131 成り上がりの終点
「それで、深夜に訪問したのには理由があってね?」
ニコニコ話す皇后だが、俺達は隣の皇帝陛下が気になって仕方がない
明後日の方向を見詰めているんだよ……死んだ魚の目でな
「ゼスト公爵なら、私の髪を何とか出来ると思って来たのよ。どうかしら?」
「は?皇帝陛下のではなく、皇后陛下の髪ですか?」
「そういえば、ずっと被り物をしてらっしゃいますわね」
「髪……被り物……」
意図せず、皇帝陛下には甚大なダメージを与えてしまった
まさか、泣き始めるとは……
「私の髪、短いでしょう?理由は……ね」
どうやら皇帝は無視する方向らしい皇后陛下に従う
このままじゃ話が進まないからな
頭のストールを外すと、貴族にしては短い髪だ
この世界の貴族なら腰以上の髪が普通なのに、皇后は肩まで程度しかない
「その、皇帝陛下の……アレに使ったんですね」
「あああ、皇后陛下はなんとお優しい……」
「アレ扱いか……ふふ、アレ扱い……」
いよいよ床に座り込んだ皇帝は、威厳もクソも無い
ただのおっさんになり果てていた
「ラーミアに聞きましたが、彼女の髪を艶々の極上にしたのがゼスト公爵だと。ならば、長く伸ばす事も出来るのではと考えたのです」
そうか、だから皇后はなかなか公務に出て来なかったのか!
皇帝が溺愛していたというよりも、髪が短いのを隠す為だったとは……
「わかりました。やってみましょう」
つい先日、ベアトの為に全力で魔力を使ったばかりだ
普通なら魔力が枯渇するだろうが、俺の魔力はそんなに軟弱ではない
むしろ使った後だから、調子がいいくらいだ
皇后陛下の髪に魔力を送り込みながら、髪が伸びるイメージを強く思う
「ふむ。大丈夫そうですね……ついでに艶々に仕上げましょう」
「そうですわね。あ、皇后陛下のお好みは?ゼスト様は真直ぐな髪にしたり、フワフワにしたり出来ますわ」
ふふ、伊達にメイド部隊相手に毎日練習していないからな
ストレートだろうが、縦ロールだろうが何でも来いだ
「まあ!でしたら、真直ぐなベアトリーチェ公爵のようにお願いね。憧れてたのよ!」
「かしこまりました。これでどうですか?」
魔力を止めて俺は離れる
ベアトが用意した鏡で確認すると、皇后は大げさに喜んでくれた
「素晴らしいわ!こんなに綺麗にサラサラで……しかも真直ぐな!ああ、子供の頃から、これが憧れだったのよ!」
自分の髪を手で触りながら、少女のようにはしゃぐ皇后
この世界にはパーマとか無いもんな……癖毛の人はストレートに憧れるしか出来ないか
「喜んでいただいたようで、何よりでございます」
「皇后陛下、この髪留めなどお似合いですよ?」
「あらあら、これを私が?若すぎないかしら?」
キャッキャッと仲良く髪飾りや髪形の話をする二人
スゥは巻き込まれないように避難していた
……奴はこういうカンは鋭いな
「……ゼストよ。髪は長く出来るだけか?」
血走った目でおっさ……皇帝陛下が迫る
さっきまでの死んだ目では無い……本気の目だ
「は、生やす事もおそらくは可能です」
「やってくれ!!我が生涯に一度の頼みだ、このとおりだ!!!」
こうして、皇帝陛下の頭は全盛期を取り戻した
まさか土下座するとは思わなかった……
そして、頭を救った俺は新しい爵位を貰う事になる
「皇女ツバキが臣籍になる際、領地を与えなかった。その理由は養父となるゼストがどのようにツバキを扱い、この婚姻をまとめてくれるか試したのだ。ゼストならば、領地を餌になどしなくても間違いなく対応してくれると信頼したのだ。それに応え、見事婚姻をまとめたゼストは大公として相応しい。異議は認めぬ、勅命である」
そこで立ち上がり、手に剣を持つ皇帝陛下
謁見の間に集められた貴族達が、一斉に床に膝を突き最敬礼する
「ゼストを皇太子の後見人とする。朕が皇位を譲る前に倒れたときは、ゼスト大公の指示を仰ぎ……皇太子の為に尽くせ」
「後見人として、大公の大任を謹んでお受けいたします」
俺が陛下から剣を受け取ると、予定通りにアーク宰相が立ち上がる
「臣を代表して宰相アークがお答えいたします。我等は、皇帝陛下の勅命に従い、ゼスト大公をお助けし、皇太子殿下にも変わらぬ忠誠を誓います」
こうして謁見の間で、大公にされた俺は……益々、忙しさに磨きがかかっていくのだった……
「まったく、エルフの国に行かなければならないのに……また余計な仕事が増えるな」
「旦那様の保有戦力は、異常ですからね。大公として後見人に指名して、釘を刺そうという魂胆でしょうね」
執務室で貴族の祝いの手紙を処理しながら、スゥと話している
ハゲを治療したお礼が二割で、政治的な判断が八割ってところだろうな
あの狸親父め……本当に油断ならないよ
「それでも旦那様の影響力が増えたのです。喜んでおきましょう」
「そうだな、それにもう直ぐあいつらも帰ってくるか……」
そんな話をしながらも手は休めない
貴族達への返礼の手紙は手書きが基本だから、俺が全部書くのだ
五十枚以上はあるだろうそれを、治療魔法を使いながら仕上げていくのだった
「閣下、諜報部隊の報告がございます」
いい加減に飽きてきた頃、後ろから声がかかる
ようやく戻って来たな
「ご苦労だったな。で、エルフの国はどうだ?」
「はい、戦力や内政官のまとめはこちらに文書を用意いたしました。派閥構成もほぼ把握出来ておりますので、閣下があちらに出向いても守れます」
諜報部隊は一足先にエルフの国へ行って貰っていたんだ
情報無しで敵国に乗り込むなんて、自殺行為だ
そんな油断はしないさ
「当初の予定との誤差は?」
「はい、味方が一割増えそうです。計画通りで問題ございません」
「味方が増える……ああ、風見鶏が多かったのでしょうね」
ふふ、そうか……もしかしたら罠かとも思ったが、奴等はその程度か
「よし、では出発の用意を。エルフの国は、婿殿の元に収まってもらおうか」
「はい、かしこまりました。旦那様」
「はっ、我等も陰ながらお助けいたします」
準備は万端だ
これでエルフの国の宰相派も終わりだな
かっこよく決まった
そんな思いを胸に、俺は紅茶を飲む
だが、これで終わらないのがお約束なのだろう
「閣下、アーク宰相がいらっしゃいました!」
元気なアルバートの声と共に、宰相が入ってくる
どうしたんだ?また問題が?
「ゼスト大公……私も……私もお願いしたいのです!」
涙目の宰相が頭に手を持っていく
そこには輝く河童のような頭が鎮座していた……
あんたもかよ…………