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異世界人の手引き書  作者: たっくるん
第三章 調停者
153/218

152 王妃様の思惑

「そうやく一日が終わったのか?」

「そのようですね。この部屋は控えの間に近いのでしょうか、深夜はここで過ごすようですね」


若ボケ達の相手から始まり、殺人的なスケジュールの一日がようやく終わる

後半は何をしていたのか記憶が曖昧なレベルだ


「パパ上、この部屋は仮眠室みたいなものなのじゃ。気楽に過ごして体力を回復するのじゃ」


豪華なベンチのような長椅子に、下着一枚で寝転ぶカチュア

残念ながらと言うべきか、安心したと言うべきか……色気は全く無い


「さすがに徹夜状態では進まないようで安心したが……新郎新婦も一緒なのはどういう事なんだ?」


部屋の反対側の長椅子には、ツバキとマルス王子がそれぞれ死んだ目で寝転んでいた


「旦那様?初夜前に男女が一緒に寝るのは問題がありますから、当然の配慮かと。それと、嫁入り前の女性をそんなに見るのは失礼ですよ?」


そんな解説をするスゥだが、彼女も寝転んでいる

……さすがにそうしないと死ぬだろうな


「見るなと言われても、近くで寝ていれば見えるだろうが。それにカチュアは娘だから構わないだろう」

「見られたくなかったら何か着るのじゃ。今はそんな事より、楽な格好で休みたいのじゃ」


だからと言って、足を開くな足を

お前、女の子なんだろ?自称だけどさ


「それで、明日はどんな予定なんだ?」

「はい。王妃様と交代して、兵士達や街の有力者達の対応ですね。もうすぐこちらにいらっしゃる王妃様と情報交換をして……」


そこまで言ったとき、ドアが開けられる

この部屋は親族以外は立ち入り禁止だから、入ってくる者は限られる


「はぁ……やはりこの歳で結婚式は大変だわぁ。ああ、そんな立ち上がらなくていいわよ。結婚式期間中に身内同士で礼儀がどうのこうの言ってたら、エルフでも倒れちゃうわ」


そう言って銀髪の色っぽいエルフは豪華な装飾のドレスを脱ぎ始める

薄い肌着だけになると、俺の向かいにある長椅子に寝転ぶ


「驚いた?これがエルフ式の顔合わせなの。身内になるのに形式上の挨拶なんて無駄よ。こんな極限状態で会った方が、その人の本心が見れるでしょう?ま、昔からの受け売りだけど」

「……なら、それに従いましょう。ツバキの養父ゼストです。カチュアの養父でもありますね」


「ふふ、まだそんな口調なのね。まあ、慣れるまで待つわよ。私はあの馬鹿息子の母よ。名前はエリーシア……普段は王妃様って呼んでね」

「普段は……ですか。今はエリーシア殿と呼べって事ですか?」


「殿も要らないわよ。この部屋には身内しか居ないのに……あんまり生真面目だとハゲるわよ?」


口を押えてクスクス笑う彼女

身長は170cmくらいの長身で、モデル体型の美女だ

なるほどな……これは宰相が惚れるのも分かるよ


「まさかカチュアがあなたの娘になるなんてね。つまり、あなたは信用出来るって事なのでしょうね」

「ああ、エリーシアか。信用してよいのじゃ。パパ上にお話ししておくのじゃ」


腹を丸出しのカチュアが顔だけこちらに向けて言っている

お前なぁ……せめて足を閉じろよババァ


「そう。あのね、ゼスト。宰相派をまとめるのは先王の策なのよ。馬鹿王子が跡を継いだら間違いなくもめると思って、私が一芝居する事になったのよ」

「ほほう。随分と思い切りましたね」


「ふふ、私をいきなり信用しろなんて言わないわ。この結婚式の期間中に見極めてちょうだいな。ただ、これは覚えておいて。私もあなたに協力するわよ。マルスを跡取りにしたいって思惑は一緒だし」

「今はその言葉だけいただいておきますよ。とりあえずは結婚式に集中したいのは同意です」


「本当に用心深いのね。まあいいわよ。そうだ、それで面会の引き継ぎの件だけど……」

「スゥ、頼むぞ」

「お任せください、旦那様」


さて……この王妃の言葉がどこまで本当なのか

諜報部隊に動いてもらうか……そんな事を思いながらも打ち合わせは続く

途中からスゥに丸投げして、俺は全員の治療係になったのは言うまでもない

この手の仕事はスゥに任せておけば間違いないからな


『あなたが家令!?勿体ないわ!うちの国で働かない?第二婦人とか興味ないかしら?』

そんな王妃の引き抜きを断りながら、彼女達の打ち合わせは続いている

スゥをチラ見していたマルスは、治療魔法で復活したツバキのアイアンクローで唸っていた

お前も懲りないな……


「……と。これで全部ね。あなた本当に察しがいいわね」

「ありがとうございます。ですが、私の主は旦那様だけですので」

「エリーシア、あまり誘うとパパ上の敵になるのじゃ。その辺にしておくのじゃ」


力関係はカチュアの方が強いのかな?

聞かなければよかったのだが、俺は好奇心に負けてしまったのだ


「エリーシア殿を呼び捨てとは、カチュアはどういった関係なのだ?」

「ああ、カチュアは私の教育係をしていたのよ。子供の頃から頭が上がらないのよね」

「エリーシアのおしめを替えた事もあるのじゃ。懐かしいのぅ……あの頃は高位エルフの女の子が少なかった時代でのぅ。産まれたときから婚約者になる事が決まっていたエリーシアを、立派な王妃にするべく……」


年寄りの話は長いのだ……エンジンがかかったカチュアは止まらない

こうして徹夜で昔話を聞かされて、結婚式の二日目が始まったのだった……



「嬉しく思うぞ」

「精霊のお導きであろう」

「神に感謝の祈りを」


基本的にはこの三つしか喋らない簡単なお仕事だ

な?本当に簡単だろ?

……これを疲れた頭で、つまらない話を聞きながら笑顔でやり遂げる事が出来ればな


「スゥ、顔の筋肉って痙攣するものなのだな」

「旦那様、笑顔です。気合で笑うのです」


なんだその理屈は……精神論にも限度があるわ

アルバートが紛れ込んだのかと思って振り返るが、そこに居たのはスゥだ

彼女もかなり疲れているのだろう


「スゥ、手を握れ」

「……は?」


驚く彼女の手を無理矢理握って、治療魔法をかけてやる

俺は自分で治療出来るから身体の疲れはほとんどない

だが、彼女はそうじゃないのだ


「お前が倒れたら、ドラゴン達に事故を起こしてもらってうやむやにするしかないのだ。もう少し耐えてくれ」

「ありがとうございます、旦那様。ですが、事故を起こしてうやむやにとは……いい手段かもしれませんね」


いっそ、この国はなくなってもいいんじゃないか?

そんな危険な思考回路になってきた頃に、それは現れたのだった


「はんっ!こんな女とコソコソといちゃついてるような男が、帝国最強だぁ?なら、俺は大陸最強の戦士だぜ!」


必死に止める周囲の兵士を軽く突き飛ばしながらやって来る男

身長は190cmは余裕でありそうな筋肉ダルマだ


「ヒック……なあ、帝国の剣様よう。あんた強いんだろう?俺もエルフの国では最強と言われてるんだよ……宰相の腰巾着になったカリスなんかよりもな」


ほう、カリス将軍を呼び捨てか

それにこの魔力と威圧感は……まんざら嘘でもないな


「や、やめてください!マズイですよ、いくら飲んでるからって言ってもマズイです」

「誰か将軍を止めろ!!」

「飲まなきゃいい人なのに……」


周りの兵士達は遠巻きに見ているだけで手が出せない

まあ、無理だろうな……普通に勝てる訳がない程の戦闘力の差だ


「お前達を罪には問わないさ。兵舎の宴会だし……この程度の事でガタガタ騒ぐ程、細かい男じゃないからな」

「旦那様、顔が素晴らしい笑顔ですね」


それは仕方ないさ

ようやく息抜きが出来るイベントなんだ

たっぷりと時間をかけて、他の面会予定をすっ飛ばしてやる


「エルフの国では知られていないだろうが……私は元々、ある領地の騎士団長の養子でな。昔は毎日のようにこんな騒ぎがあったものだ。気にしないぞ、安心しろ」


ニッコリと笑いながら言えば、安堵の空気が周囲に満ちる

そりゃそうだろう

他国の要人にケンカを吹っ掛けるなんて、よくて死刑だ

最悪、関係者全員プラス家族が死刑である


「だがな……こんな事を起こす奴は口で言っても聞かないだろう?なら、どうするか分かるよな?」


いきなり全力の魔力を見せたら、ビビって『あ、止めます』って言われかねない

ここは軽めに魔力を見せて煽る事にする


「さあ、宴会の余興だから罪には問わない。このゼスト、この場で誓おう。だから安心して……」


ドゴオオオンっという轟音が、俺のセリフを止める

さっきの絡んできた将軍が居た場所に煙が上がっていた


表情を引き締めた戦乙女部隊が俺の周囲に集まった

彼女達も気が付いたようだな……あの煙の中に化け物クラスの奴が居る事に

酔っ払い相手ではメイドの仕事をしていたのに、血相を変えて集まったもんな


「お前達は離れていろ。スゥの事を頼む」


その言葉に黙って頷いた彼女達は、スゥを中心に円陣を組んで下がる

それを確認して、俺は魔力強化を全開にして身構える


「ふはははは、素晴らしい魔力!最強を名乗るなら、こうでなくては嘘だな!」


煙の中から出てきたのは、巨大な斧を担いだ長い真っ青な髪

女性の獣人だ……犬獣人だろう

細かい傷がたくさんある皮鎧を纏った、いかにも戦士って見た目だな


「宴会の余興なんだろう?さあ、私と遊んでくれ!ゼスト!」


好戦的な笑みでそう言うと、長い髪を紐で乱暴に結んでいる

……世界は広いな……こんなに強い奴がまだ居たのか


「ああ、いいとも。名前を聞いておこうか」


戦乙女が持ってきた俺の剣を抜いて構える

このやり取りをしている間に避難は済んで、十分な広さが確保出来た

多少暴れても被害は少ないだろう


「ああ、名乗っていなかったか。なぁに、生き死にの決闘じゃないんだ。通りすがりの獣人でいいだろ?気楽にいこうぜ」


刃の部分だけでも自分より大きいその斧を、片手で軽々と振り回しながらそう告げる

まあ、殺す気が無いっていうのは殺気もないし本当か?

なんか、本当に遊んで欲しい子供ってイメージの女だな


「お前、本当に戦いたいだけの馬鹿女なのか……まあ、いい。どちらにしろ、このままじゃ収まらんだろうし、その鼻をへし折ってやる」


決まったな

剣を相手に向けて、カッコイイセリフが決まった

我ながら久々に会心の流れだ


余韻に浸る俺の耳に、その言葉が入るまでは……最高の気分だったのだ


「獣王様、こんなところで何をなさっているのですか!?結婚式のお祝いは明日ですよ?」

「おとなしくしているとの約束で連れて来たらこれですか……」

「おーい、獣王陛下が居たぞー!こっちだー!」


決めポーズのまま思う


獣人の王国の……獣王陛下って女性だったんですね

獣王陛下に馬鹿女って言ったんですが、宴会の余興って事で勘弁してください

彼女がキラキラ光っているように見える俺は、心からそう思っていた


「旦那様、涙を拭いてください。みっともありません」


スゥ、トドメを刺すのはやめてください……

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