130 ベアトの気持ち
結婚記念日を忘れる
俺がまだ日本に居たとき……聞いた事がある
旦那がそれを忘れ、奥さんが激怒して夫婦仲が冷え込んだと
「それだけは避けなくては……一秒でも速くベアトの所へ!!」
全力全開で魔力を纏い、俺は夜の帝都を疾走した
色々と悲鳴が聞こえたが気にしない
俺の最優先はベアトだから、それを無視して部屋に急ぐのだった
「おかえりなさいませ、旦那様。あら?そのお花は?」
「スゥ、ベアトはまだ起きているか?」
部屋に到着すると、スゥが驚いた顔で待っていた
ん?結婚記念日なら、彼女が把握していない筈は無い
どういう事だ?
「奥様でしたら、テラスでお茶を飲んでいらっしゃいます。ウィスお嬢様に泣かれた後ですから、ご休憩なさっているのでは?」
「そうか……結婚記念日は……」
「結婚記念日?ああ、間もなく今日になりますね」
間もなく今日だと?……義母上め、騙したな!?
……いや、配慮なんだろうな
「わかった、少し二人になりたい」
「かしこまりました」
スゥはニヤニヤしながら、部屋から出ていくのだった
その『お花で奥様のご機嫌取りですね?わかります』って顔はやめなさい
「お疲れさま、ベアト。今日は結婚記念日だね?これを受け取って欲しいんだ」
「……え?」
テラスのイスに座ったベアトの後ろから声をかける
振り向いた彼女は泣いていた
「どどどど、どうしたんだベアト!誰が泣かせたんだ?俺がそいつを滅ぼしてくるから、言いなさい!」
「ゼスト様……ゼストさまあああぁぁぁ!!」
俺に飛びついてきたベアトは、わんわん声を上げて泣き続けた
彼女の頭を撫でながら、俺は泣き止むのを待つのだった
「落ち着いたかい?」
「はい……でも、この格好は恥ずかしいですわ」
テラスに散らばった花の上に座った俺達
いや、正確には俺の膝の上にベアトは座っている
俺は床の上にあぐらでいるが、別に寒い季節でもないし平気だな
「何がそんなに悲しかったんだい?教えてくれないか?」
「悲しい訳ではなかったのです。その、出産前からこんな気分になる事が多くて……」
恥ずかしそうにモジモジしながら話し出すベアト
彼女の話をまとめると、こうだ
お腹が大きくなってきた頃から、それは始まった
昼間はイライラするし夜は泣きたくなる
そんな毎日だったらしい
「ですから、些細な事でゼスト様に厳しくなってしまって……」
自覚はあったが、止められない
出産すればいつもの日常に戻る筈だ……そう思って言い出せなかったと涙ながらに話すベアト
「でも、今度は赤ん坊……ウィスが泣いたりすると起こされて、そんな気持ちが落ち着かなくて……」
自分は異常なのではないか?このままでは、俺に嫌われて捨てられるのでは?
そんな事を考えていたんだそうだ
「はあぁ……」
思わず大きなため息が出てしまう
ビクンとベアトが反応した
「申し訳ありませんでした。ゼスト様、これからは気を付けますから!」
「違うよ、ベアト。今のは自分に出たため息なんだよ……ごめん。気が付いてあげられなくて、本当にごめんよ」
自分が謝るつもりだったベアトはキョトンとしながら、俺に頭を撫でられている
「俺の方が年上なんだから、もっと気を遣うべきだった。乳母が決まるのはもう少し先だから、それまでは俺もオムツの交換とか手伝うよ。それに、君がそんな気持ちになるのは異常じゃない。普通の事なんだから、大丈夫だ。嫌いになんて、ならないさ」
「普通……なのですか?お母様はそんな事は……」
「個人差があるんだよ。無い人もいるけど、そうなる人も多いのさ。だから、ベアトが不安に思う必要はない。俺に甘えてくれればいいんだよ」
「では、怒っていないのですか?こんな私でも、ゼスト様は嫌いになりませんか?」
真っ赤な顔で、泣きながらこちらを見るベアト
こんな若い子にそんな心配をさせるなんて、本当に情けないおっさんだな俺は
「ああ、俺の妻はベアトリーチェだけだ。君の事を愛してるんだ、これからも……何があっても変わらないよ。逆に俺がハゲてベアトに嫌われても、追いかけるからな」
「はい……はい!うふふ、大丈夫ですわ。ゼスト様がそうなっても、私も愛してますから」
ようやく笑ってくれたベアトを抱きしめながら、久しぶりにキスをした
月明りに照らされたテラスで、そのまま俺達は……
「旦那様、申し訳ございません。陛下……」
「スゥ。見ての通り、取り込み中なんだが」
「スゥ。ちょっと空気を読みなさい」
雰囲気と流れでテンションがそっちに向かっている俺達だ
途中で終了など出来ない
「はい。それはわかっておりますが、陛下……」
「使者ならば待たせておけ。手紙なら置いておけ」
「まったく、あの陛下は……またトトちゃんにカツラをポイッさせましょう」
キスしながらスゥに伝えるが、それどころでは無かったようだ
「あの、ですから陛下がいらっしゃっております」
「お前達、邪魔してすまんが……カツラを消すのはやめてくれ」
「まあまあ、若いって凄いですわね。あんな所でするなんて」
両陛下がお忍びで来ていた
慌てて立ち上がり挨拶をする
これはマズイどころじゃない!!
「これは失礼いたしました!両陛下!」
「ご、ご無礼いたしました!」
「いいのよ、突然邪魔したのは私達ですし。ね?」
「ああ、公式な訪問じゃないからな……カツラはやめてくれ」
頭を押さえた皇帝陛下と、ニコニコしながらも赤い顔の皇后陛下
いったい、いつから居たんだろうか?
「素敵な舞台を見ているようでしたわね」
「はい、テラスであんな事をすれば……外にすっかり聞かれていますね」
「カツラはやめてくれ」
キャッキャッ騒ぐ、皇后とスゥ
この場合は、皇后の気分を損なわないようにすれば何とかなるな
「お恥ずかしいところを……」
「ああ、まさか皇后陛下に聞かれていたなんて……」
これ以上無い位に真っ赤になっているだろう俺達に、皇后は優しく告げる
「恥ずかしくなんてありませんよ?素晴らしいお話でしたわ!ハゲても好きでいてあげてね?」
「はい、皇后陛下。ハゲても愛しますわ」
「ハゲてもよろしくね、ベアト」
「……また、髪の毛の話になるのか……また……」
「皇帝陛下、ズレております」
スゥ、直してあげなさい
両陛下との深夜の密会は、こうして幕を開いたのだった




