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異世界人の手引き書  作者: たっくるん
第三章 調停者
147/218

146 風習という罠

「カタリナは一緒にきてくれ。メリルはどうする?今日は帰るか?」

「いえ、ご相談がありますので……お待ちしてもよろしいでしょうか?」


「分かった。シスターとの会談が終わったら戻るから、ゆっくりしているといい」

「よろしくお願いいたしますわ」


未だに倒れているアルバートの脇を通り、カタリナを連れて応接間に向かう

さすがに無いだろうが、女性と二人きりで密室は怖いからな

しかも相手は次期教皇様だし……カタリナが居てよかったよ



「待たせたな。シスター……ベアトの出産の際には世話をかけたな」

「シスターのご配慮、お礼を申し上げますニャ」


偉そうな言い方だが、大公だから仕方ないんだ

その代わりにカタリナがお礼を言うから

俺が言うと、色々と面倒なんだよ


「いえ、神の使途として当然の事ですから。小鳥が雨宿りする木々は何も言いません。それは晴天の空を見上げる大樹も同じ事ですね。そして、雨雲は等しく地上に雨を降らせるのです……ゼスト大公閣下は、その雨をどのようにお考えですか?」


久々のポンコツ言語に混乱中だ

しかも問いかけられているようだ……どう答えればいいのさ

横に座るカタリナの瞳孔は開いているようで、彼女も理解出来なかったようだ


「ふむ。雨か……恵みをもたらすが、同時に災害にもなる。つまり、正反対の意味があるという事か?シスターは私に何か忠告でもあるのか?」


その言葉にカタリナが勢いよく振り向く

お前、驚き過ぎだぞ?何となく言っただけで理解は出来てないから期待はするな


「教皇様からのお手紙通りの方なのですね……素晴らしいお答えですね。神のご威光のなせる奇跡です」


そう言って胸の前で祈りのポーズをしているポンコツ

どうやら正解らし……おい、奇跡って内容が理解出来て返事したら奇跡なのか?

それに冷蔵庫から手紙をもらったのか?


「陸に住む者と海に住む者が共存する家で、試練が起きているのです。海の住人だからと水を与えるばかりではいけません。そして海の住人は水は要らないとは言えないのです!」


もう、突っ込みが追い付かない……

でも、今日はいつもと様子が違うじゃないか?何か重要な事を伝えたいらしい

だが意味が分からんな


「試練か……カタリナ、どう思う?」

「ニャ!?」


珍しく真剣な顔のシスターに見られたからか、俺に突然話を振られたからだろうか

カタリナはビクンと肩を揺らした


「そ、そうですニャ。早急に対処いたしましょう、閣下」

「さすがカタリナだな。シスター、安心してくれ」


「ああ、まるで初めて礼拝堂に入ったときのような気持ちです。静かな水面を滑るそよ風が、木の葉を揺らす思いとはこのようなものでしょう。森の木々も喜びに新緑を芽吹かせるに違いありません。どうかよしなに」


カタリナの返事に笑顔で頷いてシスターは帰っていった……多分、喜んでいた筈だ……多分な

急いで対応しないといけない事なのか?よく理解出来たなぁ

最近はシスターと仲良しらしいから、そのおかげかな?


「で、どういう意味だったのだ?まったく分からなかったぞ?」

「……私も……同じですニャ」


「……」

「……」


二人きりの応接間で、俺とカタリナは無言で見詰め合っていたのだった



「私も理解出来なかったから、それは責めないが……もう少し答え方があるだろう。あれでは完全に理解したって意味にとられたぞ?」

「申し訳ありませんニャ。いつもと様子が違うので動揺して……」


執務室に帰って来たが、問題は解決していない

もう一度聞きに行くのも無理だし……困ったな


「閣下。お忙しいようでしたら、私の相談は後日でもいいのですが」


小さな声でメリルが声をかける

いやいや、またエルフの国に行くから今じゃないといつになるか不明だぞ


「いや、今聞いてしまおう。この問題は悩んでも解決しないから気にするな」

「かしこまりました。相談というのはアルバートとの夫婦の営みについてなのです」


思わず、口の中の紅茶を吹き出した

カタリナも変な所に紅茶が入ったらしくゴホゴホとむせている

ふ、夫婦の営みってお前……


「閣下、大丈夫ですか?」

「あのなメリルよ。お前が大丈夫か?夫婦の営みってなぁ」

「これが噂の天然ボケってやつですニャ。恐ろしいですニャ」


俺とカタリナの言葉にしばらくポカンとしていたが、意味が分かったらしく真っ赤になる

慌てた様子でパタパタと手を振りながら話す


「ち、違いますわ!夫婦関係についてと言いたかったのです」

「ん?それはどういう意味だ?お前達はお互いに好き合って結婚したんだろう」


「はい。私は人族ですから、少しでも彼の為にと思い獣人族の風習をを学びました。しかし、もう耐えられそうにありません」

「ああ、領地でも獣人族と人族の夫婦がうまくいかない例が多いようですニャ」


そうなんだよな、俺の領地では異種族夫婦が多い

そして最近は色々と問題があるらしいとの報告は受けていた

まさか貴族のメリルがこんな事を言い出すとは想定外だがな


「まあ落ち着け。なぜそう思うのだ?アルバートが浮気でもしたのか?私が腕の一本も折ってくるか?」

「いいえ、私が悪いのです!彼は悪くありません!」


涙を流しながら胸元からムチを取り出すメリル

だから、そこは物入れじゃないだろうが


「原因はこれです。ムチで彼を打つのが耐えられません。私はもう嫌なのです」

「……まあ、ビックリする風習ではあるな」

「さっきのは楽しんでたのではなく、心を空っぽにしてた顔だったんですニャ」


「カタリナ、ムチで打つって止めるとどうなるのだ?獣人族の見解は?」

「それは……ムチで打たれても平気だって見栄の意味もありますニャ。まったくやらないのはあり得ないですニャ。ムチじゃなくても、痛そうな物なら大丈夫ですニャ」


「そうか……強く叩かないといけないのか?軽くじゃ駄目なのか?」

「獣人同士だと、暗黙の了解という感じで手加減するのですニャ。でも、人族だと本気で強く叩くから、こういう結果になりやすいですニャ」

「ええ!?弱く叩いてもいいのですか!?」


驚いたのか、立ち上がってメリルが声を上げた


「そうですニャ。相手が強く叩けと言っても手加減するのがお約束ですニャ。でも、獣人からは言えない事なんですニャ。こう……種族の誇りと言いますかニャァ」

「そんな……アルバートが強く叩くほど愛情表現だと……」


「ああ、男はそんな事を見栄を張りたくて言うのですニャ。まったく面倒な風習ですニャ」

「なら、教えてくだされば……」


「他人が言うのは駄目なんですニャ。夫婦の話だから、助言じゃなくて余計なお世話扱いされるのですニャ」


なんて面倒な風習なんだ……ほとんど罠じゃないか……

なんとかしないとマズイな


「見栄か……例えば、こんな物を作ってだなぁ……」


俺の構想を二人に説明する

要は『こんな事をされても平気!凄いでしょ?』って事になればいいんだろ?

紙に書いて説明すると、二人は身を乗り出して聞いていた

実際にその物を作って使って見せると、興奮は最高潮だ


「素晴らしいですニャ!すぐに量産しますニャ!」

「これなら私でも大丈夫ですわ!ありがとうございます、閣下!」


「自分で言うのもなんだが、本当にこれで何とかなるのか?」


あまりの喜びように、ちょっと引いた俺だが彼女達はテンションマックスだ


「これは画期的な発明ですニャ。閣下、異種族夫婦の希望ですニャ!」

「これが最初からあればこんな事には……閣下、これは領地の夫婦達全てに使用の許可を!」


「あ、ああ。構わないぞ。存分に使ってくれ。それで以上かな?なら、ウィスを愛でながらベアトのところに行きたいのだが……」

「どうぞどうぞニャ」

「誰にも邪魔させませんわ。ごゆっくりなさってくださいませ」


こうして、残りの領地滞在期間は家族とゆっくり過ごす事が出来てリフレッシュした

赤ちゃんを抱いて妻と過ごす時間……この幸せを守る為にも、エルフの国を早くなんとかしよう!

改めてそう思う俺だった


俺がエルフの国に出発した数日後、この最新アイテムは領地で大々的に発表されたという

その時には、こんな文章も俺からの言葉として一緒に伝えられ大きな騒ぎになったらしい

そしてそれは……後の事件にも繋がるのだったのだが……



『異種族夫婦達に告げる


獣人族の風習として、ムチを相手に使ってもらい誠意と勇気を示す事は知っている。

その風習は大事にして後世に伝える必要があるだろう。

だが、ムチで叩いた程度では生ぬるい。

私が異世界の最新兵器を用意したから、それを使って更なる愛情を示せ。

これは伝統を捨てるのではなく、我が領地の新しい風習であるから心配は無用。

ターミナル地方の風習として率先して利用せよ。

ただし、使用するときに大きな音が出るので十分注意するように。


グルン帝国 大公 宮廷魔導士筆頭 ゼスト=ガイウス=ターミナル』


「おい、いよいよ終わりだな?」

「ああ、異世界の兵器とか……俺、死ぬな」

「今でも死にそうなのに……これからどうなるんだ……」


使い方と威力の確認の為に、館の前の広場で何人かが実践する事になる

選ばれた者達は既婚者の獣人達だ

妻や夫が人族の異種族夫婦の者達は青い顔で整列していた

その彼等に完全武装の黒騎士と戦乙女が兵器を構える


「準備はいいニャ?では、開始ニャ!」


カタリナの号令で一斉にそれが振るわれる

鍛え抜かれた精鋭の兵士が扱うのだ……妻や夫の比ではないだろう

だが、大公閣下の命令ならば逆らえない……参加者達はグッと歯を噛みしめた


スパーーン!!


乾いた、とてもいい音が広場に響いた

見物人や参加した配偶者を待つ者達は顔を覆った

この音……今まで聞いた事が無いような音がしたのだ

参加者は無事では済まないだろうと……


「……あれ?」

「い、生きてるのか?」

「え?今、何かしたのか?」


キョトンとする参加者達に兵器を持った黒騎士達がつぶやく


「大公閣下がお作りになった異世界の新兵器だ。これ以上、気合を見せるのにいい物なんて無いさ。威力は今感じた通りだ。閣下の配慮だ……今日からはこれを相手に使ってもらえ」


呆然としながら受け取る参加者達だが、だんだんとこの思惑が理解出来てくる


「これならムチよりケガしないぞ!」

「ああ、手加減なんて必要ない!」

「獣人の誇りも守れるぞ!!」


「これからは、ムチは禁止ニャ!獣人達の風習はこの新兵器である、ハリセンを使う事にするニャ!」


「「「「ゼスト大公閣下、万歳!!!!!!!!」」」」


異種族夫婦の救世主……結婚するなら大公領地に住もう!

そんな噂が流れ、各国からの移民で領地の人口が爆発的に増えるきっかけになるのだった

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