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異世界人の手引き書  作者: たっくるん
第三章 調停者
155/218

154 獣王陛下の婚約者

「エミリア、私の頭は大丈夫か?」

「外見は異常ありません。獣王陛下、こんなにお強いゼスト大公をどうしたいですか?」


「うむ!是非とも我が婿にだな……」

「よかった、通常通りの思考回路で安心いたしました。呆れ果てて言葉もありません」


綺麗な笑顔で獣王陛下の頭の中身を馬鹿にする宰相殿

当の本人は『そうであろう』と満足げだが、これが平常運転とはかわいそうに……


「獣王陛下と間違いなく判明したようで何よりですな。いやぁ、兵士の格好をしているとは夢にも思いませんでした。なぁ、カチュア」

「はいなのじゃ。パパ上のおっしゃる通りなのじゃ」

「カチュアお嬢様、ハンカチです。お顔を拭いてください」


アイアンクローで大泣きしたカチュアは鼻水と涙で大変な事になっている

スゥがさり気なく渡したハンカチでゴシゴシ吹いていた


「しかしながら……いくら宰相殿の依頼とはいえ、獣王陛下にご無礼をいたしました。伏してお詫び申し上げます」


「は?な、なぜそうなるのだ?」

「獣王陛下、お許しになってくださいませ。私の依頼にゼスト大公は応えてくださっただけです」


キョトンとする獣王陛下とは違い、宰相殿の顔は真っ青だ

この流れの危険さを察知したな


「別に咎はなかろう。何を謝るのだ?」

「……それが社交辞令というものです」

「お恥ずかしい限りです」


今度は真っ赤な顔になる宰相殿

これは、遠回しに言っても駄目だな


「獣王陛下、今のやり取りで……一歩間違えたら戦争の危機だった事は理解しておられますか?」

「……は!?」


駄目だ……誰だ、こんな子供を王にしたのは!?


「私は宰相殿の依頼で獣王陛下を止めました。力技でね。ここまでは分かりますね?」

「うむ。確かに私とカチュア……お姉ちゃんが戦いそうであったからな。止めに入らなければ始めていた」


「しかし、獣王陛下かどうかがハッキリした後は……あなたは王なのですよ?当然、失礼を詫びて許しをもらわないといけません」

「負けた私が悪いのではないのか?」


清々しい脳筋発言にめまいがするが、アルバートで慣れているので我慢した

俺の口調も失礼だが、このくらい分かりやすく言わないとこの子は理解出来ないだろう

いい加減に俺も疲れてきたよ……


「一応、謝って許してもらったという流れが必要なのですよ。もし、これをお許しにならなかったら……『宰相殿は我々を騙して、大公家の名誉を傷つけた。獣王陛下も共犯なのだろう。いや、グリフォン王国の陰謀だったのだ!エルフの国の将軍をゼスト大公は寛大に許された。だが、獣王は不意打ちで殺す卑怯者。しかも、宰相はそれを理由にゼスト大公を姦計で陥れようとした。そんな国は信用出来ない。共にグリフォン王国を倒そう!』こうなったら、どう言い訳をするのです?」

「なっ!?それは、ほとんど言いがかりではないか!」


「ええ、そうです。言いがかりですよ。それが軍事力や経済力を背景に行われるのが貴族の日常で、それを大規模にして国家間で行われるのが外交でしょう。」

「しかしだな……」


「今回は獣人族の気高さを知っているからこそ、獣王陛下にあんな真似をしました。誇りある獣人族は約束を破りませんし、強さに正直です。違いますか?」

「そうとも、それが獣人族の誇りだからな」


満足そうに頷く彼女

脳筋馬鹿も言い方次第ではこうなるのだ


「ですが、その他の種族とも交渉や会話は必要でしょう。ならば、王らしく対応出来るようにならねばいけません」

「うむ。よく分かったぞ」


……本当か?本当に分かっているのか?

ニコニコと返事をしたが、不安しかない


「ちなみに、今回の件誰かに話すおつもりですか?」

「おお、皆に話さねばな!ゼスト大公は噂以上に強かったとな!是非、私の婿に……」


「宰相殿、頼みますよ……獣王陛下にそんな事を言われたら、大騒ぎになりますよ」

「私も頭が痛いのです。姉はあのとおりの性格なので、国に隔離しておきたかったのですが……強さは間違いなく国内一なので、獣人族は逆らえないのです」


心底、申し訳なさそうなエミリア宰相

陛下ではなく『姉』と言い始めたあたり『どうしましょうか?忌憚のない意見を』って意味だろうな


「宰相殿、他国の事ですから余計なお世話で大変失礼な事ですが申し上げる。私ももう巻き込まれているのですよ。王のなんたるかを教育する者は居なかったのですか?」

「言葉もございません」


「なんなのだ?なんの話をしているのだ、お前達は!」


我慢の限界を超えたらしい獣王が騒いでいるが、こっちの方が我慢の限界だ

こんな子供を王にするなんて……俺は馬鹿王子の教育だけで手一杯なんだぞ?


「黙れ!その程度が理解出来ない子供は黙っていろ!その一言で死ぬかもしれない者だっているのだぞ!!」


普通なら、どんな馬鹿でも相手が王ならこんな事は言わない

しかし、いまの状況では言わないといけないんだ


「いいか?先程のやり取りが、下手に周囲に漏れれば大問題だ。特に、私を疎むものには好機だろう。尾ひれをつけて喧伝するだろうさ」


そう、密室でのこんなやり取りは問題ない

黙っていれば分からない事だ

だが、こんな子供では何を言いふらすか心配過ぎる


「グリフォン王国とグルン帝国を裏切ったゼストが画策した策だ。奴らは共謀して侵略するつもりだ……そんな噂がたったらどうします?対処出来ないでしょう?」


よほどの事が起きている事は理解したらしい獣王は大人しい

いや、単に話を全く理解出来ていない可能性もあるな……


「一国の王は、言葉だけで大勢の者を殺す危険があるのです。もう少し……」

「懐かしい言葉だった……先代獣王にも言われた。『その一言で誰かが死ぬかもしれないのだ』と、怒られたものだ」

「ゼスト大公、先に謝っておきます。姉があの顔をしてしまったら、とんでもない事を言います」


嫌な予感しかしないセリフにガッカリする俺だが、アルバートとスゥの反応は早かった

二人ともしっかりと耳を塞いでいる……聞こえませんアピールだ


「決めたぞ!ゼスト大公をグリフォン王国に貰おう!私の夫はこの方しか居ない!!グルン帝国に早速使者を……」

「お姉様、絶対に駄目です!」

「のう、パパ上。最近わらわは耳が遠いのじゃ」

「私も疲れからか耳鳴りが酷くてなぁ」


エミリア宰相が鬼の形相で獣王陛下を叱る中、俺達は黙ってそれを見ているのだった

……まだ話はまとまりそうもないです



「嫌だ!ゼスト大公のような強さと厳しさ。そして頭もいいのだろう?そんな男が他に居るのか!?」

「他国の重鎮であり、既婚者の大公をもらえる筈がありません!問題にしかなりませんよ!」


怒鳴り合いは30分経過しても終わらない

俺達は諦めてお茶の真っ最中だ


「しかし、どこで折り合いをつけようか」

「閣下!いっそ、地図からグリフォン王国を……」

「アルバート、それはさすがにマズイのじゃ」

「アルバート卿は黙っていてください。邪魔です」


妹に邪魔とまで言われたアルバートはしょんぼりしているが、フォローしている暇はない

どこかで獣王陛下に納得してもらわないと、このケンカは終わらないだろうし


「私の代わりに、誰か居ないのか?」

「強さで言えばアルバートなのじゃ。でも、既婚者じゃし……」

「知力で言えば、カタリナ卿やカチュアお嬢様ですが……女性ですし……」


「……居たぞ、独身で私とも戦えて知力も高い人が!!」

「は?そんな者がおったかのう?」

「旦那様、まさか……」


「ラザトニア辺境伯はどうだ?多少年配だが、今は独身だし強いぞ?更に、謀略・陰謀何でも出来るじゃないか!」

「グルン帝国の盾か……確かに問題ないのじゃが、皇帝陛下が絶対に許さないのじゃ」

「婿には無理ですが、夫としては確かに……我が大公家の後ろ盾が……」


スゥが悪い顔で、何やら計算を始めているようだ

確かに獣王と遠縁にでもなれば、獣人族が多い俺の領地ではありがたいが……

このお子様頭脳の王様と関係を持つのは危険なような気もする


「アルバートの息子が、もう少し大きかったらなぁ……」

「!?それです、旦那様!アルバート卿のご子息を将来の婿にしましょう!」

「おお、その手があったのじゃ!」

「……赤子の息子に婚約者ですか?なんという栄誉!!閣下、お礼の言葉もありません!!」


まてまて、お前達の理屈はおかしくないか?

アルバートも息子の婚約者がこんなバカで……いいのだろうな……似たような者同士だし


「しかし、獣人族は赤子で婚約者が決まるというのは、いい事って認識なのか?」

「素晴らしい事ですね。獣人族の男は、それを夢に見る程です」

「女は駄目ですが、男ならば一生自慢できる事です。しかも相手が獣王陛下とは……このアルバート、どのようにお礼を言えばよいのか!!」


「そ、そうなのか。だが決まった訳ではないぞ?獣王陛下が納得しないと……」

「旦那様、頑張ってください」

「パパ上の説得次第なのじゃ」

「感激の踊りを早速踊ります!」


俺の任務が決まったようだ

『アルバートの息子を獣王陛下の婚約者にせよ!逆光源氏計画!』

そのミッションを達成する為に、俺はゆっくりと口喧嘩中の二人に近付くのだった……



「なあ、ゼスト大公。今の妻は辺境伯家の令嬢だそうだな。貴公ならばもっと身分が上の妻が相応しいのではないか?」

「お、お止めください陛下!そのような事は……」


俺の姿を確認しての第一声はそれだった

疲れ果てた顔のエミリア宰相が心底かわいそうである


「私の妻の最低条件は、強い事なのですよ。このアルバートに圧勝出来ない陛下では、ちと不安ですな」

「は?深窓の令嬢が、そんなに強い訳が……」


「黒いドラゴン達が腹を見せながら従っていますよ。それに……アルバート、一対一でお前がベアトと戦ったらどうなる?」

「はっ!闇属性使いの奥様に睨まれたら降伏いたします!」

「そうなのじゃ。闇属性使いは怖いでな。若い頃のラザトニア辺境伯を遠目で見た事があるが、漏らすかと思ったのじゃ。ママ上はその孫で稀代の闇属性使いと言われておる方……戦おうとは思わないのじゃ」


闇の魔力を全開で纏った辺境伯は、完全にホラーである

ベアトも似たような魔力量だしなぁ……光属性で耐性がある俺ぐらいしかまともに戦えないだろうな


「獣王陛下と互角以上に戦えそうな二人が、揃って勝てないと言う妻に勝てますか?無理でしょう。そして、私を非常に評価されていますが……残念ながら人族の私は、今が強さの全盛期でしょう。これからは弱くなる一方です」

「むむむ、しかしだな……貴公程の強さならば、多少歳をとっても問題ないだろう」

「お姉様、奥様が強いという事も納得してください。闇属性使いと正面から戦うのは無謀です」


ベアトの強さを認めたら、婿になれとは言えなくなる

そこはまだ諦めていないようだ


「そこで考えました。アルバートの強さはご理解いただけますね?彼は、修行の末にこの強さを手にした男です。努力型の天才と言えます」

「そこは認めよう。実際に会った強者には、相応の対応をするし嘘は言えない」


さすがは脳ミソ筋肉、話が早い


「ならば……この天才の息子を育ててみたくありませんか?」

「……どういう事だ?」


「彼の息子はまだ赤子。これから成人するまで、我が領地で鍛え上げます。戦士の英才教育ですね。そして成人した暁には……」

「私の婿に……か?」


「獣人族の十代ならば、まだまだ発展途上です。戦いの基礎は叩き込みますから、そこからは獣王陛下が超一流の戦士に相応しい教育をなされば、理想の男になるでしょう」

「と、年下の若い男を自分の好みに育て上げるだと?なんだ、その甘美な響きは……」

「お姉様、よだれを拭いてください」


獣王が食いついてくれればそれでいい

所詮、幼い子の婚約者だからな

『見込みがありませんでしたから、とりやめます』

これで誤魔化してもいいし、他にいい男がいればそっちに犠牲になってもらおう

アルバートの息子が嫌がる可能性も……いや、若い男がこの外見は美女の獣王陛下を見たら惚れるだろうな

ましてや、獣人族にとって獣王は憧れの存在らしいし


「では、そのように手配いたしましょう。それでよろしいですね?エミリア宰相」

「お手数をおかけしますが、お願いします。それ以外では獣王陛下が納得しないでしょうし」

「戦いの天才児……年下の……自分の好みに……若い男を……」


虚空を見詰めてトリップしているエレノーラ獣王陛下はほっといていいだろう

宰相殿が納得してくれたので、一件落着だな

面倒だったが、これで一安心だ

一息つけると思った俺に、こんな知らせが届くまではそう思っていたのだ


「緊急事態です!エルフの国のハインツ宰相殿が、ゼスト閣下とカチュアお嬢様が帝国を裏切り、獣王陛下と共謀してエルフの国の王権の簒奪を企んでいると騒いでおります!」


部屋に飛び込んできたメディアの言葉に、俺達は固まるしか出来なかった

このタイミングでそうきたか……やってくれるよ、あの野郎


肩で息をするメディアの荒い呼吸だけが響いている部屋

その硬直を解き放ったのは、諜報部隊のターセルだった


「閣下。今までの工作が功を奏したようで、ハインツ宰相殿の言葉をエルフ達は鵜呑みにはしておりません。早急に大広間で皆に声明を出すべきかと」

「分かった。大広間に急ぐぞ」


こうして、急ぎ足で大広間に向かう俺達

エルフの国で起きた一連の騒ぎの決着がつくのは、この後すぐの事だった

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