153 獣王陛下と後始末
「この度は本当に失礼な事を申し上げました。心より、謝罪いたします」
久しぶりに全力謝罪である
一国の王様に『馬鹿女』発言だし、言い訳のしようもない
下手すれば開戦すらあり得る問題発言だ
あのエルフの最強とやらがクレーターの染みになった後、俺達は部屋を一室用意して会談していた
さすがに獣人の国の王、獣王陛下をそのままにはしておけない
「ん?あれは宴会の余興だろ?なら、罪は問わないのは当然ではないか」
「獣王陛下、それは獣人の国だからこその考え方でございます」
青い髪をつまらなそうにいじっている獣王のお姉さん
外見は20代後半くらいで背の高いモデル体型の美女だが、騙されてはいけない
あの細腕で大斧を振り回す化け物だ
「他国では礼儀や作法が重視されるのです。殴り合って分かり合うなどあり得ません」
獣王陛下に説教をしているのは、結婚祝賀の使者としてやってきている女性
陛下と同じ青い髪を短く切り揃えたボーイッシュな女性だな
胸はあるから、女性だと思う
「だから私は反対したのです。獣王陛下が同行されれば、こうなる事は明白でしたから。本当に、幾つになっても成長するのは身体ばかりで……もう少し王の威厳というモノをですね……」
「よいよい、考えるのはお前に任せてある。それよりもゼスト!戦いをしようではないか!」
「残念ながら、獣王陛下を相手に戦うなど畏れ多い事。しかも私は結婚式の最中ですので、ご期待にはお応え出来かねます」
目に見えてつまらなそうに椅子に寄りかかる獣王のお姉さん
……普通に考えて無理でしょうよ
「よろしいですか、陛下。これが通常の対応です。我が国が異常なのですよ?会議室とはこのような椅子と机がある部屋なのです。石の舞台の上で戦うのを会議とは呼びません」
「グダグダと話などしていたら、我が国では何も決まらんぞ?」
「だから、それが異常なんだと……」
……俺、その国には絶対に行きたくない
要はアルバートとか黒騎士みたいなのばっかりの国なんだろ?
突っ込みきれない未来が簡単に想像出来るよ
短髪のお姉さんが説教するのを見守りながら、絶対に行きたくない……でも、行く事になるんだろうと投げやりに思っている俺だった
「取り乱して申し訳ありませんでした。ゼスト大公。改めてご挨拶いたしますね。私は獣人の国、グリフォン王国の宰相をしております、エミリアと申します……そして」
説教が終わった彼女、エミリアが背筋を伸ばして言った
「こちらが、我らが獣王陛下。エレノーラ陛下です」
「エレノーラで構わん。今更、名前などどうでもいいわ……せっかくの熱い戦いの好機だったのになぁ」
ドヤ顔で紹介したのだが、獣王エレノーラ様はご機嫌斜めである
ダランと椅子に座った姿には威厳のカケラもない
「グルン帝国大公、筆頭宮廷魔導士ゼスト=ガイウス=ターミナルです。と、改めての挨拶はこのくらいで。お茶の準備をさせてもよろしいですか?お二人とも喉を潤してください」
チラッと目で合図をすると、スゥがお辞儀をしながら挨拶をする
「ターミナル大公家の家令、スゥでございます。私が準備をさせていただきます」
仮にも王様が相手では勝手にお茶なんて用意出来ない
断りを入れないとマズイだろうな……まあ、この陛下は好きにしろって言いそうだけどさ
「任せる」
「御意」
予想通り答えを聞いて、スゥが全員にお茶を用意した
エミリア宰相がスゥの手元をじっと監視していたが、当然の事だから怒らない
毒殺等を警戒するのは当たり前の事だろう
テーブルに用意された三つのカップを、陛下が最初に選び手元に引き寄せる
続いてエミリア宰相が引き寄せて、俺が残りの一つを手に取った
俺が一口飲んだのを確認してから、それぞれ飲み始める
「噂通り、獣人を家令にしているのか。人族は我々を下に見ていると聞いたが、いいのか?貴族の……しかも大公という重鎮がそんな真似をしても」
「これは陛下のお言葉とは思えませんな。エミリア殿は宰相でいらっしゃる。ならば、家令が居たとしても何ら疑問はないのでは?」
「ふふ、エミリアは私の妹だからな。信頼もする。だが、ゼストとスゥは血の繋がりはないのであろう?それでも信頼出来ると言うのか?」
「彼女は優秀な女性です。種族が違うと言うのは、個性でしょう。そして、血は繋がっていなくとも、彼女以上に信頼出来る家令は居ません」
「はい。この命尽きるまで……いえ、我が命が尽きても、一族の者が旦那様に従います」
そう言って頭を下げるスゥを、キラキラした目で獣王陛下が見ているとき
バンッと大きな音をたててドアが開かれる
「閣下、このアルバートが足止めをいたします!私も一緒で構いません、討ち取ってください!」
「パパ上、このカチュアとっておきの極大魔法をぶち込んでやるのじゃ!」
血走った目で乱入してきた二人は固まっている
そうなるだろうさ、仲良くお茶の真っ最中だからな
獣王陛下、ニヤニヤしながら斧を担がないでください
「足止めを……」
「極大魔法をじゃなぁ……」
「お前達、そこに座れ。正座だぞ」
カップをテーブルに置いた俺は立ち上がる
二人が開けっ放しのドアから、廊下に倒れている獣人達が見えたからだ
お前達、殺してないだろうな?大丈夫だよな?
……本日二回目の謝罪……土下座謝罪の為にである
「ははは、よいよい。主を心配してきた部下を咎めはしない。獣王として当たり前の事だし、獣人としてその行動は当然だ。むしろ誉めてやろう」
「獣王陛下、お願いですから斧はしまってください。死人は出ませんでしたから、お許しになるのは分かります。ですが、そこから戦いになるのはおかしいです」
早く戦えと言いたげな獣王エレノーラ陛下だが、宰相殿が真顔で叱る
妹さん、苦労してるな……凄く親近感を感じるよ
「エミリア宰相、すまんのじゃ。わらわも久しぶりじゃったから、獣王殿の魔力を忘れておったのじゃ」
「カチュア殿、お止めください!昔のようにエミリアで結構です。あなたにそんな真似をさせては、亡くなった先王に叱られます」
「そう言ってもらえれば、少しは気持ちが楽になるのじゃ。小さかった二人が立派になって……あのやんちゃ坊主が早死にした事は残念じゃったが、その娘がこんなに立派になって……」
「幼い頃、父王に連れられて来たエルフの国での出来事は覚えております。息を引き取るとき、『もう一度、カチュア殿と戦いたかった』そう、申しておりました」
「ふふふ、あ奴らしいのじゃ。ケンカ友達も飲み友達も……どいつもこいつも先にいくのじゃ」
「カチュア殿……」
しんみりといい話をして、涙を流してる雰囲気だがな
お前らの会話はおかしいだろ?
やんちゃ坊主のケンカ友達って、先代獣王と知り合いなのかよ
ババア、顔が広すぎてたまげるわ
「思い出した!先代が『あれは死ぬかと思った!エルフの国なぞ制圧可能かと思ったが、あのババアが生きてる間は無理』って言ってた、あのカチュアか!もうババアで全盛期の力はないかと思っていたが……随分と若い格好だな」
「……ババア?」
「陛下、それは内々の話で外部に話す内容では……」
「宰相殿、カチュアお嬢様の額に青筋が出ております。危険ですから離れてください」
ゆらりと立ち上がったカチュアが魔力を纏う
それを見た獣王は、満面の笑みで斧を構えた
珍しく気をきかせたアルバートが宰相殿を担いで避難した……うん、いい判断だな
「ほほほほ、獣王殿。わらわに尻を叩かれて『カチュアお姉ちゃんごめんなさい』と泣いていたのを、お忘れのようなのじゃ」
「エレノーラで構わんさ、数百歳のお姉ちゃん。知ってるだろう?獣王の考え方は変わってない。グリフォン王国相手に、口先で何とかしようとしても無駄だ。黙らせたいなら……な?」
「ほほほほ!」
「はははは!」
ピシピシと床の石畳みにヒビが入る程の魔力の応酬
このまま始まったら、間違いなく結婚式どころではなくなるだろう
ふふ……俺はこんなに我慢してるのに……娘の結婚式だからと我慢してるのに……この馬鹿共は!
もう我慢しなくていいよね?獣人は脳ミソ筋肉みたいだし……
「スゥ、ちょっと行ってくるぞ」
「……お手柔らかに」
よし、スゥの許可は出たようだ
あとは宰相殿に根回しすれば大丈夫だな
「なあ、宰相殿。あそこに居るのは獣王陛下ではないだろう?獣王陛下の名前を自称する女性兵士ではないか?」
「は?ゼスト大公、なにを……」
「あなたは使者としてエルフの国が発行した割符をお持ちだろう?ならば宰相殿というのも間違いないだろう。だが、先程の砂煙の影響で目がよく見えん……近くで確認しないと獣王陛下かどうかはハッキリしないのではないか?」
黙って俺の目を見ながら考え込む宰相殿
いろんな計算の末、彼女はこう答えた
「あの自称獣王陛下を無傷で止められますか?近くでお顔を拝見しないと真偽が判明しません。このような流れでよろしい……」
「お任せを。少し仕置きは必要でしょうな……獣王陛下には無礼は出来ませんとも。彼女は自称獣王陛下ですからなぁ」
「宰相殿、あの目の閣下は危険です。私の背後に隠れてください」
宰相殿がアルバートの背中に隠れたのを確認して、魔力を全開にする
さっきの様子見ではなく、正真正銘の全開だ
「なっ!?なんだこのふざけた魔力は!!」
「あ、ちっ!違うのじゃ、パパ上!これは違うのじゃ!!」
二人がこちらを振り返ったときには、もう遅い
俺はもう目の前まで接近している……このスピードに付いてきたのは師匠とアルバートだけだ
魔力強化した両手で、二人の顔面をガッチリとつかむ
ドラゴン達が腹を見せて謝る、俺の自慢のアイアンクローである
「自称獣王陛下。宰相殿が本物かどうか分からないそうです。少し大人しくしないと、この手に力が入りますよ?それに、カチュア。お前はエルフの国の筆頭宮廷魔導士ではなく、私の娘になったのだぞ?もう少し自分の立場を考えろ」
「エミリア!お、お姉ちゃん死んじゃうから!謝るから!大人しくするから本物だって言って!!」
「パパ上!目、目が飛び出るのじゃ!ごめんなさいなのじゃ!!」
「いやぁ、さっきの轟音と今の二人の魔力のぶつかり合いで耳が聞こえにくくてなぁ……なんだって?」
「ゼスト大公、分かった!戦わない!!」
「カチュアはパパ上のかわいい娘になりますのじゃ!!」
「宰相殿、アルバート、聞こえたか?」
「え!?あの……」
「はっ!聞こえませんでした!」
「やはりか……どうも耳の調子が悪いなぁ」
「「ぎゃあああああああああああ」」
ミシミシという音が部屋に響く中、二人の泣きながら謝る声はその後三十分間続くのだった
完徹二日目の人間って、凶暴性が増すんだなぁ
そんな事を思いながら……こめかみをつかむ手に力を込めるのだった