16 兵士達と訓練
今日は兵達との訓練の日だ
身支度をして朝食をとり、今は馬車に揺られている
雲ひとつない快晴で日本の春のような穏やかな朝
昨日は泣き疲れて早目に寝てしまったから、体調は良い
体調が良くないと、お嬢様の兵器に負けるかもしれないから良い事だよ
いっそ、訓練にかこつけて屋敷を消し飛ばそうか?流れ弾を装い、弁当を吹き飛ばそうか?
逆に、俺が怪我をしたら良いんじゃないか?駄目だ。怪我など簡単に魔法で治せる……
豪華な馬車に乗って居るのに、気分はドナドナされて行く気分である
3回目のドナドナを心の中で歌っていると訓練場所に到着したようだ
兵士が500人くらいだろうか?綺麗に整列して待っている
今日は養父は来ない
代わりに魔法師団長のソニア師匠が来る予定だ
まだ師匠は来ていないようだな
良かった……師匠より遅く到着したら、また腹に風穴が開くところだった
「失礼いたします。ゼスト様、ご無沙汰しております」
「?……ああ、あなたですか」
「はっ!アルバートであります」
あの犬騎士のアルバートである
そっか、もうここに来てから1ヶ月たつんだよな……なんだかそれ以上に感じる
「アルバート殿、今日はよろしくお願いしますね?」
「ゼスト様、アルバートと呼び捨ててください。敬語も不要です、私は騎士ですし、ゼスト様は騎士団長のガレフ子爵のご養子です」
そうなのだ
彼はあくまでも騎士だから貴族とは言っても一番下だ
俺は養子とは言え、今のままなら跡取り息子……つまりは次期子爵だ
まだ、正式に受け継いだ訳じゃないから子爵の一つ下、男爵扱いって訳だ
男爵が騎士に敬語など、使う訳にはいかない
「そうか、アルバートよろしく頼むよ」
「はっ!お任せください」
そんなやり取りをしていると、来たようだ
「待たせたかな?ゼスト卿」
「卿は、お止めください師匠。いえ、今着いたところです」
周りに兵士達も居るから師匠は辺境伯家モードだ
要は、悪い笑顔って事だ
二人きりや家族だけだと丁寧口調の優しい笑顔のパパさんなのにギャップで吹きそうになるときがある
「では、始めるか……ゼスト、用意は良いな?」
「はい。いつでも大丈夫です」
俺は素早く魔力で身体を強化する
光属性の特徴で、魔力を込めてイメージを実現する反則くさいこの属性を使いこなせるように師匠に散々イジメ……訓練して貰ったんだ。造作ない
「よし。皆のもの!想定は包囲戦闘、ゼスト対お前達全員だ。一流の光魔法使いの恐ろしさ、理不尽さを体感しろ」
酷い言われようだな……そして酷い戦力差である……
兵士達は一様に面白くなさそうだし露骨に睨んでくる奴も居る
「ああ、殺すつもりで真剣を使え。魔法使いも全力で打って構わん」
兵士達の殺気が膨れ上がる……師匠、あまり煽らないでください……
500人に殺気を込めて睨まれる
ひいっ!く、訓練だよ?訓練じゃないの?
怖い……怖いけど……生き残ると決めたんだ!覚悟を決めろ!
「ゼスト。お前は相手を殺すなよ?では、始めろ」
は?手加減する余裕なんか……
師匠に言うよりも早く500人が襲って来る
クソッ!やるしか無いのかよ!
「おおおおお!」
自分に気合いを入れる
やってやる、やれば良いんだろうが!
師匠との訓練を思い出しながら全身に魔力強化を纏う
そして、世界が変わって見えた
なんだこれは?みんなふざけて居るのか?
冗談のようなスローモーションで切りかかってくる兵士の剣を避けて、軽く相手の身体を押してみる
面白ようにぶっ飛んで行く兵士
……あれ?
周りを見るとこちらに向かって来ている兵士達はゆっくり表情を変えながら驚いている
あれ?まさか……
「ゼスト、手加減しないと兵士達が死ぬだろう。気を付けて続けよ」
師匠を見ると、俺と同じように魔力強化を纏っている
そうか……そうか……そうか!
思わず顔がにやける
こいつら、付いて来れないのか!俺と師匠クラスのスピードに!
驚きながらもスローモーションで襲い掛かる兵士達
剣を手に槍を手に、魔法を打ち込み体格を頼りに掴みかかるがその全ては無駄に終わる
あるものは吹き飛ばされて、あるものは地面に叩き付けられた
投げ飛ばされている者も居る
これは訓練だったのだ……強者を相手にする訓練?
違うな、弱者に手加減する訓練だったのだ
500人が地面に倒れた
一度倒されたものは、起き上がっては来ないでみな呆然とただ見ていた
自分とは違うレベルに居る圧倒的強者の理不尽を見つめていた
「うむ。まあ、こんなものだろうな」
師匠の言葉にみな我に返り、注目する
「解ったか?圧倒的な実力差が。お前達新兵は、まずこういった理不尽が有ると言うことを覚えておけ。それを少しでも埋める為に訓練をして部隊を組み、上官の指示に従うのだ」
言って兵士達を見回すがもう呆然としているものは居ない
じっと師匠を見詰めている
「それにな、其奴は味方だ。お前達を一人であしらえる男は騎士団長の後継者だ。戦友としてこれ程頼りになるものなど、そうは居ないだろうが」
チラリとこちらを見る師匠
ええ、解ってますよ
「ああ、これからは辺境伯家に仕える同胞だ。共に戦おう」
沸き上がる歓声の中で怪我をしているものを治療して回る
「ありがとうございますゼスト様」「すげえ、一瞬で傷が……」「……あ、兄貴」
兄貴じゃない、やめろ
何人かは危険な視線をしていたので無視した
大丈夫だ傷など舐めれば治るから死にはしない
概ね好意的に受け入れてくれた
新兵の訓練を兼ねた御披露目だったようだな、まったくさすが辺境伯家だやり方が腹黒い
でも、まあ成功かな良かった良かった
治療が終わりホッとしているときにそれは後ろに立っていた……
「さすがゼスト様ですわ。たかが新兵相手にあんなに時間をかけて可愛がるだなんて、良いご趣味ですこと。ああ、もうお昼ではありませんか。ゼスト様?わたくしはこんな場所で一人で食事など不安でたまりませんわ。ボディーガードしてくださらない?」
『ゼスト様カッコいい!あんなにお強いだなんて。しかも新兵が相手で余裕が有るから、私が来るまで時間をかけてくださったのね!なんて凄い人かしら!さあ、お昼ですよ。私の作ったお弁当を一緒に食べましょう?』
あからさまに黒いオーラを纏うバスケットが邪悪な笑みのお嬢様に付き従うメイドの手に持たれていた……
あれは……死ぬかもしれません