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異世界人の手引き書  作者: たっくるん
第三章 調停者
174/218

173 獣王陛下のお気に入り

「おお、ゼスト大公!久しいな!」

「エレノーラ獣王陛下、お元気そうでなによりです」


竜騎士部隊に先導されてやってきた獣王陛下に、まずは頭を下げて挨拶する

いろいろと聞きたい事はあるが王様が相手だ

いきなり『どうしました?』って聞くのも問題がある


「貴公は相変わらずの魔力だな。こんなときでもなければ手合わせをしたいと……ほほう、この老人と男もなかなかの手練れだな」

「お初にお目にかかります、獣王陛下。グルン帝国辺境伯のラザトニア=バーナムでございます」

「同じく、魔法兵団長のソニア=バーナムであります」


俺から興味が逸れたのはいい

王様と手合わせとか面倒だからな

だが、話が進まないので後にしてくれ


「機会があればそのような場を設けましょう。まずは現状のご説明をお願い出来ればと思うのですが?」


俺の言葉にニヤリと笑みを深める獣王と、反対に渋い顔の辺境伯達

ふふ、キラーパスのお返しにこのくらいはいいだろう

獣王と大公の話に辺境伯が割り込める筈もなく黙っているしかない

二人も本気で怒ってないし、仕方ないって感じで諦めモードだ


「ご説明は私がします。陛下では正しく伝わりませんし、皇太子殿下の事もご説明しなければなりませんので……」


申し訳なさそうなエミリア宰相だが、皇太子殿下?

え?この優男が皇太子殿下なのか??


「はじめましてだな、ゼスト大公。私がグルン帝国の皇太子、ライゼルである」


なるほど、こうして改めて見れば皇帝陛下の面影があるな

でも王妃の方に強く似てるようだな

優しそうな雰囲気の青年だ


「失礼いたしました、ライゼル皇太子殿下。私がお側にきたからには、不心得者には指一本触れさせませんのでご安心を」

「ああ、帝国の剣と言われる大公が居れば安心だ。よろしく頼むぞ」


「御意」

「して、大公。そちらの女性達は何者だ?」


そう言って娘達に視線を移すライゼル皇太子

その目に獲物を狙うような色がチラッと見える

……ははあ、そういうタイプなのか?こいつは


「お話中に失礼いたします。ゼスト閣下に緊急の伝令ですのでご容赦を!」


俺のこめかみがピクピクしているのに気が付いたらしいアルバートが、そう言って割って入る

通常時なら不敬だが、行軍中となれば話は別だ

軍事行動中は皇帝陛下の命令でさえ断ってもいい程の権限が俺には……大元帥にはあるのだ


「皇太子殿下、失礼。アルバート、報告を」

「はっ!昨夜、お嬢様方の水浴びを覗こうとした大馬鹿を確保しました。いかがなさいますか?」


「両腕と両足を叩き斬って、殺してくださいと100回言うまでなます斬りにしろ」

「はっ!いつも通りですね。かしこまりました!!ですが、どこぞの貴族の血縁者との事ですが……」


「その一族は不幸な事故で近々居なくなるから心配するな。なあ、ターセル」

「はっ。必ずや不幸な事故が起きます」


「「「はっはっはっはっは!!」」」


もちろんこれは芝居である

馬鹿貴族が娘達にちょっかいを出そうとしたときには、このような芝居をするように準備していたのだ

たいていコレで諦める


予想通り、皇太子は真っ青な顔で辺境伯達の方を振り返る

しかし、あの人達はもっとハードだ


「ふぉっふぉっふぉ、殺してやるとは婿殿は優しいのぅ」

「ええ。私なら治療魔法を使いながら斬り続けて、永遠に痛みを与えますね」


この人達は本気でやるつもりである

身内には甘いが敵認定したら絶対に手加減などしない

以前、ベアトにちょっかいを出した宮廷魔導士の第3席の身内は城の中で幽閉されて拷問されているとの噂まである

……実にあり得る話だ


「話が逸れましたね、皇太子殿下。あれは私の娘です。かわいいかわいい娘でして……お恥ずかしながら、どうしても娘の事になると熱くなってしまいまして」

「おお、当然じゃな。ワシもラーミアの事となったら後先など考えぬ」

「そうでしょうとも。私もベアトの事であれば命をかけて対応します」


「はっはっは、大公らしいな。特に奥方の事になると非常に危険だった。私も死を覚悟したぞ」

「ええ、奥方の事というよりも奥方自体が恐ろしかったですが……」


「「「はっはっはっは!!」」」


その内容で笑える獣王陛下もなかなか豪快な人だよな

辺境伯達と仲良く笑っている

エミリア宰相みたく引きつった顔になるのが正解な気がする


「それで、あの娘達を皇太子殿下に紹介させていただけばよろしいので?」

「いや、すまなかった。大公の娘とは思わなかったのだ。忘れてくれ」


そう俺に告げたライゼル皇太子の足は、獣人族の求愛行動のように震えていたのだった



「それで、状況の説明なのですが……」


疲れた表情のエミリア宰相がポツリポツリと話始める

あの皇太子とのやり取りで疲れたのではない

後ろで模擬戦を始めた獣王エレノーラのせいだろう

師匠が同じく疲れた顔で相手をしていた


「都でドワーフ襲来を報告されたエレノーラ陛下が、すぐさま国境の砦に向かうと宣言。周囲に反対され、夜中にコッソリと抜け出そうとしたのです」


「そ、それはそれは」

「なかなか行動的な獣王陛下ですのぅ」


この報告会に参加しているのは俺と辺境伯

そして娘二人とアルバートだけだ

ライゼル皇太子は気分が悪いと天幕で休憩中である

気持ちはわかる……水浴びの準備はしておくように指示しておいた

漏らしてる可能性もあるからな


「私が発見したので止めようとしたのですが……そのまま肩に担がれてしまい……挙句にライゼル皇太子殿下にも見つかったのですが、『援軍に行く』と自信満々に言う陛下に大軍を率いて行くものだと思ったらしく同行すると……」


最後の方はようやく聞き取れる程度の大きさになってしまう

確かにみっともない理由である

おてんば獣王の暴走で三人旅とか、呆れてフォローの言葉が出てこない


「しかも、王都を出てから方角を間違いここまで来てしまい……」


涙目のエミリア宰相だが俺も頭が痛い

まさかと思うが聞いてみる


「最初に獣王陛下がおっしゃった『追手』とはまさか……」

「はい……王都から私達を連れ戻す為の追手と勘違いしたと思われます」


「あ、アルバート!!周辺に兵士が居ても先に仕掛けるなと伝令だ!大至急!!」

「はっ!急いで伝達します!!」


ビシッと敬礼したアルバートが走り去った

あの後、獣王が落ち延びて来たのだから周辺は敵だらけだと思っているのだ

このままにしておいたらグリフォン王国の兵士まで消し炭にしてしまう


「やれやれ、年寄りには刺激が強い話じゃのぅ。大元帥殿、これは予定を変えて王都に獣王陛下を早くお連れしなければのぅ」

「そうですね。竜騎士部隊に先行させて獣王陛下を送り届けさせましょう。エミリア宰相もそれでよろしいか?」


「はい。お手間をとらせて申し訳ありませんが、それでお願いします」


しかし女性の獣王陛下と宰相を男と一緒にドラゴンに乗せるのも問題だな

ここは戦乙女部隊出身の竜騎士達に任せよう


「竜騎士部隊の女性達を呼んできてくれ。特別任務だ」

「かしこまりました!」


敬礼したアルバートが急いで連れてきた女性隊員達

彼女達に任せるのは決まっているのだが、問題は誰を隊長にするかだな


「獣王陛下と宰相殿をグリフォン王国の王都にお連れしろ。大至急だぞ?」

「はっ!必ずや任務を果たします!」


「期待している。だが、諸君の隊長をどうするかと悩んでいるのだ。アルバートはここに残したいし、メディアはマズイ。誰か希望はあるか?」


彼女達精鋭部隊の隊長は、いいかげんに選ぶ訳にはいかないだろう

下手な者を選んだら命令に従わない事は無いだろうが、隊を辞める者は出てくる筈だ

『選び抜かれた精鋭部隊』の自負とプライドがあるのだから


「でしたら……是非、お願いしたい方がおります」

「はい。あの方が理想ですね」

「ああ、これであの方のお側に長く居られます」


彼女達の希望者は、どうやら決まっているらしい

この脳筋共が揃って納得する隊長とは誰だろうか?


「なるべく希望は叶えるぞ。お前達はそれだけの実力があるのだ。多少の我儘は許す」


「では、アナスタシアお嬢様を是非とも隊長に!」

「アナスタシア様の手足となります」

「お願いいたします!何でもしますから!」


何でもはしなくていい

むしろ誤解を招くからベアトの前では絶対に言わないで欲しいわ


「アナスタシアなら立場的にもちょうどいいのだが、本当に彼女でいいのか?お前達の隊長になるのだぞ?」


「ゼスト閣下の養女で一流の治療魔法使い。更には戦闘の心得まであるお方です。いいもなにも最高です!」

「訓練で無茶をしてもすぐ治してもらえますし」

「実戦訓練で先頭に立って戦える治療魔法使い、しかも女性ですよ?これ以上ない理想のお方です!」


そうだよな、お前等の基準はそうだよな

だが本人はどうなんだ?


「と、いう事だが……アナスタシアはどうなのだ?シスターという立場もあるし、断ってもいいのだぞ?」


俺の気を遣った言葉に、満面の笑みのアナスタシアはこう答えた


「教国でシスターと呼ばれるには厳しい修行があるのです。一人前になったら一人で布教に向かう事もあるのに、戦闘が出来ないという訳にはいきませんから。我等がライラック聖教は他者に強制をしません。そのかわり、我等の教義を妨げる者には正義の鉄槌を!そんな教えなのですよ?」


その言葉にウンウン頷く脳筋竜騎士部隊に頭が痛い

要は『私も好きにするから、お前等も勝手にしろ。でも私の邪魔するなら殺すぞ』こうである

武力最優先のこいつらにはうってつけの人材という事が判明してしまった


「ですから心配無用です。私ももっとお養母様やお養父様のお役に立ちたいのです。喜んで隊長として頑張ります!」

「わかった……だが無理はするなよ?何かの役に立たないからと、お前を粗末に扱ったりはしない。私達の大事な娘だからな」


「はい、お養父様。そのお言葉忘れません!」


俺にギュッと抱き付くアナスタシアの頭を撫でる

最近はこういった行動で親愛を示すようになって良い事だ

表情もかなり豊富になってきた……この子もいろいろ抱えてたからな


「アナスタシアは健気なのじゃ。これからはたくさんパパ上達やわらわに甘えればいいのじゃ……うう、涙が出てきたのじゃ」

「本当にのぅ。あんなに小さな娘がのぅ。ワシも歳じゃな、涙腺が緩くなって……」


何かがツボに入ったらしいババアとジジイが何か言っているが無視する

年寄りはふとした事で泣くからなぁ


「では、アナスタシア。さっそく竜騎士部隊と出発の準備を頼む。そう危険な事ではないが注意するのだぞ?」

「はい、お養父様。準備してまいります」


大喜びの竜騎士部隊を引き連れてアナスタシアが天幕から出ていく

まあ、ただの送迎だしドラゴンに乗っていくのだから心配は無いだろう

グシュグシュ鼻水をすすっているカチュアにハンカチを渡してやる

遠慮なく鼻をかむ彼女を見ながら、こいつにも何か部隊を預けた方がいいのか?

そんな事を考えながらベアト特製の団子をつまむのだが、このままゆっくりは出来そうもない

天幕に入ってくる人影が見えたからだ


「久しぶりにいい運動でした。ですが基本がなっていませんね」


さわやかな笑顔の師匠が戻ってきたのはいい

問題は、その師匠が片手で引きずっている物体である


「し、師匠。そのボロキレのような物体はまさか……」

「ん?ああ、獣王陛下ですよ。模擬戦で手を抜くなどあり得ませんからね。ましてや獣人族の長たる獣王陛下に失礼ではありませんか」


当然の事のように話す師匠

あれ?それでいいのか?

俺にこの世界の常識を教えてくれた師匠が言うならそうなのか


「そうじゃのぅ。戦いを挑んだからには事故で死んでも文句は言えぬ。言う程度の小物ならば、我等に模擬戦など挑まぬ。獣王陛下は偉大なお方じゃ、文句などおっしゃる筈は無いのぅ」


真っ黒な笑顔で言った辺境伯を見て理解した

世界のマナー的にはアウトだが、獣人族の習性も利用して仕返しをしているのだ

そんなに模擬戦が嫌だったんですか?


「そ、それはその通りです。文句などありません……いえ、ありませんが……」


引きつった笑顔のエミリア宰相が言い終えるより早く、ボロ雑巾だった獣王陛下がガバッと起き上がる


「はっはっはっは、見事だ、ソニア卿。また頼むぞ!このような素晴らしい戦いは初めてだ!何度でも戦いたい!!さすがは帝国の盾と言われた辺境伯領地の猛者よ、この者が師匠ならばゼスト大公の強さも頷ける!!」


完全に裏目である

アルバートも頑丈だが、この陛下もたいがいだな

獣人族って凄いなぁ……種族特性で『ゾンビ』とかあるのか?


「そうでしょうとも。獣王陛下のご相手はソニアがしっかりと努めます」

「獣王陛下、我が師をご指名とはさすがです。師匠、軍務はお気になさらず獣王陛下のご相手を」


「おお、ありがたい!大公、辺境伯、感謝するぞ!ソニア卿、もう一戦いこうか!さあ早く!!」

「え?あの……獣王陛下?」


復活したエレノーラ獣王陛下に引きずられながら師匠は消えていった

よかった、あれが自分だったらと思うと面倒で吐き気がする

辺境伯とニッコリ笑いあい、お互い危険を回避出来た事を喜ぶ

だが、そんなに世の中甘くはない


「パパ上、わらわもアナスタシアのように、パパ上の為に何かするのじゃ。さあ、何でも言ってみるのじゃ!」


謎の感動から戻ってきたカチュアに肩を揺らされながらそう言われる

どうしよう……年寄りは無理をするなとは言えないよな……


グワングワン揺らされながら、俺はカチュアに頼む事を必死に考えるのだった

……アルバート、獣王陛下の模擬戦を羨ましそうに見ながら尻尾を振るな

俺はやらないぞ?絶対だぞ!?

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