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異世界人の手引き書  作者: たっくるん
第三章 調停者
172/218

171 師匠の弱点

「ゼスト様、お気をつけて。どうかご無事で」

「ああ。大丈夫だよ、ベアト。アルバートも居るし娘二人も一緒だし……更には辺境伯と師匠も同行してくださるからな」


「ふぉふぉふぉ、最近は婿殿も素直になったのぅ」

「ゼスト、もう少し本心は隠しなさい」


出陣前にベアトとイチャイチャする最後のチャンスが、父親と祖父の監視下なのだ

こんな顔にもなるだろうが


領地にはラーミア義母上が残って、この二人は同行するらしい

軍事行動中は俺の方が立場は上だ

だからこそ、やりにくいとも言えるだろう


「ゼスト様?どうされたのですか?」

(お父さん、どうしたですか?)


心配そうに俺を見るウィスを抱いたベアトと、その周りをフワフワ浮かんでいるトト

この二人には文句なんて無いのだ

勘違いでもされたら泣く自信があるから、しっかりと伝えておかないとな


「ベアトにキス出来ないのが不満なだけだよ。心配ないさ」


思わずそうベアトに言ってしまって後悔する

地獄耳の辺境伯と強化魔法を使っている師匠にも、バッチリと聞こえていたからだ

誰かを殺す陰謀を考えていそうな笑顔の爺さんと、完全に真顔で目も笑っていない親馬鹿

この状態でも胃が痛いのに、ベアトの返事で地獄を見る事になる


「しないのですか?ゼスト様は寂しくないのですか?」

「するとも。是非、させてください!……アルバート、トト!任せたぞ!!」


こんな可愛い事を言われては、しないという選択肢はないだろう

ここは覚悟を決めるしかない


(お父さん、ウィスの目はふさいだです!)

「ソニア様!ここは行かせません!」

「くっ!?アルバート!そこをどけっ!!」


少し照れながらも微笑むベアトにそっとキスをした

また少しの間は会えなくなるのだ

彼女の甘く優しい香りを吸い込みながら抱きしめる

その後ろでは、大公領地最強の駄犬と辺境伯領最強の親馬鹿がぶつかりあっていたのだった


「ふぉっふぉっふぉ、若い者は元気じゃのぅ」

「ソニアお義父様、アルバートと互角!?あんなにお強いのですか?」

「パパ上とアルバートの師匠らしいのじゃ。弱いとは思っていなかったが、これ程とは思わなかったのじゃ」


「そうじゃよ。二人とも強くなったものじゃな。どれ、ワシも手伝ってやるか」

「お義祖父様も?大丈夫なので……なっ!?なんて魔力!!」

「おお!!ジジ様も凄いのじゃ!」


益々、激しくなっていく後ろの騒ぎが気になる

孫達にいいところを見せようと辺境伯も乱入したのだろう

ベアトの頭を撫でながら気配を探っていると、抱きしめている彼女の身体が震え出す

直後、真黒な魔力がゆっくりとその身体を覆っていくのが見えた……あ、これはヤバイパターンだ


「ゼスト様、少しお話をしてきますね」

「どうぞどうぞ」


戦乙女部隊が持ってきた愛用のバルディッシュを素振りしながら、散歩でもするように激戦の中へ歩いていく

左手にウィスを抱いて右腕一本でバルディッシュを振ると、ズゴオォンという轟音が響く

……魔力強化全開の本気モードである


「あなた達、少し静かにしなさいな。ゼスト様との時間を邪魔しないでください!」


「「「……は、はい」」」


片手で振ったバルディッシュの素振りだけで黙らせたベアト

地面には数十メートルに渡ってひび割れが出来ていたのは目の錯覚だろう


「やっぱり、ベアトお養母様が一番ですね」

「うむ。パパ上もママ上には逆らえないし、最強なのじゃ」


そう言って頷く娘二人を見つめるカタリナの『今更、そんな事に気が付いたのか?』という目が印象的な出来事だった

ちなみに大公領地ではよくある日常の一コマである



「ふぉっふぉっふぉ、ベアトもすっかり母親になっておるのぅ。嬉しいような寂しいような」

「ゼスト、君はあんな事を頻繁に行っているのかい?ちょっと考えた方が……」


「別に夫婦ならば問題なかろう。結婚前にあんな事をしてワシに魔法を撃ち込まれた大馬鹿がおったのぅ」

「辺境伯閣下、もう昔の事は忘れてください」


師匠、あなた結婚前に何をしているんですか

なかなかハードな昔話だな

自分で地雷を掘り当てた師匠が辺境伯にチクチク嫌味を言われていると、娘達の助け船が入る


「はい!あーんするのじゃ、ジジ様!わらわが作ったのじゃ」

「おうおう、カチュアは料理が上手じゃな」


「ソニアお義父様。私もお団子を作って来たのですが、いかがですか?」

「む?そうですか?では……うまい!!普通の手料理が食べられるとは!?」


娘の手料理に深いトラウマを持つ二人だけに、感動も大きかったのだろう

昔、ベアトが起こした『お弁当事件』は本当に悲惨だったな

しかし彼等は知らない……その団子の作り方の監修が誰なのかを


「閣下、奥様よりお団子を預かっておりますが」

「食べるに決まっているだろう。お?お前の分もあるぞ」


「何と!私などに奥様の手料理とは……このアルバート、命をかけて閣下をお守りします!!」


『奥様の手料理』の部分で、辺境伯達がビクンと振り向く

この世の終わりみたいな顔をしているが、口の周りについているタレで台無しである

かわいいイラストが描いてあるオレンジ色の包装紙をとると、中からはハートの形をした団子がギッシリ詰まった木箱が出てくるのだった


「これはマリーの入れ知恵だな」

「お分かりになりますか。マリー卿が何やら奥様と一緒に作業していたようですが……叱っておきますか?」


「いや、褒めてやろう。これはいいものだ」


進軍に合わせてゆっくり歩くドラゴンの背中で食べる愛妻弁当は最高の贅沢だな

いや、団子だけどそれは些細な事だろう

愛情たっぷりのおいしい手料理なら何でもいい

無駄に広いドラゴンの背中で、家族が一緒に座っておやつタイムだ

何だか普通にピクニックだな


「ああ、ふわふわでモッチリしてうまいな。最近のベアトはまた腕を上げたな」

「ふぁっふぁ、ふぉふぉふぉーふぃふふぇふ」


エサを頬張るリスのようなアルバートが何を言っているがスルー安定だ

どうせたいした事は言ってないだろう

それよりも、団子を食べる俺を凝視する視線が気になる


「ぜ、ゼスト。大丈夫かい?」

「婿殿、無茶はいかんぞ?」


アンコを口につけた師匠と、みたらし餡を髭にくっつけた辺境伯が近寄る

説明するより食った方が早いだろうな

きな粉団子を串に刺して二人に渡す


「どうぞ。間違いなく、おいしいですよ」

「確かに見た目は普通だね」

「うむ。危険な反応はないようじゃな」


俺がパクパク食べるのを見てから、ゆっくりと二人は口に運ぶ

恐る恐る噛みしめるが無駄な緊張だ

この団子は間違いなく絶品なのだから


「これは!?うまいではないか!!」

「団子のフワフワ感が段違いですね。これをベアトが?」


先程までの警戒心は何処に行ったのかというレベルで、ガシガシおかわりして食べている


「あのベアトがこんな料理をのぅ……ワシも歳をとったものじゃ、涙が……」

「ベアトはこんな努力をしていたのですね……ゼストの為というのが気に入らないですが」


「昔、婚約者の手作り弁当が食べたいからと材料を用意してワシの娘に泣いて頼んだ宮廷魔導士が……」

「辺境伯閣下、分かりましたからその話はやめましょう!」


ベアトの成長具合を驚く二人をモグモグ団子を食べながら見ていると、どうやら自分の分を食べ終えた娘達もこれを食べてみたいようだった

カチュアとアナスタシアにも喜んでおすそ分けをしてやる

たくさんあるから、独り占めにしてもな


「ああ、さすがお養母様です。どうやったらこのフワフワ加減になるのでしょう」

「むぅ。教わった通りにやってもこうならないのじゃ。何がいけなかったのじゃろう?やはり生地のネリが問題なのかのう……」


「ネリか……どのくらいまでやるのか教わったのだろう?それでそこまで差が出るものなのか?」


「ええ、教わった通りに胸の柔らかさになるまでこねました」

「うむ。間違いないのじゃ」


自分の薄い胸を触りながらそう言う二人

どうしよう……柔らかさが足りない理由が判明してしまった

あの胸を参考にしたら硬いのは当然だろう

神妙な顔の二人にどう答えたらいいのだろうか?

同じく察したらしい辺境伯と師匠も真顔で固まっていた


いったい誰がこの見えている地雷を踏むのか?

無言の争いをしていると、まさかの男が助けてくれた


「獣人族ですと耳の柔らかさを基準にしておりますな。このように耳の……ここです。お嬢様方もご自分で触ってみてください」


「ほう、耳か。どれどれ……おお、これは分かりやすいのじゃ」

「えっと、ここでしょうか?ああ!これはいいですね」


答えを誤魔化しながら、別の話題に誘導していたのだ

見事としか言いようがない


「馬鹿な!アルバートが巧妙な話術を使っただと!?」

「むむ!あ奴め、戦闘以外も成長しておったか」

「あの彼があんな気遣いをするようになるなんて……」


尊敬のまなざしをアルバートに向けるという、信じられない出来事を体験中の俺達

辺境伯と師匠はベアトの料理がうまい以上の驚き方なのが、その異常さを物語っているだろう

『このまま平和に解決するかもしれない』

そんなフラグのような思いは、純真無垢な娘達の言葉で粉砕される


「何故、耳なのじゃ?獣人族も胸はあるじゃろうに」

「そうですね。何故、胸の柔らかさではなく耳なのですか?」


「それはですね……」


グイグイと詰め寄る二人に笑顔で対応しているが、うっすらと頬を伝う汗を見逃さなかった

あの野郎しっかりと危険を感じているらしい

俺の盾なんだから、しっかりと爆弾は処理してくれ

チラチラこちらを見て助けを求めるアルバートの視線を見て見ぬふりをして任せる


「そこは婿殿に聞くのが一番じゃろ」

「異世界人の知恵に頼るのが最良ですね」


「おお、パパ上!お願いしますなのじゃ!」

「お養父様でしたらご存じですよね?」


まさかのキラーパスに震えてくる

この二人、ニヤニヤしながらとんでもない事しやがって

小声で『あなたの成長も見ないといけませんから』とか、それらしい事は言っているが怪しいものだ

面白そうだからやった可能性が一番高い


「そ、そうか。そんなに知りたいのか」


両腕にしがみついた娘達のキラキラした瞳に心が折れそうになる

『お前達の胸は小さいから柔らかさが足りなかったのだ。大小がある胸より格差が無い耳で判別しろ』

これを言葉柔らかに伝えないと、この目ではもう見てもらえないだろう


祈りを込めて、俺はゆっくりと口を開くのだった

どうか、これで誤魔化せますようにと


「人体の構造は複雑なのだ。例えば、文官と武官では腕の太さが違うだろう?胸もそうだ。男女では勿論、女性同士でも柔らかさに差が出やすい部位なのだ。体調でも変わるし、出産して授乳期間の場合はもっと変わるし、年齢でも変わってくる」


俺の言葉を真剣な表情で聞いている二人

一呼吸おいて、ゆっくりと続けた


「だが、耳のここはそんな事はない。差が出ないで平均的な柔らかさの場合が多いのだ。カンが鋭い獣人族は本能的にその事に気が付いたのだろうな。素晴らしい獣人族の知恵だ。参考にするといい」


耳たぶを指さして答えると、二人は感嘆の表情で褒めてくれた


「ふぉおお、さすがパパ上なのじゃ!物知りなのじゃ!」

「これが異界の知識。お養父様、勉強になりました!」

「閣下、我等獣人族の事をそのように……このアルバート、感動で涙が止まりません!!」


惨劇を回避した!

抱き付いている娘達に気が付かれないように、小さくガッツポーズをする

我ながら完璧な流れに満足していたが、最後の地雷は意外な人物が持っていくのだった


「ほほう、婿殿は物知りじゃな。後で色々と話したいものじゃわい」

「まったくですね。まさか胸の大きさの話を、ああいう方法で回避するとは……あ……」


「ソニアお義父様……それはどういう意味でしょう?」

「ソニアパパ上、わらわの胸が小さいと言いたいのじゃな?」


年頃の娘に胸の話をすればこうもなるだろう

片方は年頃を通り越してこじらせているから余計だ

せっかく回避したのに馬鹿な師匠だな

若干汗をかきながらこちらに目配せをするが、今回は自業自得だ

さっきキラーパスされた仕返しではないが無視する


「あ、辺境伯、このお茶でもどうです?故郷の品を教皇猊下にいただきまして」

「ほほう、緑色のお茶とは珍しいのぅ」


助けが来ないと理解した師匠が必死にフォローしようとするが、この人はこういった話題には弱い


「違うんだよ、大きいから偉い訳ではないだろう?小さいなりに需要が……じゃない、むしろそれが好きな人だって……」

「それは私が小さいとおっしゃりたい?」

「わらわに正面からそれを言った男は数百年ぶりなのじゃ」


食後の緑茶を仲良くすすりながら、師匠が娘達にゴリゴリ詰め寄られるのを眺める


「辺境伯。師匠は相変わらずあの手の話題には弱いようですね」

「うむ。他は優秀なのじゃがなぁ。それが原因で帝都には行かせにくいのじゃ。ラーミアがずっと帝都なのもそれが理由の一つじゃのぅ」


「そうだ!あの娘達相手に練習してもらいましょうか。ちょうどいいでしょう」

「おお、名案じゃのぅ。行軍中の暇つぶしが出来たわい」


こうして地味で退屈な行軍に、楽しいイベントが追加されたのだった

『ゼスト、私は女心というモノが全く理解出来ない』

この後、師匠が泣きながら俺に語った言葉である


イケメンで頭脳明晰なのに戦闘も強い

モテる為の努力が必要なかった結果、対女性についてはポンコツになった男

俺とアルバートの師匠である彼は、娘二人に長い時間正座で叱られる事になる


……師匠、無理です

そんな目で見ても助けられません

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