137 これからの戦略
「ところで、スゥ。お前は自分でしているのか?相手がいるのか?」
「……申し訳ありません、旦那様。質問の意図が理解出来ません」
誤解されそうな質問だが、セクハラがしたい訳ではない
家令のスゥに個人的に親しい女性が居るとしたら、把握しておかないといけないからだ
「家令のお前が親しい女性となると……色々と配慮が必要だろうが」
「ああ、そのような意味ですか。ご安心くださいませ、おりませんので」
「そうか……スゥ、これは相談なのだがな」
俺の言葉に、アルバートの頭から足をどかしたスゥが正面にやってくる
野郎はまだ痙攣しているから生きているな、大丈夫だ
「今回は笑い話で済んだが、これからこのような事態が大事件になる可能性もある。そこで『獣人族の手引き書』を書いてみないか?」
「手引き書ですか?」
「ああ、これからは我が領地では獣人族の貴族が多くなるだろう。そうなると、知らない事で失敗したり……また、周りも知らないからと誤解する事があるかも知れないだろう」
「なるほど……かしこまりました。どこまで出来るか不安ですが、精一杯頑張ります。書いてみます」
こうしてスゥが書き上げた『獣人族の手引き書』
それは、領地だけではなく大陸中で大ヒットする事になる
獣人族にとっては先祖伝来の作法やしきたりを書いた参考書として
他の種族にとっては知らない事を教えてくれる知識本として
ある意味で、この本があったからこそだろう
俺が『異世界人の手引き書』を書き始めたのは……
だが、このときの俺は知らなかったのだ
この手引き書がある事で、余計な騒ぎが起ころうとはな……
「さて、それで?こちらの報告を聞こうか」
スゥに手引き書の作成を命じて、アルバートを治療した俺は本題に入る
それぞれソファーに座らせての報告会だ
「はっ!ドラゴンは金色五匹を残して領地に帰らせました。また、こちらに駐留している兵力は黒騎士が五名と戦乙女部隊が十名。諜報部隊が十名の合計二十五名となります」
「補足いたしますと、それぞれ各部隊長ですので戦力としては充分でしょう」
「そうか、追加の人員は?」
「黒色ドラゴンの輸送で、黒騎士が三十と戦乙女が五十を予定しています」
「数日中には完了予定です」
「わかった……諜報部隊を追加しろ。お前達が俺を心配するのはわかるが、今回は情報戦だ。黒騎士は十五で戦乙女は二十追加でいい。諜報部隊は全力で投入するよう手配しろ」
「はっ!了解しました」
「かしこまりました、旦那様」
一旦、紅茶を飲んで間を空ける
軍事関係の現状報告が終わったから、諜報関係の報告が始まるからだ
結構、頭を使うからなぁ……甘味を補給しておきたいんだ
「次は集まった情報だな」
「私がご報告いたします」
スゥが書類の束を取り出す
うん、アルバートには無理だから期待していない
だから泣きそうな顔をするなよ、駄犬め
「先ず、宰相の企みの件です。これは間違いありませんね。裏が取れました……鎖国状態なのをいい事に、大々的に喧伝していたようですね。」
「それは……宰相は馬鹿なのか?」
「自信家で傲慢。そんな男のようですね……それに賛同する者が多いというより、エルフ達は流されている者が多いようです。要は風見鶏な自主性が無い平和ボケです」
「なら、当初の予定よりは簡単そうだな」
真面目な話をしている俺達の隣では、アルバートがポリポリとクッキーを食べていた
やる事無いからな……もう少しで終わるから我慢していろ
「ですから、宰相を抑えて威圧外交をすれば大人しく従う可能性が高いでしょう。王妃については論外ですね……馬鹿貴族の見本のような女です」
「婿殿の母親だ、幽閉で済みそうか?」
「そうですね。それで問題無いでしょう」
「わかった、ではその方向でいくか」
よし、攻略の方向性は決まったな
諜報部隊に活躍してもらえば、武力行使は必要なさそうだな
「それと、土産はどうした?」
「はい。王妃付きのメイド長が、城の使用人達を仕切っているようですので彼女に渡しました。分配方法も任せてあります」
「足りなければいくらでも追加するぞ?」
「ご安心を。彼女にはたっぷりと金貨を渡してあります。報告通り、お金が好きな方のようで……非常に協力的です」
「貴族階級の女性達には、アレを配ったのか?」
「ええ、ブラジャーは非常に人気でした。女性達の対応は私が名代としてさせていただきますので、ご安心ください」
そうか……城の使用人達は賄賂で黙らせた
貴族階級の女性達……これから会う奴等の奥さん達はブラジャーで懐柔済みか
予定通り過ぎて笑えるレベルだな
「時間の問題です、旦那様。この国は実に平和ですよ」
そう言って笑うスゥは、辺境伯の血を引いているようだった
笑顔の絶えない職場……この笑顔じゃない……
アルバート、クッキーがこぼれるから震えるのを止めなさい
お前、妹にビビり過ぎだろ
「閣下……まさか、このような場所でもマーキングとは……このアルバート、感服いたしました!」
「……旦那様、お疲れなのですよ……」
兄妹、それぞれ違う眼差しを受けながら……俺は久しぶりにお漏らししたみたいです
言われるまで気が付かなかった……俺、病気なのかな……
「旦那様、大丈夫です。誰にも言いませんから」
「スゥ、余計に惨めになるから勘弁してくれ」
腰にタオルを巻いた情けない格好で、俺は落ち込んでいた
最近は大丈夫だったのに、このタイミングでお漏らしとは……
スゥがいそいそと着替えを用意してくれているが、気分は最悪だ
恥ずかしいのが大きい……だって、今まではバレてないんだぞ?
初の発覚が女性の前とか死にたくなるよ
「着替えが終わりましたら、宰相から招待されておりますので出発いたしましょうね」
「ああ……」
保育士さんのような優しい笑顔が、余計に俺の心を抉る
アルバートは『閣下に負けないように訓練です!』そう言って出て行った
何に負けないようになのか分からんが、駄犬だから気にしない
着替えを持ったスゥが目の前に立っている
ああ、もう用意が終わったのか……少し現実逃避してたよ
彼女を見ると、何故だか表情が暗い
「旦那様、申し訳ありません。私の不手際です」
「どうしたのだ?なに、気にするな……私よりはマシだ」
どんな不手際なのか知らんが、お漏らしよりはマシだろう
それに今の俺には叱る資格なんか無い
「旦那様の下着がご用意してありませんでした。これをお使いください」
そう言って差し出されたピンクの紐パンツ
スゥの私物だろうそれを、俺はじっと見ている
「これを俺に着けろと?」
「申し訳ありません。こうなれば、私が責任をとって死ぬしか……」
懐から短刀を取り出して首に当てる
慌てて腕を押さえると、首筋には薄っすらとキズ跡が付いていた
「早まるな!嫌じゃない!俺は嫌じゃないが、スゥが嫌だと思ったのだ!!」
そんなのは嘘だ……こんなものを着けるとか拷問だ
だが、彼女を失うくらいなら仕方ないだろう
「大丈夫です、旦那様。嫌な筈がありません。光栄でございます。今、脱いだばかりで冷たくありませんから。どうぞ」
「それは新品でいいのではないか?」
「いけません。下着に薬等を仕込まれていたらどうします!これなら私が履いていましたが、問題ありませんでしたので安心です」
こうしてピンクの紐パンツを装備した俺は、宰相の館に向かうのだった
今日一日で、色々なものを無くした気がする……
もう、人として駄目かも知れません……