156 鎧の弱点
「帝国の剣ゼスト大公の配下最強と言われるアルバート殿と、獣王陛下の二人がかりでも無傷!ふはははは、やはりこの鎧こそが最強の証よ!魔王が恐れられた訳ですね」
高笑いをするハインツの前には二人が荒い息で膝を突いていた
それだけではない……その合間を縫って黒騎士達や聖騎士達も斬りかかったが、効果はまったくなかったのだ
「魔法もカチュアお嬢様以上の使い手など居ませんし……いかがいたしますか?旦那様」
「なあ、スゥよ。お前達は本当に気が付かないのか?それともそれはフリなのか?」
キョトンとする彼女の後ろには、それでも諦めないでギィンギィンと斧を弾かれながらも斬りかかる獣王エレノーラが見える
この辺の脳筋ぶりは種族特性なのだろうか?
「あの鎧に鑑定魔法は使ったか?」
「もちろんです。私には鑑定不能と出ました」
「……そうか。なら、ある程度の魔力がないと無理なのか?いや、これが光属性の特性なのか……」
「旦那様、何か見えたのですか?」
「いかがしました、閣下」
話し込む俺のところにアルバートが駆け寄り、兄妹仲良く俺を見つめる二人を見る
改めて見ると、本当にそっくりだよな
「二人が並ぶと、本当に兄妹なのだなと思う。よく似ているな」
「旦那様、何を悠長な事を……ああ、弱点が判明したのですね?」
「……?……おお、さすがは閣下!ならば安心ですな」
アルバートは絶対に察して理解はしてないな
とりあえずスゥに睨まれたから分かったフリをしたのだろう
その証拠に、すっかり安心した表情のスゥとは違いアルバートは愛想笑いしながらも構えているからな
「おい!ゼスト大公も喋ってないで手伝え!」
ゼエゼエと息が荒いエレノーラが大声を上げる
だが、今から手伝っても無意味なんだよな
「獣王陛下、こちらで少し休憩をしたらどうです?そいつはそこから動けませんから」
「「「「は!?」」」」
「……くっ!なぜそれを!?」
その場に居る全員の『何を言ってるの、こいつ』そんな目の中で説明する
「あの鎧の効果で完全防御というものがあるようです。確かに攻撃は無効化するのだが、移動が出来ない状態になるらしい。効果時間が決まっているから待っていればいいだけですね……」
くやしそうに奥歯を噛みしめるハインツをよそに、他の者達は呆然としている
やりきれない空気の中で、スゥだけは荒縄を持って微笑んでいたのだった
……用意がいいですね、あなたは
「で、時間はまだありますか?」
「紅茶をゆっくり味わったらちょうどいいでしょうな」
「ゼスト大公、もう少し早く言ってくれればだなぁ……」
「獣王陛下、それはいきなり斬りかかった陛下の責任です」
冷蔵庫と俺、獣王エレノーラと宰相エミリアのトップ会談である
ハインツはスゥの荒縄と、俺が黒騎士の予備武器から作った黒鉄製の鎖でグルグル巻になっている
もちろん、俺が魔力で強化してあるから簡単には外れないだろう……間抜けな奴である
「お茶のご用意が出来ました。他の貴族やツバキお嬢様達は避難していただきましたから、ゆっくり出来るかと」
「ああ、ご苦労。皆様、こちらにどうぞ」
大広間に残っているのは、ある意味俺の関係者だけだ
ライラック聖教国関係と獣王陛下達
そして戦乙女部隊と黒騎士達だ
ああ、エルフの国のエリーシア王妃も一緒だな
スゥが準備したテーブルに座って、これからの対応を決める必要がある
「それで、ハインツを倒す事は可能なのですか?」
そう切り出したのはエリーシア王妃だ
この国での出来事だし、王妃様が現在のトップなのだから彼女が仕切るのは当然だろう
いくら身動きが出来ない状態とはいえ、このままにはしておけない
「ええ、あの鎧の絶対防御は大量の魔力を消費するようです。もう一度発動するのは、あの男では無理でしょうな。通常の状態ならば……可能ですね」
「では、ゼスト大公にそれをお願いしても?」
「それは構いませんが、一つ問題がありまして……実はあの鎧は、装備者の属性によって弱点の属性が変化する特殊な構造なのです。更に、装備者の能力を大幅に上昇させるようで、完全防御が無くともそれなりに戦う事は可能でしょう。私が戦えば、負けはしません……が、戦いの余波で城が半分になるかと」
「はあ!?そんな事まで可能なのですか!?」
鎖と縄でダルマのようになっているハインツを忌々しそうに睨む王妃様
確かに攻撃は無効化するようだが、縛られるのは想定外のようだった……ガバガバだな
しかも奴の口にはスゥが雑巾を詰め込んだので、喋る事は不可能だ
でも、動けるようになればあの程度の拘束ではすぐに破られるだろうし……強いのか弱いのか分からん奴だ
「しかも奴の属性は光なのです。私と同じね……ですから、正面からのゴリ押しでは被害が大きくなるでしょう。弱点は闇属性のようなので、エルフの国でどなたか……」
「はぁ……闇属性の使い手など、我が国にはおりません。教国やグリフォン王国には?」
ガックリと肩を落として尋ねる王妃だが、二人の返事はやはりとういべきか……
「教国にもおりません」
「残念ですが、我が王国にもおりません」
お察しの通り、答えたのは冷蔵庫とエミリア宰相である
獣王陛下はスゥが用意したお菓子をバリボリ食べていて聞いてない
「ならば、我が領地からベアトを連れてくるか……辺境伯に出張ってもらうかのどちらかですな。ドラゴンで急いでも、数時間は……」
「その間はゼスト大公に抑えてもらいますか」
「それしかないでしょうな……教国からも聖騎士達を出しましょう」
「ははひほへふほ!」
「獣王陛下、口にモノを詰めたまま喋ってはいけません」
エミリア宰相が、獣王エレノーラに紅茶を渡そうとしたとき……それは突然現れたのだった
最初は、少し部屋の温度が下がっただけのように感じた
だが、それは始まりでしかなかったのだ
それは例えるなら、月明りも……星の光さえもない真っ暗な闇夜
絶望という言葉に色があるならば、こんな色なのだろう
そんな黒く圧倒的な存在感が、大広間のドアから溢れ出してきたのだ
「ひっ!?」
「じゅ、獣王陛下、お逃げください!」
「何だ、この威圧感は!!」
「あ、トトちゃんの気配?」
「スゥ、私の背中に隠れろ」
「旦那様、すぐに謝ってください」
腰を抜かす王妃や、真っ青になって震えるエミリア宰相
カタカタ震えながらも斧を構える獣王陛下に、余裕の表情の冷蔵庫
そして……それはゆっくりと俺達の前に姿を現したのだった
「ゼスト様……アルバートから聞きました。ツバキからも聞きました」
『ああ、ゼスト様。ご無事でよかったわ』
コツン……コツンと彼女が歩く音が響く
ハインツをチラリと見れば、白目を剥いて泡を吹いている
弱点でもあり、これ程強烈な闇属性を浴びればこうもなるだろうな
「かわいい娘の結婚式を台無しにして……ゼスト様を襲おうとした男色の男が居るそうですわね」
『あれがその馬鹿ね……うふふふふふふふふふふふふふふふふふふ』
(あ、お父さん!お母さんは本気で怒ってるから、邪魔しちゃ駄目です)
うん、見れば分かるレベルでブチ切れてるね
俺の方に飛んできて、肩に座ったトトの頭を撫でる
「私だけのゼスト様を奪おうだなんて……しかも、それが男だなんて……」
『私だけの……私だけのゼスト様なのに……』
キーーンというひと際高い音が響くと、ベアトの身体を纏う魔力が変化する
彼女の身体全体から湯気のように立ち上っていた真黒な魔力は、その身を包むように変化する
「少し教育が必要ですわね!」
『絶対に許さない!』
死神が纏うローブのような状態になった闇の魔力をベアトが纏う
彼女の本気モードの身体強化魔法だ……この状態だとアルバートがボコボコにされるし、ドラゴン達は震えながら腹を見せる
彼女の右手に持たれるバルディッシュが、極限まで圧縮された闇属性の魔力に『ギギギギギ』と悲鳴をあげる
この世の終わりを告げる悪魔の声のような不協和音が響く中、その死神は俺にニッコリと微笑んで返事を待っている
「ベアトの好きにしなさい」
(お母さん、いってらっしゃい!)
「うふふ、行ってきますわ」
『骨も残さないわ』
垂れ流される魔力の余波だけで、大理石の床をゴリゴリ削りながら彼女は歩いて行った
目標は、男が大好きで俺を襲おうとしたとベアトは思い込んでいるハインツである
……止められないし、逆らえない
ハインツが死なないように祈るだけしか出来ないよ
「ああ、皆様。彼女が妻のベアトです。知っている方もおりますが、念のため」
「トトちゃん、久しぶりね。クッキー食べる?」
(食べるです!久しぶりです、ガーベラ!)
「ツバキは大事にするから、お願いだから仲良くしてね?ね!?」
「無理だ……あの奥方に勝てるイメージがわかない……」
「お姉様、グリフォン王国が滅びます!!絶対にやめてください!!」
一部を除いて混乱状態の各国の重鎮達
気持ちは分かる……あの状態のベアトは本当に怖い
実は、俺も少しだけ漏らした
「旦那様、アレは奥様に任せてお茶でもいかがですか?」
「そうしてくれ。私もさすがに怖かっ……疲れたよ……」
ハインツの悲鳴と絶叫が響く中、俺達のお茶会は再開したのだった
だって、あれを止めるなんて無理だ
まだ、死にたくない
「ところで、何でベアトがここに居るのだ?」
「各国の使者が集まるので、奥様もいらっしゃる予定だったのです。今日だけは両親が揃っていないといけないそうで」
「……そうか」
あの鎧をどこから持って来たのか調べないといけないし、魔族に報告しないといけないからなぁ
ベアトが殺しませんように
そう祈りながら飲む紅茶は、味がまったくしなかった……