139 接待という戦い
「犬獣人だけど、草食系だからな!」
「アーちゃん、面白いニャ!」
「だめぇ、笑い過ぎてお腹が痛い……」
「ぶっ!!犬獣人が草食っ!!」
アーちゃんこと、アルバートは鉄板ネタの『犬獣人だけど草食系』で大ウケされていた
……相変わらずどこが面白いのか、俺にはわからないが
「でね?……もう!聞いてますか?」
「ちょっと、いつまで独り占めしてるのよ」
「そうよ!私も相談があるんだから!」
笑い声が響いている向こうとは対照的に、こちらは相談会になっている
ハニートラップから逃れようと営業能力を全開で使った結果が、この有り様だよ
「そしたら、そのお客さんがね?」
「うんうん……どうしたんだい?そのお客さんは」
普段から相当イライラが溜まっているのだろう……彼女達の愚痴を聞きながら酒を飲む
用意されていた酒はウイスキーのような酒だった
お隣のドワーフ王国の特産品らしい
「ゼスト様はお強いのですね?そのお酒はキツイって評判なのに」
「ん?確かにキツイが旨い酒だな。この国では買えるのだろう?土産にしたいな」
愚痴大会の合間に、彼女達のリーダーだろう犬獣人の女性が話しかける
俺のテーブルに付く女性と、アルバートのテーブルに行く女性を指揮していた彼女
年齢は二十半ばか?周りの子達よりは年上だろう
青い綺麗な髪を肩まで伸ばした美人だ
「それに、宰相様からは美少女好きって聞いていたのに……もう少し大人の女がお好みだったのですか?」
「私が美少女好きなんて、何故そんな……ああ、カチュア殿と空の散歩をしたからか」
この部屋に居る女性達は美少女ばかりだった
確かに可愛いとは思うが、残念ながらそういった対象には見られない
むしろ娘みたいで甘やかしたくなる
「彼女達と話しながら飲むのは楽しいさ。だが、好みで言えば大人の女性が好みだな」
「ふふ、いい断りの理由ですが……そんな事もあろうかと」
彼女が合図をすると、周りの美少女が引き揚げていく
代わりに大人な美人軍団が入ってきたのだった
「これなら、ゼスト様もお楽しみ出来ますね?」
そう言って笑うリーダーは、どことなくスゥに似ていた
……お前もそんなタイプなのか?
こうして、接待宴会は第二部に突入する
「だから、私は言ってやったのだ。……私は犬獣人だが草食系だ!」
「あははは、さすがアーちゃん!」
「きた!草食系きた!!」
「アーちゃんカッコイイ!!」
何故あんなに盛り上がっているのか理解出来ない
アーちゃんはすっかり上機嫌で飲んで騒いでいる
あいつは状況がわかっているのか?
「次!次は私よ!!」
「あんたは後よ!私の方が年上なんだから」
「え?あなた、先月十七歳になったって言わなかった?」
この世界にも十七歳教は存在するようだな
そこに疑問は無い……むしろ突っ込んだら大ケガしそうだから、スルー安定だ
「心配しなくてもいいぞ。全員に治療魔法を使っても、まだまだ余裕だ。ケンカしないで仲良く待ちなさい」
「やだ!ゼスト様、素敵!」
「凄い……ヤケドの痕が綺麗になってる」
「えっ!?お肌がツルツルじゃない!!」
俺のテーブルは美容治療院になっていた
自称十七歳の大人な女性に治療魔法を使っていく
乾燥肌で化粧のノリが悪いと言う彼女を、十七歳に相応しいピチピチの状態になるように魔力を込めた
「最後に洗浄魔法をかけたから、化粧をしない素顔の状態だ。鏡で確認してみなさい」
「ええ!?す、素顔は恥ずかしい……って、なにこれ!!!これ誰!!??」
激変した自称永遠の十七歳がもみくちゃにされる
これで少しは休憩出来るかな?と、思っていると彼女に声をかけられる
「本当に……あなた様は何でも出来るのですね」
「何でもは無理さ。出来る事しか出来ないぞ?」
リーダーの女性が隣に座り、騒いでいる女性達を下がらせた
先ほどまでの愛想がいい笑顔ではない
真面目な顔になった彼女は続けた
「ゼスト様は、この国をどうしたいのですか?」
「どうもなにも、私は娘の結婚式に出席する為に来ただけだぞ?」
「私はこの国の……裏社会で彼女達を束ねる者です。知らないとでも思っていらっしゃるのですか?」
ニヤリと薄笑いを浮かべる彼女だが、その笑みは凍り付く
「閣下、この女は始末いたしますか?」
「アルバート、殺気は少し抑えろ。彼女が気を失うぞ」
彼女の首筋に剣を当ててアルバートが無表情で立っている
あの顔はマズイな……殺す気満々だ
「動くなよ?呼吸も出来るだけするな。一瞬でも怪しいと感じたら斬る」
「アルバート様も噂通りの方ですね。ゼスト様の右腕ですか……」
やっぱりこいつは只者じゃなかったか
アルバートに殺気を込められながら剣を突き付けられているのに、この余裕っぷりだ
それに部屋に残っている女性達もだな……この状況で悲鳴すら上げないでいる
「一応言っておくが、お前達も妙な動きをするなよ?戦闘の心得はあるようだが、彼等には勝てそうもないからな……なあ、ターセル」
「御意。いつでも全員始末可能です、閣下」
俺の後ろに黒装束が立っていた
諜報部隊が来ているのはわかったが、一人だけ場所がわからない奴が居たからあいつだと思ったよ
俺に気配を感じさせないのは、ターセルだけだ
もう出産休暇は終わったのか?増援部隊にこいつが来たなら安心だ
「全員、この部屋か?」
「いえ、外に五人おります。いざとなれば脱出可能です、閣下」
「そうか。で、君は何が聞きたいのだ?そして、どうしたい?」
「エルフの国王陛下は、我々獣人族の移民を受け入れてくださった優しい方でした。そのご子息の為なら、喜んで死にましょう。あなたは宰相の味方なのでしょう?」
「なるほど、獣人らしい義理堅さだな。裏社会でも私は宰相派だと思われているのか……ふふふ、宰相は嫌われているようだな」
「あんな奴に従う馬鹿は、誇り高い獣人族にはおりません」
「ほう……そこまで嫌か。なら、アルバートが私に従う理由がわからないか?彼も犬獣人だぞ?」
「……まさか、マルス殿下のお味方なのですか?」
ガバッと振り向いた彼女に反応して、アルバートが剣に力を込める
首筋から血が流れているが気にしていないようだ
「お、お願いいたします!どうか……どうか、マルス殿下にお力を!何でもいたしますから!!」
そう言って彼女は服を脱いでいく
彼女だけではなく、その部屋に残った全員が脱いでいた
そして、俺の前で跪いていたのだ
「我々はゼスト様の望む通りにいたします。何でもいたします。拒否などいたしませんから……どうか……どうか……」
「お願いいたします!」
「どうかご慈悲を」
「お助けください」
口々に『マルス殿下を』と懇願する裸の彼女達
さすがにアルバートも空気を読んで、俺の脇に移動している
こんなに人気があったのか、国王陛下は……マルス王子は頑張らないとな
「心配しなくても娘婿を大事にするさ。だから服を着ろ……私にはそういうお礼は必要ない」
「そう、閣下はそのような事はなさいませんからな。なにせ……」
立ち上がって彼女達に告げた俺だが、横のアルバートがスッと動いた
俺のベルトを外してズボンを下したのだ
「見よ!獣人族の女性自ら、親愛のマーキングをしているお方だ!女性が身に着けた下着相手に贈る、獣人族の親愛行動を受け入れてくださったのだ!このお方を信頼するのに、これ以上の理由があるか!?」
「この匂いはっ!!」
「ああ、伝説の通りだわ!」
「人族なのに、親愛のマーキングを受け入れるなんて……」
ピンクの紐パンツを御開帳して立っている俺を、裸の獣人女性が拝む
そんなカオスな部屋で、俺は立ち尽くしていた……
「皆……安心しなさい。私に任せろ」
「「「「はい!!ゼスト様!!」」」」
泣きながらそう告げると、彼女達も泣いていた
恐らく違う理由で泣いているのだろうが、些細な問題だ
新しい部下が増えた瞬間である
泣きながら窓を見れば、満月は今日も真っ赤だった……
俺……立ち直れないかも知れません……




