表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界人の手引き書  作者: たっくるん
第三章 調停者
177/218

176 女の子のお祝い(アナスタシア編)

「はっはっはっは、突撃と聞いてついな。心配をかけたな」


相手は仮にも王様である

怒る訳にも叱る訳にもいかない

やんわり嫌味を言うのがせいぜいだが、この獣王にそれが理解出来るとは思えない

では、どうするのか?


「あれだけ突撃に参加すれば満足でしょうな。私との模擬戦は必要ありませんね。では、戦後処理がありますので失礼します」

「なっ!それは!」

「その通りですね、大公殿。ご苦労様です」


何か反論しようとしたのだろう獣王は、宰相に睨まれて黙っていた

あの温和そうな宰相が額に青筋をたてているのだ

余程の事だろうな

ともかく、俺にはまだ仕事が残ってるのだからポンコツの相手はしていられない

頭を下げて手早く砦の前へ向かう


「皆、ご苦労だったな。見事な戦果だ」


砦の前で整列している婚活遠征連合軍

予想通りというか案の定というか、余裕の大勝利であった

まあ、最初のブレスで半壊状態だったみたいだから仕方ない

あんなもの撃ち込まれたら、俺の黒騎士達でも同じような状態になる


「さて……ここまでは想定内だからさほど言う事は無い。諸君も暴れ足りないだろう?これから追撃戦になるのだが、一つ言っておかないといけない事があるのだ」


一旦、間を空けて心底悲しそうな顔で告げる


「この連合軍に残された時間は三カ月しかない。それ以上は色々と問題があるのだ!」


これは本当だ

主に俺がベアトとウィスに会いたいからだ

普通に考えたら半年から一年単位で時間が必要な遠征だが、この軍団は普通じゃないから問題ないだろう


「普通に追撃しては、ドワーフ王国の首都まで時間がかかるだろう。ならばどうするか?諸君にしか出来ない方法で行う」


そこまで喋ると、タイミングを見て師匠と娘達が俺の隣に並ぶ


「部隊を二つに分けて追撃・進軍を行う。アルバート卿率いる我が大公軍とエルフの国の魔導兵団の部隊。もう一方は、我が師であるソニア卿を総大将としたライラック聖教国と魔導兵団の混成部隊である。こちらには娘達も同行する」


アルバートが大将のうちの軍団は大丈夫だろう

しかし、師匠の方は少し怪しい

肩書が足りないのだ……カチュアとアナスタシアが居ればそれも解消するので苦肉の策である


「補給物資は竜騎士団が手配するから、お前達は安心して突き進め!早く敵の首都まで押し寄せられれば、その分、婚活の時間を増やそうではないか!二カ月で辿り着けば、残りの一ヵ月は毎日婚活の宴だ!!」


「馬の準備だ!早くしろ!!」

「地図は!?地図はどこだ!」

「急げ!婿探しの時間を無駄にするな!!」

「おい、メディア卿の部隊はもう出発してるぞ!?」


メディアの所は気合が段違いだからな

『男女』や『女男』ばかりだから、この機会を逃したら後が無い


「行軍の誘導も竜騎士団が上空からしてくれる。何も考えずに付いて行って、好きなだけ暴れてこい!」


「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」


血走った目で雄叫びを上げながら出発していく脳筋達

ドラゴンに乗った娘達はこんな会話をしているのだった


「カチュアお姉様、私達は必要なのでしょうか?」

「立場というものがあるから仕方ないのじゃ。まあ、わらわ達は飾りじゃから気楽にして大丈夫なのじゃ」


さすがババアは理解が早い

大昔から長老だの筆頭宮廷魔導士だのをしていただけの事はある


「師匠と散歩に行く程度の気楽さで構わない。お前達はあくまでも旗頭だ……戦闘には出るなよ?いいか?出るなよ??」


「ふふ、わかっております。お養父様」

「心配性なのじゃ、パパ上は」

「そうだよ?私が同行するのだから任せなさい」


さり気なく混ざってきた師匠だが、それが一番心配なのだ

この人は身内には甘く、娘には激甘なのだ

『戦いたいの(ハァト)』とかやられたら簡単に許可しそうだ


「師匠、絶対に危険な事はさせないでくださいね?頼みましたよ!?」

「やれやれ、大丈夫だよ……本当に心配性なんだね。じゃあ、行ってくるよ」


ヒラヒラ手を振り苦笑いの師匠達がドラゴンで出発していく

大丈夫なんだろうか?本当に大丈夫なのか?

どうしても不安な俺はだんだんと小さくなっていく姿を見送っている

すると、辺境伯がボソリと呟くのだった


「ソニアはああ言ったがのぅ……あやつ基準で危険だと判断しなかったら、やらせそうじゃのぅ」

「……そう、なりますかね?」


「昔のぅ……」

「はい」


「ベアトが黒騎士達の実戦訓練に飛び入り参加した事があってのぅ……」


辺境伯の方を振り向くと、懐かしい思い出を語るおじいちゃんの顔だった

普段とは違う好々爺の顔だ


「身の丈よりも大きなバルディッシュを振り回すベアトは可愛らしかったのぅ……バッタバッタと黒騎士達を倒してな?どうやらソニアがやらせたようじゃったがのぅ」

「く、黒騎士達との実戦訓練が危険ではないと判断したのでしょうか?師匠は」


「そうじゃろうのぅ。あれはベアトが8歳の誕生日の事じゃったのぅ。懐かしいわい」

「…………」


駄目かもしれない

これは娘達も戦闘に参加するかもしれない……ベアトになんて報告しよう……

月夜の丑三つ時に怪しい儀式をしていそうな暗黒微笑の辺境伯を見ながらそう思う俺だった



「私もいよいよ出陣となった。ゼスト大公、エミリアと協力して後の事は頼んだぞ」


「はい。ご武運を」

「獣王陛下、くれぐれも無茶はなさらないようにしてくださいね?私は心配で心配で……」


涙目のエミリア宰相の肩を豪快にバンバン叩きながら笑う駄犬……じゃない、獣王陛下

婚活遠征連合軍の出発から数日過ぎて、ある程度の安全が確保されたから本隊の出陣となったのだ

自国が攻め込まれたのだから、当然反撃はする

このままでは連合軍が手柄を全部持っていってしまうから、グリフォン王国も慌てただろうな


「なに、連合軍が通った後を進軍する簡単な仕事だ。私でも出来るだろうから心配いらぬ!」


馬鹿を自慢してるのか、自覚が有る馬鹿なのか微妙な発言だがその通りだ

連合軍はドワーフ王国の首都まで進軍しても包囲するだけにしろと言ってある

最後の決戦には獣王陛下に現場に居てもらわないとバランスが悪いのだ


「エミリア宰相、我が配下の竜騎士団が上空で警戒する。獣王陛下に危険は少ない筈ですから」

「ありがとうございます。そうしていただけると安心です。後方支援が必要なければ私も同行したかったのですが……いいですか?万が一の時には竜騎士団殿に伝令を頼むのですよ?夜は進軍をひかえてくださいね?ハンカチは持ちましたか?」


「え、エミリア、ハンカチは必要なかろう……」

「いけません!また口の周りに食べ物の汁をくっつける可能性があるのです!」


まともだと思っていた宰相も意外と残念な人なのかもしれない

『獣王陛下・初めてのおつかい』

そんなタイトルが付きそうな進軍が始まったのだった



「ご報告いたします!アルバート卿より伝令です。村を3カ所と砦一つを攻略!」

「ご苦労。記録官、地図に記載をするように」


「ソニア卿より伝令!砦二つを攻略!」

「ご苦労。記録官、頼むぞ」


俺はこの一週間、執務室でひたすらこれをやっていた

前線には出ないなんてサボっているのか?

そんな事を考えるようでは貴族として……いや、大貴族としては失格だろう

この地味な後方の仕事こそ、貴族のメインと言ってもいいかもしれない


「ゼスト閣下、グリフォン王国の貴族様方がご到着なさいました。応接間でお待ちです」

「お茶を出して待たせておけ。辺境伯、そちらの手配が終わったら面会をお願いします」


「やれやれ、これなら前線の方が楽じゃったのぅ」


あの辺境伯からそんなボヤキが出る程の忙しさなのだ

連合軍への各国からの使者や激励・支援物資の対応

グリフォン王国から救援の礼の対応

こちらからは各国へ戦況の概要を報告したり、手柄がある程度均一になるように配慮したりと……

これは久々に仕事の疲れで死ぬかもしれない


「ゼスト閣下、物資を狙った盗賊が!!」

「ドラゴン達に行かせる。竜騎士団、誰か居ないか!?」


「ゼスト閣下、舞踏会の招待状です」

「……戦時中に舞踏会?丁寧に断っておけ。後で名前も聞かせろよ?リストに載せておく」


平和ボケもここまでくれば大したものだ

絶対に係わらないように名前をチェックしておかないとな


「ゼスト閣下、また増援の兵士が到着した模様です」

「またか……婚活にどれだけ飢えているのだ……」


これで何度目になるか分からない増援部隊

1000人単位で増え続けているので、それに比例して物資の手配が忙しくなっていた


「おい、食糧の書類が混ざってるぞ」

「これはグリフォン王国宛だから宰相殿の机に回せ」

「誰だ!この汚い字は!読めない……アルバート卿の字か。素晴らしく達筆で私には理解出来なかったようだ」


期末決算前の事務所のような修羅場の中で一緒に働いている者達だ

各国の軍人だし多少の事なら目をつぶるが、さすがにアルバートを馬鹿にしたら処分するしかない

今のはギリギリセーフでいいだろう


「皆、忙しい中だが休息も必要だ。少し休もう」


日本とは違い、上司が働いているのに休憩したら物理的に首が飛ぶ世界だ

こういった時は自分から休まないと部下達がまいってしまう

用意された紅茶を飲んでいると、視界の隅に死んだ魚の目をした宰相が見えた


「エミリア宰相、大丈夫ですか?」

「目が光を失っておるのぅ」


「…………」


無表情で虚空を見つめながらハンコをひたすら書類に押す機械になっている彼女

机の上には山のように書類が積まれているのだ


「ゼスト閣下、申し訳ありません。宰相様が傾いてきましたら、また治療魔法をお願いいたしますね」

「さあさあ、宰相様?まだまだありますからね」


グリフォン王国の畜生のような文官達

恐ろしい……顔色を変えないでここまで上司を酷使するとは……

他国のブラック企業ぶりにドン引きしながらも休憩していた俺達だが、それが現れてしまったのである


「かかかかかかか、閣下!奥様より兵器が届きました!!」


間違うのも仕方がない

真っ青な顔をした竜騎士団達が四人で長い棒を使いながら運んできたモノ

それはベアトの魔力がこれでもかと込められた手紙だったからだ


「ご苦労。今回はまた、気合が入っている手紙だな」

「ふぉっふぉっふぉ、交換日記を思い出すのぅ」


今度は俺と辺境伯以外が全員ドン引きである

正確には俺は少し震えているし、エミリア宰相は床で寝ている

胸が動いているから死んではいないからセーフだろう


「さて、どんな内容かな」


「あ、アレを素手で!?」

「ゼスト閣下以外では開けないな」

「なるほど、密書にはもってこいの魔法ですな」


そうじゃない

ただ単に気分が盛り上がって書いただけなのだが、まあそういう事にしておこう

『娘達が初陣になって戦場に立つ事になっちゃった』

そう書いた手紙を出したのが二日前……間違いなくその返事だろう

どうか……どうか娘がかわいいベアトが怒り狂っていませんように

そう祈りながら魔力強化全開で手紙を開く


『愛しいゼスト様

各国の精鋭をまとめた連合軍を組織するとは、さすがゼスト様ですね。

そんなお話はおとぎ話の魔王討伐でしか聞いた事がありません。

私の英雄様は本当にビックリさせてくれますね。』


ここまではセーフだ

怒りの文面は入っていない

このまま娘の事はスルーしてはくれないか?

そんな希望はあっという間に打ち砕かれる


『ところで……かわいい娘達が初陣となったとの事、とても……とても驚きました。

てっきり、ゼスト様と同行するだけだと思っていたのですが…………』


怖い

この『……』の、間が怖い

震える手に強化魔法を重ね掛けしながら続きを読む


『まだ幼さが残るあの二人が初陣ですか。



実に素晴らしい事ですね。

女の子のお祝いをしないといけませんね。

腕によりをかけてお団子を作りました。

追加のお料理は後で持っていかせますね?

楽しみにしていてください。


あなただけのベアトより』


…………

なぁに?このお手紙

ちょっと意味がわからない

怒っていないのはわかるが、問題はこれだろう


「へ、辺境伯。女の子のお祝いだとベアトがですね」

「ああ、年頃の娘が初陣を飾る。女の子のお祝いではないか」


当たり前のように言う辺境伯

あれ?俺の知ってる女の子のお祝いって違うんだが


「ああ、懐かしいですね。私も祝っていただきました」

「女の子のお祝いですか!いいですねぇ」

「私もおじいちゃんに祝っていただいたなぁ」


獣人族の女の子達はウンウン頷いている

黒騎士達や戦乙女部隊も同じである

これはこの世界の常識なのだろうか?ならば合わせるしかないだろう


「そ、そうか。女の子のお祝いか……いやぁ、めでたいなぁ!」


引きつりながらもそう言った俺の目に、黙って首を横に振るエミリア宰相が見えた

やっぱり違いますよね?これは異常な事なんですね?

だが俺には被害が無いし好都合だ

このまま流されようと心に決めた俺だった


もう、好きにしてください

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ