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異世界人の手引き書  作者: たっくるん
第三章 調停者
161/218

160 冷蔵庫の秘技

「お話は分かりました。私は……私達は魔族に協力しましょう。アルバートもスゥもいいな?」

「旦那様のお言葉に従います」

「はっ!閣下のご意思通りに」


ここまでの秘密を教えられてから断るなんて、出来る筈がないだろう

それに、魔族の考え方は俺にとってもありがたい

科学なんて魔法があれば必要でもないし、何より現状なら大陸でも最強クラスの武力がある俺達だ

これから爆弾やら化学兵器が発展して……なんて事は避けたいしな


「私も、今のこの世界が気に入っているのです。劇的な変化は望みません……それに、種族にもこだわりがありませんからね」

「ゼスト大公が味方になっていただければ、我々も安心です。魔族を代表してお礼を言わせていただきます。ですが、この事はくれぐれも内密に」


「分かっています。これからは仲間扱いで構わないでしょう?ニーベル殿。気楽にいきましょう」

「ええ、それで結構ですよ。秘密を共有する仲間……そういう立場でいきましょう」


「よかったの!ほら、これでお酒でも飲むの!」


ホッとした表情のニーベルに体当たりをして、冷蔵庫のドアが開く

中からはキンキンに冷えたグラスや丸く削った氷が出て来た


「おお、これは!スゥ、ウイスキーが……ドワーフ族の酒が有っただろう。用意してくれ」

「はい。かしこまりました」


土産用とは別に、自分で飲もうと確保した分がある

それをスゥが準備する

ここからは酒でも飲みながら話せばいいだろう


「ニーベル殿も飲めるだろう?正式な協力者になった記念だし、酒でもやりながら話そうじゃないか」

「そうですね。お付き合いしますよ」


こうして、第一回秘密の仲間飲み会が開催される事になった

そしてそれは、毎月の恒例行事として予約される事になるのだ……冷蔵庫の秘密の暴露と共に



「ゼストはそれしか飲まないの?他のお酒やおつまみは嫌いなの?」


宴会が始まって小一時間も過ぎた頃、ポツリと冷蔵庫が聞いてくる

スゥが用意したドワーフ族の酒とおつまみ少々……それを冷蔵庫が出したグラスと氷で飲んでいたのだが、そう聞かれたのだ


「いやいや、氷で飲むなんて贅沢だろう?この世界では氷は貴重品だし、懐かしい気分で飲んでいたのだよ。嫌いって訳ではないが……」

「なら、飲みたいお酒を教えるの!そして、魔力をちょうだいなの!」


グイグイ迫る冷蔵庫がそんな事を言い出した

飲みたい物と魔力だと?……まさか!?


「お前、出せるのか!?魔力があったら!?」

「そう言ってるの!早く教えるの!」


まさかと思いながらも、生ビールを想像しながら魔力を冷蔵庫に流し込む

口で言わないでもこれでいいらしい

俺からしてみれば少しの魔力なのだが、冷蔵庫にとってはそうではなかったようだ


「ああ、懐かしい感じなの。光属性なんて滅多に居ないし、向こうの物を知ってる人なんて余計居ないから、二度と使う事は無いと思ってたの……しかも、こんなに沢山の魔力なら……いきますなの!!」


ブルブル震えながら光り出す冷蔵庫

漫画ならこの後、爆発する流れだろう……しかし、二・三秒光ると元に戻った

いや、正確に言えばかなり綺麗になっている

新品状態の冷蔵庫が鎮座していた


「完璧なの。さあ、飲むがいいの!」


そう言って開いた冷蔵庫の中には、ジョッキ入りのビールがずらりと並んでいたのだった


「おお!?さっそく一口……ぷはーーーっ!!うまいなぁ」

「ビールですか、懐かしいですなぁ。私もいただきます……彼が生きていた頃はよく一緒に飲みましたよ」


「彼?ガーベラを生み出した伝説の治療魔法使いですか?」

「ええ、あなたと同じ日本人の男性でした。ガーベラ殿を担いで諸国を旅していましたよ……真面目な男でしたなぁ。たまに会うと、こうして日本の飲み物や食べ物を出してくれましてね」


そうか……その頃から生きてるのかこいつも

ずいぶんと長生きする種族なんだな、魔族は……って、うちにも居たな

同じか、それ以上の長生きしてる娘が


「なるほど。その彼とも仲間だった……食べ物!?食べ物も出せるのか??」

「ゼストが知ってる飲み物と食べ物なら出せるの。魔力は使うけど、そんなに魔力が余ってるなら余裕なの」


「はぁーー……いやいや、コップやらジョッキも出てるじゃないか!これはどうなんだ?」

「入れ物だからだと思うの。その分、多めに魔力が必要なの」


当たり前だと言いたげな冷蔵庫をガン見して思う

酒だけでも相当なチートだと思ったが、食べ物も出せるとか……そりゃ持ち主が伝説の英雄様になるよな

でも……それなら!!


「魔力はいくらでも使おうじゃないか。出して欲しい物が有るんだ」

「任せるの!ゼストの魔力はご主人ソックリだから、どんと来いなの!」


何でも出してやると胸を張る冷蔵庫……多分、胸の筈だ

電化製品が胸を張るのかどうかは知らないが、雰囲気はそんな感じだ

その彼女に魔力をガンガン注いでいく


「ふぇ!?凄い魔力なの!どんどん入ってくるの!!」


一昔前の洗濯機のようにブルブル震えながら光る冷蔵庫

日本で見たらクレーム間違いなしな光景が続く


「出来たの!下の段はあったかい物なの」


……温かい物まで出せるのかよ

期待以上の高性能ぶりに、思わずテンションが上がる


「ありがとう、ガーベラ殿。後でたっぷりと霜取りするからな」

「!?み、みんなの前でそんな……恥ずかしいの……」


ブオンブオンと金属音の唸りを上げながら身をよじる冷蔵庫

恥ずかしがっているのか、壊れる寸前なのか分からない状況だ


「じゃあ、開けてもいいかい?」

「い、いいの。見て欲しいの」


酔った勢いもある不思議なテンションでドアを開く

中からはチョコレートパフェや冷やし中華等の冷たい物

下の段からは、タコ焼きや焼きそば……そしてカレーライスにから揚げや手羽先といった懐かしい食べ物が並ぶ


「おお、懐かしい物や初めて見る物までありますね」

「旦那様、この冷たい器の甘い香りがする魅惑的な食べ物はいったい……」

「ふぁっふぁ、ふぉのふぁふぃふぉばふぁふぉいふぃふぇふ!!」


手羽先をしげしげと眺めるニーベルに、パフェを持って頬を赤らめるスゥ

アルバートは熱々のタコ焼きを一口で食べて、コノザマである


「全て私の故郷の食べ物だ。存分に食べてくれ」

「ゼストの魔力は最高なの!もっと……もっと欲しいの!!」


懐かしい食べ物を前に俺は、思わず涙が出る

こうして更に賑やかになった秘密の飲み会は、第二ラウンドが始まったのだ



「閣下、かつどんとやらはまさに至宝。私は感動いたしました!感動の踊りをさせていただきます!」

「旦那様、ぱふぇは素晴らしいです。ちょことあいすの混ざった美味しさは、初めての経験です」

「ゼスト殿、手羽先とビールは危険だ。いくらでもいけそうだぞ!!」


「そうだろう、そうだろう。ドンドンやってくれ!」

「ゼスト、次はここ!ここの霜取りなの!」


それぞれ気に入った食べ物が見つかって、宴会のボルテージは最高潮だ

俺はレモンを搾ったから揚げを食べながら霜取り中だ

この冷蔵庫は本当に素晴らしい……機嫌を損ねないようにして、仲良く付き合っていこう


「ああ、ここだろう?ほら、綺麗になったぞ」

「ありがとうなの!大吟醸なの!」


程よく冷えた大吟醸の日本酒を、飲み口が薄くなったグラスに注いで飲んでみる

……ご機嫌をとるつもりが逆に餌付けされてるみたいだが、気にしたら負けだ

フワッと口に広がる甘みと旨味

そして米の味が襲ってきてから喉を通るとカッとアルコールの刺激がやってくる


「美味い!!よかった……接待で飲んだ高い日本酒の味を覚えていて、本当によかった!」

「まだまだいっぱいあるの!遠慮しないでいいの!」


日本で買えば一升瓶一本で一万円以上は余裕でする高級大吟醸を皆でカパカパ飲んで盛り上がる

美味い酒は異世界でも共通らしく、大盛り上がりの大宴会へと突入していった


……いったのだが、それが訪れてしまうのである


「皆さん?とても楽しそうですわね?」

「ママ上のおっしゃる通りなのじゃ」


薄い夜着の上にガウンを纏ったベアトが、愛用のバルディッシュを担いでにこやかに立っていた

その隣には、カチュアが青い顔で付き従っている


「ようやくウィスが寝たと思ったら……楽し気なお声で目を覚ましました。うふふ、また寝かしつけなければいけませんね」

「ママ上のおっしゃる通りなのじゃ!」


これは危険なパターンだ

獣人族のアルバートとスゥは、事前に察したらしく壁際にビシッと立っている

口の周りに青のりやチョコが付いているが、初見では看破出来ないだろう……うまいこと逃げやがった


「すまないな、ベアト。少し騒がしかったか」

「いいえ、ゼスト様。あなたは悪くありませんわ」


ペタンペタンとスリッパで歩み寄るベアト

音だけなら可愛らしいのだが、その身に纏う魔力は禍々しい


「ゼスト様は今まで大変お疲れでしたから、こういった息抜きも必要です。それで騒いでいようが私は絶対に文句など言いませんわ」

「ベアト……ありがとう」


ニッコリと優しく笑っているベアトを抱きしめて、たっぷりとイチャイチャする事にする

風呂上りだろう彼女の髪の香りを目いっぱい吸い込んだ

ああ……何で、洗いたての髪の毛ってこんなにいい匂いがするんだろうか


「ママ上のおっしゃる……ふぉおお、抱き合ったのじゃ!いい子いい子してるのじゃ!」


真っ赤な顔を手で隠しながらも、指の隙間からしっかりと確認しているカチュアが大騒ぎする

お前、歳の割にはこういう免疫が無いのか……かわいそうに……


「結婚式やらハインツとやらの対応やら……本当にゼスト様は働きすぎでしたから。これからは少しは休んでくださいませ」

「ああ。そうだ、帰りに教国に寄って行こうか?ガーベラ教皇を送りながら、温泉でゆっくりと骨休めもいいかもしれない」

「大歓迎なの!家族風呂もあるから、入って行くの」


ここぞとばかりに冷蔵庫が割り込む

ベアトの怒りの矛先は絶対に回避したいという、彼女の想いが伝わってくる必死さだ


「家族風呂ですか?それはいいですわね、そうしましょうか」

「ウィスも入れてあげよう。家族で風呂か……わくわくするなぁ」


アルバートが運んで来た大きめのソファーにスゥが座るように勧める

勿論、俺と一緒に座る為にだ

そうすればベアトの機嫌がよくなるだろうという策略だ


効果はてき面で、俺と一緒に座ったベアトの表情は非常ににこやかである

冷蔵庫が献上したチョコレートパフェも一役買っているのだろう

こうなると顔色が悪いのは、ニーベル一人になる


「それで?魔族の長殿が事前連絡も無しに、こんな夜中に何の御用で?」

「あのですねぇ……」


「とてもいい知らせなのでしょう?あんなに楽し気な宴をする程ですもの。余程の事ですわね」

「ママ上のおっしゃる通りなのじゃ!」


俺に助けを求めるような視線を送ってくるが、それは無理だ

せっかく矛先が逸れているのに自分から当たりに行こうとは思わない

俺が駄目だと分かるとカチュアの方に視線を向けた

ああ、カチュアは無駄に長生きしてるからニーベルとも知り合いなのか

必死に助け船を出してくれと言いたげな彼に、カチュアはゆっくりと告げた


「ママ上、きっと素晴らしい贈り物があるのじゃ。そうでなければ、急に夜中に来訪して宴などおかしいのじゃ」


やっぱり彼女とも知り合いのようではあるが、ベアトと天秤にかけた結果見捨てる事にしたらしい

その証拠に、俺達が座っているソファーの後ろに立っているカチュアは、そう言いながら首を横に振っていたからだ

……せめてもの情けに『物次第で助かる道はある』そう言っただけ優しいかもしれない


「まあ。いったい何をいただいたのですか?お礼をしなければいけませんね」


全員の視線を受け止めて、自主的に正座をしていたニーベルが絞り出すように答えた


「い、移動や連絡の手段として、今のドラゴン達よりは少し小さいワイバーンを大公家に差し上げようと」

「まぁ、素晴らしい事ですわね。さすが正式な協力者ですわ」

「ママ上のおっしゃる通りなのじゃ!」


へ?ワイバーンくれるの?

……いやいや、その前にベアトは正式な協力者って何で知ってるんだ??


「な、なあ、ベアト。その話をどこで?」

「トトちゃんですわ。お部屋で私に教えてくれたのですよ」


ああ、精霊のトトなら会話を盗み聞くなんて朝飯前か

トトが聞かせたのなら、内緒にする必要もないだろう

ニーベルも精霊の仕業まで文句は言わないし、言えないのだろう

『トト殿に口止めするのを忘れていたか』と遠い目をしていた


「それならば、ニーベル殿にあんな事を言わなくてもだなぁ」

「あら。私を仲間外れにしようとした罰ですわ。ゼスト様の為なら、私は何でもしますわ……ですから、私には隠し事をしないでください」


そう言って抱き付いてくるベアトの頭を撫でながら、反省した

確かに彼女こそ、この世界で一番大切な人なんだ……家族の安全を考えてとはいえ、彼女に嫌われたら意味はない


「そうだな。すまなかった……だけど、君が大切だからこそだったんだ」

「うふふ。知っています。だから今回は許して差し上げま……んっ」


「ふぉおおおおおお、せせせせせ」

「相変わらずカチュアはお子様なの」

「カチュアお嬢様、接吻で驚き過ぎです」


「アルバート殿、もう普通に座って大丈夫だと思いますかね?」

「ニーベル殿、もう少し様子を見るべきです」


イチャつく俺達と興味津々のカチュア

そして正座したままのニーベル……そんな混沌とした部屋を収拾したのは、意外な人物だった


「閣下、お楽しみの最中に申し訳ありません」


普段ならアルバートのセリフだが、それを言ったのは諜報部隊のターセルだった

その腕にはウィスが抱かれている

実に見事な抱き方で、さすが母親な事はある……外見は男だけどな


「どうした?ターセル。お前がそんな事を言うとは珍しい……」


ターセルを振り返ってよく見ると、腕の中のウィスがトトの頭を丸かじりしていたのだった


(お父さん!お母さん!トトは食べ物じゃないってウィスに言ってください!!)


「ああ!トトちゃんにウィスのお守を頼んでいたのを忘れていましたわ!」

「う、ウィス!姉を食べるんじゃない!ペッするんだ!」

「旦那様、鼻をつまむのです!」

「あはははは、トトちゃん食べられてるの!ウィステリア様さすがなの!」


大騒ぎしている俺達の後ろでは、アルバートとニーベルがこそこそと話していたのだった


「アルバート殿、いつもこうなのですか?」

「今日はまだ平和です。誰も出血も骨折もしておりませんから」


「……はぁ」

「まあ、閣下が居ますから死ななければいいのですよ。はっはっは!」


その後、救出されたトトが『迎えに来るのが遅いからだ』と怒るのを、パフェで誤魔化した

甘い物というのは、実に偉大だな


ちなみに、高笑いをしていたアルバートは……ベアトにバルディッシュで教育されていた


「娘の一大事に何を笑っているのです!」

「「「おっしゃる通りです(なのじゃ)」」」


「ち、違います!!その件では……ヘベラッ!!!!」


駄犬の悲鳴を肴に、楽しい宴会は続くのだった

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