127 ようやく一休み
「ようやく寝られるのか……」
悪夢の六時間が過ぎて、俺はやっと解放された
ウィステリアの愛称を決めるだけでこれだ
名前から決めたらと思うとゾッとする
「旦那様、お疲れ様でした。しかし、ウィスお嬢様ですか……いいお名前ですね」
そう、二人の激戦の末に愛称はウィスに決まったのだ
『ベアトも古代のしきたりからベアトリーチェの前半を取りました。ならば、ウィステリアも前半のウィスで決まりです!!』
この義母の言葉が決め手になったのだ
「そうだな。とりあえずはこれで落ち着くだろう……もう予定はなかった筈だな?」
「はい。もう夕方ですし、少しお休みください」
「そうだな……スゥ、ここで少し休むよ。なんだかとっても眠いんだ……」
俺は執務室のイスで眠りに落ちたのだった
「旦那様?旦那様!起きてください、旦那様!」
ゆっさゆっさ揺らされて目が覚める
なんだ?もう朝か?
「どうしたんだ慌てて。あんまり寝た気がしない……」
外を見ると真っ暗だ
ん?一日寝てた??
「まだ宵の口です。さほど時間はたっていませんが……陛下に出産のご報告をなさらないと」
「ああ、直接挨拶をしないとマズイな」
確かに、陛下にはいろいろと配慮してもらったからな
顔を見せに行かない訳にはいかないか……
疲れた体に治療魔法を使って、陛下のところに向かう
スゥが少しでも寝かせてくれたから、だいぶ楽になったな
「遅くなりました。おかげさまで助かりました、陛下。無事に娘が……ウィステリアが産まれました」
「おお、よかったなゼスト!これでお前も安心だろう」
居住区でリラックスしてしていた陛下には、直ぐに会えた
皇后は……居ないか
まったく陛下の溺愛ぶりも病気のレベルだな
「しかし、こんなに早く来るとはな。てっきり、また三日三晩かと思ったぞ」
三日三晩……ベアトのときに陛下も巻き込んだのか、あの二人は
苦笑いしている陛下には、謝る事しか出来ない
「その、申し訳ありませんでした。義母達がご迷惑を……」
「ははは、あのときは地獄だったぞ。城の演習場が焼け野原になったからな。今回は楽なものだ」
「や、焼け野原ですか。あの二人は……本当に……」
「気にするな。辺境伯家の恒例行事だからな。予算が毎年積み立てられてるんだ。それを謝るのは、婿の伝統だしな!ははははは!」
膝をバンバン叩いて大笑いする陛下
この辺境伯家の名前騒動は、ある意味仕方ない部分
そして、皇室の娯楽になっているらしい
「先代の皇帝……俺の父のときには、街が半壊したらしいぞ?街の平民達や貴族も、どちらの案が通るかで賭けているから心配するな」
「それはなんとも……」
どうしようもない一家だな、辺境伯家は
あ、俺も仲間入りしてるのか……はぁ……
「ま、家の風習だと思って諦めろ。次もあるんだ……そのときは予算が余っているから、派手に頼むぞ?」
そんな風習があってたまるか
ニヤニヤと面白がる陛下にバレないように、そっとため息をつく俺だった
陛下に報告を終えたので、部屋に帰ってきた
急ぎの書類の確認だけして、早く寝よう
そう思いながら手紙を確認していると、ドアがノックされる
「養父上、ツバキです!」
「義父上、マルスです」
「ああ、どうしたんだこんな時間に。まあ座りなさい」
スゥに紅茶を用意させて、二人の話を聞く事にする
ソファーに座ると、綺麗にハモってこう告げた
「「おめでとうございます!妹の誕生、心より嬉しくおもいます」」
「はは、何を他人行儀な事を。ありがとう」
そうは言ったが、わざわざお祝いを言いに来た二人には感謝していた
妹か……そう、思ってくれているんだな
「なるほど、花言葉ですか。素晴らしい名前の由来ですね!ウィステリア……将来は美人になるでしょうな」
「はは、言い寄る虫は始末せんとな」
「「はははははは!」」
仲良く笑う、俺と王子
だが、ツバキはそうはいかないようだ
「養父上!私もそんな名前が欲しいです!!」
先ほどまでの笑顔ではなく、ブスーっと頬を膨らませるツバキ
いやいや、お前の名前は陛下がつけたんだろうが
「ツバキだって、いい名前じゃないか」
「そうですよね、義父上」
面倒になりそうな予感を感じた俺達は、協力する事にする
王子も危険察知能力は高いようだ
「ですが……確かに花の名前ですが、花言葉なんて知りませんでした!ウィステリアのような意味のある名前がよかったのです!!」
これは、面倒なパターンだ
陛下がつけた名前を変えるのは、絶対にマズイ
かと言って、言いくるめるのは大変そうだな……
……ん?ツバキの花言葉って、確か……
「あるじゃないか。ツバキにも花言葉が」
「「ええええええ!?」」
「ツバキの花言葉は、『誇り・控えめな優しさ』だぞ。お前にピッタリじゃないか」
「そ、そんな意味があったなんて……」
「素晴らしいです、義父上!」
もうひと押しか?
「舞台の主人公にも使われていて、素敵な名前なんだぞ?私もいい名前だと感心していたんだ。よかったな、ツバキ」
「そうなんですか……うふふ、そうなんですね!」
「義父上、見事です。見事でございます!!」
よかった……本当によかった
野郎二人は、ピンチを乗り切った
ニコニコ顔のツバキを置いて、ガッチリと握手をしたのだった
上機嫌のツバキをマルス王子が連れていき、ようやく俺の睡眠タイムだ
あの王子、帰り際に
『明日は、私の監視役がお会いしたいそうです』
って、爆弾発言をしていったが……明日でいいなら気にしない
もう、限界なんだ
明日から頑張る……だからもう寝る……
ベッドに倒れ込むと、俺は一瞬で意識を失った
「旦那様、申し訳ありません。これで罰を与えてください」
「……おはよう、スゥ」
朝、目が覚めると……薄着のスゥが乗馬用のムチを差し出していた
俺にムチを握らせると、床に膝を突く
なあに?この状況は?
混乱状態の俺に、更なる追い打ちが襲う
「お願いします!ぶってください、旦那様!」
「おはようございます、ゼスト閣下。奥様がお越しになって……」
俺とスゥを交互に見て固まるアルバート
彼の第一声で、俺の運命が決まるだろう……
頼む……頼むぞ?アルバート!!
「奥様、閣下はまだお休みのようです!起こしてから向かいますので、ソファーでお待ちください!!」
パーフェクトだアルバート!これなら誤魔化せる!!
貴様、昇進させてやろう
黙って見つめ合う俺達……心が通じた瞬間だった
(お父さん、おはようございます!!スゥとお馬さんゴッコですか?トトもやるです!!)
「あらあら、楽しそうなお馬さんゴッコですわね?ちょっとお話ししましょうね」
うん、誤魔化すのは無理でした