164 夜の恒例行事
「パパ上、申し訳ないのじゃ」
「気にするな……というのも無理かもしれんが、もう泣くな」
お漏らししたカチュアをお姫様抱っこで運ぶ
スゥが率いるメイド達は立っているだけで精いっぱいだし、ベアトはアナスタシアの面倒を見るいる
俺の娘をその他の者に運ばせるのは、身分的に無理だ
……それにお漏らし付きだから事情を知らない戦乙女部隊に任せるのもかわいそうだろう
「私も昔、ガレフ養父上とアルバートの前で盛大にやった事があるぞ?そのときは裸だったから、床の敷物で拭いてやったがな」
「ぶっ!?ぱ、パパ上が!?想像出来ないのじゃ」
ようやく笑顔を見せたカチュアを抱き、戦乙女部隊を引き連れて廊下を歩く
さっきの隠し湯に向かう為である
彼女達は親子が仲良くお風呂に向かうとしか思っていない
そうしていると、アルバートが息をきらせてやってきた
「か、閣下!奥様の魔力を感じて馳せ参じました!何事ですか!?」
「……お前、ドラゴン達の世話をしている筈じゃなかったか?かなり遠い所からきたのに速いな」
「はっ!このアルバート、閣下の盾なのですから当然です」
ゼエゼエいいながらもビシッと敬礼するアルバート
こいつは本当に生真面目なんだよな……ポンコツだけど
「ベアトの事は問題ないぞ。ああ、『あの』シスター……アナスタシアが娘になったぞ」
「……はっ?『あの』シスターがですか?」
「話せば長くなるが、そういう事だ。これからは娘として接するようにな」
「はっ!かしこまりました!ところで、カチュアお嬢様はどうされたのですか?」
視線を向けられたカチュアがビクンと反応して顔を赤らめる
ババアのそんな姿を直近で見せられても、俺はどう反応するのが正解なのかわからん
「な、何でもないのじゃ。パパ上に甘えておるのじゃ」
「ほほう……」
アゴに手を当てて何やら考え込む駄犬
顔はいいのに頭は非常に残念なこの男が発する答えは、俺の期待通りのものだった
「この匂い……カチュアお嬢様もさすがですな。まさか大聖堂でマーキングとは、このアルバート感服いたしました!」
キリッと擬音がついてもおかしくない笑顔で、大きな声でそれを言ったアルバート
ブルブルと震えるカチュアを見ながら戦乙女部隊に声をかけた
「お前達、巻き込まれないように離れていろ」
「「「かしこまりました!」」」
「か、カチュアもほどほどにな」
「大丈夫なのじゃ、パパ上。アルバートなら大丈夫なのじゃ……クックック、集え!煉獄の炎!フレイムストーム!!」
ドラゴンの鱗を溶かしたというエルフの大魔法をアルバートに使う
真黒な炎が駄犬を包む中、皆の心配は別のところにあった
「カチュア、大聖堂には被害を出すなよ?」
「カチュアお嬢様、床には綺麗な敷物がありますからご注意を」
「天井にも絵が描いてありますよ!」
「花瓶もありますからね?お嬢様」
「わらわの制御を甘く見ないでほしいのじゃ!結界の中だけなのじゃ!」
「なら、よし」
「「「さすがです、お嬢様」」」
直径5メートル程の魔法陣の中、黒い炎が荒れ狂う
すぐそばに居るのに熱気は全く感じない……言うだけあって素晴らしい技術だな
一分間程度、その状態が続いた後に魔法陣が消えていく
そこに現れたのは、剣を持ったアルバートだった
「危なかった、この鎧が無ければ即死でした。相変わらずの火力ですな、カチュアお嬢様」
腰に剣を戻して身体を払うアルバート
所々に小さな焦げ跡はあるのだが、無傷である
……お前、段々と何でもアリになってきたな
「あの炎で無傷とは、随分と頑丈な奴だな」
「閣下、足元から炎が迫ってくるのは分かっていましたから。空中で足元の炎を斬ればいいのですよ」
「そ、そうか」
「そうですとも」
「わらわの奥義が斬られた……わらわの奥義が斬られた……」
白目をむくカチュアとドヤ顔のアルバート
そしてアルバートを潤んだ瞳で見る戦乙女部隊の脳筋達
俺の周りから、普通の人はどんどんと居なくなっていると実感した瞬間であった
「女性にアレはマズいぞ?獣人族とエルフでは違うだろうし、気を付けろよ?」
「褒めたつもりでしたが、種族の違いとは恐ろしいものですな……かしこまりました!」
「領地に帰ったら、お前の叙爵式だからな?しっかり頼むぞ、アルバート侯爵」
「……身に余る大任、必ずやご期待にお応えします!」
カチュアを洗い場に放り込んで、一足先にあがった俺はアルバートと話していた
脱衣所は戦乙女部隊が固めているので、通路の片隅で仲良く立ち話だ
男のアルバートが脱衣所に入ったら間違いなく問題だからな
「領地を預けるが、基本的に今まで通りの仕事を頼む。ドラゴンを使えば行き帰りに時間はかからないから、日中だけ館で私の護衛だな」
「は?夜は自分の領地へ帰れと?」
「まだ子供が小さいし、奥方との時間も持て。お前の家族をおろそかにするのは許さんからな」
「……閣下」
「カタリナとも相談して、長期の休暇や連休も作る。年に一回以上の家族旅行は命令だからな」
「そこまでのご配慮を……終生忘れません!」
妙に感動した様子のアルバートが敬礼をするのを見ながら話していると、カチュアの洗濯……入浴が終わったようだ
「お待たせしました、パパ上。もう大丈夫なのじゃ」
「カチュアお嬢様、申し訳ありませんでした」
「……もう、いいのじゃ。行くのじゃ、アルバート」
「はっ!」
普通の女の子だったらこうはいかないだろうが、カチュアもいい歳のババアだから助かった
多少何かあっても謝ったら許してくれるし、怒るのもそのときだけだし
仲直りした二人と一緒に、教皇の私室へと戻る俺達だった……のだが
「そうじゃ、アルバート。仲直りの記念に飲みに行くのじゃ」
「ほほう、いいですなぁ。あ、しかし、未婚のお嬢様と二人でというのは、周りの目がありますし……」
「わ、わらわが未婚のお嬢様……いい響きなのじゃ。大丈夫なのじゃ、パパ上が一緒なら問題ないのじゃ」
「それならば大丈夫ですな。閣下と飲みに行くのも久々ですな」
「……嫌な予感しかしないのは気のせいか?」
エルフの国では長老扱いしかされなかったカチュアが、アルバートのお嬢様扱いで顔をほころばせる
最上級に機嫌のよくなったババアの仕切りで、今夜、こっそりと飲みに行く事が決まったのだ
勿論、店を選ぶのはアルバートである……今度はどんな惨劇が待っているのか
嫌な予感が外れるのを祈りながら、ゆっくりと俺達は歩いていったのである
「アルバート、今度こそ大丈夫なんだろうな?」
「閣下、そうそう何度も同じ事がある筈がありません」
「パパ上、今度こそとはどういう意味なのじゃ?」
一旦は教皇の私室に戻り、少し席を外すと告げた俺達
アナスタシアがまだスンスン泣いていたので、ベアトもガーベラも簡単に許してくれた
……スゥは睨んでいたが、見なかった事にしよう
多分、企みがバレているだろうがな
「こいつのオススメ酒場に飲みに行くと、ろくな目にあわないのだ」
「そ、そんなに見る目がないのか……アルバートはかわいそうな男なのじゃ」
「ふふふ、閣下。これから行く店は聖騎士団のオススメなのです。今までは男に聞いたのが間違いでした……女性の勧める店ならば間違いありません!!」
確かに聖騎士団には女性しか居ない
その彼女達のオススメなら、とんでもない事にはならないかな?
自信満々なアルバートの演説は続く
「あのとき黒騎士達に聞いた私が愚かでした。女性は噂に敏感ですから、そのオススメならば無敵!更に、この店名を聞けば安心感は倍々で上がるのです!」
そう言って懐から羊皮紙を出して、バッと広げると読み上げる
「夜のシスターが集う個室懺悔部屋 『パンドラの箱』です!!」
これ以上なく不安な店名を聞きながら思う
それは開けてはいけない箱なのでは?
その言葉が発せられる前に、俺は面白そうだとはしゃぐカチュアに背中を押されて歩き出すのだった
「申し訳ありませんが、当店は身分のしっかりした方でないと入店出来ません」
教国の目抜き通りにあるその『パンドラの箱』の前で、俺達は店員にそう言って止められた
確かに、街に遊びに行く用の服装だからなぁ
俺は軍装の黒いコートだし、カチュアは大人し目のワンピース
アルバートも俺と似たようなコートを羽織っているから、貴族様ってよりは兵士って感じだもんな
「ここはわらわに任せるのじゃ。パパ上が名乗っては大騒ぎになるのじゃ」
店員に文句を言おうとしたアルバートを止めて、カチュアが懐からモゾモゾと何かを取り出す
その手には、小さなペンダントが握られていた
「ガーベラ教皇猊下の客人の印なのじゃ。これでいいかのぅ?」
「は、拝見いたします……こっ!これはまさしく教皇猊下の!!大変失礼いたしました!」
平謝りした店員が、店の中に駆け込む
中からシスターの服を着た女性達がぞろぞろ出て来て、頭を下げられた
「教皇猊下のお客様。本日は最高のおもてなしをさせていただきます。どうぞ、特別室でおくつろぎくださいませ」
十数人の美少女シスターに祈りのポーズをされて、店内へと案内される
こうして、パンドラの箱の夜は始まったのである
「それは大変でしたね。しかし、神はその行いを見ていらっしゃいます。きっとあなたに幸福が舞い降りるでしょう」
「シスター……ありがとう」
「マーキングは獣人族の栄誉だと聞いた事があります。おそらくは褒めようとしたのですよ……気にする事はありません」
「ほほう、その娘に教えてやるのじゃ。いい話を聞いたのじゃ」
「ですから私は言ったのです。獣人族ですが、草食系です!と」
「……それはそれは」
そこはまさに楽園だった
店名に腰が引けたが、入ってみれば本物のシスターがお話を優しく聞いてくれるお店だったのだ
すさんだ心が癒されるようだな
「カチュア、ここはいい店だな」
「はいなのじゃ。パパ上、最高なのじゃ」
「……獣人族なのに草食系です!!」
「誰か獣人族のシスターを呼んでください」
「どの辺が面白いのかしら?」
「え?あれは冗談なの?」
ただ一人、自慢の草食系ギャグが全く理解されないアルバートだけが悲しそうに酒をあおっていたのが印象的だった
だが、初めてお店の案内で俺を満足させた彼を心の中で褒めながら、楽しい宴会は続くのだった
久しぶりに心が癒されて、目覚めのよい朝が来る
昨日はそんなに遅くまで居た訳ではないが、あんなにリフレッシュ出来るとは思わなかった
あの店は教国の伝統らしく、アナスタシアもこの国に居た頃は修行の一環として出ていたらしい
そんな店なので、俺達が行った事を知っても怒られたりはしなかったのだ
しなかったのだが、怒られるよりも面倒な事が待っていたのである
「おはようございます、旦那様」
「……おはよう」
「兄から聞きました。旦那様がシスターのお店で大変お喜びであったと。このスゥ、一生の不覚です。旦那様のお望みを理解していませんでした」
「……ああ」
「さっそくアナスタシアお嬢様にお借りしてきました。本物でなければ意味がありませんでしょうし。さあ、どうぞ」
俺の寝室で、寝起きの状態
そこに現れたシスターの格好をしたスゥが、祈りのポーズで微笑んでいたのだった
……どうしろというのでしょうか?
 




