168 屋敷の幽霊
「お帰りなさいませニャ、大変でしたニャ」
「長い間、留守にして苦労をかけたな。変わりないか?」
ようやく帰って来た我が領地
久々に座る執務室の椅子で、大きく深呼吸をする
鎧は脱いだのだが未だにシスターの格好のスゥがお茶を用意してくれた
この服は脱がないらしい
「この手紙をいただく前でしたら、大変だったと言うところでしたニャ」
「こっちも大変だったんだ……だいたい把握したな?」
カタリナの手にある手紙
俺が出したのだが、内容は盛り沢山だもんなぁ
「魔王が復活するわ、獣王陛下とアルバート卿の息子が婚約するわ、トドメにシスター……アナスタシアお嬢様と聖父ですかニャ……」
「気持ちは察するが諦めろ」
「閣下の事では驚かないと決めましたニャ。ああ、まりの件をご報告いたしますニャ」
「どうだ?彼女は?」
俺が紅茶を飲んだのを確認して、一呼吸おいてから彼女が口を開く
「仕事面ですが、文句なしで優秀ですニャ。心から感謝いたしますニャ」
「そこは合格か……その他はどうだ?」
「今のところは大丈夫ですニャ。ただ、しばらくは諜報部隊にしっかりと『護衛』をしてもらいますニャ」
「それでいい。だが、本人はどうした?」
「それがですニャ……今日は休みで彼女の屋敷に帰っているのですが、それが問題なのですニャ」
そこでミルクと砂糖をたっぷりと入れた紅茶を飲む彼女だが、何やら表情が硬い
見てるだけで糖尿になりそうな量だが、獣人族の好みなのかな?
スゥもアルバートも甘党だしなぁ
「屋敷を用意して住まわせているのだろう?何が問題なのだ?」
「実は……出るらしいのですニャ……」
「……は?」
「幽霊ですニャ。深夜になると女性の狂気的な笑い声が聞こえたり、巨大な人影が見えたり……悲鳴があがる事もあるそうですニャ。恐ろしいですニャ……まりが心配ですニャ」
その言葉を待っていたかのように、執務室の窓を雨粒が激しく叩く
まるで、これからの出来事を予知するかのように突然降り出した大雨だ
先程までとは全く違い、空気を読んだ暗雲が広がっている
乱立するフラグを感じながら思う
どうか、俺には被害が出ませんようにと……
「ゆゆゆゆゆ、幽霊などというモノを信じてはおりませんわ。ですが私は留守番をしています……そう、ウィスの世話もありますから!!」
「あ、ああ。ベアトは留守番を頼むよ」
「パパ上、わらわは行くのじゃ!楽しそうなのじゃ!」
「久しぶりにこのメイスを振るうときがきたようです。お養父様、私もお供いたします」
顔面蒼白なベアトと違い、この娘二人は行く気満々だ
どうやら『楽しい幽霊イベント』と考えるカチュアと、『悪霊退治』と考えているらしいアナスタシア
……メイスで幽霊を殴るのか?
「なあ、アナスタシア。そのメイスで幽霊を退治するのか?」
「退治ではありません。神の御許に送ってあげるのですよ」
「……う、うむ。そうか」
慈愛に満ちた微笑みで、使い込まれたメイスを握る娘
「今まで一度も幽霊は見た事がないのじゃ。楽しみなのじゃ!」
そして完成したばかりの若干小さいサイズのバルディッシュを振り回してご機嫌の娘
お前達はお化けイベントを勘違いしてないか?
もっとこう、ベアトみたいに怖がるものじゃないのか?
俺が一人で楽しみ……駄目か、仕方ないな
「私が一人で行ったら、それは問題か。未婚の女性の屋敷だからなぁ……よし、二人とも行こうか」
「はいなのじゃ!」
「はい、お養父様」
「止めはしないですニャ……でも、物好きですニャ」
「みみみみみ皆で楽しんできてくださいませ。私はウィスのお世話ですから、残念ですわ」
足早に自分の部屋に帰るベアトと呆れ顔のカタリナ
そんな二人をしり目に、俺は思わずニヤけてしまう
ふふふ、幽霊か……この世界には本物が居るのかなぁ
オカルト大好きな俺は、大喜びでまりの住む屋敷へと向かうのだった
「おお、なかなかの雰囲気だな」
「これは本物が出るのじゃ」
「間違いなさそうですね」
到着した水田まりの屋敷は、俺の館からはそう遠くない
馬車でちょっと走ればすぐだった
「お待ちしておりました、閣下。まり殿もお待ちです」
「ああ、突然すまないな。案内を頼む」
出迎えたのは、ここの警備をしている黒騎士の一人
彼女は日本人だし、何かと危険な目に遭うかもしれないからだ
……それに、監視の意味も当然ある
「パパ上、楽しみじゃのぅ」
「悪霊を導く……素晴らしい響きです」
年季の入った古めかしい外観にはアシやらツタがはっており、不気味さ10割増しである
これは出る……間違いなく出る!
違う意味ではしゃぐ二人を連れて、俺は屋敷の中へと進むのだった
「い、いらっしゃいませ、閣下」
「そう緊張しなくてもいいさ。この場には身内だけだからな」
案内された応接間は、屋敷の外観からは想像できない程綺麗なものだった
さっきまでは、完全にお化け屋敷だと思っていたのが恥ずかしくなる
「意外と普通の部屋なのじゃ」
「これは……悪霊の擬態なのでしょうか?」
お前ら、もう少し言葉を選べ
挨拶をして席に座ると、明らかにテンションが下がっている二人
普通以上に丁寧なもてなしを受けているのに、コノザマである
そこまで露骨にがっかりするな
「突然の来訪ですまなかったな。どうしても一緒に働く前に、直接話をしておきたくてな」
俺の言葉にハッとして注目する三人
……娘二人は、まさか『お化け屋敷だって聞いたから来ました!』って説明するつもりだったのか?
特にカチュアは頭を使えよ、ババアなんだから
「こんな時間だし、娘二人も一緒に来たのは……」
「こちら流のしきたりってやつでしょうか?」
「ふふ、知っていたか?それとも察しただけか……どちらにしろ、貴族と係わる事が多くなるからな。その確認だ」
さっき適当にでっちあげた理由だが、まあそれも重要だ
日本人で魔族に保護されていた彼女がどの程度の知識があるのか?
そこを確認しておかないと、とんでもないミスをしかねない
「えっと……カタリナさん……じゃない、カタリナ卿にうかがいました。貴族の教本をいただいて、現在も勉強中です、閣下」
「そうか。暫くは誰か人を付けるから心配するな。言葉を間違っただけでも死ぬからな」
「は、はい。ありがとうございます、閣下」
所々に危なっかしいところはあるが、これなら及第点だろう
怒られる事はあっても殺されるようなミスはしないかな?
用意された紅茶を飲みながらそんな話をしていると、ドアがノックされてメイドが入ってくる
「失礼いたします。まり様、お食事の準備が整いました」
「あ、はい。わかりました。閣下、お食事はまだですよね?お嬢様方もご一緒にいかがですか?」
「そうか。では、そうしようか」
「はいなのじゃ、パパ上」
「かしこまりました、お養父様」
その後も食事中のマナーやしぐさの確認
そして、空気を読んだ娘二人による言葉使いのテストがサラッと行われながら時間は過ぎていく
全てはこの後の為にである
「今日は泊まっていかれてはいかがですか?こんな時間ですし……」
待ちに待ったそのセリフを聞いた俺達が断る筈がない
それぞれ個室が用意されたが、そんなモノは飾りだ
適当にメイドをあしらって案内された部屋で待機する
来るべき時間に備えて
時間は深夜……そろそろか?
そっと部屋から出れば、そこには娘二人の姿がある
俺が出てくると確信していたのだろう
夜中の廊下で満面の笑み
淑女としては最低だが、相棒としては満点だ
「若干の問題はあったが、これでゆっくりと調べられるな」
「部屋の配置を調べておいたのじゃ。メイドに戦乙女部隊の仲良しがいたのじゃ」
「カチュアお姉様、さすがです」
やけに気合の入っている二人にやや気おされながらも話を進める
俺もこの手の事は嫌いじゃないぞ
「よし、一番怪しいのは何処だ?目星はつけてあるのだろう?」
その言葉に笑みを深めた二人は、見取り図の同じ場所を指さした
「ここしか考えられんのじゃ」
「ええ、何か波動を感じます」
確信めいた口ぶりだが、俺もそう思った
この屋敷に入った瞬間からそこが気になるのだ
……これは何かある
三人が同じように感じた場所へと向かう事にする
顔を見合わせ頷いて、他の者に見つからないように進むのだった
「あからさまに怪しいな」
「……隠す気があるのかのう?」
「神のお導きなのでしょうね」
俺達が辿り着いたのは、正面玄関の前
ホールの壁にこれでもかと目立って飾ってある絵画の前である
広めのこの屋敷だが造り自体はは古い
なのにそこには似合わない、まっさらな新品の絵画が飾ってあるのだ
疑ってくれと言っているようなものだな
「しかし……怪し過ぎて、むしろ罠かとおもったがな」
「人の気配が中からするのじゃ」
「お養父様、ここに何か仕掛けがあるようです」
額の一部分に隠されたボタンをアナスタシアが発見した
光魔法の反応が少ししたな……探索系の魔法か?
「便利な魔法を持っているな。今度教えてくれ」
「ええ、喜んで」
「さあ!いざ秘密の部屋になのじゃ!!」
ボタンを押すとゆっくりと絵画が動き、小さな通路が姿を現す
暗闇の中、俺を先頭に警戒しながら進むとやがて明かりが見えてくる
この先に何が待っているのか……後ろを振り向いて目配せをして進むのだった
「見た!?見ました!?アナスタシアお嬢様、かわいいいいいいいいいい!」
「あれは正統派の美少女ですね。カチュアお嬢様との絡みを……」
「いや、そこはベアトリーチェ様でしょう?」
「ゼスト様との禁断の愛をですね……」
…………地獄がそこにはあった
水田まりを筆頭に、数人の女性達がそんな話を狂った目でしているのだ
10畳程の狭い部屋で大盛り上がりの彼女達
壁にはアニメ絵になった俺達が飾られており、部屋の隅ではもう一人の女性が作業中である
写真の魔道具をガラスに透かして、紙に映しているのだ
おそらくトレースしてから漫画絵にしようという魂胆だろう
「そっちは終わりましたか?」
「オリキャラをアナスタシアお嬢様に差し替えればいけます!」
「まりさん、ここの手直しお願いします」
「ああ、ここかぁ。いっそ表紙は写真にするかな?」
『関わってはいけない』
強く身の危険を感じてゆっくりと後ずさる
こんな中に飛び込んだら、精神的に殺されるだろう
目を見開いて震える娘二人を担いで逃げようとしたとき、見付けてしまったのだった
『ゼスト受け総集編~アーちゃんカッコイイ~第三巻』
「み、水たまり!!雨上がり!!お前、これは止めろって言ったよな!?言ったよな!!」
「へ?……き、きゃああああああ、かかかかかかか閣下!」
「この大馬鹿者!!!焼き払うぞ。全て消し炭にしてやるわ!!」
「ごごっご、ごめんなさい!我慢出来なくて……でも、売ってません!売ってませんから!!」
泥水の頭をアイアンクローで攻めながら、そんな会話が続いている
そんなときに事件は起きたのだ
「パパ上とアルバートが描いてある本なのじゃ。どれどれ……」
「まあ、これはベアトお養母様のご本ですね。ああ、絵でも綺麗なお養母様……」
「「………………」」
見てしまった
薄い本を見てしまったのだ……異世界人でも特に免疫が低そうなこの二人が
「ふぉ!?男と男でこんな、こんな事が……わらわはずっと独身なのに男同士で……」
「……お養母様になんという事を……許さない」
本を読み終わって立ち上がる二人
そのオーラは腐女子達は勿論のこと、味方の筈の俺まで黙らせる程だった
「のう、アナスタシア。こ奴等には少し教育が必要なのじゃ」
「ええ、カチュアお姉様。私は治療魔法は得意ですからご存分に」
これは駄目なパターンだ
顔は笑ってるのに目が笑っていない、一番怖いパターンである
怯えながら床に正座する彼女達が俺にすがるような視線を送ってくるが、それは無理だわ
「この部屋の中だけで楽しむなら許可したのだ。それを隠れてやるからこうなる……諦めろ」
涙目でガックリとうなだれる馬鹿者達から離れて、怒り狂う娘達の側にいく
今回は俺は悪くないから、絶対に巻き込まれたくないのだ
「二人とも好きにやっていいぞ。通路は私の光魔法で封鎖したから、ドラゴンでも入って来られないからな」
ニッコリと頷いた娘二人の『教育』
数百年単位で独身をこじらせたカチュアと、ベアト大好きなアナスタシア
二人の鬼気迫る熱心な教育は激しかった
命の危険を感じるこの教育が与えた影響は大きかったのだろう
これ以降、勝手に薄い本を作る事はしなくなったのだったが……
結局、朝まで続いてしまった教育
全員疲れた顔で謎の個室から朝帰り
戦乙女部隊のニヤニヤした顔に見送られて、ベアトにする言い訳を考えながら馬車の中で眠りに落ちるのだった
話せばわかってくれるさ……たぶん……




