161 教国の隠し湯
「ようこそいらっしゃいました、ゼスト大公。我がライラック聖教国はいつでも皆様を歓迎いたします」
「ありがとう司教殿。世話になる」
俺は大聖堂の一室で、出迎えてくれた司教殿に挨拶をしていた
冷蔵庫を送り届けて総本山を後にしようとしたが、そうはいかなかったのだ
ニーベルから貰った飛龍も使った大飛行部隊で大聖堂前の広場に降りると、シスター達はだけではなく司祭や司教までもが出迎えてくれて大騒ぎだった
まあ、目的はウィスだろうけどな
「我が総本山にも温泉はあるのです。関係者以外は入れませんが……ゼスト大公ならば、何の問題もありませんとも」
「うむ。それがよいですね」
「期間は気にせず、ごゆっくりとなさってください」
「ええ、ここは皆様の実家と思ってくださって結構です」
口々にそう言ってくれる教国の幹部達
軽く温泉でゆっくりと思ったが、これは断るのも悪い気がする
そう思ってチラッと冷蔵庫……教皇猊下を見ると、こんな答えが返ってくる
「ライラック聖教国は巫女ウィステリア様の守護が役目。なれば大聖堂や総本山は実家のようなものです。これからも気軽に立ち寄れるように、住居が必要ですね……次回までには用意しておきますから、今回は大聖堂の一室を使ってくださいませ」
「教皇猊下のご配慮に感謝いたします」
ババア姿の冷蔵庫が偉そうに言っているが、ドラゴンで運ばれている最中に『ウィステリア様と離れたくないの!』と泣いていたのは記憶に新しい
周りの目があるから俺もそれなりに答えたが……この冷蔵庫のギャップには吹き出すのを我慢するのが大変なのだ
そんなウィスを愛する冷蔵庫だが、結婚の時には諦めて祝福するとは言っていた
しかしながら『結婚相手は、ウィステリア様が望まない婿は認めないの!教国が相手になるの!!』と冷気を吹き出しながら語っていたので、政略結婚で困ったときには利用しよう
飲み物に食べ物、政略結婚の対策にまで使える冷蔵庫には頭が上がらないよ
電化製品に頭が上がらない……自分で言ってても訳が分からないな……やっぱり、俺は疲れているのだろうか
「ゼスト様、さっそく行ってみましょう。貸し切りにしてくださったようですよ」
(お父さん、聞いてますか?)
いつの間にか部屋には身内しか居なかった
どうやら少しボーっとしていたようだ
「ああ、そうだな。行ってみようか。楽しみだなぁ、みんなで温泉は」
「旦那様。お着替え等は私がお持ちしますので、ご安心を」
トトを肩に乗せて頭を撫でていれば、スゥがそう言ってくれる
色々と考えるのは、とりあえずは風呂に入ってからでいいだろう
俺は皆で総本山自慢の温泉へと向かうのだった
「ここが隠し湯か……隠そうとしていない大きさだな」
思わずそんな独り言が出てしまう光景だった
そこは大聖堂の最深部で、場所的には問題ない
『関係者以外立ち入り禁止』そんな看板を何枚も抜けた先にあるからだ
だが、問題なのはその規模なのだ
「まあ!こんなに大きな露天風呂は初めて見ましたわ!」
(うわあああ!お母さん、お庭にお風呂があります!)
大聖堂がそのまますっぽりと入ってしまいそうな広さの岩場に張り巡らされた木の通路
そして周りからは、大小様々な温泉が涌き出す光景に二人がキラキラした目で驚いていた
「奥様、トトお嬢様。こちらでお召し物をお脱ぎくださいませ。ウィスお嬢様は私が抱いておりますので」
冷静そうに告げるスゥだが、彼女の尻尾もせわしなくブンブン振られている
獣人族にとっても魅惑的な光景のようだった
「早く脱いで入ろうじゃないか。諜報部隊も女性だけで警戒しているようだし、出入り口は戦乙女部隊が守っているから大丈夫だよ。それに、もしも覗きなんて馬鹿な真似をする者が居たら私が塵に……」
「旦那様、分かりましたから魔力を抑えてください。メイド達が近寄れません」
つい、力が入ってしまったようでスゥに叱られた
若干ショボンとしながらメイド達に服を脱がせてもらう
上位貴族が自分で脱ぐなんて駄目だから仕方ない……もう慣れたよ
彼女達の手によりスッポンポンにされた俺は、露天風呂を見ながら気を取り直して呟く
「待っていろよ、露天風呂よ。たっぷりと味わい尽くしてやるぞ!」
「旦那様?ウィスお嬢様を抱いていてください。奥様のお手伝いをしてまいります」
「あ、はい」
全裸で裸の赤ん坊を抱いたおっさん
決して写真には残せない姿で、ベアトが来るのを待つ俺だった……なるべく早くお願いします、ベアトさん
「お待たせしました。さあ、まいりましょうか」
(わーーい!お庭のお風呂です!!)
「俺は、この日の為に生きてきたのかもしれない」
珍しく髪の毛をアップにまとめているベアトとお揃いのトト
いつもは下ろしている姿しか知らないから、非常に目新しく嬉しいものだ
しかも……この明るい中、全裸なのだから余計だろう
「ゼスト様?どうされました?」
(お父さん、何で動かないですか?)
軽くトリップしていたら、すぐ側にベアトが来ていた
彼女の香りがフワッと届いてくる
「ああ、髪を上げた姿は珍しかったから見とれていたんだ。それに明るい中でこんな格好というのもね」
「なっ!?言わないでください!無理矢理忘れようとしてましたのに!!」
(うわぁ……お母さん、一瞬でお顔が真っ赤になったです)
大丈夫そうに見えて、実はかなり恥ずかしかったのだろうベアトがあたふたしていた
そんな彼女をウィスを抱いていない右手で抱きしめる
「露天風呂だと喜ぶ俺に、気を遣ってくれたのだろう?ありがとう。本当に俺は幸せだよ」
「……私もですわ」
(はっ!?ウィスにはまだ早いです!目隠しするです!!)
トトが気を利かせてウィスの顔に張り付く
うまい具合に鼻を避けているあたり、成長の跡が垣間見えるが……その格好はどうよ?
まあ、女の子同士だからいいか
「ベアト……」
「ゼスト様……」
右腕と密着した身体から感じる彼女の体温と、その優しい香り
そんな状況で、上目遣いと頬を赤らめるという最強クラスのコンボが発動しているのだ
……我慢しろというのは無理だろう
ゆっくりと彼女の唇に、俺の唇が近付いていき……
「旦那様、ウィスお嬢様をお預かりいたします。危ないですよ?」
「ああ。頼んだぞ……ん?」
「そうですわね。スゥが抱いていてくれれば心配は……は?」
軽くなった左腕でベアトを抱きしめたが、違和感に気が付いた
……スゥさん?あなた何でここに??
「どうされました?どうぞ続けてくださいませ。ウィスお嬢様も妹か弟が欲しいでしょうし」
「私達は家具だと思っていただければ」
「ええ、お気になさらず」
「そうですとも、そうですとも」
ウィスを抱いて微笑むスゥと、その後ろにズラリと並ぶメイド達
さすがにこの衆人環視の中では致そうとは思えない……それに、だ
どうしても理解不能な事もある
百歩譲って、彼女達がここに居るのはまあ分かるとしよう
だが、全員素っ裸なのが分からない
「なあ、お前達。何で裸なのだ?未婚の女性がそんな……」
「トトちゃん、ゼスト様の顔に張り付いていなさい」
(はっ!?お父さんは見ちゃ駄目です!!)
トトの容赦ないフライング張り付きを顔面で受け止めて、視界はゼロになったが問題ない
ベアトに叱られるより100倍はマシだし、光魔法で感知していれば大体の事は分かる
「それで、何故裸なのだ?いくら家臣達とはいえ、男である私とだな……」
そこまで言いかけて、何も話せなくなった
突如、背中から硬い衝撃が襲ってきたからだ
ダメージは無いが、あまりの勢いに吹き飛ばされてしまう
ドッポーーーーンという音と、暖かい水の感触
どうやら温泉の一つに落下したらしい
身体の上にのしかかる硬い物体を押しのけて、水中から顔を出す
まだ律儀に張り付いているトトに声をかけた
「トト、非常事態だ。離れなさい!」
(え!?いいのかなぁ……わかったです)
そんな煮え切らない返事と共に復活した視界に飛び込んできた物は、真っ白な四角い物体だった
「ゼスト!一緒にお風呂に入るの!ウィステリア様も一緒なの!」
冷蔵庫と混浴……恐らくは、人類で初であろうその行為を行ってしまった
あまりの展開に混乱していたのだろう
俺はこんなバカな一言を絞り出すのが精一杯だった
「……お前、漏電とかしないよな?冷蔵庫と心中なんてしたくないぞ?」
温泉に浮かぶ冷蔵庫と、それに乗って楽しそうに遊ぶトト
そんな世紀末な様子を見ながら呟いた俺に、返事は返って来なかったのだった
……普通に入浴がしたいです