129 禍を転じて福と為す
「まったく、酷いものを見た……何なんだこれは……」
寝不足と衝撃が原因の頭痛が襲う中、執務室のドアがノックされる
「旦那様、また徹夜ですか?少しは休まないとお体が……」
スゥが心配そうに紅茶の用意をしてくれる
今日も男装が決まってるな
これなら俺と絡んでも絵面は……って、俺は何を考えているんだ!
これが腐の力なのか?恐ろしいな
「ところで、旦那様。そのお手紙の内容はいかがでした?そんなに急ぎの用件で?」
「……見てみるか?」
手紙を受け取り読み始めると、クワっと目を見開く
まあ、そうなるだろうな
「旦那様、これは恐ろしい文章ですね……」
「そうだろう、そうだろう」
「これの名前を変えてバラ撒いたら……恐ろしい被害を与えられますね。ましてや、閉鎖的なエルフ達は腰を抜かすでしょう。さすがは旦那様の深謀、このスゥ感服いたしました」
「……そうだろう?」
その手があったか……
既婚者でも甚大なダメージだが、独身者なら致命傷になりかねない罠だな
「さっそく紙の手配を頼む。足が付かないように集めろ」
「はい。カルファに手配させます」
そうだな、あいつなら適任だ
幸いカリス将軍は独身だから、宰相との本をプレゼントしてやろう
泣いて喜ぶな
「それとマルス婿殿に言って、宰相の癖や趣味・趣向を書き足しておけ。信憑性が増すようにな」
「ふふふ、素晴らしい案ですね。貴族階級しか知りえない情報を混ぜるのですね?」
「そうだ。だが、婿殿しか知らない情報は避けろよ?あくまでも……」
「宰相派の切り崩し……離間の計ですか」
「人は疑心暗鬼になると、周り全てを疑うものだ。上手くいけばよし、失敗しても不名誉な噂を流せたらそれでいい」
「かしこまりました。最近の旦那様は、辺境伯にソックリの笑い方をなさいますね」
最後の一言で、俺の豆腐メンタルは重傷を負うのだった……
褒めてるのか?それは……
スゥは意味ありげにニヤリと黒い笑いをしていた
「それで、公爵閣下にお願いしたいのです!」
「ふむ……」
午後からは、貴族の訪問祭りが開催されていた
名目はベアトの出産祝い
本音は……
「お願いいたします!娘を……娘を戦乙女部隊に!!」
これで六人目である
もうメイド部隊ではなく、戦乙女部隊として有名になった俺のメイド達
『あの武力一辺倒だった娘が、こんな淑女に!』
スゥの厳しい教育でまともになった彼女達の親は、大喜びでお礼にきた
それを聞いた貴族達は、ウチの娘も!って、この騒ぎだ
「わかった、まずはメイドとして働いてもらう。それからだな」
「はい!ありがとうございます!」
人材再生工場、ゼスト公爵領地はこうして更に人材を確保していくのだった……
やったね、メイドが増えるよ!?
「旦那様のご威光ですね。喜ばしい事です!しっかり、教育いたしますのでご安心を」
そう言って笑うスゥだが、メイド部隊の面々は
「ああ、哀れな後輩が」
「馬鹿な奴等だな」
「わざわざ地獄に来るとはな」
「戦闘よりキツイ訓練だったわね……」
「あなた達、何ですかその言葉使いは。罰として、頭に本を乗せて明日の朝まで立っていなさい」
「「「「申し訳ございませんでした!」」」」
スゥのスパルタ訓練は、師匠がドン引きするレベルって言っていたからな
俺じゃなくてよかった……そう、思いながら紅茶をおかわりしていた
「閣下、失礼いたします」
廊下の様子をチラチラ見ながら、アルバートが入ってくる
今は新人メイド達が十人くらい立ってるからな
なかなか壮観だろう
「ああ、どうしたんだ?」
「あ、はい!もう夕食の時間ですが、いかがでしょうか?黒騎士達にも新人が入りましたし……たまには……」
そう、帝都の精鋭部隊の一部が志願してきたのだ
陛下の許可を貰ってあるから、移住して俺の黒騎士部隊に配属になる予定だ
ドラゴンさえペットにする公爵領地で、自分の力を試したいって脳筋ばっかりだったよ
「そうだな……いや、前回はひどい目にあったからなぁ……」
また『もふもふ天国』に連れて行かれたらたまらない
今回はパスしたいよ
「閣下、私は学習しました。事前に調査しないで一見の店に入る危険性を!」
「それは、常識の問題だぞ?アルバート」
聞き流しながら紅茶を一口
どうせくだらない店なんだから、早く店名を聞いて断ろう
「今回の店は、『老舗!大奥の花園』です。古の英雄が愛用した伝統ある店で、今月はさーびす強化月間?との事」
「事情が変わった。続けろ」
「はっ!わふくとか言う揃いの衣装を着た女性が、いろいろとしてくれる店であります!今なら金貨三枚で大名こーす?との話です!」
「アルバート、直ぐに向かうぞ!馬を!!」
こうして俺は、黒騎士達を引き連れて急いだ
先人の残した『大奥の花園』へと……先輩、本当にありがとうございます!
「ああ、これは素晴らしいな」
「閣下……このアルバート、感動いたしました」
そこは、まさに花園だった
美しい和服を着た美女達がズラリと並ぶ
全員の料金は俺が払ってやった……当然、大名コースだ
多少、この世界の柄が入ってはいるが和服だ
懐かしい気分になるなぁ
そしてサービスが始まるのだ
「さあ、これを使ってくださいね」
手渡されたハサミを持つ
……ハサミを持つ
「大名コースですから、持てるだけお花を持って帰っていいんですよ?」
大奥の花園は、お花を売ってる花屋さんだった……
畑から直接お花を刈り取れる、高級なお花屋さんだ
「アルバート、帰ったらお話ししようか?」
「はっ!」
プルプル震えるアルバートだが、今回は懐かしい和服が見れたしなぁ
軽い罰で許してあげよう
そう思っていた俺に、まさかの人物から声がかかる
「あら、婿殿じゃない。ここのお花を結婚記念日に贈るのね?いい心がけね!でも、もうすぐ日付が変わるけど……間に合うの?」
ラーミア義母上……け、結婚記念日ですか?
そうか、今日だったのか!!マズイ!!
「アルバート、よくやった!これで若い奴等と騒いでこい!!」
金貨の入った袋を投げて、花を抱えた俺はベアトの元に急ぐのだった
どうか……どうか、間に合いますように……