140 忘れてた事
「ようやく帰ってきたな……」
王城に用意されている自分の部屋に、やっとの思いで帰ってきた
彼女達、獣人の接待部隊は別行動だ
まさか全員連れてくる訳にはいかないし仕方ない
「お帰りなさいませ、旦那様」
「スゥか……なんというか、役に立ったぞ」
「やはり獣人の接待がありましたか。宰相の考えそうな事ですね」
ドヤ顔のスゥがウンウンと頷くが、お前……もう少し説明をだな……
メンタルに多大なダメージを負ったんだぞ?俺は
「あのなぁ、スゥよ……獣人族の風習は分かりにくいから、事前に説明をだなぁ……」
「あの時は急いでおりましたし、恥ずかしかったのです。そうですね……手引き書の発行を急ぎます。接待に参加した女性達も配下になるのでしょう?でしたら、余計に急ぎませんとね」
うっすらと赤い顔でスゥが答えた
確かに、パンツを男に渡すのだから恥ずかしいだろう
ましてや自分の使用済みなんだから、余計にだな
「ああ、次からは気を付けてくれ……それと、例の本は配っているのか?」
「はい、諜報部隊が増員されましたので順調です。既に貴族階級には知られているかと」
「そうか、ならば手紙の準備を頼む」
「かしこまりました」
例の本……あの男同士の腐った本だ
宰相と将軍の熱いラブストーリーに改変して用意してあったのだ
スゥに準備させて手紙を書く
一通は今日の招待の礼状で、もう一通は文句を書いた手紙だ
『協力してエルフの国を手に入れようという時期に、なんて失態だ。
おかげで、仕事がやり難いったらありゃしないだろうが!
だが、あの接待は最高だったなぁ……彼女達はまた会いたいなぁ……』
そんな内容の手紙だな
接待を気に入ったエロ大公が、宰相の失態を好機とお願いをしてきた
そう思わせるのが目的だ
「これで、彼女達を呼び寄せても違和感はないな」
「そうですね。ご自分で罠にはめて、それを理由に彼女達を手元に置くとは……さすが旦那様ですね」
「ふふ、敵には容赦しないさ。この噂をどう処理するのか……宰相のお手並み拝見だな」
「はい。もしも、宰相が噂を綺麗に処理したらいかがいたしますか?」
「……その時には、宰相には不幸な事故にでもあってもらう」
「かしこまりました。メディアにこちらに来るように指示しておきます」
俺が頷くと、スゥは準備が終わったお茶セットを並べ始める
飲んだ後だから小腹も空いたしちょうどいいな
メディアか……あいつなら外見は女だし油断するだろう
そして確実に始末するだろうな……
「俺もすっかり貴族様だな……」
誰にでもなく呟いた独り言……
紅茶を飲む俺を、スゥだけがじっと見ていたのだった
(お父さん!トトは怒っています!)
細かい指示書を書き終えて寝室に戻ると、プンスカ怒っているトトに睨まれる
そうだった、いつもトトはベアトと一緒だからな
今回は俺に付いてきてるのを忘れてた……
「トト、今回のお出かけは危ない所だったんだよ。明日は一緒に居ような。だからそんなに怒らないでくれ」
(本当ですか?明日は一緒ですか?)
「本当だとも。そうだ、商人を呼ぶからベアトへのお土産を一緒に選ぼうか?」
(!?お母さんのお土産選ぶです、お父さん!)
パァっと笑顔になったトトの頭を撫でて、着替える為に服を脱ぐ
風呂はどうしようか……飲んだ後だし、入らないで明日の朝にするか
(お父さん、スゥの下着を履いてるのは何故ですか?)
「……トト、この事はお母さんには内緒だぞ?そうだ、明日はお菓子を山のように買ってあげよう」
(お父さん、トトは何も見なかったです!)
「うむ。好きなだけお菓子を選びなさい」
お菓子で買収を成功させた俺は、手早く脱いでベッドに入った
今日はハードな一日だったなぁ……
お菓子お菓子とはしゃぐトトと一緒に毛布をかぶり、眠りに落ちていくのだった
「おはようございます、旦那様。早速、宰相からお手紙が来ておりますよ」
「ははは、随分早かったな」
朝風呂を済ませて執務室に行くと、スゥがニヤニヤしながら待っていた
……パンツは自分のだぞ?何を笑っているんだ?
「さて、なんて言ってきたかな……」
不気味な微笑みのスゥをチラ見しながら手紙を開く
内容は予想通りだったな
『本当に身に覚えが無いのです。
いきなりご迷惑おかけして申し訳ない……
あの女性達をそちらに行くように手配したから、勘弁してください』
そんな内容だ……慌てて書いたのか、インクがにじんでいる箇所があったよ
「予想通りだな……明日には彼女達が来るようだ。準備を頼むぞ」
「かしこまりました。手配しておきます」
「それと、商人を呼んでくれ。これは今日だな……トトと一緒に土産選びだ。もうすぐ起きてくるだろう」
「わかりました。トト様が起きたらこちらに?」
「それで頼む。ああ、菓子も扱っている商人でな」
「菓子?……ああ、口止めですか。かしこまりました」
バレバレだな……クスクス笑いながら出ていくスゥを見ながら思う
これ、ベアトにバレないで済むのかな?
女性のカンって怖い……そんな思いをしながら俺の一日は始まった
(お父さん、トトはものすごく幸せです)
「お買い上げ、ありがとうございました!これ程の量を……さすが大公様は違いますな」
「はは……おだてても、これ以上は買う量が増えないぞ?」
この会話だけなら、微笑ましい会話に見えるだろう
だが、買った量と質が問題である
「旦那様、よろしいので?」
「スゥ、これは仕方ない出費なのだ……」
スゥが心配するのも頷ける……一回の買い物で金貨を数千枚単位で使えばこうなるだろうな
我が領地の一年分の予算が十万枚だから……いや、考えたら負けだ
「お菓子は分かりますが……奥様へのお土産が多いような……」
「やましい気持ちなどないぞ?純粋に土産を渡したいのだ!」
(お母さん、喜びますね!)
そう、素直な気持ちとしてお土産を渡したいだけなんだ
決して物で誤魔化そうとか思っている訳ではない!
絶対に違うんだ!
「うむ。買い物は終了だ。さあ、お菓子を食べようか、トト」
(はい!このお菓子から食べるです!)
「はぁ……物で釣ろうとは……失敗するのは目に見えてますね」
そんな呟きを無視して、俺とトトはお菓子祭りを開催したのだ
……大丈夫、これでトトは買収済みだし土産でベアトも誤魔化される!
そう思い込みながらお菓子を楽しむ事にした
「閣下、やはり閣下は働き過ぎです」
「アルバート、復活したのか……私の一撃を受けて、一日で復活するとは……」
俺のズボンを脱がせた罰として一発ぶん殴っておいたのだが、復活したらしい
かなり本気で魔力強化して殴ったのに……頑丈だな
「ええ、この鎧が無ければ即死でした。閣下の一撃はさすがですな」
「……そうか。お前がそう言うなら、そうなんだろうな」
殴ったのは顔なんだが、俺の記憶違いなんだろうか?
黒鉄製の鎧を撫でながら呟くアルバートは、キッとこちらを向き直る
「それよりも閣下です。少しは息抜きをしないといけません。このままでは、倒れてしまいます」
「お菓子祭りを楽しんだし……そんなに働いてないぞ?」
トトとたっぷり遊んで食べて、もう夕方だ
遊び疲れたトトはお休み中だし……俺は執務室でゆっくりしていたところだ
「いいえ、エルフの国に来てから働き詰めです。ここは……夜の街に繰り出して……」
「貴様、まだ懲りていないのか?前回・前々回と失敗しているだろうが!」
「ふふふ、閣下。私とて馬鹿ではありません。学習するのです!」
「なん……だと?」
アルバートが懐から一冊のノートのような物を取り出した
馬鹿な!この駄犬が学習するなんて!?
「先ずは情報収集をして数店舗に絞り込み、実際に行ってみました。そして確認して、ちょうどいい年齢の美しい女性が居る店が……ここです!!」
バーーンと効果音がしそうな勢いで広げたノート
そこには大きな文字でこう書かれている
『高級隠れ酒場・新世界! 美人多し 酒は旨い エルフや獣人、人族も居る』
「お前はやれば出来る子だな……アルバート、馬を引け!出陣だ!」
「はっ!黒騎士一同、お供いたします!」
今度こそ、大丈夫だ!これなら失敗する筈がない!俺は信じてたぞ!!
三度目の正直……その言葉を信じて、俺は夕暮れの街に繰り出したのだった……