151 エルフ式の結婚式
「……で、ありますから……あー、この結婚は様々な苦難を乗り越え……」
この下手くそな来賓挨拶のような事を喋っているのは、ただの警備兵である
俺はまだ会場に到着すらしていないのだ
「……このように、心からお喜び申し上げます」
「ああ、その気持ちありがたく受け取るぞ」
深く頭を下げて部屋から出ていくエルフの警備兵
名前を聞いた筈だが、俺の頭には残っていない
「なぁ、スゥよ。ここは控室だよな?結婚式の始まりを待つ、控室だよな?」
「その通りです、旦那様。エルフの結婚式が十日間も行われるのも納得ですね。彼等は礼儀正しいのですね……度を過ぎて……」
そうなのだ……度が過ぎるのだ
控室に到着すると、部屋のお世話係責任者の挨拶から始まり、ようやく最後の警備の兵士が挨拶を終えたところである
「彼等はこのような慶事には気合が入るとは聞いていたが、ここまでとはな」
「私も驚きました。カチュアお嬢様にエルフ版の手引き書を作ってもらった方がいいかもしれませんね」
「そういえば、カチュアはどうしているのだ?」
「別室で準備をしておりますよ。女には支度がありますから。旦那様のように軍服に着替えて終わりではないのです」
それもそうだ、男と女じゃ違うだろうし……その支度に付き合わなくて済むなら助かるよ
どうして女は準備にあんなに時間がかかるのだろうか?
その謎を解明出来たら、ノーベル賞が取れるだろうな
「旦那様、その顔は奥様やお嬢様の前ではしないでくださいね。バレバレです。男と女は違う時間の流れの中に住んでいるのです。そう考えればご納得いただけるかと」
「……時間の流れが違うなら仕方ないな」
納得するような、しないような説明だった
しかし、そう考えれば少しは理解出来るな……服を選ぶだけなのに三時間とか、俺には拷問だったぞ
「失礼いたします。グルン帝国特命全権大使・筆頭宮廷魔導士ゼスト=ガイウス=ターミナル大公閣下。新郎新婦の準備が整いました。会場にお越しくださいませ」
ほとんど早口言葉のような俺の肩書を、サラッと一気に言えるとはな
このメイドはなかなかの……って、お前、女装部隊じゃないか!?
「万が一に備えて潜り込ませてあります。閣下とカチュアお嬢様の周囲は、配下の者で固めました。ツバキお嬢様は王族扱いになるので、どうしても……」
「それは仕方ないだろうな。逆に俺の周辺に、よくそれだけ用意出来たな」
「閣下の周囲には美人で武勇に優れるものしか配置出来ないとゴリ押ししました。それが出来ないと、式の最中にドラゴン達が遊びに来てしまうかもしれないと」
「……俺の美人好き設定は、これ以上広げない方向でだなぁ……」
「それに、会場にはエルフの国幹部が勢揃いですからね。邪魔な者を排除するいい機会です」
「それは状況を見ながら対応しよう。なるべくツバキの結婚式にキズはつけたくないからな」
「承知しております。ひっそりと始末いたしますので、ご心配なく」
「メディアとターセルか?程々にな」
俺の配下の中で、そんな裏の仕事は二人に任せっきりだからな
今度、何か褒美を出さないと……
「かしこまりました。では、旦那様。会場に向かいましょう」
こうして、悪夢のような結婚式は始まったのだった
「他種族の血が入るという事は、非常に喜ばしい事です。それが精霊化を成し遂げた閣下の養女となれば、余計に素晴らしいですなぁ」
「そうか」
「四百年生きてきた中で、これ程嬉しい事はありませんでしたぞ」
「うむ」
長老達の挨拶の行列が、長々と続いている
俺の返事が適当なのは勘弁して欲しい
これには理由があるのだから
「では、失礼いたします。本当におめでとうございます」
「ああ、貴公の言葉、ありがたく思うぞ」
外見は二十代の若者にしか見えない彼が、頭を下げて帰っていく
あれで長老なんだから、エルフの長命っぷりは恐ろしいな
そして、もう一つ恐ろしい事があるのだ
「さっきから、同じ人物と繰り返し挨拶しているような気がするのだが……次は銀髪の痩せ型で『ですのぅ』が口癖の女性のような気がするんだが?」
「閣下もですか?実は私もそう思います」
スゥと小声で相談していると、順番待ちの列から次の者が現れる
「本日はおめでとうございます。喜ばしい事ですのぅ……最近はエルフ同士だと子供がほとんど出来ませんでのぅ。何故、そんな事を知っているかと言いますと」
「産婆なのだろう?その胸は取り上げた子供達に夢と希望を与えたら減ってしまったのだろう?」
「おお、よくご存じで。はて?どこかでお会いしましたかのぅ?」
ビンゴだな……これは間違いないだろうな
「スゥ、こ奴等はボケているのではないか?」
「間違いないでしょう。出席者は宰相殿が手配した筈ですから、地味な嫌がらせかと」
結婚式が開始して三時間
俺はボケ老人達の相手を延々としていたのか……地味だが被害は甚大だぞ!
「頭がおかしくなりそうだ……何とか出来ないか?」
「そう申されましても……仮にも長老ですし、あまり失礼な対応は宰相に口実を与えてしまいます」
くそっ!なかなか厄介な罠じゃないか……地味だけどな
十日間続く結婚式の開幕からこれでは、後半にミスをしかねない
やってくれるよ、宰相殿
「だが、このままでは俺の精神力がゴリゴリ減っていくぞ?」
「間もなくカチュアお嬢様がいらっしゃる筈です。あの方にお任せしましょう」
それしかないだろうな……諦めて彼女の登場を待つしかない
濃い目の紅茶を飲んで、それまで何とか耐えていよう
そう、心に決めた俺だった
「パパ上、どうじゃ?この衣装は。久しぶりじゃが、かわいいかのぅ?」
そろそろ限界の俺に、女神のような声が聞こえた
助かった……後は服を褒めた後、こいつらの対応を丸投げしよう
そう思って声の方向を振り返る
「ああ、カチュア。よく……にあ……ってるぞ?」
言葉に詰まってしまったのは仕方がないだろう
あのババアは、とんでもない格好で現れたのだ
「そうじゃろう、そうじゃろう。パパ上も気に入ったのじゃな?これは冷蔵庫の主人が好きだった衣装なのじゃ。『魔法少女』とか言っていたのぅ」
ピンクのミニスカートで、ヒラヒラ装備
ご丁寧にニーソまで着けて完全武装だ
「懐かしいのじゃ。わらわのこの格好を見て大喜びしていたあの男が死んで、もう数百年……昨日の事のように思い出すのじゃ」
「あ、あの異世界人と知り合いだったのか?」
「知り合いどころか、わらわとあの男。そして冷蔵庫で旅をしておったのじゃ。あの頃はわらわも若かったから、着替えを覗かれて魔法を打ち込んだりしたものじゃ。懐かしいのぅ」
俺の膝の上に座り、ウンウン頷くババア
じゃあ、それは大昔の衣装か?それにしては綺麗だが……
「ん?パパ上。そんなに気になるのかのぅ?これは新しく作らせたから、色違いもすぐに作れるぞよ?何色がお好みなのじゃ?」
「あ、ああ。ピンクでいい……じゃなくて、そんな大事な事は早く教えて欲しかったな。そうか、だからガーベラ殿の言葉に逆らえないと言ったのか」
「隠すつもりはなかったが、言い出すきっかけがなかったのじゃ。あ奴がわらわに頼みなど初めてだったのじゃ」
「まあ、後で詳しく聞こう……だが、今はこれを何とか出来ないか?」
そう言って、長蛇の列を顎で示す
カチュアはそちらを見ると、ため息をつきながら言ったのだった
「この若ボケ共!はよう家に帰って、木の年輪でも数えておれ!!誰じゃ、この隠居共を連れてきたのは!さっさと連れて帰らせるのじゃ!」
カチュアに怒鳴られたエルフのメイド達が一斉に動き出す
こっちの様子を見ていたマルス王子は、顔を背けてプルプル震えていた
野郎、笑ってるな?他人事だと思って、気楽なものだな……後で、アルバートと訓練だな
「助かったぞ、カチュア。同じ挨拶を延々と聞くのは、精神的に危ないところだった」
「パパ上は律儀過ぎるのじゃ。大公なのじゃから、もう少し尊大でも構わないのじゃ」
膝の上に座り直したカチュアは、早速料理を食べ始める
俺のテーブルには、様々な料理が並べられているからな
絶対に一回の食事の量じゃない
「と、いう事は……途中で退席しても大丈夫なのか?」
「パパ上は、十日間もずっと座りっぱなしで居るつもりでおったのか?そんな事をしたら、尻が割れるのじゃ」
尻は最初から割れているだろうが
これはエルフギャグなのか?それとも、エルフの尻は割れていないのか?
確かめる方法はないな……養女に尻を見せてくれとか言ったら、ベアトに殺されるだろう
「そ、そうだよな。おかしいとは思ったのだがな」
「新郎新婦のお色直しの間は自由なのじゃ。その間に休憩しないと大変なのじゃ」
……待て、それ以外はどうなるんだ?
「まあ、今回は人族の新婦じゃから短くて楽なのじゃ。エルフ同士なら一ヵ月は結婚式をするのじゃ」
「なぁ、カチュア。それ以外の時間は、ここに座っていないと駄目なのか?」
「当然なのじゃ。今日は親族とエルフの国の身内だけ。明日から各国の来賓用の式なのじゃ。まだまだ先は長いのじゃ」
「待て待て、ぶっ通しで参加するのは本人達と親族だけなのか?」
何を当たり前の事をと笑いながら、カチュアは追撃してきた
「それが理由で異種族との結婚が少なくて困っておったのじゃ。パパ上なら治療魔法を使いながら参加出来るから、助かったのじゃ!それに……」
「まだ何かあるのか?」
「今回は王族の結婚式だから、兵舎でも祝いの式典があるのじゃ。今は王妃様が主賓で対応しておるから、後で交代するのじゃ。夜は舞踏会も始まるから、そっちにも行くのじゃ。ああ、役人達の宴もあるのう……後は街の顔役達や、有力者が集まる会合もなのじゃ。いやぁ、人族でもパパ上なら安心なのじゃ。エルフでも疲労でたまに死人が出るから心配しておったが……パパ上?どうしたのじゃ?」
まさに疲労宴ですね、分かります
何故、馬鹿エルフ達は一気にまとめてイベントを行うんだ……
痛む頭を押さえながら、俺はかなり真面目に思った
これは、本当に死ぬかもしれないと……