12 修行のご褒美
師匠の鍛えてやる発言から一月……
婿養子とは思えないラザトニアじいさんそっくりの邪悪な笑みの師匠は、まさにスパルタ教育だった
曰く、
『娘と結婚するならこの程度簡単です』
『勉強は簡単です。覚えれば良いのです全て』
『痛いですか?なら、治しなさい』
『今、死にかけましたね?防御が疎かだからです。やり直し』
……やだ、思い出すと胃がキュッとなるよ……
で、俺が言い返すと決まってこの答えが返って来る
『出来る出来ないではありません。やるんです!』
朝起きると昼まで勉強
午後は魔法と戦闘の訓練
夕食はマナーの訓練
夜は寝るまでメイドさんを相手にダンスの訓練
寝る前には結界を張る
深夜にランダムで師匠が乱入して強度チェックするからだ
『早く治療しないと死にますよ?』
寝てる俺の腹に穴を開けた師匠のセリフである
師匠……あなた本当に娘と結婚するの喜んでますか?
愛の鞭にしては厳し過ぎます……
そんな濃い一月を過ごすと、ようやく師匠は納得したらしい
次のステップに進むと言うのだ
「さて、あなたもこの一ヶ月でそれなりにはなりましたね。ですから、ご褒美をあげますよ?」
ニコニコしながら言われたら嬉しいセリフだが
残念
師匠はニヤァっと辺境伯笑いである。絶対血が繋がってるだろ?あんた
「はい!ありがとうございます師匠!」
「今日からあなたは騎士団長の養子になります。そして新しい名前を名乗り、騎士団や魔法師団の訓練にも参加させてあげましょう。嬉しいでしょう?もうすぐ騎士団長が迎えに来ますからね。楽しみに待っていなさい」
……そうか、あの計画が始まるのか
先ずは騎士団長の養子に、その立場で貴族や軍へのお披露目
優秀な養子を残り11ヶ月で周りに認知させる
で、お嬢様が何者かに襲われるのを助けてハッピーエンドか……
エンドじゃないか……その後は隣国にちょっかい出すのか
師匠……嬉しくないし、楽しみに出来ません……
「はい!ありがとうございます。嬉しいです師匠!」
こう答えるしかない俺が情けない…
でも、お嬢様可愛いしなぁ
あんなに可愛い若い子が嫁になるのか
今の生活も日本に居た頃よりは働かなくて済んでるし悪くは無いんだよなぁ
そんな脳内比較をしていると、懐かしい指切り騎士がやってきた
お、久々に見たな!元気だったかな?指切り騎士
「待たせたかな?」
「いえ、ご足労いただいてありがとうございます。騎士団長殿」
え?指切り騎士が騎士団長だったのかよ!
あの鎧兜と声は間違いなく指切り騎士だ
なんだよ、偉い人だったら最初に言ってくれよ……
良かったぁ、失礼な事しないで
兜を脱ぐと出てきたのは、スキンヘッドの厳ついおっさん
日本で見掛けたら間違いなく一般人には見えない
肌は浅黒く、細かいキズが顔に無数に付いている
騎士団長と言うよりは山賊の親分である
あの人の……養子かぁ……ふふ、目から塩が出てきたよ
「お久しぶりです。騎士団長様だったのですね。知らぬとはいえ、失礼いたしました」
「おお、あの時とは違い魔力の扱いが上手くなったな。騎士団長様はよせ、養子になるのだ。養父でよいぞ」
凶暴な笑顔でバンバン俺の肩を叩いているが
あの、痛いです……軽く足が地面にめり込んでますよ養父上
魔力で強化してなかったら、ミンチになるわ
「はい養父上。よろしくお願いいたします」
「うむ。早速だが我が屋敷に案内しよう。妻も楽しみに待っているからな。紹介しよう。さあ、行くぞ?ああ、ソニアまた後でな!」
師匠はソニアって言うのか
初めて名前聞いたわ……ん?聞いてたか?イマイチ記憶が曖昧だな……
「はい、師匠失礼いたします」
苦笑するソニア師匠を置き去りに養父上は早く早くと急かす
あんたフルプレート着てるのに歩くの速いな!
ガッシャンガッシャン高速移動するフルプレートとかホラーだわ
見ろ、メイドさんがびっくりして洗濯物落としてるじゃないか……
屋敷の前に停まっている馬車に乗り込む
中も広々としていてフルプレートと一緒でも狭くない
「改めて、今日からお前の養父となる騎士団長のガレフだ。細かい話は我が家に着いてからになるが、お前はこれからはゼストと名乗れ」
養父ガレフはそう言ってガハハと笑っている
ゼスト、か……俺はもうこの世界の住人なんだな
どこか夢の中にでも居るようなつもりもあったが
日本の名前はもう名乗れず、ゼストとして生きて行くのか
それも仕方ないかな……
元の世界に帰れるかどうかは解らないが、簡単ではないだろう
それまではゼストとして生きて行くしかない
知恵と力を身に付けて先ずはこの世界で生き残る!
それが出来なければ帰るなど夢のまた夢だ
「ああ、そうだ。ベアトリーチェお嬢様からお主に手紙を預かっていてな……これだ。今のうちに読んでおくと良い」
礼を言って受け取り、綺麗な白い封筒を開けると花の香りがする
あら、お洒落さん!お嬢様も女の子なんだなぁ
そう思いながら手紙に目を通す
フルプレートが『もてるのう!色男が!ガハハ!』と煩いが無視する
『- 愛しい婚約者様 -
このようなお手紙を書くのは初めてなので、どう書いたら良いか解りません
あれを書こう、これも書こうと思っていたのになかなか言葉が出てきません
不思議なものですね』
ほお、お嬢様手紙なら素直に書けるんだな安心安心
文字まで解読しなきゃいけないのかと心配したんだ
『あなたにお逢いしたのは一月前でしたが、私にはそれより長く感じてしまいます
婚約者など一生出来ないのでは?と心配していた毎日が、嘘のように楽しくてあの日の事を思い出します
私の事をあんな風に言ってくださったのはあなたが初めてでした
とても
とても嬉しかったのです!』
可愛いなぁ……今まで苦労してたんだよなぁお嬢様
いやぁ、俺に惚れたな?ゲヘヘ
『ですが…………一ヶ月です
一ヶ月もあなたは私に会いに来てはくださいませんでした……
私の事をお忘れですか?もう、嫌いに……なったのですか?』
うわぁ……涙で滲んでしまったのだろう
この部分は紙がヨレヨレになってしまっている
寂しがりなんだなお嬢様は……フォローしないとな
ん?2枚目が有るのか……1枚目とは違い、黒い紙が2枚目に有るな
ペラっとめくって見てみる
『私を嫌いにならないで』
黒い紙だと思っていたそれは、白い紙だった……
紙全体に『私を嫌いにならないで』と小さな文字でビッシリと書いてあったのだ…………
俺、死ぬかも知れません