158 ようやく終わる結婚式
「旦那様、お疲れ様でした。これで結婚式は全て終了です」
「……本当か?本当にだな!?絶対だな!?」
あのベアトが大暴れした事件……違うな、ハインツがボコボコにされた事件から数日
やっと長い長い結婚式が終わった
ハインツはその日のうちに、迎えに来た魔族の長ニーベルに連行されていった
勿論、あの魔王の鎧も一緒に回収していったさ……あんな危険物はそのままにしておけないって言ってたよ
「ご安心ください。あの後は問題なく進行しましたので、これで終わりです。今日はもう遅いですから、明日の朝に領地へ向かいましょう」
「そうか……ようやく帰れるのか……」
スゥが用意した紅茶を飲んで一息つく
長かった戦いの終焉だ……あの日のうちに他国の使者は帰ったから、獣王陛下に迷惑をかけられる事はなかった
残りの数日は国民に向けてのパレード中心だったから『俺は』楽だったしなぁ
……毎日、親族用の控え室に帰ってきたツバキとマルスに治療魔法を使ってやったのもいい思い出だ
「それで、ベアト達は教皇の部屋か?」
「はい。プリンを食べに行っていると思われます」
日本で言う神父役の冷蔵庫は、最後まで残っている
まあ、結婚式の儀式もあるだろうが『ウィステリア様!最高なの!ずっとお側に居たいの!!』と、大騒ぎしていた
精霊の巫女認定された俺の娘は、教国のみなさんに大人気だったのだ
「かわいいの!ウィステリア様は誰にも渡さないの!」
「教皇猊下、落ち着いてください」
「精霊の巫女様が産まれた時代に生きられるとは……」
「隊長!記録の魔道具を買い占めてきました!!」
「「「精霊の巫女様に感謝の祈りを!」」」
はしゃぐババア状態の冷蔵庫に、写真を撮りながら血走った目の聖騎士団
ウィステリアの前で跪き声をそろえるシスター達
この光景を見たベアトが、連れてきたのは失敗だったかもしれないと心配したのも頷ける
俺もいつもとは違う意味で怖かった
そして光と闇の二属性持ちと聞いた獣王陛下が『大きくなったら戦いたい』そう言ってしまう
あの状況で言った獣王もアレだが、彼女達の反応もたいがいだった
「グリフォン王国は教国に対して宣戦布告をしたとみなしてもいいと?」
「教皇猊下、今すぐ攻め込むべきです」
「我等聖騎士団はいつでも行けます!」
「「「巫女様の敵に神の鉄槌を!!」」」
「お、お待ちください!戦いません!!絶対にそんな事はさせませんから!」
真顔の冷蔵庫に聖騎士団達
一番恐ろしいのは、柔和な笑顔で開戦するべきと話すシスター達だ……あれは怖い
ニッコリ近付いてブスリと刺しそうな人達だな
レミリア宰相が必死に謝るのを見ながら、今度、教国にはブラジャーを多めに送ろうと決めたのだった
「ところで、旦那様。ニーベル殿になにか耳打ちをされていましたが、どのような事で?」
早く思い出にしたい出来事を思い出していると、紅茶のおかわりとお菓子を用意しながらスゥが尋ねてきた
獣王エレノーラ関係の事を思い出すと、本当に疲れる……いっそもう会いたくないが、絶対にまた会う事になりそうだ
軽くめまいがするが我慢しよう
「ああ、責任を持って科学の痕跡は消すと……な。それと水田まりの件だ」
「魔族の長がそうおっしゃるならば。みずた殿の件とは?領地に来るのがマズイのですか?」
「逆だから困っているのだ……あいつは保護されていた先でも、あんな本を書いていたらしく礼を言われたぞ」
「……少し、配慮が必要ですね」
ニーベルは本当に嬉しそうに俺に礼を言っていたのだ
『このままでは、魔族の間で同性婚をする者が出るのでは?と心配していました。本当にありがたい!ああ、あの本で魔族を書くのはやめさせてくださいね?私を主人公にした本は全て処分しましたが……ゼスト大公もお気をつけて……』
後半は泣きそうな顔だったのが印象的だ
「諜報部隊に護衛の名目で張り付かせるが、人選には気を付けてな」
「ええ、そういった思考になる者は除外いたします。対応は配下としてですか?」
「ああ、それで構わない。一定の配慮はするが、異世界人同士だからといって特別扱いはしない」
「かしこまりました」
言葉通りの意味でもあるが、いざとなったら殺していいですか?って意味もあるだろう
同じ日本人……それだけでは信用できないからな
同郷ってだけで信頼出来るなら、日本には警察なんて無いだろう
そして『配下』としてスゥが対応するって事は、彼女が危険だと判断したらためらいなく殺すだろうな
いい意味でも悪い意味でもスゥは俺が最優先なんだよなぁ
「それでは、ある程度の指示をまとめてカタリナ卿に手紙を出しておきます。そろそろ領地に到着しているでしょうし……」
「そうだな。カタリナには言ってあるが、念の為に頼む」
「では、早速」
綺麗なお辞儀をして出ていくスゥを見送って、お菓子を一口食べる
結婚式も終わったし、後始末も済んだ
これで俺はウィスを愛でながらベアトといちゃつくだけだな
そんな気持ちでいる俺を誘う足音が、部屋の外に迫っているとは知らずに
「閣下、失礼いたします!」
「アルバートか。どうした?」
彼にはベアトの護衛を任せようとしたのだが、戦乙女部隊の面々が断固拒否したのだ
『奥様は我々がお守りします!いえ、お側に居させてください!!』
改めてベアトの強さを見た彼女達は、逆に憧れが強くなってしまいそう言って側を離れない
……普通はビビって距離をとりそうだが、さすが脳筋部隊だな
諦めて彼女達に任せたのだが、アルバートが暇になったのだ
「はっ!教皇猊下がお泊りの別館より、奥様とお嬢様方がお戻りになりました。先に私室に戻るとの事」
「そうか、分かった。屋敷の警備は問題ないな?」
「はっ!本館は勿論、別館も万全です」
「教皇猊下が我が屋敷にお泊りになるのだ。失礼や危険があってはならない。特に注意してくれ」
ビシッと敬礼したアルバートが答えようとしたとき、スゥが部屋に帰ってきた
「ただいま戻りました。あら?アルバート卿、ここで何を?まさか、また城下町に出かけようと誘っている……なんて事はありませんよね?」
「いやいや、家令殿。今回はご報告だけです」
妹に頭が上がらないアルバートが今回『は』と実に正直な返事をしたとき、それを感じた
窓の外……屋敷の二階にあるこの部屋の、外から気配を感じたのだ
「私がドラゴンで迎撃いたします。閣下は奥様の元へ!」
「ん?この気配は……おいっ、アルバート!」
俺の声が聞こえない程、奴は慌てたに違いない
一直線に窓へ向かい開け放ち、ピュイッと指笛を吹くとそのまま外に飛び出した
おお、あれでドラゴンを呼ぶのか!カッコいいぞアルバート!
「旦那様、お兄様が足止めをしますから奥様の元へ!」
スゥから見てもカッコよかったのだろう
ニッコリと笑いながら頬を赤らめて、久しぶりに兄と呼んでいた
「いや、あの気配はだな……」
そこまで言ったとき、窓の外から『グガチャアアアン』と盛大な音がする
思わず顔を見合わせて窓に走ると、下にはアルバートが血だらけで倒れていた
「そんな……お兄様をこんなに簡単に!?余程の手練れが!」
「あの気配は知ってる気配だったのだが……彼がこんな事をする筈は……」
そう、俺の予想通りならこんな事をする必要がない
わざわざアルバートを始末しなくても、ここに来る事が可能だからだ
それに……この状況はちょっとおかしい
「……なあ、スゥよ。冷静に考えてみるとだなぁ」
「旦那様もお気づきですか?アレは『ドラゴンで迎撃』といいましたよね?ドラゴンはどこでしょうか?」
嫌な予感しかしないが、そうであって欲しくない俺達は目をこする
どうか見間違いでありますように
そんな願いは神には届かなかったらしい
もう一度下を見れば、血の跡だけを残してアルバートが消えている
「うおっ!?居ないぞ!?」
「ひいっ!まさか呪いの類では?」
目に涙をためて俺にしがみつくスゥ
普段は冷静な彼女が珍しいな……いや、確かに軽くホラーな状況だが
「も、申し訳ありません。ですが、こういった事だけは苦手でして……」
「誰でも苦手なモノはあるさ。気にするな」
プルプル震えるスゥの頭をなでで、俺も若干震えているのを誤魔化した
この方面の怖さは勘弁して欲しい
ほんの二・三分だがそうしていると、後ろからゴトンと音がする
……ドアが開いた気配はない……なら、この音の主は何なんだ?
手にジットリと汗をかきながらも振り返ると、そこには血だらけのアルバートを担いだニーベルが立っていた
「ゼスト大公、これは私ではなくですね……」
「ええ、あなたがこんな事をする理由がありません。ちょっと失礼」
そう断ってから、床に寝かされたアルバートに治療魔法を使ってやる
怪我が治った奴はビシッと直立すると、非常にいい笑顔で言い切った
「閣下、お手数をおかけしました!鎧を着ていましたから、もう大丈夫です」
「おう。そ、そうか」
「アルバート卿、お聞きしたいのですが……ドラゴンはどこですか?」
「ははは、家令殿。今は夜ですよ?ドラゴン達を呼んでも、来るか来ないかは半々です。しかも来たとしてもまだまだ時間がかかります」
何を当然の事をと言わんばかりの口調で、思わず納得しかけたがそうじゃない
「じゃあ、お前はドラゴンに飛び乗る為に飛び降りたのではないのか?」
「閣下、飛んでいるドラゴンに飛び乗るなど出来る筈がありません。純粋にここが二階だという事を忘れていただけです!油断していたので、危うく致命傷でした……修行が足りませんでした」
駄目だ……返事すら出来ない
予想通りの内容だったわ
「あ、あの口笛は何だったのですか?」
「ん?家令殿、あれは口笛ではなく指笛だ。警備の黒騎士達への伝達用です。もうすぐここに駆け付けてくるでしょう」
言い終わったその瞬間、ドアが開けられて黒騎士達が雪崩れ込む
「お前達、訓練終了だ。持ち場に戻れ」
「は?はっ!了解しました」
「何だ訓練か」
「せっかくバルディッシュを振り回せると思ったのになぁ」
ぞろぞろ引きあげていく黒騎士達が居なくなった後、ニーベルに声をかける
「その……お恥ずかしいところを……」
「はは、相変わらずゼスト大公のところは賑やかで退屈しませんね」
「どうしたのだ?家令殿、何を笑っているんです?」
「泣いているのです!!恥ずかしくてどのような顔で生きていけばいいのか……こんなのが兄だなんて……ううううううう」
引きつった愛想笑いをしながら見つめ合うおっさん二人と、泣き崩れる妹を慰める兄
そんなどうしようもない状況で、もう一つの爆弾もやってくる
「ゼスト!プリン食べるの。お話しながら、かき氷も作ってあげるの!」
窓辺にプカプカ浮かぶ冷蔵庫を見ながら、心から思う
そっとしておいてください……もう、お腹いっぱいです……いろんな意味で……