まれる人数は最小限かと。包囲力が若干低下しますので、後方に竜騎士部隊を遊撃として配置。万が一、突破された際は奴等を向かわせます」
「補足します。現在ドラゴン達や竜騎士部隊といった最大戦力は本陣後方です。範囲攻撃の的にするならばここから後方にかけて……かと思われます」
アルバートは野生のカンなのだろうか?だが対応は間違ってない
アナスタシアも本当に初陣なのだろうか?随分と慣れているようだが
「それでいい。あの黒い球体と本陣の間には兵を配置するな。柵や塹壕ならいいが射線には長時間いるなよ。私と師匠が居て防げない攻撃だったら逃げろ。私が死んだら総司令官はアルバートだ」
「……はっ」
「連射が可能だったらカチュアとアナスタシアを連れて領地まで逃げろ。不可能であれば俺と辺境伯と師匠で何とか出来るから問題ない」
「まあ、そうなるじゃろうのぅ」
「最後は結局このメンツで戦う事になりそうだね。何のために兵士達の手柄を気にしたのかわからなくなるね」
普段なら『私もご一緒します』と言うだろうアルバートはきつく拳を握りしめて黙っていた
彼も理解しているのだろう
辺境伯達は苦笑いだ
「なぜお前を同行させないかはわかっているな?お前だから任せるのだ」
「万が一のときは孫達を任せるからのぅ」
「アルバート、ベアトと娘達を頼みましたよ?」
「……はっ!必ずや奥様とお嬢様方をお守りいたします」
「パパ上……」
「お養父様……」
現在最強の三人で勝てない相手ならアルバートが追加されても大差無いだろう
それならば逃がしてベアト達を頼みたいのだ
……まあ、考えすぎかもしれないが用心はしておく
俺にしがみついて不安がる娘二人を撫でていると、背後に知った気配が現れた
「ニーベル殿か。アレが原因かな?」
「お久しぶりですね、ゼスト大公殿。はい、アレを持ち出したのなら魔族も手伝いますよ」
魔族の長が出張ってくるとはな
しかも配下らしき黒装束の人影が五人付き従っている
奴等もアルバートといい勝負出来そうな手練れだ
魔族も本気なのだろう
「アレについて知っているのか?」
「ええ、アレは魔王が使っていた杖……と、いうより魔道具でしょうか。古の技術ですね」
古の技術……つまり『科学』の兵器なのだろう
周りに兵達が居るからそんな遠回りな言い方なのは仕方ない
「お教えします。あの球体の色が金色に変化すると第二段階です。周囲の敵めがけて光の玉が発射されるのです!しかし心配はご無用。この魔族の長たる私が来たからには秘策があるのですから。さあ!あの球体が金色になった時が我が秘奥義の出番です!!」
ドヤ顔で黒い球体を指さすニーベル
全員がそれを見つめると、フッと球体が消滅した
これから色が変わるのだろう
緊張した面持ちで身構える
どのくらいの時間が過ぎたのだろうか
カチュアとアナスタシアは飽きて紅茶の用意をしに天幕へ戻った
辺境伯は椅子を用意させて座っている
師匠は腕を組んで半開きの目でニーベルを見ていた
アルバートは筋トレを開始したし、黒装束の魔族達も真似して身体を鍛えている
そして、肝心のニーベルは……
「あの球体が金色になった時が我が秘奥義の出番です……あの球体が金色になった時が我が秘奥義の出番です……あの球体が金色になった時が我が秘奥義の出番です……」
何もない虚空を指差して壊れたレコードのように同じセリフを繰り返していたのだった
……ニーベル殿……あなたもこちら側に来ましたか
そうですか……