126 命名
「ポンコツは……ポンコツはどこだ!!」
「旦那様、お水です」
奇声を発して倒れた俺は、ベッドに運び込まれていたようだ
心配そうに世話をしてくれるスゥ
ベアトは赤ん坊の世話があるから仕方ない
…………役得だな
「俺は……倒れたのか……」
「大丈夫ですか?かなりうなされていましたが」
水を一気飲みして落ち着いてきた
とりあえず、どんな状況になっているんだ?
「スゥ、状況を教えてくれ」
「はい、旦那様が倒れた後……」
ポンコツシスターがきて直ぐに俺は倒れた
そこまでは覚えてる
その後、ソニア師匠が鑑定魔法を使い過労と判明
俺はベッドに運ばれたらしい
ポンコツはお礼を言って休んでもらってから、アルバートが送っていったようだ
『なんとおっしゃったか書き留めましたが、読みますか?』と、聞かれたが断った
どうせわからないから、聞くだけ無駄だ
そして師匠が義母上と辺境伯を言いくるめて、一旦話し合いは中断中との事
なるほどな、ほとんど解決していないのがわかった
「とりあえず、ベアトに会うか。先に名前を決めないと、いつまでも決まらないぞ」
「そうですね。それがよろしいかと」
スゥも賛成らしい
そうだな、まずはベアトに相談しよう
早速、部屋に向かう俺だった
「ゼスト様、もう具合はよろしいのですか?」
(お父さん、大丈夫ですか?)
部屋に入ると二人に心配された
それはそうだろう、いきなり奇声を発して夫が倒れたら心配するわ
「ああ、もう大丈夫だ。ベアトに相談があってきたんだ」
「相談ですか。どうなさいました?」
「名前の件だ……このままでは困った事になる。いっそ、先に決めてしまわないか?」
「その事ですか……ご迷惑をおかけしますわ……そうですね、その方がいいでしょう」
(名前!決まるですか!?)
さすがにベアトも、あの事態は驚いたらしく認めてくれる
このままでは俺のメンタルがもたないと判断したのだろうか?
「そもそも、名前はゼスト様が決めるべき事です。誰にも異論は言わせません!」
(わーい、お父さんが決めるです!)
妙に力が入っているベアトだが、怒っているのか?
勝手に親達が乱入したからだろうか?
「ゼスト様が倒れる程の心労を……お母様達ったら……うふふふふふ」
(あ、トトはおやつの時間です)
トトは逃げ出した
しかし、俺は逃げられない
「だだだだ、大丈夫だよ。ベアトは心配性だな……ありがとう。俺の心配をしてくれて」
優しく頭を撫でると、黒く禍々しい魔力は落ち着いていく
やばかった……相当怖かったぞ
「でも、いい名前がありますの?」
「ふむ……なあ、ベアト。この世界には花言葉って伝わっているのかい?」
「花言葉……ですか。私は初めて聞きましたわ」
娘を抱きながらベアトが答える
おしっこが出ていたから、オムツを交換したらしい
たまたまだろう……ベアトの魔力にビビったせいでは無い筈だ
「そうか……ならば……」
俺が花言葉の意味と、決めた名前を伝える
ベアトは娘を抱きしめながら、とても喜んでくれた
「素晴らしいですわ!!それならば、誰も文句は無いでしょう。うふふ、本当にいい名前ですわ」
「キャッキャッ」
満面の笑みのベアトと娘
……こいつ……俺達の話が理解出来てるのだろうか?
まあ、たまたまだろうな……そう思う事にして、辺境伯達の待つ応接間に急ぐ事にする
「皆様、ご心配おかけしました。もう大丈夫です」
応接間に入ると、勢ぞろいしていた
辺境伯を筆頭に、ソニア師匠とラーミア義母上だ
「おお、大丈夫じゃったか?無理はいかんぞ」
「困った婿殿ね。もう少し周りを頼っていいのよ?」
「ゼスト……わかる……わかるよ、ゼスト」
唯一の味方は師匠のようだ
そうだよな、ベアトのときに三日三晩だもんな……
黙って見つめ合うだけで伝わった気がするよ
「それで、名前の件なのですが」
一通り社交辞令をして、そう切り出すと空気が変わった
あんた達、どんだけ名前にこだわりがあるんだよ
だが、負ける訳にはいかない
俺の心の平穏がかかっているんだ
「実は、私に腹案があります。その名前にしようと思っているのです!」
どうだ!言ってやったぞ!!
俺の言葉に驚いたのか、二人はうつむいていた
師匠だけが驚愕の表情をしている
「ですから、これからそのなま……」
そこから言葉が出ない
ものすごいプレッシャーを感じたからだ
「よかろう……そこまで言うなら言ってみよ」
「ふふ、婿殿ったら……もし、変な名前だったら……うふふ」
あ、これは駄目なパターンじゃないかな……
少し漏らしてしまったが、小さい方だから大丈夫だ
乾けば問題ない
圧倒的な魔力を受けながら、俺も覚悟を決める
下手な名前だったら死ぬしかないだろう……だが!!
光属性魔法を纏って、言い放つ
「花言葉をご存知ですか?花言葉とは我が故郷に伝わる、花に込められた想いや意味の事です」
「そんな言葉があるのか」
「さすが異世界人ね。それで?」
「娘の名前は『ウィステリア』です。日本の名前は『藤』薄紫の美しい花です。そして、花言葉は『歓迎する・決して離れない』と、いう意味があります。どうですか?」
「「……」」
どうだ?これなら文句無いだろう……無いよな?
押し黙る二人をじっと見つめる
師匠も緊張した顔だ……駄目なときは助けてくださいね?
どのくらい時間がたったのか
黙ってフリーズしていた二人が突然再起動する
「素晴らしいのぅ。辺境伯家の女は黒と赤が衣装の色じゃ。光属性の婿殿との子が薄紫か……いいのぅ!」
「ウィステリア……いいわね。花言葉っていうのも気に入ったわ!それにしましょう!!」
お二人とも気に入ったみたいだな
……よかった……本当によかった
「よかったね、もし駄目だったら……察してただろう?本当に危なかったんだよ?ゼスト」
「そこまでなんですか……名前って……」
喜ぶ二人を無視して、師匠が優しくフォローしてくれた
「でも、あの様子なら大丈夫だね。私のときはもっと大変だったんだから、この程度でよかったじゃないか!」
「そ、そうですよね!これで終わりですよね!?」
ようやく解放される
その喜びに、思わず涙が出てきた
だが、そうはいかないのが俺の人生だ
「ウィステリアか、では愛称を決めなくてはな」
「あら、お父様。ウィスに決まってますわ」
「ははは、テリアじゃろうて」
「おほほ、ウィスだと……」
俺は、まだまだ開放されないみたいです
もう……ゴールでいいよね??




