148 ウィスの肩書
「それで、ガーベラ殿。精霊のお姫様?とは、いったいどんなものなのだ?」
ソファーに座った俺達は、冷蔵庫からプリンを取り出して座っている
食ってる場合じゃないんだが……食わないでガーベラがへそを曲げても困るしな
とりあえず、一口食べてから聞いてみる
「うふふ。精霊のお姫様は、光属性と闇属性の両方を使えるの!側に居ると、とっても気持ちいいの!」
チルド室のフタをカタカタと揺らしながら、冷蔵庫が胸を張る
……いや、どこが胸だかは分からないけどさ
「それで、お姫様になると……何か制約や制限のようなものはあるのか?」
「そんなものはないの!精霊のみんなが大好きで、大事にしたい子って意味なの」
ああ、それなら大歓迎です
変に婚約者が決まったり、儀式があったりする訳ではないらしい
「そうか。なら、普通に暮らしていればいいのかな?」
「そうなの。精霊達が遊びに行ったら、遊んでくれれば凄く嬉しいの!」
「それくらいならば大丈夫だろう。領地にも伝えておこう」
「お願いするの。早く会いたいの!」
ガラガラと製氷全開ではしゃいでいるらしいガーベラ
……製氷って涙って言ってなかったか?もう、突っ込む気にはなれないが
「話は分かった。しかし、その為だけにこの国に?」
「結婚式に呼ばれたから、ちょうどよかったの。ゼストの養女の結婚式だから断れないの」
お代わりのプリンを製造しながら冷蔵庫が言った
ツバキの好みにストライクだったようで、食べる勢いが凄まじい
「ああ、それともう一つあるの」
「……精霊のお姫様以上には驚かない内容なんだろうな?」
バタンとドアを閉めた冷蔵庫が言った言葉は、さっき以上の破壊力を持っていた
「ウィステリアを教国として、精霊の巫女に認定するの。これであの子の敵は教国の敵になるの!安心なの!」
「……それ、断れないよな?」
こうして、皇帝陛下の心労の種がまた一つ増えたのだった
今回は俺のせいじゃないから、陛下には諦めてもらおう
「旦那様、お帰りなさいませ。帰って早々に教国の後ろ盾を確約させるとは……帝国相手に戦争でもなさるおつもりですか?」
「スゥ、あれは私の思惑では……」
冷蔵庫が爆弾発言をするだけして帰った後、執務室で今後の予定を話し合っている
ツバキと王子は『話が大き過ぎて怖いので、帰ります』と、出ていった
そうだろうけどさ……面倒事は丸投げかよ
「ならば、速やかに帝都に知らせを書くべきです。精霊のお姫様だけでも大事です。そこに教国の『精霊の巫女』認定ですよ?教典にある伝説の聖女様以来、初めての事態です。アルバート卿を使者にして皇帝陛下にお知らせしないと、余計な面倒が増えます」
「そ、そんなに大事だったのか……宗教の勉強が足りなかったな」
真剣な表情で訴えるスゥを見て、改めて事のヤバさを認識した
この世界の宗教はライラック聖教国の教えだけだ
唯一の宗教の教典にある聖女様と同じ扱いとか、考えただけでゾッとする
「もしかして、とんでもない事なんじゃないか?」
「もしかしなくても、とんでもない事です」
「そうだよな……帝国内で一大勢力の自覚はあるが、そこにエルフの国が加わって喜んでいたが……」
「教国までしっかりと味方になったのです。これでは帝国に所属する必要性がないと言い始める者も出てくるでしょうね。そして、これまで以上に旦那様にすり寄る貴族は増えます。ウィスお嬢様は、婚約を申し込む者で長蛇の列が出来ますよ?」
「ウィスと結婚したいなら、私を倒せる事が条件だな。絶対に認めないぞ!」
「旦那様、娘に嫌われるセリフの優勝候補です。お気を付けください」
紅茶を用意しながらスゥにズバッと言われた
そうか、嫌われるのか……内緒で挑戦者を倒す事にしよう
「嫌われないようにするさ。で、陛下に報告した後はどうする?」
「領地のカタリナ卿と辺境伯家にも同様に。色々と準備が必要になるかと」
「分かった。陛下への手紙は私が書く。その他は任せるぞ」
「はい、かしこまりました」
とりあえずは、これでウィスの件は終了かな?
面倒な事になったが安全性で言えば万全だろうな
「諜報部隊からの報告はどうだ?」
「はい、宰相は結婚式の準備で忙しいようで。我々の動きには対応出来ておりません。宰相派の五割は取り込めるかと思われます」
彼女は懐から紙を取り出して報告を始める
基本的にスゥが全てを把握してるから、一回の報告会で済むのだから楽なものだな
「このままで進むならば、エルフの国の問題は簡単に解決しそうです。ですが、宰相は負ける戦いはしない人物のようです。入念な準備をして勝算があるからこそ、今回の事案を起こしたのでしょう……油断は禁物ですね」
「何か隠し玉がありそうか……」
一国の王権を狙おうというのだから、余程の自信があるのだろう
油断したら確かに危ないな
「諜報部隊の他に、新しく配下にした彼……彼女達は使えそうか?」
「女装した彼等ですか?なかなか優秀ですね。情報収集や謀略にはもってこいの人材です」
そうだよな……礼儀作法は一流だし、見た目は美人ばかりだ
言い寄られたらコロッといくだろうし……二人きりまで行ったら男だとバラすだけで被害は甚大だ
そう考えると恐ろしい部隊だな
「我が大公家では男装だ女装だなんて細かい事は言わない。家臣達もそのように対応しているか?」
「メディア卿が目を光らせておりますし、ターセル卿もですから……あの二人の目を盗んで妙な対応はしませんし出来ないでしょう。大丈夫です」
「それでいい。優秀な人材は正しく評価するようにな」
「お言葉、配下の者達にも間違いなく伝えます」
クッキーを一つ食べて紅茶を飲む
疲れているのかな?甘いものが美味しい
「他には何かあるか?」
「結婚式に出席される他国の高位貴族から、面会の申し込みが多数あります。後ほどご確認ください」
手渡されたリストはずっしりと重い
こんなに面会するのか?ちょっとは減らしてもいいんじゃないかな?
「これでも厳選した結果ですので、これ以上は減らせません」
「あ、はい」
戻って来たエルフの国では、しばらくは面会祭りになりそうだった
ツバキの結婚式までは続きそうだな……はぁ……
「…………」
「お疲れ様でした。これで面会は全て終了です……今日の分は」
そうでしょうね!手元の予定表見るとまだまだありますもんね!
そう思っても声は出ないんだ
さすがに一日で面会二十件は多過ぎるだろ……
「なあ、一日の量をだな……」
「減らすと結婚式に間に合いません。困るのは旦那様です」
「面会ではなく、舞踏会とかにすれば一気に会えるかな?」
「女性と踊らないといけませんね。余計に手間では?」
おっしゃる通りだ……野郎相手でこんなに疲れてるのに、女性相手とか死ねるわ
「面会で頼む」
「かしこまりました」
スゥが用意した紅茶……じゃないな、ハーブティーを飲む
ああ……癒される香りだなぁ
「これはいいな。疲れが軽くなるようだ」
「皇帝陛下からの下賜品です。気苦労が多くなるだろうと」
陛下!ありがとうございます!
これで少しは楽になりますよ
「礼状を書かないとなぁ」
「ウィスお嬢様の婚約者は皇族で頼む、とのお言葉だったそうですが?」
「……礼状は要らないな」
「かしこまりました」
アルバートが使者として俺の手紙を届けたのだが、読んだ瞬間に膝から崩れ落ちたらしい
一気に十歳以上老け込んだ陛下に渡されたという手紙には
『お前、謀反とかは止めてくれよ?絶対だぞ?』
と、振りが書いてあった
陛下、その気があったら既にやってますから安心してください
「冗談はさておき、ウィスの結婚相手は皇族だろうな……」
「そうならない方がおかしいかと。ですが大丈夫ですよ、まだ先の話ではありませんか」
「政略結婚か……私の世界では縁がなかったから知らないが、幸せになれるのか?」
「旦那様、あなた様も元は政略結婚で奥様を紹介されたのでしょう?幸せではないのですか?」
そうだったな……きっかけはそうだったけど、今はベアトが大好きだし考え過ぎなのかな?
「どんなに心配しても女の子は勝手に好きな人を見付けますから、心配するだけ無駄です。ウィスお嬢様が『この人がいい!』とわがままをおっしゃったら、逆らえますか?」
「……無理だな。認めてしまうだろうな」
「ならば、その時に考えればいいのです。過保護も嫌われる理由ですよ?」
「そうか……女の子は難しいな」
そんな会話をしながら、明日の予定の確認もしておく
朝起きて寝るまで面会だから、聞くまでもないがな……
面会相手を読み上げるスゥの声を聞いていると、何やらドアの外が騒がしい
「閣下、失礼いたします。カチュア様が面会したいといらっしゃいました」
「来てるのか。断れないな、ここに通せ」
「はっ!」
敬礼したアルバートが部屋を出ていくと、すぐにカチュアはやってきた
息が荒いようだがが、そんなに急ぎの用件かな?
「こんな時間に申し訳ないのじゃ。だが、どうしてもお願いがあるのじゃ!」
貴族のお約束を無視した、いきなりの本題だ
これは相当ヤバイ内容なのか?
思わず身構えてしまう
「どうしたのだ?カチュア殿がそこまで慌てる内容なのか?」
深呼吸して呼吸を整えたカチュアは、俺を真っ直ぐ見詰めてこう言ったのだ
「わらわを……わらわをゼスト大公の養女にして欲しいのじゃ!娘として、側に居させて欲しいのじゃ!」
のじゃロリババアのセリフに一同は固まるしか出来なかった
身内になる事が目的なのか?それともエルフの国から脱出したいのか?いや、俺の庇護が必要な程の事でもあったのか?
色々と考えが混乱する中、最初に言葉を発したのはアルバートだった
「閣下……誕生日にロウソクが足りるでしょうか?カチュア殿のケーキは館並みの大きさになりそうですなぁ」
アルバート、問題はそこじゃないぞ