174 懲りない獣王陛下
「よし、カチュア。お前には重大な任務を与えよう」
「任せるのじゃ。パパ上の期待に応えるのじゃ!」
無い胸を反らしてドヤ顔のカチュア
どうしても何かしらの役職をよこせと大騒ぎしていたのだから、重大な任務と聞いて期待しているのだろう
「今からお前は『婚活対応長官』だ。我が領内の婚活全てを統括せよ」
「……危なかったのじゃ。パパ上が相手でなければ焼き尽くすところだったのじゃ。わらわ自身が結婚したいのじゃ!他の者の世話をしている場合ではないのじゃ!!」
こめかみをピクピクさせているカチュアだが、ここまでは想像通りだ
「なにもお前への嫌味でこんな事を言っているのではないぞ?お前には『家庭的』な部分が足りないのだ。自分の事を後回しにしてまで他者の結婚に奔走する姿は、男心をグイグイくすぐるぞ」
「なるほど……そういう事なのじゃな……フムフム」
「そしてその結果どうなると思う?『結婚の事ならカチュア様にお願いしよう!』そうなれば結婚を望む様々な男がお前の所に押し寄せる。その中に気に入った者が居たら紹介せずとも……わかるだろう?」
「本当にいい男が居たらわらわの……うむ!わかったのじゃ!!やるのじゃ!!」
遠大な婿探し作戦に納得したらしいカチュアが大きく頷く
どうやら納得してくれたようだ
「婿殿、面倒な仕事を投げるのが上手くなったのぅ」
耳元にささやかれた辺境伯の言葉は聞こえないフリをして、追加された団子を頬張る
……最近は苦労が多いから割り振りたいんです
辺境伯、勘弁してください
「ゼスト閣下。私も模擬戦を……」
「アルバート、貴様は指揮官としての軍務があるだろうが。却下だ」
ようやく落ち着いたと思ったらアルバートのおねだりである
そんな事は許可出来ない
今、こいつが軍務を投げ出したら俺の仕事は5割増しだ
「この忙しい中で模擬戦をしている余裕がある筈がないだろう。今は我慢しろ」
「仕方ありませんな。では、進軍の準備をいたしますが、目標は王都でよろしいのですか?直接前線であるドワーフ王国との国境へ向かいますか?」
真面目な顔になったアルバートのその言葉に少し悩む
確かに獣王陛下を送ったついでに援軍に来た事を王都へ伝えてもらえばいいな
わざわざ遠回りな王都へ向かう必要もない
「よし、国境へ直接向かうよう準備しろ。獣王陛下には私から話を通しておこう」
「はっ!では、そのように」
アルバートが出ていったのを確認して辺境伯とも話をつめる
「辺境伯は物資の管理と移送の手配をお願いしたい。兵站が確保出来ない軍など烏合の衆ですから」
「うむ。任せてくれ大元帥殿。なるべく各国の援軍にも働いてもらわねばならぬからのぅ」
俺の主力だけでも戦争にはなる
だが、各国のメンツもあるし簡単に済ます訳にはいかないだろう
「グリフォン王国にも物資の支援をお願いしたいが、宰相殿?」
「心得ております。こちらからも手配いたしますし、このまま国境へと軍を進めていただいて構いません」
さすが頭脳派のエミリア宰相だな
脳筋の姉とは大違いで話が早い
「輸送の話はラザトニア辺境伯と細かい所を調整してくれ。私はそろそろ師匠を止めてくる」
「ふぉっふぉっふぉ、確かに大元帥殿にしか出来ない仕事じゃのぅ」
「姉が重ね重ねご迷惑を……」
面白がる辺境伯としきりに頭を下げるエミリア宰相に手を振って、土煙が上がる模擬戦の場へと向かうのだった
……師匠、もう少し手加減してください
「うむ。よくわからんが、エミリアがいいと言うならそれでよい」
そうでしょうとも
わかりやすい脳筋ワールド全開の獣王陛下の言葉にホッとする
この人が頭を使うなんで頭突き以外には無い筈だ
「つきましては、我が娘がドラゴンでエレノーラ陛下を王都にお送りいたします。空の旅をお楽しみください」
「おお、ドラゴンに乗ってか!一度乗ってみたかったのだ、感謝するぞ大公!」
もう彼女の頭の中には難しい話は残っていないだろう
ドラゴンに乗って空の旅でいっぱいになっている笑顔である
「エレノーラ陛下、ゼストの娘でアナスタシアと申します。陛下のお供をさせていただきます」
神官服の上に軽装鎧というヤル気満々の装備でアナスタシアが挨拶をする
腰にぶら下げた使い込まれたメイスが鈍く光っているのが禍々しい
「ほほう。こんなかわいらしい娘が大公に居たのか……はっ!!」
そう言って予備動作無しの鋭い中段突きを放つ獣王陛下
普通の兵士なら直撃・失神コースだろう
だが、相手はアナスタシアである
あんな魔力制御が甘い状態の拳など、直撃したところで撫でられたようなものである
「ふふっ、お戯れを。試すおつもりなら全力でどうぞ?」
「ふ、ふははははは、さすが大公の娘よ!」
アナスタシアの腹を撃つが微動だにしていない
当然だろうな……しっかりと魔力強化全開で防御していたし
その彼女に、嬉しそうに獣王陛下は頷いて微笑む
「大公の周りはやはり楽しいな。こんな強者がゴロゴロしているのだからな」
「獣王陛下、お願いですから大人しくしていてください!」
ワイワイと騒ぎながらドラゴンの背中に乗り込む獣王陛下達を見送る
アナスタシアの強さを周りの兵士達も見てたようで、大騒ぎしていた
「おいおい、あんな細い身体であの一撃を受けたのに無傷だぞ?」
「俺の知ってる女の子と違う」
「私も大公領地に行こうかしら?あんなに強い人が大公のお嬢様なら、強い女って引かれないし……」
この出来事のおかげで、また大公領地に脳筋が増える事になる
教国やエルフの国……更にはグリフォン王国からも移住者が続出して小言を言われるのだが、それはまた別の話である
「しかし、驚いたのぅ。アナスタシアの魔力制御……あれは一朝一夕で習得出来るものではない。幼い頃から修練の日々じゃったろうのぅ」
「でしょうね。ベアトがアナスタシアを可愛がっていると手紙に書いていましたが、自分と重ねたのでしょうね」
さすがにベアトを間近で見ていた二人だな
アナスタシアの裏の顔……闇の部分を一発で見抜いたようだ
「婿殿、あの子は大事にしてやってくれ。言うまでもないかも知れぬがのぅ」
「ふふふ、ベアトが可愛がっているならゼストもそうでしょう?」
「ご安心を。あの子を粗末に扱ったらベアトに叱られます……それに私もそこまで割り切れませんから。甘いのでしょうね」
ドラゴンの背中で進軍中だが、周りにはカチュアとアルバートしか居ない
実質、身内しか居ないからこんな話でも出来る
「ふぉっふぉっふぉ、そこは変わっていないようで安心したわい」
「その気持ちは忘れてはいけませんよ?家族としての忠告です」
「はい。忘れませんとも」
そんな真面目な話をしていれば、当然のように邪魔が入る
頭をガシガシかきながらカチュアが寄って来る
「パパ上、想像以上に希望者が多いのじゃ。これは二カ月は必要な気がするのじゃ」
そんなに参加者が多いのか!?
ほぼ全員参加か?なんなんだあいつらは……何をしに遠征に参加したんだ!
……結婚相手探しか……なら、仕方ないか?
「この遠征自体が三カ月程度を予定していたが、その半分以上を使うのはなぁ」
「そうじゃのう……しかし、無碍には出来ぬのぅ」
「相当期待しているでしょうしね」
むぅっと仲良く唸るが、名案など浮かぶ筈も無く時間だけが過ぎていく
『お見合いパーティーをどうするか?どうやって時間を作るのか?』結論が出ないまま、国境の砦へと到着してしまうのであった
「ゼスト大公閣下、ご苦労様です!獣王陛下より、閣下の指揮に従うように指示をいただいております!」
砦の前でズラリと並んだ出迎えの将兵達
これでも一部なのだろうが、なかなかの人数で壮観だな
敬意の現れなのか、気に入らないから威圧してるのかは知らんが
ドラゴンに睨まれて震える兵士達に囲まれても怖くはないがな
「出迎えご苦労。早速敵軍の状況を知りたい……と、その前に」
グルグルと唸り声をあげて出迎えの兵士を威嚇している一匹のドラゴンに歩み寄る
首を左手で掴んで引き寄せ、右手のアイアンクローを顔面にぶち込む
「誰彼構わず威嚇するなと言ったな?言ったよな?」
「ぎゃああああ、主様!めり込んでます!めり込んでますから!!」
「主様は最近ピリピリしてるから気を付けろって言ったのにな」
「馬鹿な奴だな」
「お、痙攣し始めたな」
白目を剥いたので許してやる事にして、改めて迎えの将に話しかける
「待たせたな。会議室に案内を頼む」
「はっ!!こちらです!!司令官もお待ちですのでどうぞ!!」
真っ青な顔の責任者だろう豪華な軍服の獣人男性に案内されて会議室へと向かうのだった
周りの兵士達は地面とにらめっこをしており、誰も目を合わせなかったのは言うまでもないだろう
「ふぉっふぉ、威圧外交のお手本のような行動じゃな」
「大元帥閣下も腹黒くなりましたね。誰に似たのか……」
「わらわのときもやられたのじゃ。あの時は本当に死ぬかと思ったのじゃ」
言いたい放題の後ろは気にしない
特に辺境伯家の二人には、それは言われたくないわ
こうなると黙って付いてくるアルバートに安心する
「失礼いたします!ゼスト閣下をご案内いたしました!」
震える将校の案内役がドアを開いた先にあった光景
それはある意味、想像通りの光景だった
「ふははははは、遅かったな!おかげで団子を二皿も食べてしまったぞ!」
「獣王陛下、とりあえず座ってくださいませ」
「お養父様、あの……どうしてもここに連れて行けと獣王陛下が……」
会議用の長いテーブルの上に仁王立ちしているエレノーラ陛下と、それを諫めるエミリア宰相
そして申し訳なさそうにこちらをチラ見するアナスタシア
大人しく待っている筈はないし、なかなか娘が帰って来ないからこうなるだろうとは思ったよ
「さあ、いざ合戦だ!ゼスト大公の作戦を聞こう!」
テーブルの上で獣王陛下がそう言ってるが、問題はその格好だ
「獣王陛下、その服装では下着が見えますから降りてください。それと口の周りにアンコが付いておりますよ?」
思わず突っ込んだ俺は悪くない
ピンクのフリフリが付いたアイドル衣装を着ている獣王陛下の方が悪い筈だ
だが、そんな事は些細な事だったらしい
「ふふふふふふ、さすがの大公も知らぬようだな。これは見せてもいい下着なのだ!」
「お姉様!止めてください!」
「お養父様、どうしてもこれが着たいと陛下が……」
「大元帥殿、ワシは外で待っていてもいいかのぅ?」
「まさかベアトには着せていないだろうね?着せていないだろうね?」
「閣下、カチュアお嬢様が鼻血を出しました!」
「ふぉおおおおお、なんという眼福!ここまでこの衣装が似合うとはグリフォン王国侮れぬのじゃ!!」
シリアスな軍事会議を期待していた俺の望みが終わった瞬間である
阿鼻叫喚の地獄絵図とはこういう事なのだろう
大騒ぎの声は、30分以上続くのだった
もう、帰っていいですかね?