141 酒場で宴会
「ここです、閣下。一見普通の民家に見えるここが、我等の理想郷の入り口です」
「看板も無いのか……大丈夫なんだろうな?」
アルバートに案内されて到着したお店
いや、本当にただの民家のような外観の建物だな……これは危険な予感がビンビンするぞ?
「閣下、私が変な店に案内した事がありましたか?不幸な事故はありましたが、私はそんな不義理な事などいたしません!」
「お前……あの二軒の事は、不幸な事故で済まそうとでも言うつもりか?」
スッと目を逸らした駄犬が店?のドアをノックする
野郎……誤魔化しやがったな
中から現れたのは、イカツイおっさんだ
「ああん?お貴族様がこんな所に何の……アルバートの旦那!また来てくれたんですかい?」
「うむ、用心棒も大変だな。今日は我が主をご案内したのだ。早く中に案内せよ」
用心棒ね……この山賊みたいなおっさんを雇わないといけない店か……
しかも看板無しのひっそりと営業するような
これはもう、危険度マックスだな
「これはこれは大勢でお越しで……すぐにご案内しますぜ、へっへっへ」
完全に獲物を狙う夜盗の親分にしか見えない笑みで、用心棒はゆっくりと扉を開くのだった
飲み会じゃなくて、戦いとかにならないだろうな?
かなりの不安を感じながら俺達はその中に入って行く……駄犬の言う理想郷の中へと……
「……アルバートよ」
「はっ!いかがいたしました、閣下」
「素晴らしい店だな」
「ありがたきお言葉!」
不安に思ったのは最初だけだった
店の奥はもう一枚扉があり、そこを開けたら理想郷がそこにあったのだ
女性達は美人揃いの上、接客も完璧だった
酒もつまみも旨い!文句など全くない素晴らしいお店だな
「今日は私達の貸し切りになっているのか?」
「はい、店の者が気を利かせたようです。いかがいたしましょうか?」
この『いかが?』とは、貴族相手に他の客を入店させなかったんだから……多めに注文してあげようか?って意味だな
「配慮してやれ。彼女達も好き勝手に飲んで食って構わないと言っておけ。ああ、土産も持たせるのだぞ?」
「御意」
座っているテーブルから、アルバートが頭を下げて離れる
俺達は二人で飲んでいたのだ
……お姉さんとも飲みたかったが、つい先日に嫌になる程飲んだからなぁ
「女将、今日は女性達も好きな物を頼んでくれ。こちらで全て持つからな。先に渡しておく……足りなければ、また払おう」
「先払いで金貨をこんなに!?あ、ありがとうございます!」
日本では料金は後払いだが、この世界では先払いが常識だ
でも貴族の場合は後払いになるのだ
貴族に先払いを要求するのは『あんた、払えるの?』って疑う事になるからなんだ
お店にしたら貸し切りで、俺達が払わなかったら大赤字だもんな
これくらいはしておこう
「それと、これは料金ではなく気持ちだ。皆で分けてくれ」
「頂戴いたします。みんな!ご祝儀もいただいたし、料金も先払いしてくださるお客様よ!安心して騒ぎなさい!」
「ご祝儀!?やだ、アーちゃん本当に貴族様だったの?」
「貴族様が来るとこうなるのね……知らなかった……」
「帰りにはお土産まで貰えるのよ?」
「ええ!?毎日来ないかしら……」
黄色い歓声が上がって、宴会は更に盛り上がる
今日くらいは黒騎士達の慰労も込めて、大騒ぎもいいだろうな
戻ってきたアルバートと一緒に酒を一口……ふふ、なんだか懐かしいな
少し前なら、こいつらと酒場で騒いでいたっけな
そんな事を思いながらも、楽しい時間は過ぎていく
「おうおう、随分と景気がいいじゃねぇか。俺達も混ぜてくれよ」
楽しい宴会に入ってきたのは、ガタイのいい男達
服装や顔つきを見るに、ならず者だろうな
……用心棒はどうしたんだ?
「ちょっと、あなた達!今日は貸し切りよ?用心棒はどうしたのよ!」
先ほどアルバートが金を渡した女将が声を上げる
三十代だろう色っぽい女性だが、気の強そうな顔だから迫力あるな
だが、そいつらは笑いながら続けた
「用心棒?あの程度でか?がははははは、役に立たねえなぁ」
「兄貴に一発で黙らせられた雑魚でしたね」
「おお、高そうな酒を飲んでるみたいですぜ?」
身長が二メートル近い大男を先頭に、そいつら三人は勝手にテーブルに座って飲み始める
アルバートが殺しそうな顔をしているので、身振りで行くなと止める
あの程度なら黒騎士達の腹ごなしにちょうどいい
「お前達、そろそろ腹が膨れただろう?少し運動して来い。店の迷惑にならないように、証拠は残すなよ」
「はっ!お任せを」
「しかし、弱そうな奴等ですなぁ」
「ヒャッハー!腹ごなしだぁ!」
満面の笑みで立ち上がる黒騎士達
うん、ヤル気満々のようでよかったな
「あ、あのう……ゼスト様。大丈夫なのでしょうか?あの用心棒を倒すような男達ですが……」
「ああ、大丈夫だ。あの程度の奴にやられ……」
心配そうな女将に答えていた途中で、メギィっと不気味な音が響いた
振り向くと、大男が明後日の方向を向いた右腕を押さえて呻いている
……店の中でやるなよ、我慢出来ないのか?
「腕を折るのも斬るのも構わんから、外でやれ」
「はっ!申し訳ありません」
「いやぁ、こいつが脆いから……」
「あーあ、もう壊したのか?他の二人は俺がやるからな!」
「ぎゃああああ、う、腕が……腕がぁ!」
「あ、兄貴!大丈夫ですかい?」
「てめえ!俺達は盗賊団で有名な……」
馬鹿三人組が威嚇するようにこちらを睨む
ん?ゴロツキじゃなくて盗賊なのか……なら、対応が変わるな
「アルバート、事情が変わったな。盗賊団なら仲間を吐かせて殺せ。生かしておく理由が無い」
「お任せを。ついでにメイド……戦乙女部隊の訓練に使えそうですな。盗賊退治と聞いたら、喜びます」
立ち上がったアルバートは、嬉しそうに尻尾を振りながら馬鹿三人組を連れて出て行った
有名な盗賊団なら、マルス王子の箔付けにも使えるかもしれないな
「と、いう訳だな。心配なかっただろう?安心して飲み直そうか」
「はぁ……あの、帝国の貴族様って皆様こんなにお強いのですか?」
ポカーンとする女将を見て、笑いながら俺は酒を飲むのだった
「閣下、念のため黒騎士一名を用心棒と一緒に警備させました」
「盗賊団の報復か?無いとは思うがわかった」
スッキリした顔で戻ってきたアルバートがそう言った
確かに用心しておけば安心出来るな
ハッタリかと思ったが、あの馬鹿達は本物の盗賊団だったらしい
「全部で三十人程度の小さな盗賊団です。戦乙女部隊の運動にもなりませんな」
「それでも、彼女達を仲間外れにしたら後が怖いからな……そいつらは戦乙女部隊に任せよう」
「知的で強いなんて……まさに貴族様……」
「素敵……犬獣人だけど草食系なところも素敵」
「エルフの私には、それは分からないわ……」
「あの尻尾、毛づくろいしたい……」
知的?誰の話をしているのか混乱したわ
どうやらアーちゃんは、大人気らしいな
黒騎士達も『強い騎士様!素敵!!』と女性達にチヤホヤされて、にやけていた
そろそろお見合い大会でも開催してやろう……忙しくてほったらかしだったからな……
部下達の婚期が遅れている事を反省していると、また入り口の方から騒ぎ声が聞こえてくる
まったく……でも、黒騎士が居るから突破は無理だろうな
そう思って酒をグイッと飲み干すと、ドーーンという景気のいい音と共に扉が砕け散る
「閣下!大公ともあろうお方が、街の酒場で宴会なんて言語道断です!」
黒騎士をゴミクズのように引きずって現れたのは、メディアだった
……お前、もう来たのか……早かったな
「そう怒るな、メディア。たまには息抜きも必要だ」
「いいえ、閣下。立場というものがございます。こんな場末の酒場で、こんな女達と飲むなど……」
「こんな女達?確かに場末ですが……これでも接客には自信があるわ!」
普段なら絶対に貴族には逆らいそうもない女将だが、今日はガボガボ飲まされている
酔っぱらっているから、つい本音が出たのだろう
「なに?あなた、平民の分際で貴族の……ん?」
「はん!小娘が。貴族様って言っても……あら?」
メディアと女将が近付き睨み合う……ように思えた
お互いをマジマジと見詰めた二人は、ハッと視線を上げて目を合わせると抱き合ったのだ
……なぁに?こいつら女同士が好きなの?
「友よ……こんなところで友に会えるなんて」
「ええ、神にこの出会いを感謝するわ。友よ」
「アルバート、歯を食いしばれ」
「……はっ!」
涙を流しながら抱き合う二人は、やがてゆっくりと離れるとこちらを見る
うん、覚悟は出来たよ……時間をくれてありがとう
「閣下、私の仲間を探してこの酒場に……一生付いていきます!!」
「友を配下にしているなんて……私達も閣下の配下に!お役に立ちますわ!!」
紅潮した顔で俺を見る二人……そう……『友で仲間』か
お前らオカマか……
「アルバート、遺言はあるか?」
「はっ!匂いでは女性かと思いましたが……いやはや、エルフの香水は優秀でっブホァ!!!」
こうして、エルフの国に居るオカマ軍団と男装女達が大公領地に移住する事になった
そのおかげで俺の領地には一大歓楽街が出来上がり、大陸一の大都市になるのだが……
このときはただ、変態が増えた事が悲しくて仕方なかった……
『普通』の部下と領民が欲しいです……




