142 領地に一時帰宅
「宰相殿……この大事な時期に面白い噂が出ているようだなぁ」
「はぁ、その……」
「男同士でなぁ……その噂を気にして、貴族達は宰相殿の訪問を断っているとか……順調に計画が進みそうだなぁ」
「……はっ、そのう……」
「その噂の対策で、私が女好きのスケベ大公になれば少しはマシか?多少は矛先が逸れるだろうなぁ」
「ぜ、ゼスト大公には本当に感謝を……」
「ははは、まさか身内に足を引っ張られるとはなぁ……いっそ私だけの方がよかったのではないか?」
「申し訳ありませんっ!!」
あの、オカマ軍団事件から数日
俺はようやく正気に戻ってきていた……
『あんなに美人なのに男』その衝撃が大きすぎたのだ
「で、まさか宰相殿は……私が本当に女が欲しくて、彼女達をくれと言ったなどと思っていないだろうな?」
「もちろん、思っておりません!ゼスト大公のご配慮で助かります」
俺の部屋を訪問したハインツ宰相は平謝りだった
当初は『俺がスケベ心で彼女達、接待係を呼び出した』そうしようと思っていたが……
思いの外、エルフ達は『宰相が男好き』疑惑に興味津々だったのだ
「そうか、その程度は分かるのか。なら、噂対策に部下を用意していないのは……どういう事だ?」
「返す言葉もございません」
脂汗をダラダラ流しながら、ハインツが頭を下げる
あの本が予想以上の攻撃力だった為に『ゼスト大公、女好き!』って事にして噂を分散させよう作戦が開始されたのだ
……そうしないと、ハインツの失脚が早すぎるのだ
「そ、想定外と申しましょうか……」
「その想定外に備えるのが『貴族』という者だ。何が起きるか分からない事に対応するのが国の重鎮だろうが……貴様が帝国の貴族なら、もう首だけになっているところだぞ?」
「おっしゃる通り、見通しが甘かったようです」
「次は無いからな。とりあえず私は彼女達と遊んでいるから、結婚式の手配は頼むぞ?私が動いたら、貴公は失脚だからな」
「重ね重ね、ご配慮申し訳ありませんっ!!」
青い顔のハインツ宰相は何度も頭を下げて帰って行った
入れ替わるようにスゥがやって来て、ニヤニヤしながら告げる
「ご自分で罠にはめて、嫌味三昧とは……さすが旦那様です。このスゥ、感服いたしました」
「いや、あれは芝居でだな……」
「しかも大手を振るって彼女達を囲えますね……旦那様、つまみ食いはいけませんよ?」
「いや、だから芝居……」
「芝居ならば、奥様にご報告いたします」
「それは止めてくれ」
悪かったよ……少しは八つ当たりしたよ……でも、女は欲しい訳じゃない!
「気晴らしはしたが、女は別だ。彼女達はあくまでも領民として、部下として欲しいだけなんだ」
「ふふふ、分かっております、旦那様。ですが、女性は心配するものです。一度、帰って奥様とお話するべきです」
うん……確かに暇になったし、結婚式までは時間があるし……一度、帰ってくるか
ウィスにも会いたいしな!
「そうだな、そうしよう!二日ほど領地に泊まるが大丈夫か?」
「早急に対応するべき事柄はありませんので、ごゆっくりなさってください」
スゥ、お前は本当に優秀だな……
たまに壊れるけど、アルバートと血が繋がっているとは思えない子だ
「メディア卿もおりますから、駄犬……アルバートも連れて行って構いません。勿論、トト様はご一緒にお連れくださいね?」
「兄と呼んでやれ……まだケンカしてるのか?」
あのオカマ軍団事件で、アルバートはスゥにこってりと怒られたのだ
まあ、怒ったポイントがスゥらしいのだが
『旦那様をそんな店に連れて行くとは……大公なのですから、むしろその店ごとここに呼びなさい!!』
女性と飲むのも結構、オカマだろうがメディアで慣れてるから結構
男同士で馬鹿騒ぎするのも、たまには結構
ですが、外出はいけません!呼びなさい!!って、事らしい
貴族の格として、もう自由に外出など駄目なんだそうだ
「あのアルバートが兄だと思うと涙が出ます。駄犬と呼ばれないだけマシです。さあ、そんな事より出発の準備をいたしましょう」
スッと綺麗なお辞儀をして部屋から出る彼女
隣の部屋にある俺の荷物を取りに行ったのだろう
まあ、後でやさしく慰めてやるか……かわいそうだし
「とりあえず、窓の外から覗くのは止めろ。スゥに見つかったら大事だぞ?」
「……く、クルッポー」
「お前のようなハトが居るか!この大馬鹿者!!」
俺の投げた文鎮でこめかみを凹ませたアルバートは、地上へ落下していった
まあ、あいつは頑丈だから死なないだろう……
「いやあ、さすがは閣下ですな。私の気配を察知するとは……そしてあの攻撃!この鎧が無ければ即死でした」
「うむ。お前がそう言うなら、そうなんだろうな」
(お父さん!駄犬が真っ赤です!血だらけです!)
頭からダクダクと血を流したアルバートが大笑いしていた
……それはギャグだったのか?獣人のギャグはツボが分からんな
領地に帰る為にドラゴンの背中に乗った俺達は、そんな馬鹿話をしながらくつろいでいた
こんな空の上なら盗み聞ぎの心配はない
本音の会話も出来るし、懐かしい辺境伯家時代の話も出来るな
「なあ、アルバート。お前とも長い付き合いになったな」
「そうですね……早いものですね」
「何か望みは無いのか?」
「閣下のお側に居させていただければそれで。あなたは私の主なのですから」
「そうか……お前を侯爵にして、ライラック聖教国との国境を任せる。私の盾になれ」
「なっ!?侯爵ですか?」
血だらけのアルバートがガバッと振り返る
おい、大丈夫か?振り返ったときに血が飛んできたぞ?
「本当なら公爵にしてやりたいが、血縁でもないお前は侯爵が限界だ……すまんな」
「そうではなく、位が高すぎます!獣人の私を侯爵になどど言ったら、帝都の貴族共が……」
「文句は言わせない。俺の命綱だからな……帝国から攻められたらお前が救援の要だし、教国から攻められれば壁はお前だ。そんな重要な役目を他の誰に任せられる?お前しか居ない。頼んだぞ?」
「……このアルバート、いえ……我が一族全て、閣下の盾となります。必ずやご期待にお応えいたします!」
うん、付き合いの長いアルバートが国境を守ってくれれば安心だな
俺が死んでも子供達を助けてくれる筈だ
獣人族……犬獣人族は特に義理人情にこだわるから
「ああ、任せるぞ。……ところで、お前……」
「はい、閣下」
「その血は危ないぞ?治療するか?」
「ははは、ご冗談を。この程度は騎士ならば気合で治ります!」
濁った目で、明後日の方向に話しかけるアルバート
お前……目が見えてないじゃないか……
はははっともう一度笑うと駄犬は意識を失った……失血って危ない事を教えるべきだったな……
(お父さん、やっぱり任せる人材は選んだ方がいいと思います)
お父さんもそう思うよ……
トトを撫でながら、心からそう思ったのだった
せっかくいい話になる流れだったが、駄犬の習性には勝てなかった
あいつと一緒に居るときは、必ず事件が起きる気がするな……
領地に到着して、館に降りる
午後一番で出発したから、まだ夕方だ
これならゆっくっりウィスを愛でながら、ベアトともイチャイチャ出来るかな……
そんな思いで執務室のドアを開ける
そこには書類仕事をしているベアトとカタリナの姿があった
ああ、仕事中だったのか……ベアトの体調は平気なのかな?
『ただいま!』そう言おうとした俺よりも早く、イスに座ったままベアトがこう言ったのだ
「あら?帰って来ましたの?別にそのままエルフの国にいらっしゃればよかったのに。それに、帰るなら帰るで知らせも無いなんて……貴族としてどうなのでしょうね?」
そこには懐かしいくらいの冷たい眼差しで、顔をしかめたドス黒い魔力を纏った魔女が居た
…………え?なになに??この反応は?
「お、お帰りなさいませニャ!大公閣下!奥様もお待ちしてましたニャ!」
「カタリナ、別に待ってなどおりませんわ。あなたは黙って仕事をなさい。私はちょっと席を外しますわ……ゼスト様が帰って来ておりますものね。まったく、予定が狂いますわ!」
闇の魔力全開で威圧されて、カタリナはコクコクと頷く
あれは逆らえないパターンだ……俺もやられた事がある
乱暴に書類を机の上に放り出したベアトは、ツカツカと俺の前まで近づき鉄扇を取り出す
「ゼスト様、ちょっとお話しましょうか?私も忙しいので返事は聞きませんわ。黙って付いてらっしゃい」
「はい!」
(あ、トトはおやつの時間だ!急がないと!)
こうして俺は、婚約者時代に戻ったようなベアトに拉致されていった
俺は……生きていられるのでしょうか?