163 ポンコツシスターの秘密
「では、もう一度言ってみましょうね」
「はい。ベアトお養母様とカチュアお姉様、そしてトトお姉様です。これからは娘としてお世話になります……私達の絆が、波の音のようになる事を神もお望みでしょう。風の吹かない森はないのです。つまり、夜天の光こそが帰るべき場所なのです!」
無い胸をそらしてドヤ顔のポンコツシスター
分かるような分からないような微妙なその言葉を聞いて、満足げに頷く女性陣
あの残念なポンコツシスターは俺の養女……つまり、俺の娘として受け入れる事で調整が完了した
ウィスの娘ってのはさすがに却下されたよ
今は我が家の女性陣と仲良くお話中である
こういう場合には、男は入っていくと大怪我をする
そっと距離をおいて見つめながら、キンキンに冷えたビールを飲んでいた
「いい飲みっぷりじゃな。もう一杯いくか?」
「ええ、お願いします」
正直、飲まなきゃやってられない
虚空からジョッキのビールを取り出して、俺に渡すガーベラ教皇
冷蔵庫状態じゃないとこうなるらしい……謎の能力だな
「お願いしますなんて他人行儀はよせ。身内の付き合いでいいではないか」
「……そうだな。よろしく頼むよ、ガーベラ殿。早速、聞きたいのだがな」
「なんじゃ?」
「あのシスターの話し方は……素なのか?」
自分用のビールを取り出してグイッと一口飲んだガーベラが、難しい顔をしながら答える
「それが難しい問題でのう。そうじゃ、名前を教えてなかったのぅ。アナスタシアというのじゃがな、あ奴は昔からああでなぁ……何とかならんかのう?」
「アナスタシアか、いい名前じゃないか。しかし、難しいってどういう事だ?何か事情があるのか?」
「あの抽象的な喋り方は、幼い頃からなのじゃが……どうにも腑に落ちんのじゃわ」
「訳ありか?……スゥ、何とかなるか?」
困ったときのスゥ頼みだが、彼女の答えは非情だった
「旦那様。素の状態を聞いてみないと分かりませんが、一般的にはあの世界に到達した者を矯正するのは難しいかと」
「だよなぁ」
「そうじゃろうなぁ」
ため息をついた俺達は、仲良くビールをあおる
この冷蔵庫も苦労してるんだなぁ……差し出された枝豆をつまみながら、そんな事を考えていた
だが、俺達はスゥの言った言葉を勘違いしていた事に後々気が付く事になるのだった
「浴衣とはうれしいなぁ」
「そうじゃろう。日本人の風呂上りはこれじゃろうな」
パパッと着替えた俺達とは違い、戸惑うベアト達の着替えを手伝う
スゥが鍛えた精鋭メイド達でも浴衣は戸惑うだろう
他の一緒に入浴していたメンツはガーベラとポンコツ……じゃない、アナスタシアに任せている
俺は勿論、ベアトの手伝いだ
「この長い布はどうするのです?」
「これは帯といって、こうする物なんだよ」
さっきまでは全裸だったのだから、浴衣を羽織った女性陣の手伝いをしても問題ないように思うかもしれない
だが、中途半端に隠されると余計に破壊力があるのだ
そっちを見ないようにベアトに集中して、いそいそと帯を締めてやる
「よし、完成だ。これは日本の衣類でね……懐かしいなぁ」
「日本……ゼスト様の故郷のですか……帰りたいのですか?」
そう言ってから、『しまった』というような顔で口を手でふさぐ彼女
そうだよな……あんまり懐かしいを連呼されたらそう感じるだろうな
「そんなつもりじゃなかった。心配させたね。私の帰る場所は大公領地の館でベアトの隣だ」
「……はい」
風呂上がりのいい匂いを嗅ぎながら、浴衣の上からでも温かい彼女の身体を抱きしめる
そのままその唇に……キスは出来ない
馬鹿共がしっかりと見学していたからだ
「ゼスト大公。そこはいくべきじゃろ」
「神もお許しになります」
「パパ上、グッといくのじゃ!」
(お父さん!トトは何も見てませんよ!)
お前達はもう仲良くなったのか
それはよかったのだが、そんなところは協力しなくていい
「ベアト、続きはまた後でな」
耳元でそう小さく言うと、真っ赤になってポカポカ叩かれる
ああ、久しぶりの幸せな時間だなぁ
そんな彼女を見ながらニヤニヤしていると、全員の着替えが終わったようだ
「さあ、ゼスト大公のイチャイチャを見せつけられて喉が渇いたじゃろう。私の部屋でくつろぐといい……話もあるからのう」
アナスタシアを養女にする関係で、いろいろとあるだろうしな
だが、そんなにニヤニヤした顔で見るなババア
これならいつもの冷蔵庫の状態の方がマシだな
それでも俺達はガーベラの言葉に従って大人しく彼女の……教皇の私室へと向かうのだった
「さて、ここに呼んだのは他でもない。アナスタシアの件じゃ」
ガーベラに案内されて到着した彼女の私室
そこで俺とベアト、そしてカチュアと問題のアナスタシアが仲良くカキ氷を食べる中でそう告げられた
「養女になる件か?それとも訳ありとやらの方か?」
俺の『訳あり』という言葉にビクンと反応するアナスタシア
どうやら本人にも何かしらの自覚はあるらしい
そんな彼女の更なる反応を待つ事はなく、ガーベラの話は続いた
「アナスタシアは優秀な次期教皇となるよう、司教達が教育をしてきた。どこに出しても恥ずかしくないシスターにはなったのじゃが、どうにも不安が残るのじゃよ」
「……教皇猊下のお心、夕凪の水面のように出来ずに申し訳なく思っております。日々精進いたします」
いつものポンコツシスター言葉だ
そう皆が思っていたのだが、一人だけそのセリフに反応した者が居た
「アナスタシア……あなたは私達の娘になったのですよ?」
そんな突然のベアトの言葉に誰も反応出来なかった
いや、『何を言っているのだろうか?』そう思ってポカンとしていたに違いない
少なくとも俺はそう思って反応が出来なかったのだ
「あの、ベアトお養母様。それは承知して……」
「いいえ、分かっていませんわ。大公家の娘であるあなたに、誰にも文句は言わせません」
そうハッキリと言い切った彼女は、アナスタシアの隣に座って頭を抱きしめた
そして優しく撫でながら続ける
「辛かったでしょう?もういいのですよ……誰もあなたを責めません。私の事ですら受け入れてくださったゼスト様ですよ?」
「あ、あの……その……」
「あなたはウィスの妹なのですから、同じでいいではありませんか。光属性と闇属性を持つ者なのでしょう?」
「何故それをっ!?」
ベアトの手を振りほどいて立ち上がった彼女は、泣いて……違うな、怯えるような顔でベアトを見ていた
「ま、待て待て!アナスタシアが二属性持ちじゃと!?そんな話は聞いておらぬぞ!」
「ガーベラ、後でゆっくりと聞けばいいだろう。今はベアトに任せよう」
こちらも勢いよく立ち上がった教皇猊下だが、首根っこを掴んで座らせる
こいつまで乱入したらまとまる話もまとまらないだろう
親戚になるんだから、この程度は構わない……よな?
スゥを見て確認したがニコニコしていたからセーフだ
「ね?教皇猊下が相手でも、ゼスト様は守ってくださるでしょう?それにね……」
ベアトがゆっくりと闇の魔力を全身にまとっていく
それを見て、余波で倒れそうになるメイド達を俺も光属性の魔力を開放して守る
そうすれば卒倒する事はないからだ
俺の光属性とベアトの闇属性
二人の魔力が渦巻く部屋で、アナスタシアが発した言葉は意外なものだった
「ベアトお養母様……綺麗……」
死神のローブを身に着けたような姿のベアトを見た感想がそれである
うっとりとした表情の彼女に近付いたベアトは、抱きしめると子供に言い聞かすように話す
「ほら。ゼスト様も怖がらないでしょう?大丈夫、私達はあなたの事を怖いとは思いませんよ?幼い頃からそれが理由で意地悪をされたの?」
「……私は……私は教皇にならないといけないんです!だからっ!!」
「そうね。あなたの闇属性は本当に少しだけ……普通なら気が付かない程度ですけど、ここの人達は光属性が多いから違和感として感じてしまうのでしょうね」
「どんなに頑張っても、誰も認めてくれませんでした。だから私は、せめて話し方だけでも立派にと……」
ベアトにすがりついて泣いているアナスタシアを見ながら鑑定魔法を使う
確かに俺が調べてようやく分かる程度の闇属性だ
これは普通には分からない……この教国でなければ普通に生きていけただろう
「なあ、ガーベラよ。精霊でも分からなかったのか?」
「ゼスト程の使い手でもない限り分からぬよ……分からぬが……何という事じゃ!子孫を頼むと任されたのに気が付いてやれなんだ!!」
きつく拳を握るガーベラにかける言葉が見つからない
ここは彼女の肩に座ったトトに任せよう
精霊同士の方がいいだろう
アナスタシアはほんの少しの闇属性のせいで、報われなかったのだろう
だが、同じような経験をしていた闇属性のエキスパートにはお見通しだった訳だ
あの過剰な話し方はこれが理由だったか……難儀な事だな
「ゼスト様、この子はとてもいい子ですわね」
「ああ、そうだな。かわいい娘が増えたよ」
本格的に大泣きを始めたアナスタシアを抱きしめたベアト
俺の大事な妻は、本当に優しい笑顔であやしていたのだった
「パパ上、ちょっと」
感動的な光景に涙腺が緩んでいた俺を呼ぶカチュア
ふふ、お前も甘えたいのか?
「どうした?お前もかわいい娘だから心配するな」
「それはありがたいのじゃが、そうじゃないのじゃ」
ソファーに座って涙目で見上げる、のじゃロリババア
年寄りは涙もろいのかなぁと考えていた俺を、絶望の淵に落とす一言を投下したのだった
「漏れたのじゃ……至近距離はキツかったのじゃ」
赤い顔でモジモジするババアの一言に腰が抜けそうになる
まさかもう介護が必要になるとは思ってもいなかった
「す、スゥ!メイド達に……」
「旦那様、何とか立っているのが精いっぱいです」
「……ですよね」
綺麗にまとまる筈が無い
どこかでそう思っていた俺は、当然のように現れたミッション
お漏らしババアをお姫様抱っこで風呂場に連れていくという、ご褒美なのか拷問なのか分からない事をするハメになったのだ
……カチュア、泣くんじゃない
泣きたいのは俺だ




